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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

563:やばくない?

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 生贄の祭壇に向かう紅竜人の群れは、厳かながらもノロマすぎるスピードで、森の中をのらりくらりと進んでいった。
 王宮を出て、王都を後にすること数時間。
 既に太陽が西の空へと傾き始めた頃、ようやく一向は足を止めた。
 そこは鬱蒼と木々が生茂るジャングルの中にあって、驚くほどの静寂を保っており、辺りには赤茶けた岩で作られた墓標のような物が点在している場所だった。

 俺が入っている供物の木箱が、ゆっくりと地面に下ろされる。
 そして、少し離れた場所から、隊長か何かだろう、見知らぬ紅竜人の偉そうな声が聞こえて来た。

「今から楽隊と大臣達によって、【墓参ぼさんの儀】が執り行われる! おおよそ一時間程度で完了するはずだが、今回は異例の事態ゆえ、おそらく長引くだろう。兵士たちは各々、周囲の警護にあたれ!! 邪魔立てする者があれば、たとえそれが小虫の一匹であったとしても、その場で斬り捨て息の根を止めろ!!!」

 なんとも野蛮な号令を耳にした俺は、本能的に身の危険を感じ、ぶるると身震いしながらサッと隠れ身のローブのフードを被った。
 ガチャガチャと音を立て、忙しなく歩き回り、辺りを見張る兵士達。
 すると、遠くの方から、聞き覚えのある笛の音とメロディーが響いてきた。
 楽隊の者達が、今朝王宮の中庭でやっていたのと同じように、あの土の笛で音楽を奏で始めたのだ。
 墓参の儀とやらが始まったのだろうが、さすがに木箱の中からでは、目視での確認はできそうも無い。
 しかしながら、何度聞いても、この笛の音は好きになれそうにないなと俺は思う。

「イカーブ様は、いったい何を考えておられるのだろうな? あんな状態の奴を、地下牢にそのままにしておかれるとは……。見張りに残された者も気が気ではあるまい」

「仕方がないさ、それも我ら兵士の仕事だ。しかしなんだ……、まさか、仲間を平気で喰らう奴がいるとはな。それも、王宮警護の兵士の中でも選りすぐりの、あの若さで副兵長にまで上り詰めた彼がだぞ? いやはや、全く恐ろしい。俄かに信じ難い話だ」

 すぐ近くにいる兵士二人が、木箱の真ん前に立ち止まって無駄話を始めたようだ。
 話の内容からして、どうやらティカの事だなと俺は推測する。
 確かティカは、トエトに自分の事を副兵長だと言っていたし……、仲間も食っちゃったしね。

 二人の話によると、どうやらティカはここへは来てないらしい。
 イカーブは確か、ティカも生贄にするって言っていたはずなのに、何故?

「イカーブ様は、奴をどうする気なのだろうな?」

「さぁな。お偉方の考えは俺には理解し兼ねる。しかし、彼が生贄から外された事には、何か理由があるはずだ」

「確かに。理由は分からぬが、奴は我々の手に負えないほどの力を持っていたぞ。何がどうしてああなったのか……、 まるで別の生き物のようだった。まさかとは思うが、イカーブ様は、奴を何かに利用するつもりなのだろうか? 例えば……、今夜王宮にて行われる、外海からの客人達との謁見会に関係があるとか??」

「大いにあり得るな。今夜の謁見会は異例中の異例だ。相手は遥か遠く、海の彼方よりやってきた魔法を使う異形種の集団。我が国に来た目的が何なのか分からぬ以上、少数とて最大戦力をもって迎えねばなるまい。謀反者とはいえ、彼は元は兵士。それも副兵長のティカ殿だ。元々の実力は申し分ない上に、あの変貌ぶりときた。あの力は、並大抵の者では太刀打ちできまい。目前に敵あらば、主君の為に剣を握り戦うのが兵士の性であり務めだ。今は、檻の中に入れられた獰猛な野獣にしか見えないが……。一度敵前に立てば、彼も我を取り戻すやも知れん」

「ふむ……。俺はそう上手くいくとは思えないがな。共喰いだぞ? 我々が生きる為に卵を食うのとは訳が違う。たとえ奴が正気を取り戻し、己の過ちを悔いて懺悔し、罪を許されようとも、俺はもう仲間だとは思えない。あのまま、死して屍と成り果てるまで、地下牢の檻の中に閉じ込めておけばいい」

「ははは、お前もなかなかに厳しい奴だな。なに、全ては我らの憶測に過ぎん。イカーブ様はもっと別のことを考えておられる事だろう。今の会話が全て的外れの可能性だってある。余計な事は考えず、我らは与えられた仕事をしようじゃないか。行こう」

 二人の兵士は、ガシャガシャと音を立てながら遠ざかって行った。

 ……ふむ、今の話から分かったことが二つある。
 一つ目は、ティカは生贄にされる事が取り消され、今もあの地下牢の檻の中にいるという事。
 二つ目は、ノリリア達の謁見申し立てが通り、今晩王宮にて謁見会なるものが開かれるという事。
 
 兵士の話から察するに、ティカは、俺が与えたカービィの試作薬によって、かなり強力な力を得てしまったらしい。
 その為に、生贄にするのは勿体ない、とでもイカーブは考えたのだろう。
 一応、知性は元のままみたいだったから、話は通じるわけだし……、言いくるめて戦力として生かそう、という事なのかも。
 まぁ、ティカの意思は相当固いだろうから、易々と寝返ったりはしないはずだし、大丈夫だとは思うけど……、なんか心配だな。

 そして、ノリリア達の謁見が認められたという事だが、これはさっき、カービィからちょろっとだけ聞いた。
 ……ほんとに、ちょろっとだけね。

「ノリリア達は、今夜王宮に行くんだとよ。けど、あいつらはその宰相や悪魔の存在を知らねぇから、もしもの時の為に、内情を知ってるギンロとカサチョをあっちに残したんだ。なぁ~に、心配いらねぇよ。ノリリアはローズから、悪魔と遭遇したら逃げろって命令を受けてるし、ギンロも一度命を落としかけてんだから、無茶に戦う事はしねぇだろ」

 ヘラヘラと笑いながら、カービィはそう言っていた。
 けど……、本当にそうだろうか?

 ノリリアは、人一倍正義感が強い。
 悪魔は全世界の敵であり、倒さなくちゃならない相手だと、ノリリアは考えているはずだ。
 でも、それと同じくらい、ルールとか規律を守らなくちゃって気持ちも強いはず。
 ローズの、悪魔と戦うな、逃げろ! って命令を、軽々と破る事も出来ないだろう。
 もし、悪魔と対峙してしまったら、果たしてノリリアはどっちを選ぶのか……
 ノリリアの事だから、もちろん状況にもよるだろうけれど、目の前に現れた悪魔をみすみす取り逃したりはしないと思う。
 この際だし、せめてノリリアには真実を伝えておいた方が良かったのでは? と俺は思うのだが……、うん、時既に遅しだしな。

 それよりも、心配なのがギンロだ。
 カービィはまだ分かってないんだ、ギンロのめちゃくちゃっぷりを。
 あいつは、稀に見る中二病全開の脳筋なのだ。
 確かに、一度は内臓が飛び出しそうなほどの深傷を負って、瀕死になってたけれど……、それはもうきっと、彼の中では過去の出来事だ。
 あの時の己を越える為、我は再び悪魔と戦う! とかなんとか言って、迷わず剣を抜くに決まってら。
 カサチョは未だに思考回路がよく分かんないし、どっちかっていうと逃げて隠れてる印象しかない……、つまり頼りにはならないと思われる。
 となると……

「なんか、あっち……、やばくない?」

 俺は一人、ボソッと呟いた。

 謁見会は、今夜開かれるというが、それはいったい何時くらいなんだろう?
 そもそも、これから生贄の儀式が始まるというのに……
 儀式自体がどれほどの時間を有するのか分からないが、新月の夜に行われる、とトエトは言っていたはず。
 だったら、日が落ちてから始まるはずだ。
 それに加えて、王宮に戻るには、この大所帯で来た道を引き返さなければならず、おそらく数時間はかかるだろう。
 となると、謁見会はかなり深夜になるんじゃなかろうか??
 真夜中の謁見会とか……、なんだか嫌な予感しかしないんだが。

 仮にここで、無事にチャイロを救って、グレコとカービィと合流出来たとして……
 風の精霊シルフのリーシェに力を借りれば、王宮までひとっ飛びで移動できる。
 そうすれば、謁見会が開かれる前に、ノリリア達に真実を告げる事が出来るんじゃなかろうか?
 つまり、ノリリア達がイカーブや悪魔と対峙してしまう前に、謁見会を止める事が出来る。
 ……うん、なんだか、そうする他に道は無いような気がしてきたぞ。

 自分の考えに納得し、コクコクと頷く俺。
 しかしながら、俺はこの時、すっかり忘れていたのだ。
 もう一つの、厄介な存在……
 人知れず、王都のそこここに潜んで、戦いの時を今か今かと待っている、ゼンイや奴隷仲間達の事を。 
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