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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

559:極!増強薬!!

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「い、いくよ? いっせ~のぉ~せいっ! ふんむっ!!」

 巨大なティカの腕を懸命に持ち上げて、その付け根をティカの肩へと力いっぱい押し付ける俺。
 すると……、グググッ、バキッ!

「がぁああぁぁぁっ!?!!?」

 ヒィイィィ~!!!!!

 関節がはまる鈍い音が聞こえると同時に、ティカは竜の咆哮のごとき悲鳴を上げた。
 あまりに悲痛なその声と、大きく大きく開かれた凶暴な牙が生え並ぶ口に、俺は思わず後ろへと仰反った。

 いいっ!? い……、痛いよね?
 そ、そりゃそうだよ。
   抜けた腕を力任せに元の位置に戻すなんざ、荒療治にもほどがある。
 もし自分だったらと思うと……、考えただけでも気絶しちゃいそう。

 ティカは、痛みに耐えているのだろう、額に大粒の冷や汗をかきながら歯を食いしばり、俯いたままの格好でプルプルと小刻みに震えている。
 あまりに痛々しいその様子に、余計な事をしてしまったのではないかと俺はハラハラする。
 しかしながら、先程までダラリと床に垂れ下がっていたティカの右腕は、元の正しい位置へと戻ったようだ。
 ゆっくりと右腕を動かして、掌をグッパグッパし、正常に機能する事を確かめたティカは、フーッと大きく息を吐いた。

「おいっ! うるさいぞっ!! 静かにしろっ!!!」

 遠くから、見張りの兵士の叱責が飛んできた。
 ビクッと身震いする俺だったが、兵士がこちらに来る様子はない。

「うぐっ……、はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ありがとう、モッモ……」

 そう言って、無理して笑うティカを前に、俺は目に涙をいっぱい溜めて、泣きそうになっていた。

 地下牢の檻の鉄格子は、小さな体の俺ならすんなり通れる程の間隔があって、なんなく中に入る事が出来た。
 そうして近付いてみて分かったティカの体の状態は、想像以上に酷いものだった。

 拷問を受けたらしいティカの顔は、執拗に殴られたのだろう、その表面は化け物みたいにボコボコで、顔面全てが腫れ上がっている為に、どこに目と鼻があるのか分からないほどだ。
 特に目の周りは腫れが酷くて、肉が盛り上がっている為に視界が狭くなっており、視覚は全くといっていいほど使い物にならなくなってしまっているらしい。
 鼻も、殴られた事によって鼻の穴の中まで腫れ上がってしまっていて、呼吸がし辛いと言う。
 唯一、顔のパーツで無事だったのが耳で、俺の小さな足音が聞こえてきて、こちらに気付いたとの事だった。
 関節が外れていた右腕はなんとか戻したけれど……
 残念ながら、切り落とされてしまった尻尾はここにはなく、俺にはどうする事も出来なかった。
 傷口から流れ出たのであろう、床に出来た乾きかけの血溜まりを前に、俺はフルフルと体を震わせていた。

「はぁ……、ふぅ~……。それで、チャイロ様はどうなされた?」

 こんなボロボロの状態になっても、まだチャイロの心配をするなんて……

「チャイロは……、チャイロは、生きたいって言ったよ。だから助ける。僕が、必ず助けるから」

 ティカを安心させる為にそう言った俺だったが、残念ながら、泣きそうになっているから声が震えている。
 
「ははは、そうか。なら良かった。自分の体はもう、どうにも使えそうにないのでな……。モッモ、チャイロ様の事、頼んだぞ」

「なっ!? そんな事っ!! そんな事言わないでよっ!!!」

 まるで死んじゃうみたいじゃないかっ!?

「悪いな。しかし……、うぅっ!? ぐうぅ……、はぁ、はぁ……。なかなかにこれは、厳しいぞ。外から見ただけでは分からんだろうが、腹の中が、やられてな……」

 腹の中? まさか、内臓が??

「お腹のどこっ!? どこが痛いのっ!!?」

「はは……、どこだろうな。もう、どこが痛いのかも、よく分からん……」

「そんな……、ティカ! しっかりしてよっ!?」

 笑ってはいるものの、どこか虚な様子のティカに、俺は焦る。
 切られた尻尾からの出血は既に止まっているようだが、出血量は相当なものだったはず。
 血が足りず、更には内臓までやられているとなると、命が危ないのではないか?
 そう考えた俺は、急いで鞄の中に手を突っ込んだ。

 確か……、回復ポーションとか、傷口に効く薬とかがあるはずだ。
 どこだ? どこだっ!?

 ゴソゴソと鞄の中を漁り、俺の手が掴んだのは、いつもの回復ポーションだ。
 これは、いわゆる元気薬だと俺は考えている。
 微熱だとか、体の倦怠感だとか、そういうちょっとした不調に効くポーションだ。
 俺も何度かお世話になっている物ではあるが、これでティカの状態を良くする事が果たして出来るだろうか……?

「ティカ! ちょっと、これ飲んでみてっ!?」

 物は試しだ!
 飲みやがれいっ!!

 上部の蓋を取って、回復ポーションの小瓶をティカに手渡す俺。
 
「む? 何だこれは??」

 若干警戒しながらも、ティカはそれを口へと運んだ。

「ガッ!? ゲホッゲホッ!! 何だこの味はっ!!?」

 ふむ、どうやらお口に合わなかったようだな。
 そりゃそうだ、結構苦いんだから。
 でも仕方ないじゃないか、お薬なんだもの。

「どう? 体は?? こう……、元気になった???」

「体? ……いや、何も感じない。少し……、腹の辺りが、温かい気はする」

 ふむ、どうやら効果は薄いらしい。
 そりゃそうだ、ティカがあまりに重症過ぎるんだから。
 だけど、今の俺には、これの他に頼れる物なんて……

 再度鞄をゴソゴソと漁る俺。
 すると、別の小瓶が手に触れた。
 そっと取り出してみると、何やら見覚えのある、真紫の怪しげな液体が入った、三角形の小瓶が出てきた。
 小瓶に貼り付けられているラベルには、『極!増強薬!!』と、汚い字でデカデカと書かれている。

 これは確か……
 ロリアン島に到着する直前に、魔法王国フーガにて調達した材料を使って、カービィが船内の自室で作っていた物だ。
 朝早くから夕暮れまで、ずっと小鍋でコトコト薬草を煮込んでいたものだから、部屋中が薬草臭くなっちゃって、隣の俺とグレコの部屋にまでも、その匂いが入り込んできたほどだった。
 ちなみに、カービィと同室のギンロはその匂いに耐えられず、その日は甲板で一日を過ごしたようだ。

 部屋に篭りきりのカービィが気になった俺は、匂いを我慢して何度か覗いてみたのだが……
 部屋には様々な種類の乾燥した植物や、球根や果実、種子などが散乱していた。
 他にも、色とりどりの液体が入った瓶に、生きたカエルや虫などが入った籠がいくつか乱雑に置かれていて……
 その中心に、一心不乱に小鍋をかき混ぜながら、薬を調合するカービィの姿があった。
 何より引いたのが、薬を作るカービィの顔がいつになくヤバかった事。
 口元に薄ら笑いを浮かべながら、目をカッ!と開いた世にも奇妙な表情で、延々と薬を調合していたのだ。
 そして、出来上がった真紫の液体を、満面の笑みを称えながら、三角形の変わった小瓶に入れているカービィの姿を、俺は目撃していたのだった。

 増強薬って……、まさか変な薬の事じゃなかろうな!?
 夜頑張る為に、男が飲むというあれじゃなかろうなっ!??
 しかも『極』って、どんだけだよっ!?!?

 けど、今この薬を俺が手にした事には、何か意味があるような気がする。
 この神様鞄は、何故だかその時々によって、俺に必要な物を勝手に手に取らせる節があるのだ。
 となると、今回も……?
 
 しばし自問自答する俺。
 しかしながら、答えは最初から決まっていた気がする。

「ティカ! 今度はこれを飲んでみてっ!!」

 上部の蓋を取って、真紫の液体が入った三角形の小瓶を、ズイッとティカに差し出す俺。
 
「今度は何だ?」

 かなり嫌そうな表情ながらも、素直に受け取るティカ。

「これを飲めば、元気になれる! ……かもっ!!」

 確証は全くないけどねっ!!!

 小瓶の口から、クンクンと匂いを嗅ぐティカ。
 かなり強烈な臭いがするものの、元々嗅覚が鈍いであろうティカはあまり気にせず、訝しげな顔をしながらも、グイッと一気にそれを飲み干した。
 すると次の瞬間!

「グッ!? グハァッ!?? うっ、うぁっ……、うぁあぁあああぁぁぁ~っ!?!?」

 ヒィイィィ~!!!!!

 ティカはまたしても、大きく大きく口を開け、牙を剥き出しにしながら、苦しそうに叫び声を上げた。
 それと同時に、全身の血管がボコボコと浮かび上がって、鱗で覆われた体表がグネグネと生き物のように蠢き始めたではないか!?
 ティカの全身は激しく痙攣し、開かれた口からは大量の泡を噴いている。
 眼球は裏返り、見開かれた目は白目となって、身体中から白い湯気が立ち上り始めた。

 やっ!? やっ!?? やべぇえぇぇっ!??

 ゾンビ映画のワンシーンのような目の前の光景に、俺の体はガタガタと震え出し、オシッコがちょびっと漏れた。
 地下牢の鉄格子にしがみ付き、怯える俺。
 けれど、それらはすぐに治って……
 力なく、ガクッと項垂れたティカは、体から湯気を立ち上らせたまま、ピクリとも動かなくなってしまったのだ。

 や……、やっちまったか?
 やっちまったのか俺??
 ティカを……、殺っちまったかぁあっ!?!?
 あぁあああぁぁ~~~っ!?!!?

 俺は頭を抱えて、愕然とした表情でその場にへたり込む。
 だがしかし、俺の予想とは裏腹に、状況は好転した。

「あぁ……、とても良い気分だ。今なら、何者にも負ける気がしない……」

 ゆっくりとそう言って、ティカは頭を上げた。
 その顔は、ついさっきまで殴られてボコボコだったはずなのに、全てが綺麗さっぱり元通りになっている。
 全体の腫れが引き、目元の盛り上がりも無くなって、いつも通りの……、いや、いつも以上に鋭く赤い瞳が、まるで肉食獣のようにギラギラと光っている。
 
「ティカ!? よ、良かった!! 大丈夫なんだねっ!??」

 半泣きで、ティカに駆け寄る俺。
 するとティカは、俺をジィーッと見つめて……

「美味そうだなぁ~」

 口から涎を垂らしながら、ニンマリと笑ったではないか。

 ……は? 美味そう??
 何が??? 俺が????

 ヒッ……、ヒィイィィイイィィィ~~~!!!!!
  
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