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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

556:神様が俺に与えた試練

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「お待たせしましたモッモさん。朝ご飯です」

   部屋に戻ってきたトエトは、両手に一つずつ持っていたお盆のうち一つを、ベッド側の机の上に置いた。
 上蓋を取って、中から現れたのは勿論……

「くっ!? やはりオムレツかぁ……」

   ほかほかと白い湯気を立ち上らせながら、美味しそうな匂いを漂わせてくる黄色いそれを、俺はなんとも言えない顔で見つめる。

「あ、そうでした……、モッモさんは野菜しか食べられないのでしたね。けど、シェフにはチャイロ様の為に二皿用意して欲しいと言うしかなかったので……。お気に召さなければ、中の野菜だけ食べてください」

   トエトはそう言って、もう一つのお盆を手にしたまま、チャイロの部屋へと姿を消した。

 さてさてさて……、どうしてくれよう、このオムレツ。
 これは間違いなくあれだ、紅竜人の卵から作られたオムレツだ。
 つまりは、チャイロやトエト、ティカのようになるはずだった子供達の……、ぐふっ。
 考えるのはよそう、気持ち悪い。

 頭の中に、先日目にした光景が鮮明に浮かび上がり、俺は顔を青くした。
 厨房にて、シェフの手によって破られた卵の中から、ヌルンと現れた小さくて真っ赤な紅竜人の幼体。
 それは真下にあるボウルの中に落とされて、シェフは「可哀想に」と呟きはしたものの、遠慮なくゴミ箱に投げ入れていた。
 なんとも無慈悲、なんとも非人道的な行い。
 同族の産み落とした卵を食糧にするだけでなく、誤って混じっていた生まれるべきだった子供を、あんな風に扱うなんて……
   思い出すだけで身の毛もよだつほどだ。

 だがしかし、残念ながら俺の空腹は限界に来ている。
 起きてからずっと、腹の虫がグルグルグルグルと唸り声を上げ続けているのだ。
 そして、俺の意思に反して、俺の口からは大量のヨダレが流れ落ちていた。

 くっそぉ~……
 この忌々しい記憶さえなければ、目の前にあるのはただの美味しそうなオムレツなのにっ!

   少し離れた場所から、オムレツを横目で睨み付け、俺は葛藤する。

 これを、食うのか? 食いたいのか??
 ……いやいやいや、いくらなんでもそれは無い。
 食いたいだなんて、思うわけ無いじゃないかこんなもの。
 だって、紅竜人の卵から作ったオムレツだぞ???
 微塵も思ってないよそんな事。
 食べるなんて無理無理、無理だよ、絶対に。
 ……だけど、腹が減って仕方がないのも事実だ。
 鞄の中にはまだ、お土産のシュークリームが残っているけれど、昨日からずっと甘い物ばかり食べていたから、正直もう食べたくない。
 ちょうどそろそろ、塩気とタンパク質が欲しかったところなのだ。
 このオムレツは……、塩気は少なそうだが、卵なので間違いなくタンパク質である。
 それに加えてこの香ばしい匂い、食べたらさぞ美味しいことだろう。
   ボリュームも申し分ないし、完食すれば必ずやお腹も満たされるはずだ。
 それに……、この先、何が起こるか分からない。
 生贄として泉に沈むチャイロを助けるだなんて、そんな大それた事、俺には到底できっこない。
 ……まぁ、もはややるしか道はないのだけど、不安過ぎる。
 つまるところ、そもそも通常でもできっこない事なのに、更に腹ぺこのフラフラ状態だなんて……、そんなの、今度こそ本当に死んでしまうぞ????
 それだけは御免だ。
 これはきっと、神様が俺に与えた試練なんだ。
 この弱肉強食の世界で生き残りたいなら、紅竜人の卵だろうがなんだろうが、食べられないなんて言ってちゃ駄目なんだ。
 生きる為に、栄養を補給して、頭をフル回転させて、いつもの十倍……、いや百倍……、いや千倍! 頑張らないとっ!!

 決心した俺は、一歩ずつ静かに、テーブルへと近付いていく。
 ランタンの明かりに照らされて、テラテラと美しく輝く黄色いオムレツ。
 ごくりと生唾を飲み込んで、お盆の上に置かれていた少々サイズオーバーなスプーンを手に取った俺は、ドキドキしながら、オムレツの表面にそっとスプーンを挿し込んだ。
 思ったよりもオムレツの表面は柔らかく、ふんわりとしている。
 中にはゴロゴロとしたざく切りの生野菜が大量に入っていて、青臭い匂いが漂ってきた。
 普段なら、オムレツの中に生野菜なんて、有り得な過ぎて引いちゃうとこなんだけど……
 腹ぺこの状態だけあって、その青臭い匂いさえも、今の俺には美臭に感じられてしまった。

 ……く、食うぞ。
 紅竜人の卵から作られたオムレツを、食うぞ。
 だ、だだ、大丈夫。
 食べたからって、何か悪い事が起きるわけじゃないんだし……、大丈夫、大丈夫。

   ビクビクしながら、スプーンでそれをすくって、恐る恐る口へと運ぶ俺。
 大きく口を開けて、意を決して、アムッ! と頬張ってみると……

「ハァンッ!? 何これっ!?? 美味ひいぃっ!!??」

 思わず俺は叫んだ。
   口いっぱいに広がる、ジューシーな半熟卵。
 ざく切りの生野菜は新鮮そのもので、歯応えが良く、甘味もあってなかなかいける。
 つまりは、めちゃくちゃ美味しい。
 もぐもぐ、ゴクンッ! と一飲みした後はもう……

「ふんふんっ! 美味ひいなこへっ!! ふんふんふんっ!!!」

   先ほどまでの嫌悪感はどこへやらだ。
 俺は、大きなスプーンを力一杯握り締め、猛スピードで次から次へとオムレツを口へと運び、そこにあった全てを、ものの一瞬でペロリと平らげてしまった。

「あぁ~……、ゲフゥッ! いやぁ、美味しかったな。満足満足♪ ゴァップゥッ!!」

   腹が満たされた俺は、品無く豪快にゲップをし、案外自分も図太かったんだな~、なんて思いながら、まん丸になったお腹をスリスリとさすった。
 すると、チャイロの部屋からトエトが戻って来て……

「あら? もう完食されたのですか??」

   少々驚いた様子でそう尋ねてきた。

「ふぇ? えと……はい。とても美味しかったです。御馳走様でした」

   両手を合わせて、深深と頭を下げる俺。

「体の小さなあなたが、あの量を一瞬で平らげるなんて……。よっぽどお腹が空いていたんですね。それに……、食べられたのですね、卵」

   キョトンとした様子のトエトに対し、腹が満たされて気持ちが落ち着いた俺は、締まりなくにへらと笑った。

「まぁ、ちょうど良かったです。今し方、チャイロ様がお目覚めになられて……。朝食を取る前に、モッモさん、あなたに話があるそうですよ」

「え? チャイロが僕に??」

「そうですよ。さぁ早く、行って差し上げてください」

   トエトはそう言って、チャイロの元へ向かうようにと、俺に指示した。

 そういや、昨晩イグには会ったけど、チャイロには俺が結界に触れて倒れた後は会ってないのだ。
 同一人物だから、会ってないというと語弊があるけれど……

   チャイロはあの時、言葉に出してはいないけれど、きっと思ったはずだ。
 生きたい、と……
 友達が生きたいと願うのなら、助けなくちゃね!
 
 俺は、食べたばかりなので横っ腹が痛くなるのを心配しつつも、駆け足でチャイロの部屋へと向かった。
 
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