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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

540:わっかんないなぁ〜

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「【白き神】などと呼ばれる者は、これまで聞いた事がない。【彼者】といい……、ここにある石版には、自分が知らぬ事ばかりが記されているな。自慢ではないが、自分の生家はそれなりの富を持った家柄だった故、国の歴史については幼き頃より師に余す事なく教えてもらったはずだ。それだというのに……」

   悔しそうな表情のティカの言葉を聞きながら、俺は腕組みをして考える。

   アーレイク・ピタラスの大陸大分断が行われたイグリャ歴681年に、紅竜人の前に現れた白き神。
   その者の助言によって、当時の王様は、未だよく分からない謎の彼者を、金の檻に捕らえた。
   それから五年後、ククルカンの再来が現れて、当時の王様に刃を向け、長きに渡る紛争となった。

   これを、どう捉えればいいのだろう?
   もしかして、白き神というのは、アーレイク・ピタラスの弟子の一人、ロリアンの事だろうか??
   ロリアンの外見を全く知らないので、彼(彼女かな?)が白いのかどうかも分からないけれど……
   でも確か、アーレイク・ピタラスの四人の弟子は、残党悪魔を討伐する為に、大陸大分断の直後に、それぞれの島へと渡っているはず。
   だとしたら、この白き神がロリアンである可能性は無きにしも非ずだ。

   しかし、可能性はもう一つある。
   この白き神と呼ばれる者が、実は悪魔だった、という可能性だ。
   彼者が何者なのかは分からないけれど、その彼者を捕らえて力を奪え、なんて助言する白き神に、あまり良い印象は持てない。
   もし、この白き神が悪魔だったとしたら……
   当時の王様は、悪魔に唆されて彼者を捕らえた、って事になるんじゃないか?
   その場合、彼者っていうのは、ロリアンの事を指すのでは??
   ……あ、でも、それだと変だな。
   暦書によると彼者は、もっと昔にこの地に現れたはずだ。
   少なくともロリアンは、大陸大分断の後でしか、ここへは来てないはず。
   じゃあ……、彼者って何なんだ???   

   それに、何故この石版だけ、こんな風に割られて、棚の影に隠されていたのだろう?
   考えられるとすれば、ここに書かれている事を隠したかった誰かが、石版を破壊したという事だ。
   いったい誰が、何の為に……??
   
「う~ん……、わっかんないなぁ~」

   首をひねりながら、小さく唸る俺。
   するとその背後で、ガチャリ、ギーっと音がした。

   ん? ドアが開いた??

   スタスタと足音が近づいて来て……

「ぬ!? お前、そこで何をしておるっ!?? 兵士は立ち入り禁止であるぞっ!!??」

   振り返るとそこには、白いローブに身を包んだ、見覚えのない年老いた紅竜人が立っていた。
   驚いた表情のその紅竜人は、おそらく識者と呼ばれる国の大臣の一人だろう。
   シワシワな顔を歪ませながら、激しくティカを睨みつけている。

   ……どうやら、年老いて視力が更に低下しているのか、小さな俺の存在にはまるで気付いていないらしい、全く視線が合わない。
   不幸中の幸いだが、なんだか悔しいな。

   そのシワシワの目が、机の上の石版を目にした途端、大臣は明らかにあわあわとし始めた。

「そ、その石版は!? まさか……、謀反かっ!!?」

   血相を変えて、慌てて扉に向かい、外に出ようとする大臣。

「しまった、油断した」

   ティカは小さくそう呟くと、腰に携えた剣をスラリと抜いた。
   そして、瞬きするほどの一瞬の間で、大臣の真ん前まで間合いを詰めたかと思うと、躊躇なくその剣を頭上に掲げ、大臣目掛けて振り下ろした。
   
   ふぉっ!? 斬るのっ!!?

「ひぃっ!? ぐはぁっ!!!」

   悲鳴をあげる事すら許されないままに、大臣はその場に倒れ込む。
   
   キャアアァァァーーーーーー!!!

   俺は突然の出来事に身動き一つ取れず、心の中で叫びながら、両手で目を覆った。

   な、なんて事をっ!? こここ、殺しちゃったのっ!!?
   辺りには、生々しい真っ赤な血飛沫が大量に飛び散って……、ない!!??
   あ……、なんで……、あれ?????

   俺はそっと両手を下ろし、目の前で起きた事の確認を急ぐ。
   床に倒れたままの大臣は、白目を向いて完全にノックアウトされているものの、身につけている白いローブは綺麗なままだ。
   という事はつまり……

「安心しろ。つかで首の後ろをやっただけだ。死にはしない」

   ティカはそう言って、ちょっぴり笑いながら、握りしめている刀剣の柄を指差した。
   その、してやったりって顔が、なかなかに悪人面だ。

「あ……。そ、そう……、へぇ~」

   ビックリしたやら、ホッとしたやらで、俺は間抜けな返事しか出来ない。

   てか、ティカの奴、なかなかに良い動きをするな。
   短い距離とはいえ、一瞬で相手を仕留められる位置まで移動出来るとは。
   剣術も、かなりの腕前とみたぞ。
   動きが速すぎて、完全に斬り捨てたと思ったけど、まさか柄を使ったなんて……、視力が抜群に良い俺でも全く見えなかった。
   ふむ、さすが紅竜人、蛮族指定されているだけあるな。
   蛮族指定万年一位のフェンリルであるギンロは、勿論すっごく強いけど、速さだけならティカの方が勝ってるかもしれない。

「さて、こうなってしまっては急がねば。思わず体が動いてしまったが、さすがに罪の無い大臣を亡き者にするのは気が引けるのでな。このまま殺さずにおこう」

   気を失ったままの大臣をズリズリと引きずって、石版の棚の影に隠すティカ。
   念の為なのか、大臣が身に纏っている白いローブを器用に操って、その手足をギュッと縛っていた。
   だけど、結構雑な隠し方だから、見え見えの丸見えだ。
   次に誰かがここにきたら、100パーセント見つけられるだろう。
   それに、気を失っているだけなら、いつ意識を取り戻すか分かったもんじゃない。
   ティカの言うように、急がないと……
   
「それで……、もう充分か? 知りたかった事は知れたのか??」

「あ、うん。まだ分からない部分は多いけど……。でも少なくとも、ククルカンの再来と呼ばれる者達が、これまでの歴史の中でどんな事をしてきたのかは分かった……、と思う、うん」

   ティカの問い掛けに、歯切れ悪く答える俺。

   正直なところ、謎は深まるばかりだ。
   五百年前、いったい何があったのか。
   ククルカンの再来は何故、当時の国王に刃を向けたのか。
   そして、白き神と彼者の正体とはいったい……?  
   分からない事だらけだけど、もうこれ以上、ここで何かを得られるとは思えない。
   だったら、早い事トンズラこいた方が良さそうだ。

「ならば一度、チャイロ様のお部屋へ戻ろう。先ほど中部屋より扉を何度かノックしてみたのだが、反応が無くてな。まだお休みされているのかも知れないが……、お側を離れぬ方が良いだろう」

   そう言いながら、ティカは剣を腰の鞘へと戻す。
   そして、俺の体をヒョイと抱えて、自らの肩に乗せた。
   俺は隠れ身のローブのフードを被り、ティカと共に書庫を後にした。
   
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