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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

535:金ピカの地下牢

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「……ふぅ、はぁあぁぁ~~~」

   暗闇の中で、俺は大きく溜息をついた。

   もう、なんだってこんな事になったんだ?
   こんなはずじゃなかったのに……

   何時ぞやのように、目の前にある頑丈な鉄格子を両手で握り締め、恨めしげにあちら側を睨む俺。
   少し離れた場所には、松明の灯りに照らされて、見張りの兵士の巨大な影が揺れている。   
   今、人生……、もとい、ピグモル生で二度目となる地下牢の牢屋内に、俺はいます。

   さっきまでは、俺がチャイロを助けるんだ! と、鼻息荒く意気込んでいたというのに……、なんだこの体たらくは?
   助けを呼ぼうにも、先ほどチルチルに告げた自分の言葉を思い出すと、今のこの状況が恥ずかし過ぎて、とてもじゃないが呼べやしない。
   俺は、自分の惨めさを憐れみ、自分の浅はかさを呪った。

   しかしまさか、あのティカまでもが俺を裏切るなんて……
   いったい誰が想像できただろうか?
   (否、作者ですら、予想だにしていなかったに違いない)

   ティカの裏切りに茫然とする俺が、屈強な紅竜人に胴体を鷲掴みされ、ぷらんぷらんと宙に浮いたまま連れて来られたのが、この王宮の地下牢だった。

   しかしながらここは、地下牢というには少々異質だ。
   何故ならば、地上階と同じく、壁も床も天井も、キンキラの金ピカで出来ているからだ。
   そのせいかは分からないが、空気が乾燥していて、地下牢独特のどんよりとした雰囲気はまるでない。
   灯りが少ないので眩しくはないし、暗いことは暗いのだが……、なんだろう、鉄格子があるだけの豪華なだだっ広い空間、といった感じだ。
 いったい何の為に、地下牢をこんなにも金ピカにする必要があったのだろう?

   それとは別に、不思議な事がもう一つ。
 何故か足元から、ゴーゴーという騒音が絶えず聞こえ続けているのだが……、この音はいったい何なんだろう?
 地下牢や更に下に、いったい何が??

   兎にも角にも、前方にも左右にも、俺が入っているのと同じような牢屋が沢山あって……、しかし不思議な事に、その全てが空っぽで、辺りに死臭や異臭は全く漂っていない。
   つまりここは、ほとんど使われていないようなのだ。
   一応の、形だけの場所なのだろうか??
   妙な音がするし、暗いから、気味が悪い事には変わりないのだが、本当にここは地下牢なのか??? と疑いたくなるほどだ。

   というのも、皆さんご存知のように、俺はこれまでに一度、地下牢というものを体験した事があるのです。
   そう、以前、グレコの故郷、セシリアの森のエルフの里にて、勘違いしたブラッドエルフの馬鹿衛兵に捕らえられた際に連れていかれた場所は、ザ・地下牢! だった。
   ジメジメしてたし、絶えず水の滴る音が聞こえていたし、周囲の空気もどこか黴臭かったのを鮮明に覚えている。
   まぁ、人生初の……、いや、ピグモル生初の地下牢だったし、あの頃の俺はまだまだ未熟だったから、ショックを受け過ぎて、実際よりもその光景が酷く見えていたのかも知れないが……、あの経験は衝撃的だったな。
   今となっては、あれも良い思い出……、なわけあるかっ!
   あれはあれで汚点だよっ!!
   頭にくっさい袋被せられて、初対面のイケメンエルフに罵倒されて……、良い思い出になんか一生できるか馬鹿野郎っ!!!
   現状と違って、あそこにはテッチャがいたし、結果的には簡単に抜け出せたから良かったけどね、けっけっ。
   ……まぁ、何が言いたいのかというと、あのザ・地下牢に比べれば、今いる地下牢は百万倍マシって事だ、うん。

   目の前にある鉄格子は、例によって、俺ほどの小さな体であれば、その隙間からスルリと抜け出られる仕様になっている。
   ここを造った紅竜人も、まさかこんな小動物を閉じ込めるなんて想定してなかった、という事でしょうね、はいはい。
   それに、見た目からして筋肉馬鹿な兵士は、俺が身につけている物など全く気にせず、そのまま牢屋へ放り込んだのだ。
   即ち、隠れ身のローブも万呪の枝も、俺の手元にある状態なので、やろうと思えばいつでも、チルチルの助けを借りずに自力で脱獄できるだろう。

   だけど……、脱獄したとして、俺はその後どうすればいいんだ?   
   どうやってチャイロを助けよう??

   きっと、さっきと同じように、チャイロの部屋の周りには見張りの兵士がいるはず。
   加えて、部屋の中にはティカがいるかも知れない。
   もしくは、既にティカがチャイロをどこかに連れて行った可能性もある。
   そんな事になっていたとしたら、この広い王宮内を、俺は一人でチャイロを探して歩き回らねばならない。
   それは断じて得策ではないだろう。
   何を隠そう、今の俺には、そんな事をする体力は一欠片も残ってないのだ。
   イカーブの部屋から戻る際に、駆け足で王宮内を移動していたから、とっても疲れているのです。
   正直に言うと、ちょっと仮眠をとりたいくらい、頭がぼんやりしているし足が棒だ。
   けど、ここにはベッドなどなく、代わりに地面に敷かれたボロボロの茣蓙があるだけ。
   あんなので寝るなんて……、絶対に嫌だね、変な虫が体につきそう。

   こんな、疲れて眠くてボーッとした状態でここから出たって、事態は良い方向には進まないだろう……、と、珍しく冷静に状況判断した俺は、ジッとこの場に立ち尽くしたまま、地下牢に閉じ込められてからかれこれ数十分、ずっと動けずにいるのだった。

   しかし、意外と俺の心の中はサッパリしている。
   周りのカラッとした空気が影響しているのかどうかは分からないけれど、辺りが暗いわりには、あんまり落ち込んでもいない。   
   地下牢も二度目ともなると、なかなかに場慣れしていて、あまり焦る気持ちもない。   
   ただ少し、ティカに対する怒りはあった。

   ……ティカの奴め、俺に「チャイロ様を孤独から救ってくれ」とかなんとか調子良い事言ってたくせに、あっさり裏切りやがってぇ~。
   なんなんだよいったい、紅竜人ってみんなこうなの?
 ゼンイに続いてティカまでもなんてさ。
   裏切りが十八番な種族なわけ??

   そもそもだ、そもそもだぞ……
   俺がチャイロを助けたいって強く思ってしまっているのは、半分はティカのせいだと思うんだ!
   俺は単純だから、誰かに何かを頼まれたら、馬鹿正直にそれを遂行しようと全力で頑張ってしまうのだよ!!
   今回も、ティカにあんなお願いをされたから、俺はチャイロと友達になってしまい、助けなきゃいけない! という使命感を感じてしまっているわけなのだ。
   つまるところ……、半分どころじゃなく、ティカが全部悪いっ!!!

   フンッと鼻から息を吐き、俺は鉄格子から手を離した。
   こんな鉄の棒、ずっと掴んでたって仕方がないのだ。
   何か別の事をしようと、俺は牢屋内に視線を移した。

   ……茣蓙以外、本当に何にもない。
   用を足す為の壺すらないではないか。
   どうやってウンコしろってんだ? 我慢しろってか?? それともその辺でしちゃっていいんですかねぇ???
   まぁ、今は別に便意を感じてないからいいんだけどさ。
   天井はさほど高くは無く、加えて周囲全てが金ピカなので、正直落ち着かない。
   足元から聞こえるゴーゴーという音のせいで、まるで前世でいうところの地下鉄の構内にいるかのような、そんな気分にさせられるし……
   ベッドがあったって、こんな所じゃ寝ていられないな。
   
   すると、俺のお腹から、クゥ~っという可愛らしい音が鳴った。
   腹が減った時に鳴るあの音だ。

   ふむ……、俺も随分と図太くなったものだな。
   この緊迫した場面で、普通に腹が減るとは。
   しかし、生理現象なのだ、仕方あるまい。

   俺は、見張りの兵士がこちらには来なさそうな事を確認してから、ズボンの中のお尻側に隠していた鞄を引っ張り出した。
   紅竜人は五感があまりよろしくない。
   加えてここでは、ゴーゴーといううるさい音が床から絶えず鳴り響いている。
   コソコソと腹ごしらえをしていたとしても、気付かれる事はないだろう。

   俺は、何か入ってやしないかと、鞄の中を漁る。
   しかしながら、腹が膨れそうな物はもうほとんど食べてしまったようだ。
   昨日チャイロに分けてあげた、フーガ土産のシュークリームはまだ沢山あるけれど……、これはみんなへのお土産なんだし、今ここで全部食べるわけにはいかない。
   となると、あと残っているものは~?

   鞄をゴソゴソとして、俺が取り出したのは小さな皮袋だ。
   中には、故郷のテトーンの樹の村でとれる果物を天日干しして乾燥させた物……、つまりドライフルーツが、たんまりと入っている。
   これは非常食中の非常食で、食べる物がない今の状況にピッタリだな。
   まぁ本当は、何かタンパク質が食べたかったんだけどね、例えばオムレツとか……
   昨日の、紅竜人の卵で作ったオムレツは、見た目には凄く美味しそうだったのだ。
   だけど、さすがに厨房でのあの光景を見た後で、あれを平然と食べられるほど、俺はまだ肝が座っていないのである。
   ここを出るまでは我慢しよう、ここを出てから、ダーラに普通の鳥の卵でオムレツを作ってもらおう。
   そんな事を思いながら、俺はポリポリとドライフルーツを口に運んだ。
   その時だった。

「交代の時間だ」

   遠くで何者かの声がした。

「副兵長殿!? えっ!!? 交代!!??」

 驚き焦る兵士の声。

「いいから……、後は任せろ」

「はっ! では、お言葉に甘えて!!」

   会話の内容からして、見張りの兵士が交代したのだろう。
   しかしなんだ? あの声はまさか……??
 それに、副兵長って言ってたけど……???

   すると、ガシャガシャガシャと音がして、何者かが俺のいる牢屋へと近付いてくるではないか。
   俺は慌てて鞄をズボンの中に隠し、口の中に残っているドライフルーツを高速で噛み砕いて、ゴクンと一気に飲み込んだ。
   そして、ぼんやりとした松明の灯りが照らし出したのは……

「あ、やっぱり」

   そこに立っていたのは、先ほど俺を裏切り、地下牢送りにしたティカだ。
   神妙な面持ちで、ティカは俺を見つめている。

「呆れたな、何を食っていた?」

   ティカに尋ねられ、俺はドキッとする。

「ふぇっ!? いや……、な、何もっ!!」

「嘘をつくな、自分はそこまで馬鹿ではない。……果物か?」

   案外鼻が効くらしいティカは、俺がドライフルーツを食べていた事などお見通しらしい。
   鋭い瞳でギロリと睨み付けてくるティカ。
   けれど、俺だって負けてはいない。
   今回ばかりは俺、怒ってるんだぞ!

「裏切り者に答える義理なんてないよ」

   ちょっぴり強気でそう言ってみたけど、めっちゃ声が小さかったから、たぶんティカには聞こえなかったと思う。
   するとティカは、手に持っていた鍵の束を、おもむろにジャラジャラと弄り始めて……

「まぁいい。今から君を逃がす」

   ……ふぇ? 今、なんて言った??

   そう言ってティカは、牢屋の鍵を開けてくれた。
   ガチャリ、ギーッと音を立てながら、ゆっくりと開かれる扉。
   ズカズカと中に入ってくるティカ。
   ティカの行動の意味が分からず、混乱する俺。
   そして……

「モッモ、君には悪い事をした。緊急事態とはいえ、地下牢に入れるなど……、済まなかった。しかし、こうするしか無かったのだ。じゃないと君は、あのまま兵士達に捕まって……、厨房に連れて行かれて、きっと今日の昼食にされていただろうからな」

   なっ!? ちゅ……、昼食!!?

   顔面蒼白する俺。
   ティカは、フッと苦笑いをするが、俺は勿論……、笑えなかった。
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