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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

530:骸骨

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「たぶん……、ここだと思う」

   足元のチルチルに向かって、俺はそう言った。
   目の前にあるのは、一見すると他の部屋と全く同じように見える扉。
   しかしながら俺は感じていた。
   扉の向こう側から漏れ出てくる、禍々しい悪意の篭った気配を。

   ……いえ、嘘です、ごめんなさい。
   気配なんて、全く何も感じてません。
   感じるわけないじゃないですか、俺は魔力皆無なんですよ?
   そんな、何かを感じ取る力なんて、無いに決まっているじゃないですかぁ。
   ちょっとそれっぽく、カッコつけたかっただけなんです、すみません。

   だけど、ここが宰相イカーブの部屋である事は確かだ。
   何故ならば俺は、あいつの匂いを辿って、ここまで来たのだから。
   一度嗅いだら忘れる事のできない、鼻がひん曲がりそうなほどに強烈な、きっつ~い腐敗臭。
   酸っぱいような、生臭いような、とにかく堪え難い異臭だ。
   最初に遭遇した時は、それはそれはもう酷くって……
   しかし、さっきはどうしてだか、幾分か臭いが軽減されていたようだった。
   それでも臭うものは臭う。
   不本意ではあるものの、その異臭を頼りに俺は、宰相イカーブの部屋を割り出したのだった。

『では、中の様子を偵察して参りますので、モッモ様はここでお待ちを』

   足元のチルチルにそう言われた俺は、壁際にピタリと背をつけて、息を潜めて待った。
   
   その時ふと、中庭の光景が目に入った。
   ロの字型の王宮の真ん中にある、広くて大きな、緑溢れる中庭。
   その中央に存在する、巨大で丸いガラスのドーム。
   内部には美しく咲き乱れる花々と、生い茂る南国の草木が見えている。
   そして、その中にあって、異様に黒い蠢く何か……
   それがいったい何なのか、視力が抜群に良い俺でも確認出来ないのだ。
   或いは、確認出来るような物体では無いのかも知れない。
   ……いや、分からんな。

『モッモ様! 大変ですっ!!』

「ふぉっ!?」

   足元から急に、チルチルの可愛らしいお顔がニュッと出てきて、俺はびっくりしてよろめいた。

『今すぐ中に入ってください! 奴の正体が分かります!!』

「しょっ!? マジかっ!!?」

   チルチルに急かされたものの、何処から中に入ればいいんだと、辺りをキョロキョロする俺。
   するとチルチルは、周りに姿が見えてしまう事なんて御構い無しに、床から這い出て廊下を走り、壁の一部を豪快にスコップで掘り始めたではないか。

   ヒャアァッ!?
   誰かに見られたらどうすんのっ!??
   そんなとこ掘って大丈夫なのっ!?!?

『モッモ様! 早く!! ここから中へっ!!!』

   俺一人がちょうど通れそうな小さな抜け穴を掘って、チルチルが叫ぶ。
   だがしかし、隠れ身のローブのせいで、チルチルには俺の姿が見えていない。
   全然違う方向に目配せして、ブンブンと手を振っているではないか。
   ポケットの中にあるピンクダイヤモンドの原石は、いったい何の意味があったのだろうか?
   チルチルのその様は、なんだかとても間抜けで……、可愛く見えた。

   えぇ~い……、ここまで来たんだ、入ってやるぅっ!

   チルチルに言われるまま、壁に掘られた小さな抜け穴へと潜り込む俺。
   廊下側に残ったままのチルチルは、俺が穴を抜けた事を確認した後、掘った穴を元通りに直してくれた。

   ……後でちゃんと、もう一度掘ってくれるよね?
   嫌だよ、イカーブの部屋に閉じ込められるなんてさ。

   一抹の不安を抱きつつも、俺はスリスリと手を擦り合わせながら、辺りの状況を探る。  
   穴は、どうやら壁付けにされているテーブルの下に繋がっていたらしい。
   長いテーブルクロスが上から垂れ下がっているおかげで、物音さえ立てなければ、部屋の中にいるはずのイカーブには、ここに俺がいる事など気付かれなさそうだ。 
   ホッと一安心していると、何やら声が聞こえてきた。

「まだかっ!? 憑代よりしろは!! まだ見つからぬのかぁあっ!!?」

   突然の、怒号に近いその声に、俺は完全にビビってしまい、全身の毛が一気に逆立った。

「今しばらくお待ちを……。焦ってはいけません。貴方様の気高きお心にピッタリの、強靭な肉体を持つ者でないと」

   こちらは聞き覚えのある、宰相イカーブの声だ。
   何やら宥めるような声色で、嫌にゆっくりとそう言った。

「黙れっ! 愚か者めっ!! 一刻も早く探し出せっ!!! さもなくば、お前の体を乗っ取るぞっ!!!!」

   怒り狂ったかのようなその声は、この世のものとは思えないほどに悍ましく、まるで死人が話しているかのような、とても気味の悪い声だ。
   それに、発せられてる言葉は、詳細な意味こそ分からないが、かなりヤバそうな雰囲気を醸し出している。

「ほほほっ、御冗談を。私の老いさらばえたこの体など、偉大な貴方様には全く相応しくございません。どうか、怒りをお鎮めになって下さいませ」

「わしに命令するつもりかっ!? 小汚らしい下等種族の分際で、わしに命令するなど千年早いっ!! 口を慎め愚か者めっ!!!」

   尚も聞こえてくる怒声に、俺は今ここで何が起こっているのかを確かめる為、目の前に垂れ下がっているテーブルクロスの端にあるわずかな隙間から、部屋の中を覗き見た。
   そして、思いもよらぬ光景を目にしたのだ。

   なっ!? ……なんだ?? あれは???

   昼間だというのに、カーテンをピッタリと閉めた灯りのない薄暗い部屋の中、中央のテーブルの上に置かれている奇妙な真っ黒の玉。
   中心に白い光を宿したその玉からは、禍々しい黒い煙が溢れ出しており、それが部屋中を包んでいる。
   そして、煙が渦を巻く中心に、そいつは存在した。

   人でもピグモルでもなく、紅竜人でもないそいつは、蛇のようにうねる黒い煙でその体を形成しているのだが……、その姿形はまるで骸骨だ。
   前世の世界の学校で、理科室にあった人体の骨格標本、その骨が黒いバージョンとでも言えようか。
   天井に届くほどの巨体と、馬鹿でかい髑髏どくろの頭。
   目玉があるべき場所からは、奇妙な浅黒い光を放ち、歯並びの悪い口をガタガタと震わせながら、そいつはイカーブを怒鳴り付け続けている。

   なんだあれぇえっ!?
   こっ、怖ぇええぇぇっ!!?
   お化けじゃん? 妖怪じゃん?? ホラーじゃん???
   ……きょっ!! きょええぇぇぇえええぇ~!!! 

   心の中で絶叫し、身体中に冷や汗が噴き出すのを感じながら、俺は恐怖し、ブルブルと激しく身を震わせていた。
   
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