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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

525:囮

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   ゼンイの影? 何それ?? どういう事???

   自らをゼンイの影だと名乗った紅竜人の形をした煙のような灰色の塊は、ゆらゆらと空中に揺らめきながら、ゆっくりと俺の近くに寄って来た。
   あまりに突然の出来事、意味不明なその姿に、俺は激しく眉間に皺を寄せる。

   影って……、あれか? 
   光に当たるとできる、あの黒い影の事だよな??
   だけど、肝心のゼンイの体、本体は何処にもいない。
   どうなっているんだ???
   
   俺はつい先日、煙化の呪いをかけられたというグレコの親戚に出会ったわけだが……、同じ煙っぽい体だとしても、今目の前にいるゼンイの影は、明らかに彼らとは違っている。
   グレコの親戚はこう、もくもくとした煙の体で、気体のようではあったものの、その体は白く濁っていてその後ろは透けて見えなかった。
   だけども、ゼンイの影はこう、まるで蜃気楼のような存在で、歪んではいるものの、体の向こう側にある後ろの背景が完全に見えてしまっている。
   つまりスケルトン状態、ホログラムのようにさえ思えてしまう姿だ。
   これを生き物と捉えていいものかどうなのか……?
   うん、何が何だかサッパリ分からん。

「理解不能、って感じの顔をしているね」
 
   ゼンイの影は、その顔に赤く光る目と口しか持って無いので表情はよく分からないが、少々小馬鹿にしたような口調でそう言った。 

   ……いやいや、むしろ理解できる方がおかしいでしょうに。
   普通さ、影は本体なしには存在し得ないものなんだからね?
   
「まぁ無理もない。トゥエガでさえも、僕のこの能力を初めて見た時には、口をあんぐり開けて驚いていたから」

   ほう、あのトゥエガが?
   ……いや、トゥエガの事よく知らねぇわ俺。

   トゥエガは、白薔薇の騎士団に五人いる副団長の一人で、体が木そのものな樹木人間だ。
   ゼンイを白薔薇の騎士団に引き入れた張本人であり、ゼンイがかなりの訳有りさんである事を知っていた、唯一の人物。
   カービィとは顔見知りで仲良く話していたけど、俺はほとんど言葉を交わさなかったし、知り合いと呼ぶのも相応しくない。
   なんなら俺は、あの時ゼンイの正体をすんなりと教えてくれなかった事を、若干恨めしく思っているほどだった。
   
   ……いや、そんな事は今はどうでもいい。
   問題は、この目の前にいるゼンイの影が、本当はどういうもので、どういう仕組みでそうなってて、何故ここにいるのか、という事だ!

「えと……、体はどこに?」

   怪訝な顔をして尋ねる俺。
   影なんだから、どっかに本体があるんでしょ? ねぇそうなんでしょ??

「おぉ、さすがはモッモ君だね、勘が鋭い。僕の体は今、城下町の隠れ家にいるよ。仲間のスレイやクラボと共にいる」

   ふむ、なるほどそういう事か。
   つまりゼンイは、自分の影を体から引っ剥がして、自在に操る事が出来るらしい。
   ……まるでピーターパンだなおい。

「城下町って事は……、金山の下って事だよね? 結構距離があるけど、その……、平気なの?? 影が本体から離れても」

「このくらいの距離なら平気さ。まぁでも、この術は長時間行使するとなかなかに疲労が溜まる。あまり長居は出来ないよ」

   ふむ、術なのか。
   まるで忍者みたいだな、分身の術~! って感じで。
   しかし、紅竜人であるゼンイが、何故そんな術を使えるのだろう?
   いや、それ以前にだな…… 
   そもそもが、ゼンイは何故魔力があって、魔法が使えるんだ??
   紅竜人にとって、魔力や魔法は異質で危険なもののはず。
   つまりは、紅竜人に魔法は使えないはずなのだ。
   けれどゼンイは、これまでの旅の中で、レイズンとして、普通に魔法を行使していた。
   魔力なんて、持っていないはずなのに……???

  ゼンイは何故魔法を使えるのか、何故自分の影を自在に操る術が使えるのか、とても気になるけど、今は時間があまり無いようなので、俺はそれらの疑問をグッと飲み込んだ。

「ところでモッモ君、君はここで何をしているんだ? 見た感じ……、遺品保管庫かな、ここは。古い石版が沢山あるね」

「あ……、えと、情報収集だよ。ここから調べようかなって」

「なるほど。ならば僕も手伝おうか。僕の用事はもう済んだし、まだ少しの間ならこの姿を維持できるからね。何を探しているんだ?」

   ゼンイの影はそう言って、キョロキョロと辺りを見回す。
   そんな彼を見つめながら俺は思った。

   ん? ていうかさ……、え?? ちょっと待てよ???

「あの、僕の用事は済んだって……、ゼンイは何してたの?」

「あぁ、王宮の中を探ってたんだよ。どこから侵入しようかとか、逃走経路なんかをね」

「え? えと……、あれ?? それって僕の役目だったんじゃなかったっけ???」

「……そうだったね」

   え? 何よ、その間は??
   てか、そうだったねって、何故に過去形???
   ……え、どういう事????

   頭の中にクエスチョンマークが飛び交う俺。

「ちょっと事情が変わってね」

   悪びれる事なく、ゼンイの影はそう言った。   

「事情って……? え、そもそもさ、そんな術が使えるなら、最初から自分で潜入すれば良かったんじゃないの?? 僕が献上品になる意味なんて無かったよね???」

   俺の核心をついた言葉に、ゼンイの影がゆらりと揺れる。
   だってそうだろ? こんなにすんなり王宮に忍び込めるんだったら、情報収集も自分で出来るじゃないか。  
   ……てか、現に自分でしちゃってるじゃないか。
   俺が身を削って、決死の思いで一人で潜入する必要なんかなかったはずだ。
   なのに何故、ゼンイは俺を王宮に行かせたんだ??
   
   するとゼンイの影は、はぁ~と一つ溜息をついた。

   ……いやいや、なんでそんなに面倒臭そうなのよ?
   溜息つきたいのはこっちですからぁ!?

「仕方ない、正直に言うよ。君はつまり、囮だ」

   ファッツッ!?
   なんですとぉおっ!!?

「お!? 囮ぃっ!??」

「そう、囮だ。君のような一風変わった得体の知れないものが王宮の中にあれば、みんなそっちに目がいくだろうと思ってね。兵士や侍女はもちろん、時の神の使者の到来に敏感になっているだろう悪魔も……。だから、囮に使わせてもらった」

   ぬぁあぁ~、にぃいいぃぃ~っ!?!?

「なっ!? えぇえっ!?? ひど……、酷くないそれっ!?!?」

   あまりに衝撃的な事実に、俺の声は裏返っている。
   まさか、仲間に囮にされるなんてっ!?
   ……いや、経験はあるけどさ、でもさ、騙されて囮にされるなんてあんまりじゃないっ!!?

「謝罪はしないよ。元はと言えば、何事も深く考えない君の性分が悪いのだから」

   はぁあっ!? 開き直りですかっ!??  
   ゼンイの奴め、とんでもない詐欺師だなこんにゃろっ!?!?

「だが僕の作戦は失敗だ。王宮の者達は今、別の事で頭がいっぱいなようだからね」

「……別の事って?」

「騎士団さ。今朝、ノリリア副団長が国王への謁見を申し入れている。まだ許可は下りていないようだが……、ここの者達は皆、騎士団を警戒している」

   なるほど、そっちか。
   なら、囮にもなれなかった俺が、潜入した意味っていったい……?

「まぁどちらにせよ、僕の計画は遂行できそうだ。王は病に倒れ、姫君達は未だ王宮に引き篭もる生活を続けているようだし……、危惧していた悪魔の痕跡も見当たらなかった。つまり、兵士達さえどうにか出来れば、王宮を落とす事は造作もない」

   そう言ったゼンイの影は、その姿もさながら、悪役のような雰囲気をプンプン醸し出している。
   まさかとは思うけど……、君が悪魔じゃないですよね?
   
「モッモ君、君は時を見計らってここを脱出するといい。思ったよりも自由に動けるようだからね、僕が助けるまでもないだろう?」

   にんまりと笑う、ゼンイの影。

   ……なんかもう、悪者にしか見えないんだけど?
   敵は身内に在りとはまさにこの事だな。
   信じる相手を間違えたぜ、畜生っ!

   はらわたが煮えくり返りそうなほど、怒る俺。
   するとゼンイの影は、静かにこう告げた。

「タイムリミットは明日の夕刻。夜の訪れと共に、この国は終わる」

   ……は? 終わるって??

「え? それって、どういう意味??」

「そのままの意味さ。明日の夜、僕は王宮に侵入し、王族を全て抹殺する。奴隷達を解放し、自由を手に入れる為に……、この国を終わらせるんだ」

   赤く光るゼンイの影の瞳。
   悪意のないその言葉に、俺の苛立ちはどこかに消え去って……    
   愕然とした俺は、背筋に寒気を感じていた。
  
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