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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

520:あってはならぬ事

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   ちょ……、っと……
   ちょっと待てぇええ~いっ!!!

   話の展開が急すぎてほんとついていけないんだけどっ!?
   何っ!?? 何なのっ!?!?
   どういう事なのっ!?!!?

   俺の頭の中は完全にパニック状態だった。

   落ち着け、落ち着くんだ俺。
   こういう訳の分からない展開はもう慣れっこじゃないか。
   (どうせ作者が思いつきで書いてんだから、パニックになったって意味ないさ、落ち着こう、うん)

   俺は、今トエトから聞いた話をなんとか消化しようと、頭の中を整理する。
   
   最重要ワードは……、創造神ククルカン。
   またの名を破壊と恵みの神。
   紅竜人の祖であり、国民に崇め奉られてきたその神様が、なんと五百年前に紅竜人を滅ぼそうとしていた、だと……?
   そして、その創造神ククルカンの容姿が、黒い鱗に太陽の冠??
   暦書には羽毛とは書かれてなかったみたいだけど……、ゼンイとチャイロの頭部に生えているオレンジ色と緑色がグラデーションになったあの羽毛が、冠と表現されていたのではなかろうか。
   そうなるとやはり、ゼンイとチャイロは、その創造神ククルカンの再来、という事になるわけか。
   ……てかさ、再来って何さ???

「あの……、再来っていうのは、その……。蘇り、的なやつですか?」

   顎に手を当てて、トエトに尋ねる俺。

「詳しい事は私には分かりません。識者の方がそう呼んでいたのを聞いただけですから……」

   おおう、分からないのか……、困ったな。
   てか、その識者って何さ? 誰さ??

「その……、識者というのは、どこのどちら様で?」

「暦書の解読をされたのは、宰相イカーブ様を始めとした、国王直属の大臣達です。彼らは学があり、文字が読めますから」

   学があって、文字が読める……?
   
「文字って……、古代文字とか、そういうのですか? 普通じゃ読めない文字のこと??」

「いいえ。暦書はケツァラ語で書かれていたと聞いてます。ただ、私のような下民の出の者は、言葉は話せても文字の読み書きは出来ないのです」

   おおう、そういう事か……、なるほど。
   でも、暦書がケツァラ語で書かれているのなら、俺にも読めるって事だなそれ。
   言葉が聞き取れている場合、その文字も読めるはず……、うん、たぶん。

   トエトの話だと、いまいちその詳細が分かり辛い。
   その暦書ってやつを自分で読んだ方が早そうだと、俺は考える。

「えと……、その暦書は、今どこにあるんですか?」

「暦書ですか? 書庫にあるかと思いますが……。あそこは大臣達と王族の方々しか入る事が出来ません。侍女はもちろん、兵士も入室不可ですから、昨日今日ここに来たあなたが入る事は絶対に有り得ません」

   おおう、無理なのか……、いやでも待てよ?

「じゃあ……、場所だけ教えてもらえますか?」

「場所? それは……、ちょうどこの真下ですが……。けど、入れませんよ??」

   お、ラッキー♪
   場所が分かればこっちのもんだぜ、へへへへへ。

   とても悪い……、いや、良い案が思いついた俺は、ニヤリと笑う。
   不審に思ったトエトは、訝しげに俺を見る。

「モッモさん? 絶対に、入れませんよ??」

「あ……、はい、入れないのは分かりました。それで……、あ、話が戻るんですけど、生贄って……? 奈落の泉も……、何処にあるんですか??」

   これ以上勘繰られぬよう、話題を変える俺。

「リザドーニャ王国には、五百年前の建国時から、生贄の文化が存在しました。まさかそれが、ククルカンの再来である者を建国の王であるテペウ王が殺害した為の贖罪しょくざいだとは、新たな暦書が見つかるまでは誰も考えませんでしたが……。この国のこよみは十二の月に分けられていて、その中で夜に月の出ない日を【しょくの夜】と呼びます。その夜に、奴隷の中から一人を選び、生贄として奈落の泉へと沈める……。それが俗に【蝕の儀式】と呼ばれる、我ら紅竜人の生贄の文化なのです」

   ふむ、なるほどね。
   生贄の文化か……、なんともまぁ、恐ろしい文化だこと。
   前世で「不倫は文化だ!」とか言ってたおじさんがいたが、そんなの可愛く思えるくらい、悲壮な文化ですわね。

   月の出ない夜、という事は……、新月の日という事だな。
   つまり、国が出来てから、五年前にゼンイが奈落の泉に沈められるまでの約五百年間ずっと、月一で奴隷がその泉に沈められていたと……
   ゼンイの話だと、泉の底は屍の山だったとか。

   ……うぅ~、なんて酷い話なんだぁ~。
   いったい、これまでに何人が犠牲になったっていうんだぁ~?

   ガクブルガクブル

「奈落の泉は、都をぐるりと取り囲む森の北側に存在します。ちょうどチャイロ様のお部屋の窓から、泉のそばに立つ王家の墓が見えるはずです」

   ほう? あのどでかい窓から見えるのか??
   てか、生贄を捧げる泉のそばに墓があるなんて……
   もはやその辺り一帯が、とんでもないホラースポットですな。
    
   ガクブルガクブルガクブルガクブル

   トエトの説明に恐怖し、俺の体はガタガタと震え出す。
   しかし次の瞬間、それを目にした俺は、ピタリと動きを止めた。

   艶めく赤い鱗の肌を、ハラハラと流れ落ちる雫。
   それまで、表情一つ変えずに話をしていたトエトが、突然に涙を流したのだ。
   病人のように痩せ細った体を、ふるふると小刻みに震わせながら……

「お可哀想に、チャイロ様……。まだ、あんなに小さな身であらせられるというのに……。母君を亡くし、父君にも姉君にも会えずに過ごして来られて……、それだというのに、こんな事……。生贄だなんて、あんまりだわ……」

   トエトはもはや号泣している。
   声こそ上げはしないが、両目からは大粒の涙がボロボロと溢れ落ち続けている。
   
   そんなトエトを前にして俺は、ビビって震えている場合なんかじゃないな、と思った。
   こんなにやつれて、身も心も擦り減ってしまっているというのに、それでもなおトエトはチャイロの身を案じている。
   その涙は、自分の子供でもない赤の他人であるはずのチャイロに対し、トエトが深い愛情を抱いている証拠だった。
   
   そして俺も……
   毎度の事だが、世界一と言っていい程のお人好し思考が、今回も発動していた。
   
   チャイロは、とても良い子だ。
   昨日一緒に遊んだから、俺には分かる。
   なのに、姿形がちょっと変わっていて、寝言が酷いからってだけで生贄にならなきゃならないなんて、そんなのおかしすぎる……
   絶対に、おかしすぎるっ!

「ねぇトエト。その……、僕がさっき話した事、二人だけの秘密にしない? そしたらさ、チャイロは……、あ、チャイロ様は、生贄になんてならなくていいと思うんだ」

   俺は思わずタメ口で話しかけていた。
   (危うくチャイロの事も呼び捨てにしてしまうところだった)
   ただ、自然とそうなってしまうくらい、目の前で泣きじゃくるトエトがとても幼く見えたのだ。

「二人だけの、秘密……? そうすればチャイロ様は、助か……、る?? ……いえ、いいえ! それはいけません!!」

   俺の問い掛けに対し、トエトは我に返ったかのように首を横に振り、声を張り上げた。

「ククルカンの再来は、何が何でも避けねばならぬ災厄。この国に暮らす全ての紅竜人を守る為にも、創造神の復活はあってはならぬ事なのです! チャイロ様がお生まれになったその時から、城の誰もが……、国王も、今は亡きお妃様も、皆が覚悟していた事。いずれその時が来たら、チャイロ様の命を絶つ……。そうしなければ、国が……、紅竜人そのものが、滅びる事となってしまうのです!!」

   目を見開き、体をブルブルと震わせながら、トエトは叫んだ。
   その形相、その様子は、とてもじゃないが正常な精神を持つ者には見えなかった。
   怯えて、恐れて……、何かの暗示にかかっているかのような、そんな風に俺には見えた。

    ふむ、駄目元で言ってみたが、やはり駄目か……
    正直なところ、チャイロの夜言は異常だ、それは間違いない。
   発している言葉の内容もさながら、あれだけの声で叫んでおきながら、本人は全く微動だにせず、薬を飲まされているとはいえ全く起きないのもおかしい。

   だけども……、だからって、それだけで生贄にするだなんて、かなり馬鹿げた話だ。
   確かに夜言はうるさいけれど、昼間は何の問題もなさそうだし、チャイロ自身はとても良い子なのだ。
   あんなに素直で無垢な子供を生贄にするなんて、それこそ「あってはならぬ事」なんじゃないのかねぇ?

   しかしながら、トエトの意思は硬そうだ。
   未だ涙を流し続けてはいるものの、己を奮い立たせるかのように、膝の上でギュッと拳を握りしめている。   
   こうなりゃもう、俺が考えた作戦を実行に移すしかない!

「……分かった。トエトは、自分のやるべき事をやればいいと思う。だから僕も、自分のすべき事をするよ」

   そう言った俺の言葉に、トエトは強張った表情を少し緩めて、俺をジッと見つめた。

「あなたは……、いったい、何者なの? モッモさん」

   その問い掛けに、俺は答える事が出来ない。
   時の神の使者だとか、神様を探して世界中を旅しているとか、そんな事を言ったってトエトは更に困惑するだけだ。
   だから、俺はあえてこう言った。

「僕は、とってもお節介な、ただの従魔さ」

   世界一愛らしいピグモルスマイルで、俺はニカッと笑った。
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