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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

504:ここで脱げ

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「さ~安いよ安いよ! 買った買った!!」

「島外産の天然物だよ~!!!」

「奥さん! 今晩のおかずにどうだいっ!?」

「一つなら200ギャリーだが、十個買ってくれるなら1500ギャリーに負けるよ!」

「お買い得だよぉおっ!!!」

   そこかしこに飛び交う商人達の活気ある声。
   大通りは、ひしめく紅竜人の群れでごった返している。
   赤岩で作られた巨大な壁の向こう側、紅竜人の国リザドーニャの都であるチーチェンの町には、その入口から既に、大層賑やかな市場が広がっていた。

   朝市なのだろうか、歩道の両脇に並べられた屋台には、色んな種類の野菜や果物、それらを使って作られた様々な料理などが、山の様に積まれている。  
   その中でも一際目を引くのは、何の卵なのかは分からないが、馬鹿にでかい血のように真っ赤な卵。
   荷車に沢山積み上げられているその真っ赤な卵を使って、オムレツを作っている屋台がいくつもあるのだ。
   そこから漂う、香ばしくてジューシーな、食欲を唆る匂い。
   飽食とは正にこういう事を言うのだろう、市場は大量の食べ物で溢れ返っている。
  ちょっぴり小腹が空いていた俺は、そこかしこから漂ってくる様々な食物や料理の美味しそうな匂いをクンカクンカと嗅ぎながら、ヨダレを垂らしていた。
 ただ妙な事に、肉や魚といった、いわゆる動物性タンパク質を扱う店は、めちゃくちゃ数が少ないようだ。
 俺が通った道では、たったの一軒しか見つけられなかった。

   そんな賑やかな大通りを行き交う紅竜人達は皆、この国の中でも裕福な暮らしを送っている者達なのだろう。
   肉付きが良く、その体格は一様に、クラボやスレイの一回りは大きい。
   そして、なかなかに高価で煌びやかな衣服を身に纏っていて、さも雅な雰囲気でゆったりと、市場に並べられた商品を品定めしているのだ。
 余りに違う、このチーチェンの都と奴隷の町トルテカとの現状の差に、俺は唖然としている。

「なんともまぁ……、栄えてますなぁ~」

   大きなマントに身を包み、目深にフードを被ったクラボが背負っている竹籠の中から、ちょっぴり頭を出して外を見つめながら、思わずそう呟いた。  
   
   俺がこれまでに経由してきた大規模な町といえば、モントリア公国の港町ジャネスコと、先日ちょっぴりお邪魔した魔法王国フーガの王都フゲッタのみ。
   どちらの町も、どことなく中世ヨーロッパ風の雰囲気が漂う街並みだったが、それら二つの町に比べると、栄えてはいるものの、ここチーチェンは随分と雰囲気が違っている。
   一見すると古代遺跡のような、古めかしい四角い赤岩の建物が規則的に建ち並び、道は同じく赤い岩で舗装されていて、その周辺には南国風の木々や草花がそこかしこに自生しており、なんとも独特な雰囲気を醸し出しているのだ。
   赤岩の建物はそのほとんどが二階建てで、なんの意味があるのかは全くもって分からないが、そのどれもに設けられている四角い窓からは、様々な色の布が垂れ下がっている。
   俺は、前世の記憶にある、どこぞの古代文明が繁栄していた時代にタイムスリップしたかのような、不思議な気分になっていた。

「この島は荒廃した土地だらけだが、ここだけは特別だ。チーチェンだけは水が枯れる事がない。ここなら作物は育つし、やろうと思えば家畜だって飼えるかも知れねぇ。だが、暮らしているのがお偉い貴族方や金にしか興味のねぇ商人共ときた。奴らは汗水垂らして働く気なんて更々ねぇからな。豊かな土地だってのに、畑の一つも無いとは勿体ねぇ……。それに加えて、貴族や商人共は、自分達の暮らしが豊かなのは王のおかげだと思ってやがる。この土地が緑に溢れ、生活が安定しているのは、全てが国王、ひいては王族のおかげだとな。何にも知らねぇで……、全くめでたい奴らだぜ。そんな奴らはこの町を、王の奇跡、なんて呼んでやがるのさ」

   クラボ同様、目深にフードを被ったままの格好のスレイが、チラチラと辺りに視線を配りながらそう言った。

「確かにここは恵まれた土地だ。だが……、それが国王のおかげかと言えば話は違うだろ? その昔、たまたま潤っていたこの土地を、王族の祖先が見つけた……、だから王になれたのさ。たまたまだ、たまたま運が良かっただけの話だ。でもな、平和に暮らしている都の連中は、そうは思わねぇらしい。全ては国王のおかげ。土地が潤うのも、民が栄えるのも、ぜ~んぶ国王のおかげなんだって、ここの連中は皆、本気でそう思ってやがる。まるで国王を神のように崇拝してな。建国記念の祭典なんざ、虐げられてきた俺たちからすりゃ……、側から見ていて反吐が出そうなもんだったぜ」

   クラボの言葉に、スレイは無言で深く頷いた。

   なるほど……、確かに、その見解は正解だろうな。
   豊かな土地を偶然にも発見した者が、ここを支配するようになり、結果的に国王となった。
   そしてその子孫が、代々王座を継ぐ事となった。
   ……うん、どこにでもある話だ。

   いくら王様と言えども、自然を操る力は持っていないだろう。
   ここまで見てきた限りでは、ゼンイは別として、紅竜人達は魔力を持っていなさそうなのだ。
   つまり、普通の紅竜人は魔法が使えない。
   魔法が使えるのならば、大地を緑で溢れさせる事も可能に思えるけど……
   今のところ、国王がそんな力を持っているとは到底思えない。
   そんな力があるのなら、島内の他の土地をもっと豊かにすればいい話だし、同種の中で差別を作って奴隷を生み出し、彼等の鱗を島外に売ってまで富を得ようとする理由がないものね。
   周りの声を聞く限りでは、食物はそのほとんどが島外産の物みたいだし……
   なんともまぁ、酷い国だね、ほんと。

   大声で商いを行う商人紅竜人達と、優雅に歩く貴族紅竜人達を冷めた目で眺めながら、俺たちは王都の中心部、金山と呼ばれる巨大金ピカピラミッドへと向かった。








「さて……。それじゃあモッモ、着ている物は全て、ここで脱げ」

「え? ……はあぁっ!?」

   突然のクラボの言葉に、俺は耳を疑った。

   チーチェンの町を歩くこと数十分。
   ようやく大迫力の金ピカピラミッドが目前に見えてきたその時、スレイとクラボは路地裏へと入り込み、腰を下ろした。
   そして俺の入っている竹籠をおもむろに地面に下ろしたかと思うと、全く訳の分からない事を言ってきたのだ。

   着ている物全て、ここで脱げ……、だとっ!?
   何故っ!?? なにゆえっ!?!?

「基本的に、俺達紅竜人の間では鼠は食い物だ。確かにお前は見た目が可愛いが、所詮鼠は鼠だ。服を着ているなんておかしいだろ? まぁ……、一応ペットとして王宮に献上するつもりではあるが……。正直、食われねぇ保証はねぇ」

   なっ!? なんだってぇえっ!??

「なっ!? 何それっ!?? 話が違うじゃないかっ!?!?」

「違うも何も……。元々はっきりしてたのは、お前が献上品として王宮に潜入する、それだけだろ? 食いもんにするかペットにするか、それを決めるのは俺たちじゃねぇ。兎に角、鼠が服を着てるなんざ妙なんだよ。献上する俺たちが怪しまれちまう」

   ぶぁっ!? そうだったのっ!??
   ペットになる事は確定だと思ってたんですけどぉおっ!!??

「や、ちょ……、ちょっと待っ……」

「ほら、早く脱げって。その指輪も耳飾りも全部、俺たちが持っといてやるからよ。まぁ……、売らねぇ保証はねぇがな」

   うっ!? 売るっ!??
   俺の私物を勝手に売ろうとすなっ!!!!

   パニックになり、言葉が出ない俺の衣服を脱がしにかかるスレイとクラボ。

   こんなのまるで、まるで……、追い剥ぎじゃねぇかよこの野郎っ!!!!!
   ひぃいーーーーーーーーんっ!!!!!!

   半泣きになる俺。
   だがしかし……

「んあ? この鞄、えらく重いじゃねぇか?? よくこんなもん持ってられたな……、って、全然とれねぇっ!?」

   俺の鞄に手をかけていたスレイが、眉間に皺を寄せてそう言った。

「このマントも、どう引っ張っても全く剥がれねぇぞ? 首に下げてんのもビクともしねぇ……、どうなってんだ??」

   頭の上にクエスチョンマークを浮かべるクラボ。
   二人の言動に、俺ははたと我に帰った。

   あ……、そうか!
   鞄も、ローブも、首から下げている羅針盤も、全部神様アイテムなのだ!!
   神様の力が宿ったそれらのアイテムは、俺の意思無しでは、俺の体から離す事は出来ないのであるっ!!!

「だ……、だから、やめてって……」

   二人の手を払いのけようと頑張る俺。
   なのに、往生際の悪い二人は、力尽くでローブや鞄を引っ張り続ける。
   それも、左右に分かれて、グイグイと……
   だが、いくら引っ張っろうとも、神様アイテムは俺から離れはしない。
   しないけど……、く……、くび……、首が……、首が締まるわぁあっ!!!!

「や……、やめ……、やめぇえええ~~~いっ!!!!!」

   二人に出会ってから一番の大声で、俺は叫んだ。
   そのあまりのボリュームに、驚いたスレイとクラボはその手を放した。
   数時間前に見たような、鳩が豆鉄砲を食ったような顔付きで、二人は俺を見つめている。

「はぁ、はぁ……、まったく……。なんて事するんだよ、もう……」

   ギュウギュウに締まったローブと鞄の紐を緩めながら、俺はクラボとスレイをキッと睨み付ける。
   しかしながら、睨んだところで二人は俺を怖がったりしないし、服を脱がせる事を諦めもしないだろう。
   だったら……、自分でどうにかしなくちゃ!

   なんとか服を身に付けたまま、献上品として、更には食べ物ではなくペットとして、王宮に忍び込む方法はないだろうか? と、俺は頭を捻る。
   確かに、指輪や耳飾り、首から下げている羅針盤はかなり目立つし、外した方がいいだろう。
   けど、だからってこの二人に預けるのはちょっと……

   う~ん、う~んと考える俺。
   そして……

「そうだ! 閃いたぞっ!!」

   ピコーン! という効果音と共に、俺はナイスなアイディアを思いついた。
   とってもとってもナイスな、俺にしか出来ないその方法……、とは!?
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