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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

491:黒い竜人

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「ゼンイ!? 本当にゼンイなのかっ!??」

「生きてたのかお前っ!!??」

   二人の紅竜人は臨戦態勢を解き、かなり驚いた様子で目をパチクリさせた。
   ゼンイと名乗った黒い竜人は、穏やかに微笑みながら、こくんと頷いた。
   そして三人の竜人は、その鋭い目を潤ませながら、互いの傷だらけの体を固く抱きしめ合い、久しぶりの(と思われる)再会を喜ぶのであった。

   ……いや、ちょっと待てよ。
   おいおいおいおい、ちょっと待ちなさいよ。
   何がどうなって、そうなってんの?
   誰か説明してくだぱい。

   ゼンイと名乗った黒い竜人は、その身に白いローブを纏っている。
   背中には、もはや見慣れた薔薇の刺繍があるからして、それは間違いなく、白薔薇の騎士団のローブである。
   しかし、騎士団のメンバーに竜人などいなかったはず……
   ならば、この目の前にいる彼は何者なのか。

   ……正直なところ、大方の予想はついている。
   だって、声が同じなんだもの。
   超絶聴覚の良い俺が、数週間生活を共にしてきた相手の声を聞き間違えるはずがない。
   ただ、口調は、俺が知っている彼よりも、ずっと砕けた感じになってはいるけれど。

   このゼンイと名乗った黒い竜人の正体は、恐らく、騎士団の通信班の一人、レイズンだ。
   レイズンは、影の精霊とのパントゥーだとかで、ローブの中はいつも真っ暗、常時フードを被っていた為に、顔は一度も見た事が無かった。
   だけど、声は幾度となく聞いてきたのだから、間違いない。
   問題は……、何故彼が竜人で、それを隠していたのか、という事だ。

「今までどこにいたんだ? もう……、五年も経つじゃねえか」

   そう言ったのは、スレイと呼ばれた紅竜人だ。
   
「いろいろとあってね……、話すと随分長くなる。この五年間で、僕は様々な事を学んだ。島外に出ていたんだ。そして理解した。やはりこの国は、狂っている」

   ゼンイはそう言って、重苦しそうに腰を下ろした。
   
「と、とにかく……、生きていて良かった。俺たちゃてっきり……、お前は死んじまったと思ってたんだ」

   クラボという名の紅竜人の言葉に、ゼンイは苦笑する。

「あながち間違っちゃいない。一度はあの世の光景をこの目で見た。しかし命を救われた。それも、皆が恐れる死の神にだ」

   ゼンイの言葉に、スレイとクラボはギョッとして血相を変える。

「死の神ってお前……、やっぱり、生贄にされたのか!?」

「【奈落の泉】に落とされたんだなっ!? よく生きていられたなっ!!?」

 死の神? 生贄?? 奈落の泉???
 何それ、めっちゃ物騒なワードが並んでますわね。

「あれは……、死の神は、僕たちが考えているような、教えられてきたような恐ろしいものでは無かった。奈落の泉の底に潜んでいるのは、形を持たぬ精霊だった。死でも、闇でもない、影の精霊だ。僕はその精霊に助けられて、生き長らえた」

   ……全くもって、会話の中身が理解出来ない。
   何なの、何の話をしているのよ君たち????

「影の精霊……、そいつは味方なのか? 味方なら、何故今まで落ちていった他の奴らは助からなかったんだ?? いや……、助かってどっかで生きてんのか???」

「いや、他の生存者は恐らくいないだろう。泉の底は屍の山だった。影の精霊は味方ではない、敵でもないが……。精霊というものは、本来ならば僕達の営みになど何ら干渉しない存在なんだ。島外で僕はその事を学んだ。ただ……、僕が彼に救われたのは事実だ。それはきっと、別の理由からだろう」

「別の理由って……、何だよ?」

   疑問を投げ掛けるスレイに対し、ゼンイは口元に手を当てて、静かにこう言った。

「……破滅と恵みをもたらせし者、【創造神ククルカン】」

   その言葉に、またしてもスレイとクラボは驚き、目を大きく見開いて、言葉を失った。

   それと同時に俺は、思考を止めた。
   聞いた事のない名前、全く理解出来ない三人の会話に対し、頭を動かす事自体が無意味だと悟ったのだ。
   俺は頭の中を真っ白にして、彼等の言葉を聞く事だけに注力した。

「創造神ククルカン!? まさか……、お前のその容姿は、ククルカンの血を引いているからなのかっ!??」

「分からない。けれど……、僕だけが生まれつき、こんな姿だった。周りを見ても、こんな姿の同胞は誰一人として居なかったろう? 黒い鱗に頭部の羽毛……。生まれつきこの姿だった僕は、悪霊だと忌み嫌われて、奴隷として売り飛ばされてきたのだと、長老はそう言っていた。仮にもし、この姿が、創造神ククルカンのそれと同じなら……、国王が僕にした仕打ちも納得できると思わないか??」

「そうかそれでっ!? おかしいと思ったんだ……。いくら奴隷だといっても、急に生贄にだなんて……。人伝だが、昔っから王族は、創造神の再来を恐れていると聞いた事がある。だから国王は、お前だけを王宮へと呼び寄せて、【しょくの儀式】の生贄としたんだな?」

「そういう事なんじゃないかと、僕は考えている」

「なるほど……。だが、どうやって助かった? 影の精霊に助けられたと言ったが……、奈落の泉からどうやって??」

「それが……、はっきりとは僕も覚えていないんだ。覚えているのは、暗闇の中を何時間も、何日も漂っていた事。そして、影の精霊の言葉……。影の精霊は僕に、使命を果たせと言っていた。とらわれし・・・・・者を解放する事が、僕の使命だと……」

「とらわれし者? それは……、俺たちのような奴隷の事か??」

「分からない……。だけど一つ、島外で得た情報がある。このロリアン島には、古くから悪魔が巣食っている可能性がある」

   ゼンイの言葉に、スレイとクラボは首を傾げる。

「あく、ま……? なんだそれは??」

「聞いた事ねぇが……、それは俺たちに害を成す者なのか?」

「悪魔は、この世界とは別の世界より入り込んだ、悪しき心を持った魔物の事だ。その力は凄まじく、邪悪な思想を持ち、寿命は恐ろしく長い。僕が得た情報によると、およそ五百年前から、この島にはその悪魔が存在していた事になる」

「五百年前って、お前……、まさか王族が!?」

「おいおい、本当かよそれは……? 五百年前といやぁ、この国が建国したのと同時期じゃねぇのか?? ついこの間、都で建国五百年記念の祝祭が開かれていたとこだぞ」

「うん……。僕もまさかとは思ったけれど、可能性は高い。紅竜人の間に身分差別が生まれたのも、建国と同時期だったはずだ」

「そうか、そうだよ……。トルテカの爺さん達もそんな話をよくしてたもんな。大昔は、皆平等だったって……」

「じゃあ……、その、あくまとかいう奴のせいで、俺たち紅竜人の間に身分差別が生まれて、俺たちのように奴隷にさせられる奴が出ちまったって事かよ?」

「その通りだよ、クラボ」

「なんてこった……。まさか、そんな事が……」

   沈黙する、スレイとクラボ。

「だけど光はある。だから僕は戻って来たんだ。この国の奴隷制度を……、いや、この国自体を、僕は壊そうと思う」

   ゼンイの言葉に、スレイとクラボは揃ってゴクリと生唾を飲んだ。

   話し込む三人を前に、俺はただ一人、身も心も沈黙していた。
   
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