上 下
497 / 800
★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

484:煙人間

しおりを挟む
「そいで……、何がどうなってんだこれ?」

   後ろ手に縄で縛られながらも、いつも通りの余裕たっぷりなヘラヘラ顔でカービィが尋ねる。

「見ての通りさ、海賊に襲われちまった……。けっ! 舐めた真似してくれやがるぜ!!」

   拘束されているとは思えないほど、とても横柄な態度で胡座をかきながら、船長ザサークは奴等を睨み付けた。

   甲板を、我が物顔で歩く奇妙な生き物。
   モヤモヤと、ゾワゾワと、揺らめく気体の塊。
   おおよそ百人はいるであろう、白い煙のような体を持つ人間らしきそいつらは、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、ゾロゾロとそこら中を歩き回っている。
   その風貌からして、ザサークの言う通り、海賊で間違いないようだが……、身に付けている衣服や帽子、バンダナなどは、皆悉くボロボロだ。
   いくら海賊にしても、それはあまりに貧相過ぎる身なりである。
   まるで、何十年も同じ物しか着ていないような、そんな雰囲気なのだ。
   しかしながら、体が煙なので、普通の海賊ではない事だけは確かだろう。
   ……まぁそもそも、普通の海賊ってのがどんなものなのか、俺には分かんないんだけどね。

   奴等の目的は、この船の積み荷のようだ。
   先程からずっと、甲板の床に空いている荷穴を使って、船内下層三階にある積み荷部屋から、積み荷を次々と引き上げているのだ。
   商船の積み荷は、そのほとんどが趣向品と呼ばれる高価な物ばかりだ。
   チーズにチョコに燻製肉、タバコにお香に……、中には石鹸まである。
   果たして、奴等はそれらをどうする気なのか。
   売るのか、それとも自分達で食べるなり使うなりするのか、知らないけど……
   額に青筋を立てながら、ザサークがかなり殺気立っているので、こちらは気が気じゃない。
 
   そんなザサークの隣にちょこんと……、いや、かなりビビりつつも座りながら、俺は辺りに視線を巡らせた。
  
   おそらく、船に残っていた仲間は全員捕らえられてしまい、皆揃ってここにいるようだ。
   腕っ節に自信がありそうなタイニック号の乗組員も、王立ギルドの魔導師であるはずの白薔薇の騎士団のみんなも、そして自らを世界最強と言っていたギンロまでもが、縄で縛り上げられてしまっている。
   一応みんな、奇襲に対して応戦したみたいなのだが……、その数もさながら、相手が悪かったようだ。
   無残にも、役に立たなかった剣や杖が、床のそこら中に転がっていた。
 
   という事で、このような事態をまるで予期してなかった俺とカービィとノリリアは、のこのこと船に戻ってしまい、完全に不意打ちをくらった形となり……
   結果、何も出来ないまま、早々に奴等の手にかかって縛り上げられてしまったのです、はい。

   ……くぅう~、痛いじゃないかっ!
   親にも縛られた事ないのにっ!!

   俺のフカフカの体には、きつ~く縄が食い込んでしまっていて、毛並みに型がついてしまいそうだ。
   更には、無理矢理後ろに引っ張られたせいか、腕の付け根の関節がミシミシと地味に痛んで辛い。
   
   そんな中、何故かグレコだけがここにはいない。
   右を見ても左を見ても、見当たらないのだ。
   グレコ……、いったい何処へ……?

「わっはっはっはっはっ! 思ったよりもたんまり積んでるなぁ~おいっ!?」

   甲板に並べられた積荷を見て豪快に笑う、一際大きな体を持つ真っ白な煙人間。
   頭に被っている帽子といい、身に付けているマントといい、たぶんこいつが奴らの親玉だろう。
   まぁ、衣服は他と大差なく、可哀想なほどにズタズタのボロボロだけど。

「てめぇらっ! 俺様の積荷を漁るなんざいい度胸だっ!! 後で百倍にして返してやるっ!!!」

   体を縛り付けている縄を今にも引き千切ってしまいそうなほどの迫力と剣幕で、ザサークが吠える。
   閉じていても大きな口が、威嚇の為か目一杯開かれているので、それが恐ろしいのなんのってもう……、怖すぎぃっ!

   だがしかし、そんなザサークよりも更に恐ろしい存在がいて……

「あぁん? おめぇ……、誰に向かって口きいてんだ??」

   煙人間の親玉が、完全にキレた目でギロリとザサークを睨み付け、ゆっくりとこちらへ歩いて来るではないか。

   ひっ!? ひぃいぃぃっ!!?
   こっち来ないでぇえっ!!!

   命の危機を感じてしまうかのようなその視線に、睨まれたわけでもないのに俺は、プルプルと体を小刻みに震わせた。

   ゆっくりと、ユラユラと漂うように、ザサークの目の前まで歩いてきた煙人間の親玉は、自分を睨み付けているザサークの顔を覗き込んで、こう言った。

「何処ぞの海賊上がりのガキンチョが、俺に喧嘩を売るたぁ~、見上げた根性だな」

   煙人間の親玉は、気味の悪い笑みを浮かべ、両の目をギョロギョロと不自然に左右に動かしながら、その白い手をザサークへと伸ばした。
   そして……

「もがっ!? 何すっ!?? ゴハァアッ!!??」

   煙人間の親玉の白い手が、文字通り煙のように、もくもくと大きく空中で広がって、ザサークの頭をすっぽりと覆うように握り潰してしまったではないか。
   ザサークは苦しそうな声を上げながら、縛られて身動きが出来ない体を懸命に左右に揺らす。
   しかし、煙から逃れる事は出来ない。

「おっ!? 親父ぃいっ!!?」

   離れた場所で縛られているライラが、一番に声を上げた。
   その目には既に、大粒の涙が溜まっている。
   
「船長っ!?」

「やめろぉおっ!!」

「船長を放せぇえっ!!!」

   次々と声を上げるタイニック号の船員達。
   けれども、煙人間の親玉は手を緩めない。
   そうこうしている内に、ザサークの体の動きが鈍くなってきて……

「わははははっ! 見せしめだっ!! こいつはこのままっちまおうっ!!!」

   ……え? やっちまう??

「いいぞ! やれやれぇっ!!」

「ぎゃはははははっ!!!」

「殺せぇっ! 息の根止めちまえぇっ!!」

   いったい……、何が起きてるんだ?
   まるで狂気だ。
   完全に、こいつらは狂っている。
   これが、本物の海賊なのか??

   煙人間の親玉の殺戮行動に、それをはやし立てるがごとく、嬉々として声を上げる周りの煙人間達。
   あまりのその異常さ、恐ろしさに、俺は頭がパニックになる。

   やばい……、このままじゃ……
   どうしよう? どうすればいいんだ??
   本当に、ザサークが死ん……???

「モッモ、風の精霊を呼べ」

   声が聞こえて、ハタと我にかえると、カービィが真っ直ぐ俺を見つめていた。

「こいつらの体は煙。つまり、剣も魔法も効かねぇ。けど……、体が煙なら……。風を起こせば、吹き飛ばせるかも知れねぇ」

   俺がパニックに陥っているのを知ってか知らずか、   カービィはいつもよりゆっくりと、静かにそう言った。

   吹き、飛ばす……? 風で??
   な、なるほど……
   それなら、なんとかなりそうだな……、うん!

「リィーーー、シェエェェーーー!!!」

   俺は、思いっ切り息を吸い込んで、空に向かって、あらん限りの声で叫んだ。

   その声はきっと、震えていたに違いない。
   だって……、こんなに近くで、誰かが……、仲間が、殺されてしまうかも知れないなんて……、そんな恐怖を俺は、これまで感じた事がなかった。
   だからだろうか、目の前にスッと現れたリーシェは、いつもよりずっと表情が引き締まっていて、それでいていつもより随分と大人に見えた。

『我が主を悲しませる者は、何者であろうとも許さない』

   リーシェは、いつもよりずっと落ち着いた低い声でそう言うと、ピンク色の半透明な体を、その場でぐるぐると回転させ始めた。
   すると、そこに大きな竜巻が発生し、煙人間達はその引力にどんどんと吸い寄せられていくではないか。

「ぐあぁっ!? なんだっ!!?」

「ぎゃあぁぁっ!? 吸い込まれるぅっ!!?」

「助けてぇえぇぇ!!!」

   驚き慌てふためく煙人間達とその親玉。
   その拍子に、ザサークの頭は煙から解放されて、白目を向いた状態のザサークの顔が露わとなる。
   もはや意識を失っているらしいザサークは、そのまま床へと倒れ込んだ。

「ザ!? ザサーク船長!?? しっかりして!!!」

   思わず叫ぶ俺。

   その間にも、煙人間達は次々と、断末魔の叫び声を上げながら、リーシェの作り出した竜巻の渦の中へと飲み込まれていき……

『地の果てまで飛んでいきなさいっ! そぉお~~~れぇっ!!』

   リーシェが大きく腕を振り上げると、竜巻に吸い込まれた煙人間達は散り散りとなって、悲鳴を上げながら空の彼方へと飛ばされていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!

ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー] 特別賞受賞 書籍化決定!! 応援くださった皆様、ありがとうございます!! 望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。 そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。 神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。 そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。 これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、 たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...