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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

411:赤い小箱

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「さすればビノアルーン殿よ。貴殿はその怪物の倒し方について、何かアルテニース殿より言伝を賜ってはござらんか?」

   カサチョの言葉に、しばし沈黙するビノアルーン。
   そして、はたと理解したかのように、腕組みをして考える素ぶりを見せた。

   ……うん、そうなんだよね。
   カサチョの言葉って、古臭すぎて、ややこしくって、とっても解り辛いよね。
   
   一人だけ江戸時代にでもタイムスリップしたかのようなカサチョの喋り方は、現代に生きる俺たちにはすんなり伝わらない。
   慣れた相手ならまだしも、初対面の者だと厳しいだろう。
   今のビノアルーンの変な間も、きっと何を聞かれたのか一瞬わからなかったからに違いない。

「正直なところ……、わしには知識というものがない。当時のアルテニースの言葉も、何やら小難しい事ばかりで、ほとんど理解出来なかったのだ。故に、その……、ほとんど聞き流していたというか、何というか……」

   ふぇ?
   それじゃあ、つまり……??

「何も、覚えてない……、の?」

   恐る恐る尋ねる俺に、ビノアルーンは遠慮なく首を縦に振った。

   くぁあぁぁっ!?
   なんてこったぁあっ!??
   仮にも一度は愛し合った相手の話を、全部聞き流してたってかぁっ!?!?
 何て野郎だビノアル―ンめ、この糞野郎っ!!!!!

「しかし……、一つ、託された物がある」

   ふぁっ!? 
   託された物……、ですとっ!??

「メラーニア、あの木箱の底に、赤い小箱が入っているはずだ。探して持って来てくれ」

「わかった!」

   ビノアルーンに指示されて、メラーニアは少し離れた場所にある、とっても大きな木箱へと向かう。
   小さなメラーニアなら、すっぽりと中に隠れてしまえそうなほど大きなその木箱は、周りにある他の木箱よりも少し古びて見えた。

「ビノアルーン殿よ、二、三聞きたい事があるでござる。アルテニース殿と貴殿は、その昔、何をされていたのでござるか? 先ほど貴殿は、何かを手伝っていた、と言っていたが……、具体的には、何をしていたのでござる??」

   カサチョの問い掛けに、ビノアルーンは遠くを見る目をしながら、話し始めた。

「アルテニースと出会ったのは、秋も終わりの頃だった……。その年の収穫を終えて、暇を持て余していたわしは、どこかに人間の女がいやしないかと、森の入り口辺りをふらふらと散歩していたのだ」

   ……何その、ナンパする為に町を歩いていた、みたいな感じ。
 完全なるプレイボーイじゃないか。

「そこへ、アルテニースが現れた。最初アルテニースは警戒し、わしに矢を向けていた。しかしながら、その表情は不安気で、体なんぞガタガタと震えていて……、それがなんとも可愛らしくてなぁ。わしは優しく声をかけた。すると、こちらに敵意がないと分かったアルテニースは弓を下ろし、わしにこう言ったのだ。森の中心にある湖まで、私を連れて行って欲しい、とな……。わしはすぐさま了承した。そしてアルテニースは、躊躇なくわしの背に跨ったのだ。初対面の、それも異種族のケンタウロスに対し、なんと大胆な娘なのだろうと、大いに興奮したのを今でも覚えている」

   当時を思い出し、ムフフンとした表情になるビノアルーン。

   なんか、全体的に、かなり修正が入っている気がするな。
   アルテニースは、ガタガタと震えて……、いたの? 本当に??
 絶対に嘘だな、弓矢を向けている時点で、仕留める気満々だったと思うよ。 
   そもそもが、森に単身で入るような逞しい女性なんだからさ。   
   それに、ビノアルーン自身は気付いてないみたいだけど……
   たぶんアルテニースは、ビノアルーンをいいように使おうと思っただけだと思うな、うん。

「湖までアルテニースを案内し、その側にある奇妙な小屋で数日間、わしとアルテニースは共に過ごした。無論、まだ出会ったばかり故、寝床は別だったぞ。アルテニースは何かを探しているようだった。わしは、近くの森で狩りをしたり、果物をとったりして、彼女の力になろうと奮闘していた。しばらくして、そこでの探し物は済んだと言うアルテニースが、今度は島の北へと向かいたいと言い出した。しかしその地は、大昔より心ない怪物が巣食う場所として、わしらケンタウロスは近付かぬようにしていた場所だった。それを説明し、諦めさせようと試みたが、アルテニースの意志は固かった。あまりに可愛らしく懇願するので、わしは仕方なく、アルテニースを北の地へと運んだのだ」

   つまり……、俗に言うアッシー君とゴハン君を掛け持ちしてたわけね、可哀想に。
   やっぱり、いいように使われてたんだな、ビノアルーン。

「北の地には、見た事もないような巨大な建物が存在していた。森よりも、湖よりも大きなそれは、水のように透明で、それでいて形を成していた。あまりに奇妙な外観故、思い留まるようアルテニースを説得したが……、わしが止めるのも聞かず、建物の中へと繋がっているという“チカスイロ”と言う場所へ、アルテニースは一人入って行った。わしもついて行きたかったが、何分体が大きい故な、外で待つ事しか出来なかった。そして数日の後、アルテニースは無事に戻って来た。彼女の笑顔を見た瞬間わしは安堵し、思わず抱き付いた。まぁ……、思い切りぶたれたがな」

 何故だかうっとりとした表情になるビノアルーン。
 ぶたれた記憶を思い出して、そんな顔するなんて……
   タインヘンもそうだったけど、ケンタウロスって、みんなドМなのかしら?

「その後アルテニースは、森の東にあった我ら蹄族の里の近くに小さな小屋を設けた。当時はわしが族長であった故な、ケンタウロスの中に異を唱える者はいなかった。北の国の調査が終わった翌日からしばらく、アルテニースは小屋にこもりっきりになってな。わしは心配になって、毎日毎日小屋の中を覗いていた。アルテニースは、昼も夜も休む事なく、机に向かっていた。その手は必死に何かを描いていた。わしは何度も声をかけようかと迷ったが、結局は出来なかった。あまりに真剣な表情、その眼差しに、わしは小屋の外から静かに見守る事としたのだ」

 おいおいおい……、それ、完全なるストーカーやないか?
   女の子の家を毎日覗くなんてぇ~、変態っ!?
   駄目駄目、犯罪だからそれっ!!!

「そして数日の後、アルテニースは疲れ切った顔をしながら、赤い小箱を手に外に出て来た。そしてそれを、わしに託したのだ。いつか、わしの元を訪れるであろう調停者に渡してくれ、と言ってな。わしはそれを引き受ける代わりに、わしと共に暮らす事を提案した。拒まれるかと思ったが……、なんとアルテニースは了承してくれたのだ。あの時の喜びは、一生涯忘れぬだろう」

   うわぁ~……、そんな交換条件を出すなんて、思った以上に器が小さいな、ビノアルーン。
   その提案に乗っちゃうアルテニースもアルテニースだけど……、他に方法が無かったのかね?
   
「あっ!? ビノ、あったよ!!」

   大きな木箱の中をガサゴソと漁っていたメラーニアが、嬉しそうな声を出す。
   こちらに戻って来たメラーニアの手には、平べったい赤い小箱があった。
   その大きさはおよそ……、うん、たぶんだけど、B5のコピー用紙くらいだと思う。

「軽いねこれ。何が入ってるの?」

   赤い小箱を、遠慮なく左右に揺するメラーニア。
   すると、中からは微かにカタカタと音がした。

「中身はわしにもわからぬ。しかし、これを調停者に渡すようにと、わしはアルテニースから言われている。して……、モッモさん、あなたが調停者で間違いないですかな?」

   妙な口調で、今更確認してくるビノアルーン。
   もし違うと言ったらどうするつもりなのだろう? と思いつつも、俺は素直にこくんと頷いた。

   まぁ本当は、自分が調停者かどうかなんて、俺自身も分かってないのですけどね。
   たぶん……、たぶんそうだろう! と、思います。

「ならば……、メラーニアよ、それをモッモさんに渡しなさい」

「はいっ!」
 
   ビノアルーンの言葉に従って、メラーニアは赤い小箱を俺に差し出した。
   俺は、少々戸惑いながらも、それを受け取った。

   見た目よりも重量がないその箱は、木製というよりかは鉄製、といった手触りだ。
   血のように真っ赤なその表面には、繊細な幾何学模様が彫られ、ところどころに金箔が貼られていて、かなり上等な代物に見えた。

   ……受け取ったはいいけれど、これをどうすれば?

   俺がそう思うのも無理はない。
   何故ならその小箱には、開くべき場所が見当たらないのだ。
   全面に施された幾何学模様のどこにも亀裂はなく、どこから開けばいいのか全く分からない。

   迷う俺の隣で、しげしげと小箱を観察していたカサチョが、何故だか箱の底を覗き込んだ。
     
「ぬ? 裏に鍵穴があるでござるよ??」

   カサチョにそう言われて、俺は小箱を裏返す。
   するとそこには、小さな鍵穴が一つ空いていた。
  
「鍵穴があるって事は……、鍵が必要って事?」

「無論、そういう事でござろうな。ビノアルーン殿、アルテニース殿から鍵を預かってはござらんか?」

「鍵? いや、そのようなものは……、はっ!? まさか、あれの事か……!??」

   何かを思い出したらしいビノアルーンは、口を不自然に開けたままの表情で固まる。
   なんだろう……、嫌な予感がする。

「しまった……、そうか、あれが必要だったとはな……」

 額に手を当てて、かなり困った表情になるビノアル―ン。

「鍵は……、ここにはないのでござるか?」

 カサチョの問い掛けに、ビノアル―ンは苦虫を噛み潰したような、とても渋い顔になる。

「すまない……、実は……。知っての通り、わしら蹄族の里は、以前はこことは別の場所にあったのだ。得体の知れぬ輩と、狂暴になった野鼠たちに襲われて、わしらは里を移さざるを得なかった……。故に、アルテニースより託されしその小箱の鍵はおそらく、以前のわしの家にあるはずだ」
 
 以前のわしの家って……、森の東だよね? 
 俺達が通って来た、森の入口付近って事かな??

「でもビノ、あそこにはあいつらが棲みついているんじゃ?」

 ……え?
 メラ―ニア、今なんと??

「うむ……。わしらの里があった、森の北東に位置するあの辺り一帯は、今や奴らの縄張り。心ない怪物と、あの狂暴になった野鼠たちの餌場となっているはずだ」

 ぎょっ!? ぎょえぇぇえぇぇっ!??
 え、餌場ぁあぁぁ~っ!?!?
 ま……、マジかぁ……
   
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