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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

404:一件落着じゃないの♪

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『小さき時の神の使者よ、感謝する。よくぞ我が瞳を届けてくれた。これでようやく、真の力を発揮できようぞ』

   筋肉ガチムチになったタマスは、その逞しい体をゆっくりと動かして、沼のようなヒッポル湖へと歩いて行く。
   例によって、体はふんわりと宙に浮いている為に、地面に足跡はつかない。

「……え? 帰っちゃうの、かしら??」

   怪訝な顔をして、タマスを見つめるグレコ。

   まさか……、えっ!? マジでっ!??
   もうお帰りですかぁあっ!???

   しかしながら、俺たちの誰もが、タマスの余りに神々しい姿に、彼に声を掛ける事など出来そうにない。

   このまま帰るってんなら……、まぁ、それはそれで仕方ない……、のか????

   タマスは、ゆっくりと湖岸まで歩き、ザブザブと、緑色の水の中へと入って行く。
   
   やっぱり、帰るんですね。
   え、でも……、ちょっ、ちょっと待ていっ!?
   懐中時計は!??
   せっかくあんな思いして取ってきたのに……、これ、どうすんのさぁっ!?!?

   俺が慌てて後を追おうとした、その時だった。
   四本の足と、体の半分を水に浸けた状態のまま、タマスはピタリと動きを止めた。
   そして静かに目を閉じて、こう言った。

『我が身に宿りし神力よ……、この地を蘇らせよ。悪しき者の力で汚れし湖を、清浄なる姿へと戻すのだ』

   まるで独り言のように、小さく小さな声でタマスは囁く。
   すると、タマスの体から、徐々に白い光が漏れ出てきて、その光がひとりでに湖の中へと広がっていくではないか。

「まさか……、神獣の持つ、浄化の光……?」

   背後でポツリと零したマシコット。
   そのお顔は、瞬きする事すら完全に忘れて、目の前で起きている現象を、一秒たりとも逃しはしないと言った感じの必死の形相で……
   うん、息するのも忘れているみたいだ。

   マシコットの言う、浄化の光ってのが何なのか、俺にはサッパリ分からないけど……
   でも、タマスは間違いなく今、その力を使っているに違いない。
   
   タマスの体から漏れ出た白い光は、緑色に濁った湖へと、どんどん広がっていって……
   濁っていたはずの水は、みるみるうちに色が無くなって、沼のようだったヒッポル湖は、絵に描いたような美しい湖へと変貌した。
   水底が見えるほどに澄んだ湖面は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
   そこら中から漂っていた、泥っぽい臭いは綺麗さっぱりなくなって、辺りには爽やかな風が吹き抜けていった。

   ゲコゲコ~、ゲコゲコ……?

   残念ながら、ブルフロッグの鳴き声はまだ聞こえてくるけどね。

「すっげぇ~な。一瞬で浄化しちまったのか? これが、神の力なのか……」

   さすがのカービィも驚きを隠せないらしく、呆然と立ち尽くしている。

「素晴らしき力だ……。まさに神獣と呼ばれるに相応しい」

   ギンロも、辺りを見渡しながら、そのあまりの変貌ぶりに目を見張っていた。

   タマスは、湖の水が隅々まで完全に浄化されたのを確認すると、俺たちの方にゆっくりと向き直った。

『小さき時の神の使者よ。お前の目的は分かっている。世界中のあらゆる神に、異変が起きていないかを確かめる……、それがお前の使命だな?』

「え? あ……、はい、そうです」

   ……さっき、グレコが軽く説明してたからね。
   今しがた聞いた事を、その、ドヤサッ! っていう知ったか顔で話すのは、やめた方がいいよ?
   せっかくの威厳が半減してますよ、タマスさん。
   
『この世界には、数多の神々が存在する。我もまたその一柱。しかし我は、その昔、一度邪神に身を落とした。この地が大陸であった、遠い昔の事だ……。正しき思想を失い、邪な心に支配された我は、大地を破壊せんと荒ぶった。そんな我を止めてくれたのは、異界より現れし鬼の一族の、美しき女戦士であった』

   ふむ……、なるほど……
   あれだな、その美しき女戦士とやらはきっと、コトコ島の鬼族のネフェの前世である、始祖の事だろうな。
   ボンヤリとしか覚えてないけど……、なんかそんな感じだった気がする、うんうん。

『我は神獣故、一度その身が滅びようとも、同じ魂と記憶を持って、この世界に戻って来られる。しかしながら、この今の体で生まれ変わって後、いつかまた、邪神に身を落としてしまうのではないかと、気が気ではなかった。心優しきケンタウロスに育てられ、この地に永遠に暮らす事を決意した後も、不安は常に付きまとった。故に我は、今より数百年の昔、この地を訪れし古の時の神の使者に、我が瞳の一つを渡し、何処か遠くへ隠すようにと頼んだ。さすればもし、また邪神に身を落とそうとも、瞳を一つ手放していれば、我の力は半減する……。即ち、周辺のもの共への被害が、最小限で済むと考えたのだ。しかしながら、瞳を一つ失うという事は、我の身体に想像以上の負荷を与えた。神の力は、半減するどころか全て失われ、いつしかその精神も軟弱となっていき……。先ほどまでの、見るに耐えぬ姿に成らざるを得なかったのだ……』

   そう言ったタマスの口調は、最後の方がかなり悔しそうで……
   さっきまでのダルンダルンな体と、気持ちの悪い喋り方は、本人もさぞ嫌だったんだな~と、俺はタマスに哀れみの目を向けた。

「でもそれじゃあ……、大丈夫なのかしら? その……、邪神に落ちる可能性があるから、瞳を一つ、体から取ってしまっていたわけよね?? それを戻したって事はつまり、力が戻ったって事で……。また邪神に落ちる日が来たら、暴れ回って大変な事になるんじゃ……???」

   グレコは、遠慮しながらもかなり失礼な事を言う。
   けれどもその言葉は正論だ。
   邪神に落ちる可能性があって、そうなった場合の危険を回避する為に瞳を隠していたのに、俺が元に戻してしまって……
   果たしてこれで良かったのだろうか?

『案ずるな、エルフの娘よ。もはや危機は去っている。我が瞳を授けし古の時の神の使者は、未来を予見する力を持ち得ていた。その者が言ったのだ。次に時の神の使者がこの島に訪れる際に、我の瞳を返しにやって来ると。それまでの間、邪念や誘惑に負けず、この地で平穏に過ごせたならば、我が魂に染み付きし数多の罪は取り払われ、未来永劫、邪神に落ちる事はもはや無いであろう、とな』

   ふむふむ……、なるほど……
   その、古の時の神の使者っていうのは、おそらくアーレイク・ピタラス先輩の事ですね?
   アーレイク・ピタラスは、ここでタマスと会って、「邪神になっちゃうかも知れなくて怖いよ~!」って泣きつかれて、仕方なく神の瞳を受け取って、それを弟子のイゲンザ・ホーリーに託して、ホーリーがイゲンザ島のモゴ族の里に隠した、と……、そういう事ですなぁっ!?

「でもよ、おまいさん……。よくそんな、出会ってすぐの奴の言葉を信じたな。神の瞳まで渡しちまってよ。そいつが悪い奴だったら、どうするつもりだったんだ?」

   カービィの言う事は最もである。
   いくらアーレイク・ピタラス先輩が時の神の使者だからって、そんな簡単に色々信じて、神の力が宿っている自分の目を託しちゃうなんて……
   お人好しも良いとこだよ、ほんと。

『そ!? それは!?? ……そこまで、考えた事がなかった』

   姿形は威厳に満ち溢れているというのに、タマスのその言葉はあまりにも無責任で、情け無く聞こえた。
   案外、さっきまでのだらしない姿の方が、本当のタマスなのかもね~。

「まぁ~とにかく! これで神の瞳は返せたわけだし……。河馬神タマスさんは邪神に落ちてはいなかったから問題もなし!! 一件落着じゃないの♪」

   にこりと笑うグレコ。
   
「んだな! これで、この島でのモッモのお使いは完了だな!!」

   ニカッと笑うカービィ。

   ……お使いとか言うなよ。
   これでも俺は、神様から直々に使命を与えられてんだぞ?
   その言い方だと、なんだかいっきに幼稚臭くなったじゃないか。

『……ところで、懐中時計は見つかったか?』

   タマスの言葉に、俺はハッとする。

   そうだよ! 懐中時計!!

   俺は服の内側からそれを取り出して、タマスに見せた。

「ありましたよっ! これ、欲しかったんですよねっ!?」

   あんな所にわざわざ入って取って来たんだ、いらないなんて言わせないぞっ!?

『やはりあったか……。地下室の存在をすっかり忘れていた故、あの女には悪い事をした』

   タマスはそう言って、ズーンと表情を暗くした。

   ……うん、やっぱり、中身はさっきまでと変わってないんですね?
   姿形や喋り方は変わっても、性分までは変えられないんだなぁ~。

「おまいが欲しかったんじゃねぇのか?」

   カービィの問い掛けに、タマスはゆっくりと首を横に振った。

『我ではない。以前ここへ、一人の女がやって来た。女は何やら探し物があると言って、しばらくの間、そのニベルーの小屋の近くで寝泊まりしていたのだ。程なくして、好色なケンタウロスに目を付けられ、森を出て行ったが……。その懐中時計は、その女が探していた物だ』

「その女性って……、名前は分からないんですか?」

   グレコが尋ねると、タマスは空を仰ぎ見ながら、こう言った。

『女の名は、アルテニース。アルテニース・パラ・ケルースス。この地で長年、自然の理を破り、命を生み出す禁術を研究していた、ニベルー・パラ・ケルーススの子孫であった』

   タマスの言葉に俺は、無意識のうちに、懐中時計の鎖部分をギュッと握りしめていた。
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