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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

389:ビシッ!

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   生温い空気に、苦い匂い。
   暗闇の中、響いてくるのは何者かの悲鳴。
   
「あぁっ! あぁあっ!! あぁああぁっ!!!」

   ひぃ~やぁあぁ~!?
   聞きたくない聞きたくない聞きたくないっ!!!

   ただ一つ確かな事は、この声の主は決してグレコではないという事だ。
   こんな野太い声、絶対グレコじゃない!
   でも、じゃあ……、これはカナリーの声?
   そして、その悲鳴と同時に、ビシッ! ビシッ!! という、あまり聞き慣れない不吉な音も聞こえて来た。

「ふむ……、先刻は気にかけてござらんかったが、この天幕、どうやら魔導具でござるな」

   緊張感のない声で、カサチョが呟く。

「え? 何の話?? 今……、それ重要???」

   ソワソワする気持ちを抑えながら、辺りに敵はいないかと慎重に視線を巡らせる俺。
   カサチョに対する俺の言葉がいつもより少々きついのは、カサチョは毛色以外の見た目がかなり素朴で、尚且つ弱そうだからだろう。
   なんていうか……、こちらがビビる要素が、カサチョには全くない。

「つまり、中の音や空気が漏れないのは、即ちこの天幕が魔導具であり、何らかの術式によって外界と遮断されている空間だからに他ならないのでござるよ」

「だから……、それ今重要なんですか!?」

   ちょっぴり怒りながら、俺はそう言った。

   このテントは魔導具である……、そんな事、今どうでもいいじゃないっ!?
   もっと真剣に、二人を助ける事を考えてよぉっ!!

   焦る気持ちを抑えて、周りにケンタウロスの気配が無い事を確認し、カサチョの話など当然無視して、俺はそろりそろりと歩き出す。
   外の光が全く入って来ず、明かりもない暗闇の中ではあるものの、俺の超絶スーパー良い視力のおかげで、周囲がどうなっているかは容易に見て取れた。

   どうやらここは、カサチョが言っていたように、台所兼食料庫のようだ。
   そこかしこに、大きなケンタウロスサイズの食器や、保存食の入った籠や箱が所狭しと置かれていて、体の小さな俺にとってはまるで迷路だ。
   それらにぶつからぬよう、またそれらの陰に隠れながら、気配を消しつつ俺は進んでいく。

「わからぬでござるか? 音が外に漏れぬという事は、拙者らが危機に陥ろうとも、外で待つマシコットらには何も伝わらぬでござるよ」

   後ろからついて来ているカサチョの言葉に、俺はピタリと動きを止めた。

   え? 待って……??
   それって……、ヤバくない???
   俺がヤバくなった時に、それだとヤバくない????
   つまり……、叫んでも外には聞こえないと……?????

   俺は、踏み出そうとした足をスッと引っ込めた。

「何か別の手段があれば安心でござるが……。生憎の所、拙者、通信魔法は苦手でござるよ」

   ヘラヘラっと笑って、恥ずかしそうに頭を掻くカサチョ。

   そこ! 笑うところじゃないからぁっ!!

   ……しかし、このまま進んでいって、もしもの時に外に知らせられないとなると、俺も一貫の終わりである。
   万呪の枝とエルフの盾があるといえども、所詮俺は最弱種族のピグモルなのだ。
   あんなどデカくて、筋肉と欲望の塊みたいな化け物相手に、俺が叶うはずなどない。

   何か、何か良い方法はないものか。
   こんな時に、前世のトランシーバーとか、それこそ携帯とかがあったら便利な……、ん? あっ!!

   俺は、俺の耳でキラリと光る、耳飾りの存在を思い出した。

「カサチョさん、大丈夫です! 僕、ギンロと通信できるアイテムを持ってますから!!」

   鼻息荒くそう言って、俺は前に向き直る。

   そうだよ!
   俺にはこの絆の耳飾りがあるじゃないか!!
   神様アイテムの一つである絆の耳飾りは、同じく絆の耳飾りを付けた俺の仲間に対し、何処にいても連絡が取れる優れものなのである。
   もし本当にピンチな時は、これでギンロに連絡しよう!!!

   そこまで考えて、俺ははたと気付く。

   何故グレコは、俺に連絡してこないんだ?
   本当にピンチなら、俺やカービィに連絡を……、はっ!? まさかもうっ!??
   連絡なんて出来ないほどに、酷い事されたんじゃっ!?!?

   良からぬ妄想……、しかし、現実に起こり得るその考えに、俺は青褪める。

「あぁっ! あぁああぁっ!!」

   今、俺の耳に届いている叫び声は、明らかにグレコのものではない……、ないはずだ。
   だがしかし、カナリーのものとも思えない。
   じゃあいったい、この聞いているだけで気分が悪くなってきそうな悲鳴は、いったい誰が……?
   仮にグレコのものでないとして、もしかしたらグレコは、既に息絶えて……、そんなぁあぁ~!!!

「うぅ、グレコ……、くそぅっ!」

   半ベソをかきながら、俺は手に持っている万呪の枝をきつく握り締める。
  
   許さない、許さないぞタインヘン!
   グレコを……、グレコを返せぇえっ!!

   知らぬうちに、小走りになる俺。
   前方に見える薄っすらとした明かりに、真っ直ぐ向かって行く。
   
   薄いカーテンが垂れ下がるその向こう側に、先ほど俺たちが通された部屋が見えた。
   悲鳴と歪な物音は、間違いなくここから聞こえてきている。 
   俺はそっと、少しだけ、カーテンの端をめくって、向こう側の様子を伺う。

「あぁあっ! あぁああぁっ!! もっとぉっ!!!」

   部屋の中央にあるランプの明かりが照らし出すその光景に、俺は、モッモとして生まれてからというもの一度もした事がないような、酷く歪んだ顔付きになった。

   ななな……、なんじゃありゃあぁ~!?!??

   あまりの衝撃に、俺は超高速で瞬きをし、現状を理解しようと必死に思考を巡らす。

   テントの柱に鎖で繋がれて、悲鳴を上げているのは、なんとケンタウロスの族長タインヘンではないか!?
   しかも、そのタインヘンに対して、激しくムチを振るう女が二人……

   ビシッ! ビシッ!! ビシシッ!!!

   頑丈そうなムチを振るっているのは、勿論……、グレコとカナリーだ。
   身動きの取れないタインヘンに対し、二人は遠慮なく、全力でムチを打ち付けている。
   その表情は共に、おそろしく無表情で……

「あぁあっ! もっと!! もっと打ってくださいぃっ!!!」

   タインヘンは、かなり嬉しそうな顔で叫んでいる。
   丸見えのお尻を、真っ赤に腫れ上がらせながら。

   うっわぁ~……
   やっべぇ~、マジでやっべぇえぇ~。
   俺の旅が始まって以来、一番のヤバさだわこれ……
   
   え? いやいや、あかんやろこれ??
  
   え? R15の域を超えてるでこれ??

   え? 俗に言うSMってやつ??

   え? え?? え???

   俺は、目の前で起きている狂宴に、頭の中が真っ白になっていくのを感じながら、カーテンをギュッと握りしめて……
   ここへ来た目的など、もはや綺麗さっぱり、すっかり忘れてしまっていた。
   
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