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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

368:パキパキのカペカペ

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「よっこらせっと……。おぉ、さすがに木の上だと星が見えるな~♪」

   眩しいほどに光り輝く、満点の星空を見上げながら、カービィはそう言った。

「ふぅ~、結構高いわね……。モッモ、とりあえず服を着替えなさい。替えの服あるでしょ?」

   もはやグレコが母ちゃんにしか見えなくなってきたぞ。

「ふむ、魔法とは実に素晴らしい。今宵は寝床を確保できぬのではと思っていたのだが……、有り難い」

   さすがのギンロも、ぬかるんだ地面の上では眠れないらしい。

「ノリリアのお陰ですよ。こういう状況も想定して、魔導式樹上テントを持って行くといいって進言してくれたんです。それに、森の木々が丈夫で良かった。イゲンザ島やコトコ島に生えていたような細い木々だと、これは使えませんからね」

   ガラス製のランプに、フッと息を吹きかけて火を灯すマシコット。
   それを、中央に立てられた丸太の柱の釣り金に掛けると、テントの中はほんわりと柔らかい光に包まれた。

   休憩を取りながら、森を歩くこと半日。
   元々薄暗かった森の中が、どんどん暗くなってきて、俺たちは足を止めた。
   どうやら、いつの間にか日が沈み、夜がやってきていたのだ。

   マシコットは、背負っていた荷物の中から、魔導式樹上テントという名前の即席ツリーハウスを取り出して、浮遊魔法を行使しながら、近くに生えていた巨木の上にそれを設置した。
   ツリーハウスといっても、丸太の床の上に普通のテントが張られているだけなので、今までの空間魔法がかけられていた騎士団のテントに比べればかなり狭くて質素だが、あのぬかるんだ地面の上で眠る事を考えれば、こっちの方が数百倍いいに決まってる。

   先ほどマシコットが言ったように、このタウラウの森の木々は幹がとても太くて頑丈で、多少の事ではビクともしなさそうだ。
   といっても、この森は本当に静かで、丸々半日歩いていたにも関わらず、目撃できたのは小さな虫くらいだった。
   凶暴な肉食獣はおろか、小さな野鼠すら一匹も見なかったのだ。
   だから、就寝中に何者かに襲われる可能性は限りなく低いだろう。

「辺りに異常はないです。ここは縄張りの外のようですね」

   バサバサと翼を羽ばたかせて、周辺を偵察していたカナリーも、テントまで登ってきた。

   ここまで、タウラウの森を歩いて来るのは容易では無かった。
   薄暗く、地面がぬかるんでいたせいもあるだろうが、最も厄介だったのがケンタウロスの縄張りだ。
   ケンタウロス達は複数の群れに分かれて暮らしていて、森の中にそれぞれの縄張りを持っているとの事だったが……、これがもう、かなりシビア!
   森の木々には、縄張りを示す印が至る所に存在していた。
   木の幹に掘られたその印を避ける為に、直線なら短いであろう距離を、俺たちはクネクネと蛇行しながら進んだのだ。

「良かった。結構歩いたからヘトヘトで……。ゆっくり休めそうで助かったわ」

   安堵の笑みを漏らすグレコ。

「じゃ、とりあえず飯にしようぜ~♪」

   ポンポンとお腹を叩くカービィ。

「うむ。我は甘味な物が食べたい」

   ギンロ、それはデザートでしょ?
   先にちゃんとご飯食べなさい!

「火が必要なら言ってください。すぐに出せますから」

   料理を手伝おうと、腕まくりをするマシコット。

「私はもうしばらく辺りを見ていますね。食事が出来上がったら知らせてください」

   そう言って、再び翼を広げ、テントから降下していくカナリー。

   カービィとグレコとマシコットは三人で仲良く夕飯の支度を始めて、ギンロは腰を下ろしてそれを見守る。
   穏やかで静かな、夜の時間が訪れ……、ってぇ……

「ちょっと待てぇ~いっ!!!」

   急に大声を出した俺に対し、四人は揃ってビクゥッ! と体を震わせた。
   テントの入り口に立ち尽くしたまま、プルプルと小刻みに震える俺。

   くぅ~……、くそぉっ!

「誰かぁっ! 着替えるの手伝ってよぅっ!!」

   半泣きで叫んだ俺は、全身乾いた泥でカペカペになっていて……
   とてもじゃないが、一人で服が脱げるような状態ではない。
   なのに、なのにみんな……、酷いっ!!

   森の入り口でぬかるみに足を取られて、豪快にこけたあの後……
   俺は結局、ギンロの肩の上に乗せてもらう事にしました。
   俺の短くてプニプニで、脚力なんて皆無な足には、この森のぬかるんだ地面は酷だったようです。

   移動中は勿論、昼食の時にだって、汚れた服を洗う事など出来ないまま。
   気が付いた頃にはもう、全身の泥がパキパキに乾いていて固まって……、容易に手も上げられないような状態だったのです。

「あぁ? 自分で服も脱げねぇのかぁ??」

   驚いた顔をしている辺り、カービィはそれを本気で言っているようだ。

   ……脱げない事はない、頑張れば脱げるさ。
   でもね、俺一人だけこんなに全身ドロドロで、顔もカペカペで、ちょっとは可哀想だなって、気にかけてくれてもいいんじゃない?

   拗ねたように口を尖らせる俺。

「仕方ないわねぇ~。ほら、手伝ってあげるからサッサと脱ぎなさい。カービィ、お水をちょうだい、モッモの汚れた体を拭くから」

「なにぃっ!? おいらも拭いて欲しいぃっ!!!」

「馬鹿なこと言ってないで、ほら早く」

   母ちゃんグレコに手伝ってもらい、服を脱ぐ俺。
   その後、カービィが魔法で用意してくれた水で、体の汚れを綺麗に落としてもらい……
   パキパキのカペカペになった俺の体と心は、なんとか元に戻ったのでした。
   




「ふぃ~、食った食ったぁ~」

   お腹を真ん丸に膨らませたカービィは、満足気な様子で床にゴロンと寝転がる。

「美味しかった~♪ ……あ、片付けは後で私がやるからいいわよ?」

   今夜はお酒を飲まないらしいグレコが、テキパキと片付けを始めたマシコットに声をかける。

「いえ、ここは僕が……。一人暮らしが長かったものでね、家事はそこそこ得意なんだ」

   ニッコリと笑って、水を張った小さな桶で、お皿を洗い始めるマシコット。

「僕も手伝うよ!」

   美味しい料理で機嫌を直した俺は、洗った皿をタオルで拭くという役を買って出た。

   今夜の夕食には、俺たちがコトコ島の港町コニャで買った干し肉と野菜、マシコット達が騎士団の資金で購入したというニヴァの町産のアワーヌという穀物のお団子が並んだ。
   甘辛いタレをかけた干し肉の炙り焼きに、プチプチっとした食感の酸っぱい赤い実がトッピングとして入っている新鮮な葉野菜のシャキシャキ生サラダ。
   アワーヌのお団子はそれだけでコクのある香りがしていたが、塩を付けて海苔を巻き、干し肉と一緒に火で炙ると、とても香ばしくて更に美味しくなった。
   それに、結構歯応えのある食べ物ばかりだったので、俺の自慢の立派な歯が大活躍していた。

   後片付けも終わり、さ~ダラダラしようかな~、と思っていたら……

「外を見回ってきます。マシコット、二時間後に交代しましょう」

   そう言ったのはカナリーで、食後すぐだというのに、立ち上がってテントの外に出ようとしているではないか。
   どうやら見張りをするらしいのだが……、そんなにすぐ動いたら、横っ腹が痛くなりますよ?

「……カナリー殿、今宵の見張りは必要なかろう」

「え? 何故ですか??」

   ギンロの言葉に、ちょっぴり怪訝な顔をするカナリー。

「我が居るからだ。我はテントの入り口で眠る故、怪しき者があらば、すぐさま気がつく。それに、先ほどカービィが守りの魔法をかけていた故、余程のことがない限りここは安全だ」

「んだ~、守護魔法かけといたから~、大丈夫だぞ~」

   既に半分寝かかっているカービィが声を出す。

「と、いう事だ。明日も森を歩く事になる、今宵はゆるりと休まれよ。お主は昼間もずっと辺りを警戒しておった故、相当に疲れているであろ? 大事ない、我がおる」

   ギンロの力強くて優しい言葉に、何故かカナリーはかなり戸惑った顔をする。

「そん、な……、でも……」

「ギンロさんがそう言ってくれてるんだ。カナリー、今日は休もう」

   ニッコリと笑うマシコットに対し、カナリーは大きく息を吸ったかと思うと、ふっと肩の力を抜いて静かに腰を下ろした。
   そして、横目でチラリとギンロを見たカナリーは、ちょっぴり嬉しそうに微笑むのであった。
    
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