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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★
354:種子化
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トガの月、21日。
明朝、当初の予定通りに、商船タイニック号は港町コニャから出航した。
俺たちの旅路を見守るかのように、優しい雨が降っていた。
「ぐすん、ぐすん……。うぅ~、どうしてぇ~?」
俺は一人、船室で涙を流していた。
「あら? どうしたのモッモ?? ……えっ、何それっ??? 」
部屋に戻ってきたグレコが顔をしかめる。
その目は、震える俺の手の中にある、歪な形をした紫色の塊に向けられていた。
「うぅ~、わかんないぃ~……。最近ずっと静かで、ポケットの中にずっとこもっててさぁ……。水も欲しがらなかったから、変だな~って思ってたんだけどぉ……。うぅうぅ~……。まさかこんな、こんな……、ウンコみたいになってるなんてぇえぇ~! うわぁあ~ん!!」
俺の両目からポロポロと、大粒の涙が零れ落ちる。
「て事は……、えっ!? それ、ゴラなのっ!??」
驚愕の表情で叫ぶグレコに対し、俺は涙と鼻水でグシャグシャの顔で頷いた。
商船タイニック号が、コトコ島から出航した数時間後。
俺は久しぶりに洗濯でもしようと、鞄の中から替えの服を取り出して着替えていた。
そして、脱ぎ捨てたズボンのポケットから、ペットであるマンドラゴラのゴラに出てきてもらおうと声を掛けたのだが……
「ゴラ~、服洗うから出てきて~」
……、……、……ん? あれ??
しばしの沈黙。
ゴラの返事がない。
寝ているのかな?
よぉ~し、コチョコチョして起こしてやるっ!
と、ポケットに手を突っ込んだところ……
「ん? ……え?? ……ゴ、ラ???」
俺の手が掴んだのは、柔らかくてスベスベしたゴラの体ではなく、硬くてゴツゴツとした、それこそ一見するとウンコのような……、何なのかわからない歪な形の、かなりグロテスクな濃い~い紫色の塊でした。
「え、でも……。どうしてそんな姿に?」
口に手を当てて、眉間に皺を寄せるグレコ。
「わからにゃい……、ぐすんっ……」
「いつから?」
「わからにゃい……、今気付いたの、ぐすんっ……」
「そん……、え、生きているのかしら?」
「うぅぅ……、死んじゃったのかなぁ? うぅっ、ゴラぁあぁ~!!」
紫色のウンコのような物を大事そうに抱きしめながら大泣きする俺に対し、グレコは複雑な表情になる。
すると……
「モッモ~? なんで泣いてんだぁ??」
開けっ放しだった部屋の扉の外から、カービィがぴょこっと顔を出した。
「あらカービィ。……あれ、見える? モッモのペットのマンドラゴラが、その……、汚物になっちゃったみたいで……」
グレコにしては言葉を選んだ方だとは思うが……
汚物てっ!? 汚物て言うなよっ!??
確かにウンコみたいに見えるけどさっ!?!?
みなまで言うなよ、酷いぃいっ!!!!!
「あん? ちょいと見せてみろ~」
口をへの字に曲げて、プルプルとする両手の中にあるその紫色の塊を、俺はカービィに見せる。
「お? おぉ、それは~……。うん、多分だけど、大丈夫だと思うぞ!」
いつもの調子で、にへらと笑うカービィ。
「だい? 何が……、大丈夫なの?? ぐすん」
「あ~、まぁあれだ、専門家に説明してもらった方がいいな。モッモ、それ持ってちょっとこっち来い」
そう言うとカービィは、くるりと背を向けて、テクテクと部屋から出て行くではないか。
……大丈夫? 何が大丈夫なんだ??
こんな……、こんな見るからに生き物ではない形になってしまったゴラの、一体何が大丈夫だと言えるんだぁっ!??
心の中で、うわぁあぁっ!!! と絶叫する俺。
「……とにかく、カービィについて行きましょう」
グレコは、まるで本物の汚物を見るような目でそれを見ながら、俺の背中を押して部屋の外へと連れ出した。
コンコンコン!
「はい?」
「カービィだ! ちょっと入ってもいいか!?」
「どうぞ~」
カービィがやってきたのは、騎士団のチリアンの部屋だった。
ノックをすると、中から品の良いチリアンの声が聞こえてきた。
……どうして、チリアンの部屋に?
首を傾げる俺の事など御構い無しに、カービィは扉を開ける。
その先には、部屋中に所狭しと並べられた鉢植えに、金色のジョウロで水をあげているチリアンの姿があった。
うっわぁ~、なんじゃこりゃっ!?
同じ船室とは思えないなっ!!
部屋の中はまるで、植物園にある温室だ。
ベッドが置かれている場所以外、床も壁も植物だらけなのである。
見たことのない種類の葉っぱや花がわんさかわんさか……
それに伴ってか、室内の空気は、植物たちが発するマイナスイオンで満たされていた。
「どうかなされましたか?」
いつものお上品で優しい笑顔を俺たちに向けるチリアン。
騎士団のローブを脱いで、部屋着であろうクリーム色の、ノースリーブの丈の長いワンピースに身を包んだその姿は、どこぞのセレブのマダムである。
「ちょいとこれを見てくれねぇか?」
カービィはそう言うと、目に涙をいっぱい溜めた俺の背をグイッと押して、部屋の中へと入れた。
背後の廊下から、心配そうな表情で、グレコが見守る。
「これは……? あ、あらあら! 素晴らしいですわね♪」
俺の手の中にある、グレコが汚物だと言ったそれを見て、チリアンはニコリと微笑んだ。
素晴らしい?
何が?? どれが???
「あの……。僕、ズボンのポケットでマンドラゴラを飼ってて、それで……。さっき見たら、こんな姿になってて……、うぅっ……」
ふるふると、小刻みに震える俺の手。
「そうですか。それはそれは……。モッモ様は、愛情を持ってお育てになっていたのですね」
チリアンの言葉に、再度俺の目から、ブワッ! と涙が溢れ出す。
ゴラがこうなってしまったのは、飼い主である俺の責任だ。
俺がちゃんと面倒見なかったから、ゴラはこんな姿にぃ……
「これは、種子化と言って、植物系魔物の進化形態の一種です」
「……はへ?」
優しく微笑むチリアンの言葉に、俺は恥ずかしいくらいに情けない面で、小さく口を開けたのだった。
チリアンの説明によると、植物系魔物は、その短い一生のうちに、何度かその形態を変えるそうだ。
あれだ、芽が出て膨らんで~♪ っていう歌の通りだ。
「今現在、フーガの学会において、植物系魔物について定義付けられている事は二つ。一つ目は、植物系魔物は、自然界の魔力を取り込んで植物が魔物化したものと、その子孫の事を指す、という事。二つ目は、植物系魔物は、何らかの力の作用によって人化する可能性があり、その際には種子化を経る、という事です」
……ほう? それで??
「普通、植物系魔物は、その一生を終える際、枯れて干からびるか、朽ちて腐るものです」
ひぃっ!? なんて酷いこと言うんだチリアン!??
「モッモ様がお飼いになられていたマンドラゴラは、そのどちらにもならずに種子化した。それはつまり、今その子は、何らかの力の作用によって、人化しようとしている最中だという事になります」
……ほうっ!? 人化!??
「それってつまり……。チリアン、あなたみたいになるって事かしら?」
グレコが尋ねる。
「あ、いえ、私とは少し違います。私の祖先は、花の妖精と人との間に生まれた者で、花人と呼ばれる種族に当たります。なので私は、生物分類学的には人科に分類されます」
少々苦笑いしつつも、優しく答えるチリアン。
そりゃまぁ、魔物と一緒にされたら困るよね。
相変わらず失礼だぞ! グレコ!!
「そうなのね。じゃあ……、えっと……。とりあえず、ゴラは生きているって事なのよね?」
「はい、そうです。マンドラゴラが人化した場合、その者の名はマンドリアンと呼ばれます。生物分類学的には、マンドレイクが植物科で、マンドラゴラは植物系魔物科となり、マンドリアンは植物系妖精科に分類される事になりますね」
ほほうっ!? 妖精となっ!??
「妖精っ!? 凄いじゃない♪」
喜ぶグレコと俺。
「そうなると、あれか……。チリアンよりも、グレコさんの方が近しい存在になるな!」
カービィの言葉に、俺とグレコは揃って「え?」となる。
「なんでさ?」
「どうしてよ??」
怪訝な顔をする俺とグレコに向かって、チリアンがふふふと笑う。
「生物分類学的には、エルフ族の皆様は、どの種族におかれましても妖精科に分類されますの。なので、カービィ様が仰る通りですわ」
……グレコが、妖精?
……ゴラと、同類??
ぐ……、ぶふっ!? マジかっ!??
含み笑いを堪える俺。
グレコはというと、なんとも言えない無表情で、俺の手の中にある自らが汚物と称したゴラを、ジッと見つめるのだった。
明朝、当初の予定通りに、商船タイニック号は港町コニャから出航した。
俺たちの旅路を見守るかのように、優しい雨が降っていた。
「ぐすん、ぐすん……。うぅ~、どうしてぇ~?」
俺は一人、船室で涙を流していた。
「あら? どうしたのモッモ?? ……えっ、何それっ??? 」
部屋に戻ってきたグレコが顔をしかめる。
その目は、震える俺の手の中にある、歪な形をした紫色の塊に向けられていた。
「うぅ~、わかんないぃ~……。最近ずっと静かで、ポケットの中にずっとこもっててさぁ……。水も欲しがらなかったから、変だな~って思ってたんだけどぉ……。うぅうぅ~……。まさかこんな、こんな……、ウンコみたいになってるなんてぇえぇ~! うわぁあ~ん!!」
俺の両目からポロポロと、大粒の涙が零れ落ちる。
「て事は……、えっ!? それ、ゴラなのっ!??」
驚愕の表情で叫ぶグレコに対し、俺は涙と鼻水でグシャグシャの顔で頷いた。
商船タイニック号が、コトコ島から出航した数時間後。
俺は久しぶりに洗濯でもしようと、鞄の中から替えの服を取り出して着替えていた。
そして、脱ぎ捨てたズボンのポケットから、ペットであるマンドラゴラのゴラに出てきてもらおうと声を掛けたのだが……
「ゴラ~、服洗うから出てきて~」
……、……、……ん? あれ??
しばしの沈黙。
ゴラの返事がない。
寝ているのかな?
よぉ~し、コチョコチョして起こしてやるっ!
と、ポケットに手を突っ込んだところ……
「ん? ……え?? ……ゴ、ラ???」
俺の手が掴んだのは、柔らかくてスベスベしたゴラの体ではなく、硬くてゴツゴツとした、それこそ一見するとウンコのような……、何なのかわからない歪な形の、かなりグロテスクな濃い~い紫色の塊でした。
「え、でも……。どうしてそんな姿に?」
口に手を当てて、眉間に皺を寄せるグレコ。
「わからにゃい……、ぐすんっ……」
「いつから?」
「わからにゃい……、今気付いたの、ぐすんっ……」
「そん……、え、生きているのかしら?」
「うぅぅ……、死んじゃったのかなぁ? うぅっ、ゴラぁあぁ~!!」
紫色のウンコのような物を大事そうに抱きしめながら大泣きする俺に対し、グレコは複雑な表情になる。
すると……
「モッモ~? なんで泣いてんだぁ??」
開けっ放しだった部屋の扉の外から、カービィがぴょこっと顔を出した。
「あらカービィ。……あれ、見える? モッモのペットのマンドラゴラが、その……、汚物になっちゃったみたいで……」
グレコにしては言葉を選んだ方だとは思うが……
汚物てっ!? 汚物て言うなよっ!??
確かにウンコみたいに見えるけどさっ!?!?
みなまで言うなよ、酷いぃいっ!!!!!
「あん? ちょいと見せてみろ~」
口をへの字に曲げて、プルプルとする両手の中にあるその紫色の塊を、俺はカービィに見せる。
「お? おぉ、それは~……。うん、多分だけど、大丈夫だと思うぞ!」
いつもの調子で、にへらと笑うカービィ。
「だい? 何が……、大丈夫なの?? ぐすん」
「あ~、まぁあれだ、専門家に説明してもらった方がいいな。モッモ、それ持ってちょっとこっち来い」
そう言うとカービィは、くるりと背を向けて、テクテクと部屋から出て行くではないか。
……大丈夫? 何が大丈夫なんだ??
こんな……、こんな見るからに生き物ではない形になってしまったゴラの、一体何が大丈夫だと言えるんだぁっ!??
心の中で、うわぁあぁっ!!! と絶叫する俺。
「……とにかく、カービィについて行きましょう」
グレコは、まるで本物の汚物を見るような目でそれを見ながら、俺の背中を押して部屋の外へと連れ出した。
コンコンコン!
「はい?」
「カービィだ! ちょっと入ってもいいか!?」
「どうぞ~」
カービィがやってきたのは、騎士団のチリアンの部屋だった。
ノックをすると、中から品の良いチリアンの声が聞こえてきた。
……どうして、チリアンの部屋に?
首を傾げる俺の事など御構い無しに、カービィは扉を開ける。
その先には、部屋中に所狭しと並べられた鉢植えに、金色のジョウロで水をあげているチリアンの姿があった。
うっわぁ~、なんじゃこりゃっ!?
同じ船室とは思えないなっ!!
部屋の中はまるで、植物園にある温室だ。
ベッドが置かれている場所以外、床も壁も植物だらけなのである。
見たことのない種類の葉っぱや花がわんさかわんさか……
それに伴ってか、室内の空気は、植物たちが発するマイナスイオンで満たされていた。
「どうかなされましたか?」
いつものお上品で優しい笑顔を俺たちに向けるチリアン。
騎士団のローブを脱いで、部屋着であろうクリーム色の、ノースリーブの丈の長いワンピースに身を包んだその姿は、どこぞのセレブのマダムである。
「ちょいとこれを見てくれねぇか?」
カービィはそう言うと、目に涙をいっぱい溜めた俺の背をグイッと押して、部屋の中へと入れた。
背後の廊下から、心配そうな表情で、グレコが見守る。
「これは……? あ、あらあら! 素晴らしいですわね♪」
俺の手の中にある、グレコが汚物だと言ったそれを見て、チリアンはニコリと微笑んだ。
素晴らしい?
何が?? どれが???
「あの……。僕、ズボンのポケットでマンドラゴラを飼ってて、それで……。さっき見たら、こんな姿になってて……、うぅっ……」
ふるふると、小刻みに震える俺の手。
「そうですか。それはそれは……。モッモ様は、愛情を持ってお育てになっていたのですね」
チリアンの言葉に、再度俺の目から、ブワッ! と涙が溢れ出す。
ゴラがこうなってしまったのは、飼い主である俺の責任だ。
俺がちゃんと面倒見なかったから、ゴラはこんな姿にぃ……
「これは、種子化と言って、植物系魔物の進化形態の一種です」
「……はへ?」
優しく微笑むチリアンの言葉に、俺は恥ずかしいくらいに情けない面で、小さく口を開けたのだった。
チリアンの説明によると、植物系魔物は、その短い一生のうちに、何度かその形態を変えるそうだ。
あれだ、芽が出て膨らんで~♪ っていう歌の通りだ。
「今現在、フーガの学会において、植物系魔物について定義付けられている事は二つ。一つ目は、植物系魔物は、自然界の魔力を取り込んで植物が魔物化したものと、その子孫の事を指す、という事。二つ目は、植物系魔物は、何らかの力の作用によって人化する可能性があり、その際には種子化を経る、という事です」
……ほう? それで??
「普通、植物系魔物は、その一生を終える際、枯れて干からびるか、朽ちて腐るものです」
ひぃっ!? なんて酷いこと言うんだチリアン!??
「モッモ様がお飼いになられていたマンドラゴラは、そのどちらにもならずに種子化した。それはつまり、今その子は、何らかの力の作用によって、人化しようとしている最中だという事になります」
……ほうっ!? 人化!??
「それってつまり……。チリアン、あなたみたいになるって事かしら?」
グレコが尋ねる。
「あ、いえ、私とは少し違います。私の祖先は、花の妖精と人との間に生まれた者で、花人と呼ばれる種族に当たります。なので私は、生物分類学的には人科に分類されます」
少々苦笑いしつつも、優しく答えるチリアン。
そりゃまぁ、魔物と一緒にされたら困るよね。
相変わらず失礼だぞ! グレコ!!
「そうなのね。じゃあ……、えっと……。とりあえず、ゴラは生きているって事なのよね?」
「はい、そうです。マンドラゴラが人化した場合、その者の名はマンドリアンと呼ばれます。生物分類学的には、マンドレイクが植物科で、マンドラゴラは植物系魔物科となり、マンドリアンは植物系妖精科に分類される事になりますね」
ほほうっ!? 妖精となっ!??
「妖精っ!? 凄いじゃない♪」
喜ぶグレコと俺。
「そうなると、あれか……。チリアンよりも、グレコさんの方が近しい存在になるな!」
カービィの言葉に、俺とグレコは揃って「え?」となる。
「なんでさ?」
「どうしてよ??」
怪訝な顔をする俺とグレコに向かって、チリアンがふふふと笑う。
「生物分類学的には、エルフ族の皆様は、どの種族におかれましても妖精科に分類されますの。なので、カービィ様が仰る通りですわ」
……グレコが、妖精?
……ゴラと、同類??
ぐ……、ぶふっ!? マジかっ!??
含み笑いを堪える俺。
グレコはというと、なんとも言えない無表情で、俺の手の中にある自らが汚物と称したゴラを、ジッと見つめるのだった。
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