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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

316:ご飯をちょうだいっ!!!

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 キュインキュイーン

 キュンキュン

「……これは、何の音なのかしら?」

 地下室へと続く階段を下りる途中、微かに聞こえてくる彼らの鳴き声に、グレコは緊張感を走らせる。

 そうか、グレコは知らないんだよな……
 勉坐がベジタリアンで、リーラット愛好家だってこと。

「えっと……、手短に説明すると、勉坐はリーラットを沢山飼っています」

「は? ……え??」

 俺の手短すぎる説明は、グレコを更に混乱させてしまったようだが……
 百聞は一見に如かずだ、見ればわかるだろう。

 だだっ広い空間に本棚がずらりと並ぶ、暗い地下室の中。
 壁に設置された二本の松明に照らされているのは、一つだけ置かれている大きな机と、長い丸太の椅子。
 そこに勉坐の姿はない。
 どこかから泣き声は聞こえてくるものの、あんなに沢山いたリーラット達の姿も、全く見当たらない。

「居ないわね。ベンザさん、どこにいるのかしら?」

「たぶん、あっちじゃないかな?」

 薄暗くてよく見えない地下室に並ぶ、いくつもの本棚の向こう側を指差す俺。
   壁があると思っていたその場所には、どこまで続いているのかわからない、真っ暗闇が広がっていた。
 そして間違いなく、リーラットの鳴き声は、そちらから響いてきているのだ。

 グレコは、壁に設置されていた松明のうち一本を手に取る。

「行ってみましょう」

「うん」

 まぁ、ダンジョンでもなんでもないから、怪物なんかはきっと出てこないし、怖くはないけれど……
 もしかすると、この地下室に勝手にグレコを入れた事を勉坐に怒られるのではないかと、ガチギレ勉坐のお顔を想像して、俺は小刻みに震えていた。







 勉坐の家の地下室は、何処か別の場所に繋がっているのだろうか?
 立ち並ぶ本棚の向こう側は、ただの洞窟だった。

 ……いやほんと、本当にただの洞窟。
 ゴツゴツした黒い岩の地面に、壁と天井。
 だけど、これまで経験してきた洞窟と少し違うのは、空気がカラリとしている事と、どこからか爽やかな風が吹いてくる事だ。
 そして、徐々に大きくなってくる、沢山のリーラット達の鳴き声……

「あそこ、明るいわね」

 松明を手に持ち、前を歩くグレコがそう言った。
 見ると確かに、前方には明かりが……

「外、かな……?」

 俺の予想は当たった。
 暗い地下室から続く洞窟を抜けて辿り着いた先は、天井がぽっかりと抜けた、明るく小さな空間。
   周りを黒い岩壁に囲まれながらも、太陽の光が降り注ぐこの場所にあるのは、沢山のリーラット達の巣だ。
   草花の絨毯の上には、藁のような干し草が積み上げられて出来ている、リーラット特有の丸くて可愛らしい巣がポコポコと存在している。
   そして……

「うわぁ~。なんか、テトーンの樹の村みたい」

   グレコの例えは正直どうかと思うけど、そこにはリーラットの大群がいた。
 ざっと見た感じ、その数は二百を超えているだろう。
   俺達に気付いたリーラットは、円な瞳をキラキラと輝かせ、キュンキュンと可愛らしい声を上げている。
 
 そして、そんな彼等が小山のように固まっている場所が一箇所だけあって……

「あ、勉坐、あんなとこにいるよ」

   リーラットに周りをぐるりと囲まれて……、というか、リーラットの群れに埋もれるようにして、地面に倒れている勉坐の姿がそこにはあった。
   一瞬、勉坐の身にも何かあったのでは!? と思ったのだが……
   よくよく見ると、どうやらそうではなさそだ。

   ギンロが、勉坐の泣き顔はもう見たくない、とか、メイクイが、勉坐はかなり参っていたようだ、なんて言っていたから、心配していたのに……
   燦々と降り注ぐ太陽の光の下、仰向けに寝っ転がって目を閉じ、更には大口を開けているその姿はなんていうか……、昼寝しているようにしか見えない。
   それも、かなり爆睡していらっしゃるご様子。

   そして、ここへ来てようやく分かったのだが、リーラット達の鳴き方から推測するに、彼等は勉坐を心配して寄り添っているわけではなく、腹が減ったから餌をくれ! と催促しているようなのだ。
   可哀想に、リーラット達はまた餌を貰っていないらしい。
   保護するためとはいえ、こんな逃げ場のない所にリーラット達を囲っておいて、ちゃんと餌を与えないなんて……
   これは列記とした動物虐待だぞっ!?

   グレコは、手に持っていた松明を、洞窟の出口付近の地面に置いて、恐る恐る勉坐へと近付いて行く。
   俺も、その後に続く。

「……寝ているのかしら?」

「そのようだね」

「……起こしてもいいのかしら?」

「え!? ……キレるかもよ?」

「そうね……。でも、起こした方がいいと思わない?」

「すっごく思う」

「そうよね。けど……、私、ベンザさんに怒られるのは嫌だわ」

「僕だってヤダよ」

「何か、いい起こし方はないかしら? 怒られないような、いい起こし方」

「そんなの急に言われ……、あ、あるよ」

   俺は、周りのリーラット達を見渡す。
   彼等は必死に、お願い! ご飯をちょうだいっ!! と言っている、同類の俺には分かる!
   ならば、可哀想な彼等の為にも、俺は勉坐を起こそうではないか!!

   俺は一人、爆睡する勉坐へと静かに近付いていく。
   その寝顔はとても美しく、心からリラックスしたような安らかな表情で……
   これが、怒った時はあのような恐ろしい般若の顔になるのかと思うと、全くもって女って恐ろしい生き物だよなと、俺はしみじみと思うのであった。

   リーラットの群れを掻き分けて、眠る勉坐のすぐ隣、耳元へと俺は到達した。
   そして、静かにこう囁いたんだ。

「リーちゃん達、お腹が空いたって言ってるよ? すぐにご飯をあげないと、リーちゃん達が餓死しちゃうよ?? ご飯をおくれ、今すぐおくれ。腹ぺこだよぉ~」

   ……まさか、これだけで起きるとは思っていなかったのだが。

「んん? ん~?? リーちゃん、お腹が空いたのか……???」

   なんと、爆睡していたはずの勉坐が目を覚ましたではないか。
   そして、隣にいる俺とバッチリ目があって……

「お……、おはよう」

   にへらと笑う俺。

「ふぁっ!? のぉあぁぁ~!??」

   ぎゃっ!? なんだぁっ!??

   寝惚けているのかなんなのか、俺が彼女の目にどう映ったのかはわからないが、勉坐は奇妙な叫び声を上げて飛び起きた。

「なっ!? なっ!?? あぁっ!?!? モッモかっ!!!!!」

   目の前にいるのが俺だと気付いたらしい勉坐は、心臓に手を当てながら、目をパチクリさせる。

「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて……」

   勉坐の叫び声に心底驚いた俺も、速くなってしまった心臓の鼓動を抑えようと、胸に手を当てる。
   ドッドッドッドッと、小さな心臓が慌てております。

「ベンザさん、驚かせてごめんなさい。心配で見に来たのだけど……、大丈夫そうね」

   存外、勉坐がいつもと変わらぬ雰囲気なので、グレコは安心した表情でニコリと笑う。

「グッ!? 何故ここにっ!?? ……モッモ!!! どういうつもりだぁあっ!?!?」

   きゃあぁっ!? 出たっ!!! 般若っ!!!!

   瞬時に沸点まで達した勉坐の怒りが、俺の体に雷のごとく落ちる。

「あ! えとっ!! 勝手に入ってごめんなさいっ!!! でも、その……、いろいろお話しなくちゃいけない事があって!!!!」

   怒る勉坐を止めようと、グレコが必死に話し掛けた。

「話っ!? そんなもの、上でいくらでも聞い……、っ!?? 喜勇達はどうなった!?!?」

   突然に、火傷を負った喜勇達の事を思い出したらしい勉坐が、不安気な、心配そうな声を出す。

「大丈夫です、キユウさん達は大丈夫! 私達の仲間が今、全力で治療しています!!」

   誇らし気な笑顔でそう言ったグレコに対し、勉坐は全身の緊張を解いた。

「そうか……、良かった……」

   ホッとしたように、地面に腰を下ろし、周りのリーラット達を優しく撫でる勉坐。
   キュンキュンと、鳴き声を上げるリーラット達。

「勉坐、話さなきゃならない事が沢山あるんだ。けど……」

   キュインキュイン!

「けど、なんだ?」

   キュキュキューン!!

「……うん。先に、リーちゃん達にご飯をあげて。お腹減ってるみたいだよ?」

   キュイイイーーーン!!!

「なに? ……あっ!! そうだなっ!!!」

   勉坐はサッと立ち上がって、一目散に洞窟の中へと駆けて行った。
   リーラットの群れの中に取り残された、俺とグレコ。

「……ねぇ、ベンザさんって、リーラットの生肉が好物なんじゃなかったっけ?」

   グレコは、改めて首を傾げる。

「あれね、全部嘘なの。勉坐はね、食事は植物性のものしか口にしない、小動物愛好家なの」

   俺の説明に、グレコはなんともいえない無表情のまま突っ立って、足元で泣き喚くリーラット達を眺めていた。
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