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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

308:聖なる泉

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   コニーデ火山の麓、黒い岩が剥き出しの地面から、突如として生え渡る細い木々の林。
   その中に、紫族の始祖が眠る聖なる泉は存在する。

   巨大アンテロープの背を降りて、隠し箱から姿を現した桃子は、例によって仮面を被って顔を隠している。
   そしてやはり、自分で歩く事はしないようだ。
   さも当たり前のように、野草の背にピョンと飛び乗った。

   桃子とは逆に、俺は砂里の背から飛び降りた。
   いつまでも甘えているわけにはいかないのでねっ!
   ちょっと眠いけど……、自分で出来る事は精一杯しないとねっ!!

   未だ眠り続けるカービィを背負ったままのグレコを先頭に、林の中を歩いて行くと……
   目の前に現れたのは、とても神秘的な光景だった。
   一度、アメフラシの記憶の中で見た事のある景色ではあるものの、自分の目で直に見るのは初めてなので、その美しさに俺は息を飲んだ。

   薄紫色に光り輝く泉。
   泉と呼ぶにはあまりに広く、大きくて、対岸まではかなりの距離がある。
   恐ろしく澄んだその水底には、魚なのか何なのか、見た事のない細長くて薄っぺらい生き物が優雅に泳いでいた。

   この場所が、夜の中にあって昼間のように明るいのは、その泉が放つ光と、そこから放出されている数多の光の粒の為だ。
   空中を漂っている小さな光の粒は、泉の水面から無数に浮き上がって、静かに空へと上っていく。
   それはまるで蛍のような、儚く淡い光だ。

   泉の周りには、泉の水と同じ薄紫色をした、可愛らしい花が沢山咲いている。
   その一つ一つが、まるで何かを語り掛けてくるような……、そんな風に俺には思えた。
   少し離れた場所には、泉守りに選ばれた者達が代々使用してきたのであろう、古びた小屋が建てられていて……

「あ……、あそこに……!?」

   グレコが、その存在に一早く気付いた。

   古びた小屋の向こう側。
   泉のほとりに膝をつき、空に向かって両手を大きく広げ、目を閉じているのは……

「姉様っ!?」
 
   凛々しく美しい顔立ちの、紫族の女。 
   間違いない、袮笛だっ!

「ちょっと待て! 様子がおかしいぞっ!?」

   いつの間にか起きていたらしいカービィが、袮笛に駆け寄ろうとする砂里を制止した。   

   カービィの言葉に、俺は目を凝らす。
   
「あれは……、なんだ? どうなってるの??」

   目の前で起きている事の意味が、俺には全く理解出来ない。
   泉から放出されている光の粒、辺りを漂う光の粒が、袮笛の体に吸い込まれていくのだ。
   それはとてもゆっくりと、穏やかな川の流れのように、そうなる事が予め決まっていたかのように……
   光の粒は、スーッと、袮笛の体の中へと消えていく。
   そして……

「なっ!? 見てあれっ!」

   悲鳴に近い声を上げたのはグレコだ。
   その指が指しているのは、泉の真ん中にボンヤリと浮かぶ、大きな大きな光の大蛇。
   真っ白な光を身に纏ったその大蛇は、ゆっくりと、袮笛へと近付いて行く。

「あれは……、まさか、古の獣かっ!?」

   野草が声を上げた。

   あれが古の獣!?
   ……てか、蛇じゃんっ!?? 
 獣じゃないじゃんっ!?!?
   もっとこう、野獣っぽいの想像してたわっ!
   熊とか、狼とか、そういう……
   それが蛇て……、爬虫類じゃんっ!?!??

   と、俺が馬鹿な事を考えている間にも、大蛇はどんどん袮笛に近づいて行き、その大きな口をガバッと開けて……

「姉様っ!? 逃げてぇえっ!!?」

   砂里の叫び声が響き渡った、次の瞬間。

   ドバァーーーーン!!!

   大口を開けた大蛇が、袮笛を頭から丸呑みにしたかと思うと、その巨体は大爆発を起こした。
   肉片が飛び散るかと思いきや、大蛇の体は全て光の粒となって、辺り一面に散らばったのだ。
   その光の粒は全て、未だ空に向かって両手を広げ、目を閉じたままの袮笛の体に吸い込まれていった。

   そして、聞こえてきたのは……

「……猛き魂を持つ戦士が、悪に蝕まれている。その強さ故に、にえにされようとしている。彼の者を止められるのは、神の力を宿しし者と、その仲間。そして、我と同じ魂を持って生まれた……、お前だけだ」

   袮笛の声だ。
   袮笛が、その美しい紫色の瞳を開いて、前を見据えながら、まるで独り言のようにそう呟いたのだ。
   だがその様子は、今までの袮笛とはまるで違う。
   どうしてだか分からないけれど、全く別の誰かがそこにいるような……
   俺にはそんな風に感じられた。
   
   そして、その言葉を告げた袮笛は、フッと気を失ったかのように、脱力して後ろに倒れた。

「あっ!? 姉様っ!??」

「ネフェ!?」

   ドスン!

「ふぎゃっ!?!?」

   同時に走り出す、グレコと砂里。
   グレコの背から放り出されたカービィは、鈍い音をたてて地面に落下し、妙な声を上げた。
   
「野草、妾を袮笛の元へ!」

「御意」

   一歩遅れて走り出す、桃子を背負ったままの野草。
   俺もすぐさま駆け寄ろうとしたんだけど……

「モッモ~……。起こしてぇ~?」

   どうやったのか……、落下した拍子に、地面を這う太い木の根の間に、器用に頭から突っ込んでしまったカービィに呼び止められた。

「も~、何してんだよぉっ!?」

   うんしょ、うんしょと、ピンクの毛玉を引っこ抜く俺。
   そして、グレコ達に遅れる事数分。
   俺とカービィは、倒れた袮笛の元まで駆け寄った。
   
   仰向けに倒れたままの袮笛を、グレコがよくよく観察する。
   見た感じだと、外傷は全くなさそうだけど……
   隣では、あまりの出来事に驚き狼狽え、涙をポロポロと流す砂里。
   野草と桃子は何も口を出さずに、グレコの言葉を待っている。

「……うん、大丈夫。命に別状はないみたい」

「よ……、良かったぁ……」

   グレコの言葉に、ホッとしたのか泣き崩れる砂里。
   野草も顔が見えない桃子も、ふ~っと安堵の息を吐き出した。

「ん? なぁおい、その手のとこ、見てみろ??」

   カービィが指差したのは、目を閉じ横たわる袮笛の、右手の甲である。
   そこには、不思議な形の紋章が現れていた。
   それはまるで、蛇のような……、それでいて、どこかトゲトゲしい……、そう、鬼族の持つ角のような、とても不思議な形の紋章だ。
   何処かで見た事があるような、無いような……、無いか?
   
「……はっ!? これはっ!?? まさかっ!?!?」

   紋章をジッと見つめていた野草が、何かに気付いたのか、驚き声を上げた。
   
「何!? これ、何なの!??」

   敬語の欠片もない俺の言葉。
   しかし野草は、そんな事は全く気にせず……、というか、驚き過ぎて気にもならないようだ。

「これは、古の……、選ばれし者が、携える事を許された紋章……。かつて、紫族がまだ紫族となる以前に、鬼族としてのみ存在していた時代の、選ばれし三人の闘士としての証……。それは即ち、我らが紫族の始祖が持ち得ていた、白蛇に守られし者の紋章なのだ!」

   かなり興奮気味に、鼻息荒く、野草は説明してくれたのだが……

   えっとぉ、それってつまりぃ……、何なの?

   全く理解出来ない俺とグレコとカービィと砂里、ついでに桃子までもが、首を横に捻った。
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