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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

304:出陣じゃあぁっ!!!!

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「毒郎の奴め……、幼き頃、あれほど志垣に世話になったというのに……。恩を仇で返すとはなんたる仕打ち! 切腹じゃ切腹ぅっ!!」

   青い光の粒が宙を舞う真っ暗な試練の洞窟の中を、全速力で走る砂里の背の上で、何やら桃子はご立腹中です。
   先程からずっと、声高々に、荒い言葉を並べておられます。

「お世話になったって!? なっ、なんでっ!??」

   走る砂里の腕の中で、体が激しく揺さぶられる事に耐えながら、俺は桃子に問い掛ける。

   ……もはや、敬語を使うという選択肢は俺の中から無くなっていた。
   どうしてかって?
   だって、桃子は見た感じ、俺と同年代にしか見えないし、それより何より、言うこと為すことが子供染みているのである。
   姫巫女だかなんだか知らないが、敬語を使うべき相手だという認識は、もはや俺の中にはないっ!

「奴はその昔、双魂子として生まれ、選ばれし子として野草と共に試練の洞窟に挑んでいた。しかし、生来の邪な心の為に、己のみならず共にいた野草までをも危険に晒したのじゃ。試練の洞窟は、心の内側が試される場所。恐れ、怒り、憎しみ、悲しみ……、おおよそ負の感情と呼ばれるものを心の奥底に秘めている者に、この洞窟はくぐれぬ」

   なるほど、それで……
   あの真面目でお硬そうな野草が、なんで試練の洞窟をクリア出来なかったのか、不思議で仕方なかったんだ。
   でも、相方があの毒郎じゃねぇ……、そりゃ無理だわ。

「毒郎は自らの心の内に巣食う邪悪なる魂を棚に上げて、試練の洞窟を制覇出来なかったのは野草のせいだと罵りおった。しかし、毒郎と野草では、誰が見ても、どちらが相応しくない者であったかは一目瞭然。それでも折れぬ毒郎に対し、巫女守りの者達は厳罰を下すと言い始めた。その時志垣だけは、まだ幼き子の言う戯言ではないかと、毒郎を庇ったのじゃ。結局は、毒郎は親子共々この屋敷を去ったが……、志垣は最後まで毒郎に目を掛けていた。なのに……、なのにあやつめぇえ~!!!」

   ひぃっ!?
   そんな、昔の事思い出してキレないでよっ!!!

「時に砂里よ。そなたは今一度、妾の側に身を置いてみぬか?」

   コロッと表情を変えて、桃子は突然そう言った。

「えっ!? 姫巫女様のお側にですかっ!??」

   走り続けながらも、心底驚く砂里。

   ……一生懸命走ってるんだから、話し掛けるのはよしなさいよ桃子さん。
   あんたね、負ぶって貰っておいて、そんだけ気を使わないのはどうかと思うよ?

「うむ。そなたには類稀なる素質と、清く正しく強い心がある。それにそなたは先程、一人でこの試練の洞窟を抜けてみせた。そなたならば、妾は安心して紫族の未来を託せようぞ!」

   紫族の未来って……、えっ!? それってつまり!??

「砂里が、次の姫巫女様候補って事っ!?」

「えぇっ!? 嘘っ!?? そんなっ!?!?」

   余りに衝撃的だったのか、砂里の足元が一瞬ふらついた。  

「嘘ではない! 妾ももう歳じゃ……、そろそろ隠居したいのじゃっ!!」

   ……その見た目で隠居とか言うなよ。
   どっからどう見ても、ピチピチツヤツヤの十代のお肌してますよあなた?
   それともそれは、アメフラシのあのお口でくっちゃくっちゃされているお陰なのですかな??

「でもっ!? そんなっ!?? えぇえっ!?!?」

   動揺を隠せないのか、砂里は何度も小石に蹴躓き、その度にぐらりと体制を傾けた。

   危ないからっ! もうこの話やめないっ!?

「巫女になれば、雨乞いの儀式以外は自由そのものじゃぞ!? 食べたい物を食べたい時に食べたいだけ食べられるし、眠りたい時はいくらでも眠っていていいのじゃ!! 雨乞いの儀式とて、嫌気がさした時には、何かしら理由を付けてやめておけば良い!! そう簡単に鬼共は死んだりせぬっ!! 今まで何度か妾もそうしてきたぞ? 巫女は死んで、代替わりの為にしばし時間がかかると嘘偽りを言うてじゃな……。ふはははは! 巫女は良いぞっ!? 巫女に逆らう者なぞこの世にはおらんっ!!!」

   大きな口を開けて、豪快に笑う桃子。

   ……なるほど、そういうカラクリだったのか。
   勉坐が、二十年前の事件で七日間踊り続けた姫巫女様が亡くなられて、今の姫巫女様に代替わりしたって言っていたのは、全部桃子の仕業だったんだな。
   七日間踊り続けて疲れたから、しばらくは雨乞いなぞしとぉないっ! とかなんとか言って、じゃあ死んだ事にすれば良いではないかっ!! とかいう事になって……
   渋々、志垣がそのように手配したっていう光景が、見てないけど鮮明に思い浮かびますね。

   てか桃子、その笑い方さ、前に志垣に怒られていたでしょ?
   お下品だからやめなよ。
   ふははって……、前も思ったけど、完全に悪役だよそれ??
   どこぞの魔王みたいよ???

「でもっ!? 私っ!?? あぁ……、でも私っ! あの……、雨神様に、あのように食べられるのはちょっと……!!」

   あ……、あ~それは~……
   体験したからわかるけど、あれは地獄だよ、外に出た後がね。

「そんなもの、慣れれば平気じゃ! ちょっと臭い湯浴みじゃと思えば良い!!」

   え……、え~それは無理があるんじゃ……

「そっ!? そうなんですかっ!??」

   いや~、そうじゃないと思うよ砂里……

「そういうものじゃ! しばし猶予を与える!! 考えておくが良いっ!!!」

「はっ、はいっ!」

   桃子の言葉とその高圧的な態度に気圧されて、砂里はノーとは言えなかった。
   このままだと砂里は、アメフラシに日々くっちゃくっちゃされる人生……、もとい、鬼生を送る事になるのでは……?
   なんだか砂里が可哀想で、心底哀れな気持ちになる俺だった。






   無駄話をしていたら、洞窟の出口に辿り着いた。
   行きよりも速いと感じたのは、砂里が全速力で走っていたから……、だけなのだろうか?
   本当にこう、物理的に距離が短くなっていたように感じた。

   砂里は屋敷の中を駆け抜けて、すぐさま玄関口から外へと出た。
   真っ暗なだだっ広い庭で待っていたのは……

「姫巫女様っ! 砂里っ!!」

   星のない夜空の下、無数に立てられた松明の灯りに照らされているのは、野草と巫女守りの一族の皆さんだ。
   彼らはその手に薙刀なぎなた のような武器を携えていて、服装もどこか戦闘服っぽい仕様のものに変わっている。

   うわぁ……、戦闘準備万端じゃないか……
   仰々しいというか、物々しいな。

「野草っ! 砂里から状況を聞いておったか!? さすがじゃっ!!!」

   砂里の背からピョーンと飛んで、野草の真ん前に降り立った桃子は、可愛らしい笑顔でそう言った。
   桃子に褒められて、野草はちょっぴり誇らしげな顔になる。

「はいっ! 砂里より毒郎の謀反を聞き入れ、皆で出陣の準備を整えました故!! 姫巫女様、ご命令をっ!!!」

   はっ!? 出陣てっ!? 謀反てぇっ!???
   ここは戦国時代かぁあっ!?!??

「うむっ! 皆、準備は良いなっ!? 戦に向かうぞよっ!!! 出陣じゃあぁっ!!!!」

「うぉおぉぉ~っ!!!」

   桃子の号令に、雄叫びを上げる野草及び巫女守りの一族の皆さん。
   薙刀を高く頭上に掲げて、一斉に走り出した。

   うわぁ~、これはかなりヤブァイ予感がする……

   ピューイ!

   桃子が突然指笛を吹いたかと思うと、ダカラッ! ダカラッ!! という大層どデカイ足音が聞こえて……

「わっ!? 巨大アンテロープ!??」

   あの年老いた白い毛並みの巨大アンテロープが、勢いよく駆けて来たではないか!?
   あんた、もう相当なお爺ちゃんなんだから、走らない方がいいよぉっ!??

   巨大アンテロープは、桃子の目の前で足を止め、膝を曲げて背を低くした。
   その背の上には、あの隠し箱が設置されている。

「行くぞっ! モッモ、砂里!! 妾と共にっ!!!」

   何やらワクワクした様子の桃子は、笑顔で巨大アンテロープの背によじ登り、隠し箱の中へと入って行く。
   桃子が隠し箱に入った事を確認し、巨大アンテロープはのっそりと立ち上がる。
   そして……

   ブァフォフォオォォ~~~!!!

   まさかの雄叫びを上げたっ!?
   やっべぇ、やっべぇよぉ~……
   一体全体……、どうなっちゃうんだぁっ!??

「モッモさん! 行くよっ!!」

   アワアワとする俺を抱えたまま、こちらも何故だか活き活きとした表情で、砂里はまた走り出した。

   もうっ! もうぅう~!?
   みんな、平和にいこうよぉおぉ~!??
   平和的解決を、俺は望みますぅうっ!!!!
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