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第11章:決戦の時
2:城へ
しおりを挟む日が落ち、辺りが夜の闇に包まれた頃。
フダの樹の森から歩き続ける事半日、リオ達は、王都へと続く東門の前にいた。
空は未だ厚い雲に覆われて、星など一つも見当たらない。
時折、遠くで雷鳴の響く音が聞こえたが……、それが落ちてくる事はなかった。
オーウェンを先頭に、リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカ、テスラ、そしてルーベルと、国属軍の兵士達が数十人。
どこかでワイティアが見ているかもしれない、という恐怖に、皆息を潜めて、ここまでやってきたのだ。
崩れかかった国壁に、かろうじて立っている東門をその目に捉え、リオはごくりと生唾を飲んだ。
ルーベルの立てた作戦は、次のようなものだった。
まず、王都の東門へと向かい、そこから町へと入る。
本来ならば、このフダの樹の森より一番近くにある北門より王都へ入る方が早いのだが、オーウェンの話だと、北の国壁は完全に破壊されてしまったらしく、そこにある門も無事とは考えにくい、との事だった。
なので、少々遠回りではあるものの、東門を目指す事となったのだ。
王都へと潜入できた後、普段は国属軍のみが使う事を許されている地下道を通って、城へと向かう。
城に着いた後は、数十人いる兵士達は、生存者を探しに町へと入り、ルーベルとリオ達五人は、城の屋上を目指す算段だ。
ワイティアがいるであろう玉座の間は、天井がガラス張りになっている為に、屋上からの攻撃が可能であるとルーベルは考えた。
だがしかし、この作戦には囮が必要となる。
頭上より攻撃を仕掛けるリオ達にワイティアの視線が向かぬようにするために、正面の扉から玉座の間へ向かうという囮が……
最初、ルーベルは、自らがその囮になると志願した。
しかし、オーウェンが頑としてそれを許さなかった。
「何故、国の一大事に気づいたお前に、命を落とすやも知れぬ役目を任せられようか……。ここは、私がその囮を引き受ける。ホードラン様の第一側近であったにも関わらず、お守り出来なかった事……、その後、十五年間も敵に騙され続けた失態……。どうか、私に名誉を挽回させてくれ。このままでは、例え生き残れたとしても、私は私自身の情けなさを、一生背負って生きていく事になろう。それだけはどうしても耐えられぬ。どうか、私にその役目を譲ってくれ、ルーベルよ」
そう言ったオーウェンの、決意のこもった目に、ルーベルは首を縦に振るしかなかった。
だがしかし、この作戦は、おそらくワイティアは弱っているはずだ、という事が前提であった。
もし万が一、ワイティアの罠であって、それに飛び込んでいくような形になれば……
「その時は皆、己の中にある全魔力を解き放ち、ワイティアを道ずれにするのだ」
ルーベルの言葉に、リオ達は一瞬言葉を失ったが……
それでも、その作戦を了承した。
己の中にある全魔力を解き放つ事、それは即ち、己の身の破滅を意味していた。
だが、それ以外に道はないと、リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカ、テスラは、理解していた。
そして、固く心に誓ったのだ。
例え、この身が滅びようとも、ワイティアを亡き者にする……、国を、世界を、守るのだと。
東門を目の前にして、緊張するリオ達。
噂に聞いていた、王都の東には獰猛な魔獣が出る、という話はやはり出鱈目だったらしく、ここへ来るまでに、獣の一匹も見当たらなかった。
……いや、むしろ、ワイティアの誕生によって、この国に暮らす全ての生き物が、どこかへ逃げ去ってしまったのではないかと思えるほど、森は静かだった。
「どうやら、火の手はここまで来ていないようだな。さぁ行くぞ」
オーウェンの言葉に従って、皆は東の門をくぐり、王都へと入って行った。
王都の中は、妙な静けさを保っていた。
焼け焦げ、崩れた家々。
以前は美しかった街路樹も炭と化し、石畳の地面には、地割れでも起きたかのような大きなひびが幾本も入っている。
パチパチパチと白い炎がくずぶる音と、ガラガラとどこかで建物が崩れる音が聞こえてはくるものの、生きている者の気配が全くといっていいほど感じられない。
町の至る所にある、人であった者達が残していった影が、その惨状を物語っていた。
目の前の光景に、リオ達は言葉を失う。
しかし、立ち止まっている場合ではない。
皆はオーウェンに導かれて、国壁のすぐ横にある門衛所の、地下へと続く階段を下って、城への地下通路へと入って行く。
湿った空気と、どこからともなく吹いてくる、やけに生温かい風。
ルーベルが魔法で灯した光を頼りに、皆は暗い地下通路を進んでいった。
何事もなく、城へと辿り着く事が出来たリオ達は、地下から階段を上り、地上階へと到達した。
城の中は薄暗く、壁に設置された黄金の照明具には一切光がない。
足元の赤い絨毯はそのままに、しかし、壁がところどころ崩れている為に、白い岩の欠片があちこちに散乱している。
通路を歩き、こちらも酷く歪んでしまっている城の入り口である鉄の城門の前に来た時、オーウェンは一度歩みを止めた。
「では、お前達は町へ行け。生存者を探すのだ。そして、見つけ次第、その者達を連れて避難しろ。私達の事は構うな。己の身の安全と、国民の命を最優先に考えろ」
「はっ!」
オーウェンの命令に、兵士達は皆胸に手を当て敬礼をして、城の外へと走り出て行った。
「ここが、光の城? 流れる魔力が、以前とは全く違う……」
独り言のように、テスラが呟いた。
玄関ホールの天井で、一際美しい輝きを放っていたはずのガラスのシャンデリアは、無残にも地面に落ち、粉々に砕け散ってしまっている。
そして、微かだが、どこかから血の臭いがしてくる事に、リオ達は気付いていた。
以前とは全く違っているこの場所にあって、上階へと続く大きな階段に飾られた、こちらに向かって微笑むワイティア王の肖像画だけが、時が止まったかのようにリオ達を見下ろしていた。
「禍々しい魔力だ……。城中を、ワイティアの邪悪なる力が取り巻いているのだ。テスラ、あまり気を向けてはいけない、魔力にやられてしまうぞ」
ルーベルの言葉に、テスラは頷いて、キッと前を見据えた。
「さぁ、お前達は西の塔から屋上を目指すのだ。あそこからなら、階段が途切れることなく、一直線に屋上まで続いている。私は玉座の間へ……。ルーベル、リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカ、そしてテスラよ。任せたぞ」
オーウェンはにこりと笑って、目の前の大きな階段を上ろうと足をかけた。
「オーウェン様、待って!」
オーウェンを引き止めたのはエナルカだった。
不思議そうに振り返るオーウェンの元へ、駆け寄るエナルカ。
そして、手に持っていた何かを、オーウェンに渡した。
「これは……、命の石ではないか?」
自らの手の中で光る、紫色の石を見つめるオーウェン。
それは以前、リオ達がオエンド山へと旅立つ際に、オーウェンが五人に手渡した命の石だ。
エナルカは、自らが受け取ったその命の石を、オーウェンに手渡したのだ。
「ジークは、ボボバ山で、これに命を救われました……」
エナルカは、目にいっぱい涙を溜めながら、話し続ける。
「あなた様は、私達を守ろうとしてくれた。記憶を擦り替えられようとも、五大賢者の弟子である私達の命を、守ろうとしてくれたのです。その事は決して忘れません。だから、だから……、どうか死なないでくださいっ!」
最後の方は、涙声になってしまって、聞き取り辛かったかも知れない。
けれどもオーウェンは、その言葉の意味、エナルカの流す涙の意味、この石を手渡してきたエナルカの気持ち全てを、優しく大きな心で理解したのだった。
「ありがとう……。だが、心配するでない、エナルカよ。みすみすこの命をくれてやろうなどとは思わぬ。次はお前が、私を守ってくれ。頼んだぞ」
再度、柔らかい笑顔を見せたオーウェンは、エナルカの頭をポンポンと撫でる。
そして、くるりと背を向けて、階段を上って行った。
西の塔の階段を、駆け上がるリオ達。
屋上まで続くその階段は、以前、名誉勲章の授与式に出席する際に上った事のある階段だった。
あの時はまだテスラが心を閉ざしており、名誉勲章を授与される意味を、リオ達が生きて王都へ帰る事はないと考えられているからだと聞かされた。
だがしかし、リオ達は今、生きてここへと戻った。
そしてこれから、後世へ語り継がれるであろう偉業を、成し遂げようとしているのだ。
リオは、弾む息に同調するように、なぜだか気持ちが高ぶっていた。
まるで、遠い昔にワイティアを封印した、師であるクレイマンと肩を並べているような気になって……
このような危機的状況にも関わらず、その心は嬉々としていた。
マンマチャックは、少々怯えていた。
弱っているとはいえ、相手は師であり父であるケットネーゼを師に追いやった竜の子だ。
本当に、自分なんかの力でなんとかなるものなどだろうか?
いや、それ以前に、もしこれがワイティアの罠だったとして……、ルーベルの言った、全魔力でもってワイティアを道連れにする、などという事が、果たして本当に自分にできるのか?
いやしかし、もはや後戻りは出来ない、やるしかないんだっ!
心の中でマンマチャックは、弱い自分と必死に戦っていた。
ジークは、涼しげな顔をしながらも、内心は戸惑っていた。
その心の中にあるのは、白い炎によって燃え続ける、町の光景だ。
あの炎……、俺の水魔法なら消せるはずだ。
ワイティアに攻撃を仕掛ける前に、なんとか町の火を消せはしないだろうか?
そうすれば少なくとも、今この時、町のどこかで生き延びている人達を、助けられるはずだ……
見た目から粗暴ととられるジークだが、レイニーヌよって呼び覚まされた優しい心が、これからの作戦に迷いを生じさせていた。
エナルカは燃えていた。
その心にやる気をメラメラと燃えたぎらせて、誰よりも強く、必ずやワイティアを倒すと決意していた。
師であるシドラーの仇、そして、囮となってくれたオーウェンの命を守る為に、自分い出来る事を精一杯、死に物狂いでやってみせると意気込んでいた。
そこにはもう、以前のような、自分に自信の持てないエナルカの姿はなかった。
テスラは、考えていた。
リオの言葉の意味を、考えていた。
「僕の傍を離れないでね」
そう言ったリオの真意を、考えていた。
リオはいったい、何を予期していたのだろう?
その事ばかりが頭の中で反芻していた。
それぞれが、それぞれの思いを胸に、屋上を目指す。
「もうすぐ出口だ。心の準備はいいか?」
ルーベルの言葉に、皆が頷く。
暗く、雷鳴が轟く空の下、リオ達五人は城の屋上へと辿り着いた。
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