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第10章:銀竜の巣
1:雪山
しおりを挟む風神フシンの背に乗って、遥か北のボボバ山へと向かう五人。
国の最北端に位置するボボバ山は、その全てが真っ白な雪で覆われた冬山である。
晴れ渡っていたはずの空は、いつしか分厚い雪雲に覆われて、山を登っていくにつれて辺りは暗くなり、吹雪始めた。
上空を飛ぶフシンは、その大きな翼で力強く進み続けるものの、吹き付ける冷たい風の為に、その体は何度も大きく傾いた。
その度にリオ達は、フシンの背にしがみついた。
だがしかし、あまりの強風に、フシン自身にも限界がきたようである。
『エナルカ。これ以上は、私の力をもってしても進めない。風が強く、このままではあまりに危険だ。下に降りて、己の足で歩いてはもらえぬか?』
「わ、分かりました! フシン様、下ろしてください!」
フシンの進言に、リオ達は山へと降りた。
地面に着くと、未だ雪は降り続けているものの、先ほどまでよりはずっと風が穏やかになった。
『力及ばず、済まない』
「いいえ! フシン様は私達の事をとても助けてくださいました! ありがとうございました!」
首を垂れるフシンに対し、こちらも精一杯の感謝を込めて、お辞儀するエナルカ。
『願わくば、汝の進む道の先に、光が有らんことを……』
そう言って、フシンは空の彼方へと消え去って行った。
「さて……。随分と上の方まで来ましたね。いったいこの山のどこに、銀竜イルクナードが残しし卵、竜の子ワイティアの本体があるのでしょうか?」
マンマチャックは目を細め、辺りを見渡して考える。
自分の故郷でもあるボボバ山だが、ここまで高所へ登ったのはマンマチャックも初めての事であった。
故に、ワイティアの卵の在処はおろか、自分達が今いる場所さえも、五人には皆目見当もつかなかった。
すると、どこからともなく、ドゴーン、ドゴーン、という、とても大きいな轟音が、この真っ白な世界に響き渡った。
足元が揺れて、周りの冷たい空気までもが波打ったかのように五人は感じた。
「なっ!? なんだぁっ!?」
リオが叫ぶ。
ゴゴゴゴゴ~、という不気味な音と共に、それはやってきた。
「……あれは、何です?」
テスラが目を凝らす。
五人の前方、山の頂上へと向かう登り道の先から、白く巨大な何かが、こちらに押し寄せてくるではないか。
「あぁっ!? あれは雪崩っ!?」
マンマチャックが声を上げて、慌て始める。
「雪崩って……、やべぇんじゃねぇかっ!?」
ジークも同様に、焦りの声を上げた。
「なだれって何っ!?」
エナルカは、何か大変な事が起きていると感じつつも、雪崩が何なのかわからず、大声で尋ねた。
「雪の土砂崩れの事だよ! このままだと僕達みんな、雪に飲まれちゃうっ!」
リオが叫んだ。
「えぇっ!? も、もう一度フシン様をっ!」
「よしなさいエナルカ! あなた、魔力を使い過ぎです! ただでさえも三日三晩、マハカム魔岩に魔力を込め続けた後なのに、それ以上は危険です!」
風神フシンを呼ぼうとするエナルカを、テスラが止めた。
「なんとか植物達の力を借りて……。あぁ、駄目だっ! 周りの植物達は皆、寒さの為に眠ってしまっている!」
山の木々の力を借りようとしたマンマチャックだが、どうにもそれは不可能なようだ。
「全部焼き尽くそうかっ!?」
リオが魔法陣を発動させる。
「馬鹿野郎っ! そんな事したって無駄だっ! みんな走れっ!」
ジークの号令で、五人は走り始めた。
「あっ! みんなあそこへっ! あの大きな木に登るんですっ!」
マンマチャックが、雪崩の届かない木々が密集している場所にある、とても大きく立派な木を指差す。
「急げぇっ!」
先頭を行くリオに続き、皆全速力で走る。
「あぁっ!?」
魔力を使い果たして疲れ切っているエナルカは、雪に足をとられて転んでしまう。
「ちっ!」
舌打ちをしながらも、エナルカを抱き起こし、走るジーク。
ゴゴゴゴゴゴ~、と、獣のような唸り声を上げながら、雪崩はどんどんと迫ってくる。
「早く! 登ってっ!」
リオ、テスラ、マンマチャックの順に、巨木の上へと非難する五人。
ジークが持ち上げたエナルカを引き上げて、ジーク自身もなんとか枝を掴んでその足を地面から話した直後だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ~、ズザザザザ~、と、雪崩が巨木の元まで流れてきた。
「もっと上へ行けぇっ!」
ジークの言葉に、四人は急いで巨木をよじ登る。
ズーンと、雪崩が巨木にぶつかって、大きく揺れる。
「きゃあっ!?」
「掴まってぇっ!」
地震のような大きな揺れをその身に感じ、五人は巨木の幹や枝にしがみつく。
ダダダダ~、ドドドドドド~、と、雪崩はどんどんと勢いを増して、巨木をも押し流そうとし始める。
「こりゃ……、ちょっと、まずいんじゃ……?」
ジークが冷や汗を流した、その時だった。
グラグラと、大きく巨木が揺れたかと思うと、ボコォッ、と、その根が地面から剥き出しとなって……
「うわぁあっ!?」
「しまったっ!?」
「くそっ!?」
「きゃあぁ~!?」
「……くぅっ!?」
五人は、巨木もろとも、雪崩の中へと飲み込まれてしまった。
「うぅ……、ここは、どこ?」
雪の中から顔を出したのは、リオだ。
冷たくなった体を擦りながら、ゆっくりと立ち上がるリオ。
どうやら、随分と流されてしまったらしい。
周りを見渡すと、先ほどまでの景色とはまた違った風景が、そこには広がっていた。
目の前にあるのは、美しく澄んだ泉。
雪の中にあるというのに、その表面は凍っておらず、水底には見た事のないキラキラとした白い石が敷き詰められている。
吸い寄せられるように、泉へと近づいていくリオ。
その水面を覗き込むと、そこには悪魔の姿となった自分が映った。
「えっ!? どうしてっ!?」
リオは、慌てて自分の額を触る。
しかしそこには、悪魔の角はない。
体仲を触ってみるも、背中の翼も、尻尾もない。
ホッとしたリオは、再度、泉の水面を覗き込む。
そこにはやはり、悪魔の角がしっかりと生えた自分の姿が映った。
リオは普段、魔法の力で、その角と翼、尻尾を隠している。
出会った人々に、恐怖を与えない為だ。
だがしかし、ごく稀に、強い怒りを抱いた時などは、その魔法が独りでに解けてしまう事がある。
けれども今は、特に怒っているわけでもないし、魔法自体は解けていないはずなのに……
どうして、この泉には、悪魔の姿をした自分が映るのだろうか?
リオは不思議そうに首を傾げた。
「この泉は、真実の泉」
背後からそう聞こえて、リオは驚いて振り向く。
そこには、スラリと背の高い、凛々しい顔つきの女が立っていた。
年の頃はおよそ四十といった具合だろうか、目じりには幾本か小皺がある。
「あ……、あなたは?」
リオは尋ねる。
「私はルーベル。ヴェルハーラ王国の現宰相を務める者で、国属魔導師団の団長でもある者さ。お前は?」
「ルーベル……、あっ!? テスラの育ての親のルーベルさんですかっ!?」
ルーベルと名乗った女の問い掛けには答えずに、興奮気味になって尋ねるリオ。
「テスラを知っているのか? では……、ワイティアの陰謀は暴かれたのか?」
「え? えと……、その……」
ルーベルの問いに、上手く答える事ができないリオ。
今までいろいろな事がありすぎて、どこから説明すればいいのかと、頭の中でぐるぐると考えを巡らせている。
「……少し、失礼するよ」
そう言うと、ルーベルはリオの額にそっと手を当てて、柔らかな橙色の光をその手に灯し、目を閉じた。
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「なるほど……、お前達は、封印の魔石を手に入れたのだな? ならば、やるべき事はただ一つだ。私についてこい」
ルーベルの言葉に、何が何だかわからないものの、リオはルーベルの後をついて行った。
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