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第8章:明らかになる真の敵

6:四十年前

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 ***

 今からおよそ四十年前の出来事。
 当時の私は、第十六代国王ホードラン様率いる、ヴェルハーラ王国王属魔導師団に所属し、国の至る所で起こる災事の対処に日々追われていた。
 ホードラン様は、国王でありながらも、その卓越した光の魔法を駆使し、国に迫りくる何者かの影と戦い続けていた。
 そんな国王の為に、少しでも力になれればと、私は一人、国中を巡って、後に五大賢者と呼ばれる事となる、強い力を持った魔導師達を探し出したのだ。
 それが、若き日のクレイマン、ケットネーゼ、レイニーヌ、シドラーの四人だった。
 それぞれに出会った日の事は、今でも鮮明に覚えている。
 皆揃って、ダース族の姿形をしている私の事を、決して見た目で差別などせず、快く話を聞いてくれた。
 そして、それぞれが、それぞれに、この国の危機を感じ取っていた。
 どこからともなく迫りくる、邪悪なる力の影を、皆案じていた。
 だから私は、四人に頼んだのだ。
 私と共に王都へ行き、国王ホーランド様の下で、この世にはびこる悪を亡ぼす為に、どうか力を貸して欲しいと……
 クレイマン、ケットネーゼ、レイニーヌ、シドラーは、口を揃えてこう言った。

「みんなで国を救おう!」

 こうして、我々五人の魔導師は、五大賢者として、国の危機を救うべく、邪悪なる力の根源を探す旅へと出たのだ。

 私達五人は、この広いヴェルハーラ王国を幾年も旅して回った。
 野を越え山を越え、いくつもの村を訪れて、災厄に苦しむ人々を救っていった。
 そうしていくうちに、我々は、一つの答えに辿り着いた。
 国中で起こっている数多の災厄の元凶は、肉体を持たない、思念体ではないか、と……
   思念体とは、何者かの持つ強い意志が、体から抜け出し、外の世界へと放たれたものの事を指す。
   それは、いわば思いの塊に過ぎないが故に、他者に何らかの悪影響を及ぼす事など到底考えられないものだ。
   ましてや、国の至る所に災厄を撒いて回るなど不可能だと、当時の私は考えていた。
   ……だがしかし、現実は違った。
   とてつもなく強力な意志を持ちながら、その肉体を自由に動かせないある者の思いが、思念体として体を抜け出し、国の各地に災厄をばら撒いていたのだ。

   その思念体の持ち主の名は、ワイティア。
   今は亡き、銀竜イルクナードのその子孫……
   北にそびえるボボバ山の山中にて、数百年前にこの世に産み落とされし時からずっと、卵の外の世界へ飛び出せる日を今か今かと待ち望んでいた、幼き竜の子だった。

   ***





「ちょちょっ!?  ちょっと待って!  ロドネスさん、今なんて言いました!?」

 ロドネスの話を、リオが慌てた様子で中断する。  
 リオだけではない、マンマチャックもジークも、エナルカもテスラも、ロドネスの口から出たその名前に、驚愕の表情を浮かべている。

「我々五人が最後に訪れし地が、ボボバ山の山中にある、今は亡き銀竜イルクナードの墓穴だった。そこに、それは存在した。骨と化したイルクナードの亡骸に守られている、銀色に光り輝く巨大な卵。我々が近くに来た事を感じて、その卵は自ら語りかけて来た。『我が名はワイティア。裁定者イルクナードの意志を継ぐ者なり』とな……」

 ロドネスの言葉に、五人の呼吸が止まった。

 ワイティア……
 およそ四十年前に、この国を襲った災厄の元凶の名が、ワイティア……
 まさか、偶然の一致……?
 いや、それにしては出来過ぎている。
 しかし、ならば……、どうして?

 それぞれがそれぞれに、思い出していた。
 王都ヴァルハリスの中心、そこにある光の城、スヴェート城。
 そこに暮らす、この国の王……、長い白髪に、深い青の瞳が印象的な、若い男。
 優しい笑顔を讃え、国の未来を案じて涙を流していた……、リオ達をこの地へと送り出した張本人、十七代ヴェルハーラ王国国王ワイティアの事を。
 
「銀竜イルクナードは、その昔、魔法を使う人々がこの地に住まうずっと以前から、ボボバ山を中心としたこの地を守ってきた。それ故に、他所からやってきた魔法を使う人々が、野山を切り開き、国を建て、自然を破壊していく様は、断じて許せない行為だったのだ。怒ったイルクナードは人々に、様々な災厄をもたらした。気候を操り、田畑を干上がらせ、国中に稲妻の雨を降らせた。多くの人々が、強大なる力の前に敗れ、その身を滅ぼしていったと聞く。しかし、時の賢者達によって、なんとかイルクナードの怒りは収まり、人々はイルクナードを神と崇める事を誓って、和解した……、はずだった」

 マンマチャックは思い出していた。
 悲しきタンタの歴史の中に登場する、偉大なる銀竜イルクナードの存在を。
 しかし歴史とは、往々にして捻じ曲げられていくらしい。
 イルクナードは、自分が考えているような、強く正しい竜ではなかったようだと、マンマチャックは思った。

「イルクナードは懸念していた。自らの命が尽き、この世を去った後、魔法を使う人々がまた、多くの自然を傷付けはしないだろうかと……。そして、それは現実となった。イルクナード亡き世を、人々は謳歌し、ヴェルハーラ王国は繁栄していった。人の数が増えると同時に、自然は減っていった。野山に暮らしていた、人とは相容れぬ魔物や魔族達は、その身を隠すように生きていくしか道はなかった。黒竜ダーテアスの末裔であるダース族もその一つ。時が経ち、魔法を使う人々とダース族が解り合うまでには、幾多の争いがあったとも聞いている。そんな中で、国に暮らす人々は、徐々にその魔力を失っていった。平和が続いていたが故に、誰もその事には気を留めなかったが……。確実に、魔法を使う事が出来る人の数は減っていった。そしてそれが、思念体であるワイティアの生み出した、第一の災厄だったのだ」

 ジークは思い出していた。
 巨人族の末裔であるアレッド族と、魔法を使う人々の間には、埋めようにも埋まらない深く深い溝があるという事を。
 幼い頃から、体が大きいというだけで、周りから好奇の視線を送られてきた。
 実際に、見知らぬ大人に訳もないのに怒鳴られたり、暴力を振るわれた経験も少なからずある。
 アレッド族もまた、ダース族と同じに、魔法を使う人々によって迫害され、その身を隠すようにして生きてきた種族なのだった。

「卵の外に出る事が出来ない竜の子ワイティアは、その強い思いでもって、思念体として外の世界へと飛び出した。そして、自然を守りたいという銀竜イルクナードの意志を継いで、魔法を使う人々をこの地より根絶やしにしようと画策を始めたのだ。手始めに、人々から魔力そのものを奪い始めた。こうする事で、抵抗する術を無くそうと考えたのだろう。そうしてから、人々の住まう地に、様々な災厄をもたらした。銀竜イルクナードより受け継ぎし、天候を操る力を駆使して、北の山々には大雪を降らせ、南の地域は日照り続きで砂漠と化した。東西の森には危険な魔物を放ち、人々を襲わせた。そうして着実に、この地を荒らす人々の数を減らしていったのだ」

 エナルカは思い出していた。
 凶暴化したドゥーロによって、命を落とした、師であるシドラーの事を。
 そして、感じていた。
 四十年前の出来事と、今現在この国で起きている様々な出来事が、まるで歴史を繰り返しているかのように、とても似通ったものであるという事を。

「しかし、その野望は、私達の出現で打ち砕かれる事となる。災厄の元凶を探し当てた五人の魔導師は、その卵を、マハカム魔岩と呼ばれる魔封じの石で封印する事にしたのだ。そうすれば、各地に災厄をもたらしている思念体は、殻の外には出られなくなる。ベナ山の洞窟に存在するマハカム魔岩を彫り出し、術をかけ、我々五人は、ボボバ山のイルクナードの墓穴へと向かった。そして、魔封じの石を使って、思念体ですら外に出られぬように、硬く硬い封印の魔法を、ワイティアの本体が存在する巨大な卵にかけたのだ」

 リオは、ふと思い出していた。
 そう言えば昔、クレイマンに連れられて、ベナ山の奥深くにある、美しく輝く虹色のクリスタルの洞窟を訪れた事があったのだ。
 そうか、あれは全てマハカム魔岩だったのかと、リオは今更ながらに気付き、一人で感動していた。

「しかし、今の話ですと……。その、銀竜イルクナードが残した卵には、封印の魔法をかけた為に、もはや中の者は外へは出られないはず……、ですよね?」

 エナルカが、戸惑いつつも尋ねる。

「そうだ。そのはずだった……。しかし、何らかの理由で、竜の子ワイティアは、思念体として再び世に現れた。封じ込めたはずの魔法が不完全であったか、それ以上にワイティアの力が強かったのか、今となっては分からぬが……」

 そうしてロドネスは、再び語り始めた。
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