5 / 58
第2章:魔導師レイニーヌの弟子、ジーク
2:砂漠の町
しおりを挟む容赦無く照りつける太陽が、レイニーヌの体力を奪っていく。
なんとか……、なんとか町まで辿り着かないと……
もはや気力のみで歩みを進めるレイニーヌ。
彼女の全身に広がった薄紫色の痣は、いわば一種の呪いだ。
呪いは、かけた本人でなければ、解き方が分からない。
時には、かけた本人ですら解けない、強力な呪いもある。
ジークには、レイニーヌがどこで、いつ、誰に呪いをかけられたのかすら分からなかった。
その為に、呪いを解く手段はおろか、呪いが導く結末すら、分からなかったのだ。
足元がふらつくレイニーヌの前に、ジークはしゃがみ込み、背中を差し出した。
「乗れよ」
ぶっきらぼうにそう言ったジークの優しさに、レイニーヌは素直に甘える。
レイニーヌの体は、内に秘めた強大な魔力とは裏腹に、小さかった。
ジークの半分ほどの身長しかないレイニーヌは、華奢で軽い。
その体が、呪いによって痩せ細り、さらに軽くなってしまっている事に、ジークは気付いていた。
もう、長くはない……
分かっていた。
その日二人は、日が暮れる前に、なんとか町へと辿り着いた。
砂漠のど真ん中にあるその町は、砂に埋れかけていた。
「おぉ……。おおぉっ! レイニーヌ様がお帰りになられたぞぉっ!」
二人の姿を見るなり、町中が騒ぎ始める。
「お帰りなさいませ、レイニーヌ様!」
「お待ちしておりました! 早く、泉に水を!」
体の大きなジークの登場に、人々はいささか驚いた様子だったが、レイニーヌの姿をその背に捉えるやいなや、ジークはすぐさま町の人々に囲まれ、身動きがとれなくなった。
次々と、二人に投げかけられる言葉……、水を求め、懇願する人々。
長旅を労わる様子もなければ、ジークの背に乗って、明らかに様子がおかしいレイニーヌの事を気遣う言葉もない。
そのうちに、町の人々は輪になって、二人を誘導し始めた。
人々の波に押されるようにして、ジークは歩く。
そして次第に、苛つき始める。
こいつらは、レイニーヌの様子を見て、体調が悪いとわからないのか?
ジークの心が、怒りに満ちていく。
こいつら全員、邪魔だな……
ジークの中に殺意が芽生えた事を、レイニーヌはすぐさま察知した。
「ジーク、あたしなら大丈夫。みんなの言う通りに歩いて」
耳元で聞こえる、苦しそうなレイニーヌのか細い声に、ジークは渋々従った。
二人が連れてこられた場所は、町の中心にある、大きな泉だった。
しかし、その泉は枯れかけていて、大きさの割に、水はもうほとんど残っていない。
乾いた水底にはひびが入り、干からびた水中の生物の死骸が沢山転がっている。
「レイニーヌ様、たいへん申し上げにくいのですが、十年前にかけてくださった魔法の効果が薄れてきたようで……。先月から水が干上がり始め、今ではこの有様。どうか、どうか今一度、魔法を。我々に恩恵を!」
町長らしき人物の言葉に、町の人々は一斉にその場にひれ伏して、二人に向かって両手を合わせ拝み倒し、懇願の言葉を口々に叫び始めた。
「どうか、どうか水を!」
「我らに救いの手を!」
そんな人々の姿を、ジークは冷めた目で見下ろす。
確かに、水は干上がっている。
人々が、困り果てている事も理解できる。
だが、この状況はなんだ?
町には、雨水を蓄えておく為の大きな水瓶や、貯水槽などが一切見当たらない。
こいつらは、泉の水のみを頼りにし、水がなくなっていくのを見ても何もせず、レイニーヌの帰りを待つ事しかしなかったのか?
ジークは困惑したが、事実、その通りだった。
町にはこの泉しか水源がなく、貧しい町の人々は馬も飼えない。
加えて、自らの足で歩いて、砂漠を越えた川まで水を汲みに行くという重労働を行おうという心根の正しい者は、ただの一人もいなかった。
他力本願というのは、こういう者たちの事を言うんだろうな……
ひれ伏す人々を見下ろしながら、言葉も出ないジーク。
すると、ジークの背から、レイニーヌがするりと降りた。
「大丈夫なのか?」
慌ててレイニーヌの顔を覗き込むジーク。
レイニーヌは微笑んで、コクンと頷いた。
そして、泉に向かって、両手の魔法陣を発動させ始める。
「おい、無茶すんな。魔法なんて使える体じゃねぇだろ?」
慌てて止めに入るジーク。
案の定、レイニーヌの顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。
そんな二人の様子を見て、町の人々がざわめき立つ。
「レイニーヌ様が魔法を使われない。なぜだ?」
「もしや、レイニーヌ様は力を失われたのでは?」
「ならば、泉はどうなる? 我々はどうなるんだ?」
自分勝手なことばかり言いやがって……、何もできねぇ糞どもが……
表情が歪み、怒りを顕にするジーク。
そんなジークの手を、レイニーヌが優しく握った。
「ジーク、お願い。水を……。泉を水で満たして……」
レイニーヌの声は震えている。
早く、事を済ませて休ませないと……
ジークは、町の人々を一瞥したのち、一瞬で、泉を水で満たした。
「我が町を救いし、新たな救世主ジーク様! どうか、今晩はごゆるりとお過ごしください!」
泉に水が戻ったことによって、上機嫌になった町の人々は、二人に泊まる場所を与えた。
部屋に入るなり、レイニーヌはベッドに倒れ込む。
目を閉じ、苦しそうに息をして、その表情から痛みに耐えている事がわかる。
額には脂汗がうき、体は小刻みに震えていた。
ジークは、小さな水瓶に、魔法で生成した水を満たして、布を湿らせ、レイニーヌの額を拭う。
そうする事しか、できなかった。
意識があるのか無いのか分からないが、ジークはレイニーヌに話し掛ける。
「どうして……、嘘をついたんだ?」
ジークの問い掛けに、レイニーヌが目を開く。
潤んだ瞳に映るのは、今にも泣き出しそうなジークの顔。
体こそ大きいが、ジークはまだ子どもだ。
大切な人が苦しみ、何もできない自分を許せずにいる。
それに、理解できないレイニーヌの思い……、ジークの心は、ぐちゃぐちゃになっていた。
「ばれちゃった? ごめん、嘘ついて……。ここは、あたしの故郷じゃないよ」
レイニーヌの言葉に、ジークは唇を噛みしめる。
故郷じゃないのなら、あんな無理な旅はさせなかった。
こんな体で、砂漠を横断する旅に出るなんて無茶だって、何度も言った。
けれどその度に、レイニーヌは、故郷に帰りたいと言った。
だから、俺は……、俺は……
ジークの目から、悔し涙が流れ落ちる。
昼間、暑い砂漠を横断した事で、レイニーヌの体が急激に弱った事は、誰が見てもあきらかだ。
それに……、今まではなかった……
薄紫色の痣は、レイニーヌの美しい顔にまで広がっていた。
「十年以上前にね、ここを訪れた時に、約束したのよ。必ず……、必ずまた来るって。水が無くなる前に、必ず助けに戻るからって」
荒い呼吸と、静かな声。
「そんな約束……。そんな事の為に、お前は命を失うのか!? こんなところで!? こんな……」
流れ落ちる涙を止めることなく、ジークはレイニーヌを見つめる。
「ジーク……。あたし、教えたわよね? 魔導師は、弱き者の為に力を使う者。弱き者を救う為に、あたしはこの世に生を受けた……。これで、思い残す事はないわ」
笑いながらそう言ったレイニーヌに、ジークは首を横に振る。
「まだだ! 諦めるな! 王都に行けば、呪いを解く方法が見つかるかも知れねぇだろ!? 最初から、そうすりゃ良かったんだ……。お前が頑なに拒むから……。無理矢理にでも連れて行けば良かったんだ……」
泣きながら、きつく手を握りしめながら、震えているジークの頭を、レイニーヌはそっと撫でる。
ごめんね……、やっぱり、まだ子どもだったんだね。
「ジーク、お願いがあるの」
レイニーヌの言葉に、ジークの顔がさらに悲しみに染まる。
死に際の、最期の言葉を残されるのだと、察したからだ。
「魔導師ケットネーゼを探して。どこにいるか分からないけど、王都に行けば居場所が分かるかも知れないわ……。ケットネーゼを見つけて、あたしの身に起きた事、全て話してきて……」
そしてレイニーヌは、自らの首に下げたペンダントを、ジークに差し出す。
「これがあれば、大丈夫。全てうまくいく。ジーク、あんたなら出来る」
震える手で、ジークはペンダントを受け取る。
微笑むレイニーヌ。
「ジーク、こっち見て」
苦しそうなレイニーヌの、透き通った瞳を見つめる。
痣は顔全体に広がっているが、ジークの目に映るのは、美しいままのレイニーヌだ。
「あんたのこと、ずっと、見てるからね」
その言葉を最後に、レイニーヌは瞳を閉じた。
頬に、一筋の涙を残して……
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる