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第2章:魔導師レイニーヌの弟子、ジーク

2:砂漠の町

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 容赦無く照りつける太陽が、レイニーヌの体力を奪っていく。
 なんとか……、なんとか町まで辿り着かないと…… 
 もはや気力のみで歩みを進めるレイニーヌ。
 彼女の全身に広がった薄紫色の痣は、いわば一種の呪いだ。
 呪いは、かけた本人でなければ、解き方が分からない。
 時には、かけた本人ですら解けない、強力な呪いもある。
 ジークには、レイニーヌがどこで、いつ、誰に呪いをかけられたのかすら分からなかった。
 その為に、呪いを解く手段はおろか、呪いが導く結末すら、分からなかったのだ。
 足元がふらつくレイニーヌの前に、ジークはしゃがみ込み、背中を差し出した。

「乗れよ」

 ぶっきらぼうにそう言ったジークの優しさに、レイニーヌは素直に甘える。
 レイニーヌの体は、内に秘めた強大な魔力とは裏腹に、小さかった。
 ジークの半分ほどの身長しかないレイニーヌは、華奢で軽い。
 その体が、呪いによって痩せ細り、さらに軽くなってしまっている事に、ジークは気付いていた。
 もう、長くはない……
 分かっていた。




 
 その日二人は、日が暮れる前に、なんとか町へと辿り着いた。
 砂漠のど真ん中にあるその町は、砂に埋れかけていた。

「おぉ……。おおぉっ! レイニーヌ様がお帰りになられたぞぉっ!」

 二人の姿を見るなり、町中が騒ぎ始める。

「お帰りなさいませ、レイニーヌ様!」

「お待ちしておりました! 早く、泉に水を!」

 体の大きなジークの登場に、人々はいささか驚いた様子だったが、レイニーヌの姿をその背に捉えるやいなや、ジークはすぐさま町の人々に囲まれ、身動きがとれなくなった。
 次々と、二人に投げかけられる言葉……、水を求め、懇願する人々。
 長旅を労わる様子もなければ、ジークの背に乗って、明らかに様子がおかしいレイニーヌの事を気遣う言葉もない。
 そのうちに、町の人々は輪になって、二人を誘導し始めた。

 人々の波に押されるようにして、ジークは歩く。
 そして次第に、苛つき始める。
 こいつらは、レイニーヌの様子を見て、体調が悪いとわからないのか?
 ジークの心が、怒りに満ちていく。
 こいつら全員、邪魔だな……
 ジークの中に殺意が芽生えた事を、レイニーヌはすぐさま察知した。

「ジーク、あたしなら大丈夫。みんなの言う通りに歩いて」

 耳元で聞こえる、苦しそうなレイニーヌのか細い声に、ジークは渋々従った。

 二人が連れてこられた場所は、町の中心にある、大きな泉だった。
 しかし、その泉は枯れかけていて、大きさの割に、水はもうほとんど残っていない。
 乾いた水底にはひびが入り、干からびた水中の生物の死骸が沢山転がっている。

「レイニーヌ様、たいへん申し上げにくいのですが、十年前にかけてくださった魔法の効果が薄れてきたようで……。先月から水が干上がり始め、今ではこの有様。どうか、どうか今一度、魔法を。我々に恩恵を!」

 町長らしき人物の言葉に、町の人々は一斉にその場にひれ伏して、二人に向かって両手を合わせ拝み倒し、懇願の言葉を口々に叫び始めた。

「どうか、どうか水を!」

「我らに救いの手を!」

 そんな人々の姿を、ジークは冷めた目で見下ろす。 
 
 確かに、水は干上がっている。
 人々が、困り果てている事も理解できる。
 だが、この状況はなんだ?
 町には、雨水を蓄えておく為の大きな水瓶や、貯水槽などが一切見当たらない。
 こいつらは、泉の水のみを頼りにし、水がなくなっていくのを見ても何もせず、レイニーヌの帰りを待つ事しかしなかったのか?

 ジークは困惑したが、事実、その通りだった。
 町にはこの泉しか水源がなく、貧しい町の人々は馬も飼えない。
 加えて、自らの足で歩いて、砂漠を越えた川まで水を汲みに行くという重労働を行おうという心根の正しい者は、ただの一人もいなかった。

 他力本願というのは、こういう者たちの事を言うんだろうな……

 ひれ伏す人々を見下ろしながら、言葉も出ないジーク。
 すると、ジークの背から、レイニーヌがするりと降りた。

「大丈夫なのか?」

 慌ててレイニーヌの顔を覗き込むジーク。
 レイニーヌは微笑んで、コクンと頷いた。
 そして、泉に向かって、両手の魔法陣を発動させ始める。

「おい、無茶すんな。魔法なんて使える体じゃねぇだろ?」

 慌てて止めに入るジーク。
 案の定、レイニーヌの顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。
 そんな二人の様子を見て、町の人々がざわめき立つ。

「レイニーヌ様が魔法を使われない。なぜだ?」

「もしや、レイニーヌ様は力を失われたのでは?」

「ならば、泉はどうなる? 我々はどうなるんだ?」

 自分勝手なことばかり言いやがって……、何もできねぇ糞どもが……

 表情が歪み、怒りを顕にするジーク。
 そんなジークの手を、レイニーヌが優しく握った。

「ジーク、お願い。水を……。泉を水で満たして……」

 レイニーヌの声は震えている。

 早く、事を済ませて休ませないと……

 ジークは、町の人々を一瞥したのち、一瞬で、泉を水で満たした。




 
「我が町を救いし、新たな救世主ジーク様! どうか、今晩はごゆるりとお過ごしください!」  

 泉に水が戻ったことによって、上機嫌になった町の人々は、二人に泊まる場所を与えた。  
 部屋に入るなり、レイニーヌはベッドに倒れ込む。
 目を閉じ、苦しそうに息をして、その表情から痛みに耐えている事がわかる。
 額には脂汗がうき、体は小刻みに震えていた。

 ジークは、小さな水瓶に、魔法で生成した水を満たして、布を湿らせ、レイニーヌの額を拭う。
 そうする事しか、できなかった。
 意識があるのか無いのか分からないが、ジークはレイニーヌに話し掛ける。

「どうして……、嘘をついたんだ?」

 ジークの問い掛けに、レイニーヌが目を開く。
 潤んだ瞳に映るのは、今にも泣き出しそうなジークの顔。
 体こそ大きいが、ジークはまだ子どもだ。
 大切な人が苦しみ、何もできない自分を許せずにいる。
 それに、理解できないレイニーヌの思い……、ジークの心は、ぐちゃぐちゃになっていた。

「ばれちゃった? ごめん、嘘ついて……。ここは、あたしの故郷じゃないよ」

 レイニーヌの言葉に、ジークは唇を噛みしめる。

 故郷じゃないのなら、あんな無理な旅はさせなかった。
 こんな体で、砂漠を横断する旅に出るなんて無茶だって、何度も言った。
 けれどその度に、レイニーヌは、故郷に帰りたいと言った。
 だから、俺は……、俺は……

 ジークの目から、悔し涙が流れ落ちる。

 昼間、暑い砂漠を横断した事で、レイニーヌの体が急激に弱った事は、誰が見てもあきらかだ。
 それに……、今まではなかった……
 薄紫色の痣は、レイニーヌの美しい顔にまで広がっていた。

「十年以上前にね、ここを訪れた時に、約束したのよ。必ず……、必ずまた来るって。水が無くなる前に、必ず助けに戻るからって」

 荒い呼吸と、静かな声。

「そんな約束……。そんな事の為に、お前は命を失うのか!? こんなところで!? こんな……」

 流れ落ちる涙を止めることなく、ジークはレイニーヌを見つめる。

「ジーク……。あたし、教えたわよね? 魔導師は、弱き者の為に力を使う者。弱き者を救う為に、あたしはこの世に生を受けた……。これで、思い残す事はないわ」

 笑いながらそう言ったレイニーヌに、ジークは首を横に振る。

「まだだ! 諦めるな! 王都に行けば、呪いを解く方法が見つかるかも知れねぇだろ!? 最初から、そうすりゃ良かったんだ……。お前が頑なに拒むから……。無理矢理にでも連れて行けば良かったんだ……」

 泣きながら、きつく手を握りしめながら、震えているジークの頭を、レイニーヌはそっと撫でる。

 ごめんね……、やっぱり、まだ子どもだったんだね。

「ジーク、お願いがあるの」

 レイニーヌの言葉に、ジークの顔がさらに悲しみに染まる。
 死に際の、最期の言葉を残されるのだと、察したからだ。

「魔導師ケットネーゼを探して。どこにいるか分からないけど、王都に行けば居場所が分かるかも知れないわ……。ケットネーゼを見つけて、あたしの身に起きた事、全て話してきて……」

 そしてレイニーヌは、自らの首に下げたペンダントを、ジークに差し出す。

「これがあれば、大丈夫。全てうまくいく。ジーク、あんたなら出来る」

 震える手で、ジークはペンダントを受け取る。
 微笑むレイニーヌ。

「ジーク、こっち見て」

 苦しそうなレイニーヌの、透き通った瞳を見つめる。
 痣は顔全体に広がっているが、ジークの目に映るのは、美しいままのレイニーヌだ。

「あんたのこと、ずっと、見てるからね」

 その言葉を最後に、レイニーヌは瞳を閉じた。
 頬に、一筋の涙を残して……
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