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【4章】ユキ
手作りご飯1
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いつの間にか歩みを止めていた千歳の手を、ユキはつんつんと引っ張る。
「ちー、どうしたの? レグに何か言われたの?」
電話口からの声で、ユキは相手がレグルシュだと分かっていたらしい。
「お昼ご飯、レグルシュさんがお仕事でつくれないから、二人で何か食べてって」
「えー!? ユキとちー。お昼ご飯ないの?」
「あ、えっとね。お昼ご飯どうしようかなって。ユキくんはレストランで食べたい? お家でデリバリーを頼むのでもいいよ」
ユキの希望にしよう。千歳の提案があまり魅力的に映らないのか、ユキはうーん、と悩み決めかねているようだ。
──やっぱり……食べ慣れてるレグルシュさんのご飯がいいよね。
けれど、仕事ならば仕方ない。千歳はスマホでレグルシュがつくるものと似たようなレストランを検索する。ユキが気に入らなくて残すようなら、やはりデリバリーのほうがいいのだろうか。テイクアウトができそうな店も条件に兼ねて検索する。
「ユキね、ちーのつくった料理が食べたい」
「……えっ?」
まさかの選択肢を突きつけられ、千歳はすぐに返事ができなかった。拓海と同棲していたときは、食費を浮かせるべく得意ではない料理を頑張っていた。学生時代は美味しいと言って食べてくれていたのに、仕事の付き合いが増えると、千歳のつくったものは翌朝まで放置されていた。捨てるわけにもいかないので、千歳は朝と昼にそれを一人で食べるのだ。そういうことが何度もあり、手料理には自信がない。
「あんまり美味しくないかも……」
「ちーのは絶対おいしい! だってマヌルネコも直してくれたもん! ちーは何でもできるんだ」
マヌルネコの件を出されて、褒め称えられる。ユキの過大評価に、心臓のあたりがくすぐったくなる。一つ、母に教えられた料理があって、千歳もそれならレシピを見ずともつくることができるのだが……。
「……うん。分かった。頑張るね」
「やったぁ! ちーのご飯っ!」
相当嬉しいのか、ユキはぴょんぴょんと千歳の周りを踊るように跳ねる。朝から花梨達と身体を動かしていたのに、ユキはまだまだ元気だ。
ユキの手を引いて、千歳は帰り道にあるスーパーに寄った。昼頃なので、人はそこそこ多い。買い物かごで手が塞がっている千歳の足に、ユキはぴたりとくっついている。
千歳が唯一子供の頃からつくり慣れている料理というのは、焼き飯だ。油の代わりにバターを使い、仕上げに醤油を回しかける。専用の調味料を買わなくても、これで美味しいものができるのだ。
卵と人参とハム、汁物もつくりたいので、中華スープと冷凍の水餃子をかごに入れていく。そして、千歳がピーマン売り場の前に来ると、ユキは「えーっ!」と抗議の声を上げた。
「なぁんでユキの嫌いなピーマン入れるの!?」
「細かくして苦くないようにするから……ダメかな?」
千歳の料理を楽しみにしていただろうユキの機嫌は、斜めに急降下する。千歳はユキよりも下にしゃがみ「お願い」と一度だけ言った。過度に好き嫌いを矯正するつもりはないが、我儘ばかりを受け入れていたら、本人のためにもならない。ユキの自主性を尊重することにした。
「……わかったぁ。絶対苦くしないでね!?」
「ありがとう。ちょっと風味は残るかもしれないけど、頑張って美味しくつくるね」
「ちー……魔法でピーマン甘くして!」
「うーん……魔法は使えないから無理かも」
精算を終えると、買い物袋をユキが持つと言った。卵だけはこっそり千歳の鞄の中へしまい、他はユキに任せることにした。
「ユキくん、お手伝いしてくれてありがとう。えらいね」
「ちーは重いの持つの大変でしょ? ユキが持ってあげるからね」
──そのくらいなら全然、大丈夫なんだけど……。
まだまだ千歳よりも小さいのに、気概があり頼もしい。心の声は奥にしまい、千歳は「疲れたら代わりばんこするからね」と声をかけた。結局、ユキは一度もへこたれることはなく、千歳達はレグルシュ宅に着いた。
「ユキくん、お疲れさま。すごく助かっちゃった」
「でしょおぉ? ユキすごいでしょ? どういたちて!」
「ふふっ。ありがとう。いい子にするって約束してくれたもんね」
汗ばんだ頭を撫でると、ユキはえっへん、と胸を張った。手を洗ってから、千歳は二人分の昼食をつくるのに取りかかる。人参とピーマンをみじん切りにして、バターと卵と一緒に炒める。早炊きで炊いたご飯をそこへくわえ、適当に炒めれば完成だ。
テーブルで待っていたユキは、こちらを見てはそわそわしていて、皿に盛るところで我慢できずにやってきた。
「お待たせ。ピーマン細かくしてみたんだけど、食べられそうかな?」
ユキは複雑そうな顔をする。
「んー。苦くなかったら……」
水餃子のスープと焼き飯を二人分用意し、千歳とユキは「いただきます」と手を合わせた。ユキはスプーンを手に持ったまま、硬直している。
──やっぱり、嫌いなものはどうしてもダメだったかな。
一応、ユキが食べられないときは、ピーマン抜きのものをつくろうと他の材料は残している。
「ちー、どうしたの? レグに何か言われたの?」
電話口からの声で、ユキは相手がレグルシュだと分かっていたらしい。
「お昼ご飯、レグルシュさんがお仕事でつくれないから、二人で何か食べてって」
「えー!? ユキとちー。お昼ご飯ないの?」
「あ、えっとね。お昼ご飯どうしようかなって。ユキくんはレストランで食べたい? お家でデリバリーを頼むのでもいいよ」
ユキの希望にしよう。千歳の提案があまり魅力的に映らないのか、ユキはうーん、と悩み決めかねているようだ。
──やっぱり……食べ慣れてるレグルシュさんのご飯がいいよね。
けれど、仕事ならば仕方ない。千歳はスマホでレグルシュがつくるものと似たようなレストランを検索する。ユキが気に入らなくて残すようなら、やはりデリバリーのほうがいいのだろうか。テイクアウトができそうな店も条件に兼ねて検索する。
「ユキね、ちーのつくった料理が食べたい」
「……えっ?」
まさかの選択肢を突きつけられ、千歳はすぐに返事ができなかった。拓海と同棲していたときは、食費を浮かせるべく得意ではない料理を頑張っていた。学生時代は美味しいと言って食べてくれていたのに、仕事の付き合いが増えると、千歳のつくったものは翌朝まで放置されていた。捨てるわけにもいかないので、千歳は朝と昼にそれを一人で食べるのだ。そういうことが何度もあり、手料理には自信がない。
「あんまり美味しくないかも……」
「ちーのは絶対おいしい! だってマヌルネコも直してくれたもん! ちーは何でもできるんだ」
マヌルネコの件を出されて、褒め称えられる。ユキの過大評価に、心臓のあたりがくすぐったくなる。一つ、母に教えられた料理があって、千歳もそれならレシピを見ずともつくることができるのだが……。
「……うん。分かった。頑張るね」
「やったぁ! ちーのご飯っ!」
相当嬉しいのか、ユキはぴょんぴょんと千歳の周りを踊るように跳ねる。朝から花梨達と身体を動かしていたのに、ユキはまだまだ元気だ。
ユキの手を引いて、千歳は帰り道にあるスーパーに寄った。昼頃なので、人はそこそこ多い。買い物かごで手が塞がっている千歳の足に、ユキはぴたりとくっついている。
千歳が唯一子供の頃からつくり慣れている料理というのは、焼き飯だ。油の代わりにバターを使い、仕上げに醤油を回しかける。専用の調味料を買わなくても、これで美味しいものができるのだ。
卵と人参とハム、汁物もつくりたいので、中華スープと冷凍の水餃子をかごに入れていく。そして、千歳がピーマン売り場の前に来ると、ユキは「えーっ!」と抗議の声を上げた。
「なぁんでユキの嫌いなピーマン入れるの!?」
「細かくして苦くないようにするから……ダメかな?」
千歳の料理を楽しみにしていただろうユキの機嫌は、斜めに急降下する。千歳はユキよりも下にしゃがみ「お願い」と一度だけ言った。過度に好き嫌いを矯正するつもりはないが、我儘ばかりを受け入れていたら、本人のためにもならない。ユキの自主性を尊重することにした。
「……わかったぁ。絶対苦くしないでね!?」
「ありがとう。ちょっと風味は残るかもしれないけど、頑張って美味しくつくるね」
「ちー……魔法でピーマン甘くして!」
「うーん……魔法は使えないから無理かも」
精算を終えると、買い物袋をユキが持つと言った。卵だけはこっそり千歳の鞄の中へしまい、他はユキに任せることにした。
「ユキくん、お手伝いしてくれてありがとう。えらいね」
「ちーは重いの持つの大変でしょ? ユキが持ってあげるからね」
──そのくらいなら全然、大丈夫なんだけど……。
まだまだ千歳よりも小さいのに、気概があり頼もしい。心の声は奥にしまい、千歳は「疲れたら代わりばんこするからね」と声をかけた。結局、ユキは一度もへこたれることはなく、千歳達はレグルシュ宅に着いた。
「ユキくん、お疲れさま。すごく助かっちゃった」
「でしょおぉ? ユキすごいでしょ? どういたちて!」
「ふふっ。ありがとう。いい子にするって約束してくれたもんね」
汗ばんだ頭を撫でると、ユキはえっへん、と胸を張った。手を洗ってから、千歳は二人分の昼食をつくるのに取りかかる。人参とピーマンをみじん切りにして、バターと卵と一緒に炒める。早炊きで炊いたご飯をそこへくわえ、適当に炒めれば完成だ。
テーブルで待っていたユキは、こちらを見てはそわそわしていて、皿に盛るところで我慢できずにやってきた。
「お待たせ。ピーマン細かくしてみたんだけど、食べられそうかな?」
ユキは複雑そうな顔をする。
「んー。苦くなかったら……」
水餃子のスープと焼き飯を二人分用意し、千歳とユキは「いただきます」と手を合わせた。ユキはスプーンを手に持ったまま、硬直している。
──やっぱり、嫌いなものはどうしてもダメだったかな。
一応、ユキが食べられないときは、ピーマン抜きのものをつくろうと他の材料は残している。
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