上 下
20 / 42
【5章】アルファとオメガ

不穏な影1

しおりを挟む
「幼稚園のきゅーしょく!」
「なぁに、それ」

見せてもらったのは、昨日の配布物でもらっていない今月の献立表だった。きらぼし幼稚園では、毎日お昼ご飯に給食が用意されている。園内に給食室があるので、温かで美味しい食事ができると親や園児に評判だった。

「昨日見せてもらってないよ。幼稚園でもらったものは全部出して、って言ったよね?」
「えー、だって。ママに見せたらぼくが見れなくなるもん!」

斗和の主張は、一枚しかもらっていないので、取られたらいつでも見られなくなるというものだった。食いしんぼうだったユキの面影を感じ、千歳はくすりと笑う。

「コピーしたらちゃんと斗和に返すよ」
「ほんと?」
「うん。お家でね。今度からは連絡帳も幼稚園でもらったものも全部、ママとパパに見せるんだよ」
「きゅーしょくも?」
「給食のプリントも。だって、斗和が幼稚園でお昼ご飯何食べたか分からないでしょう? もし幼稚園のご飯にカレーが出てきて、お家で夕ご飯もカレーが出てきたら飽きちゃうでしょう?」
「パパのご飯おいしいからいいよ!」

可愛い屁理屈が返ってきて、千歳は困った表情を浮かべる。天邪鬼というかポジティブというか、斗和の性格はどちらに似たのか分からない。

レグルシュなら今の褒め言葉に、手放しで喜んだだろうが、千歳相手にはそうはいかない。

「よくないの。同じものばかり食べたら栄養が偏るから」
「いいの!」
「好きなものばかり食べたらダメ。ユキくんみたいに大きくなれないよ」

従兄弟が大好きで憧れでもある斗和にとって、今の言葉はぐさりと突き刺さったようだ。口をあんぐりと開けて、しばし固まっている。

「そうなのぉ!?」
「だから好き嫌いしないでいろんなものを食べようね」
「はぁい!」

斗和は片手を上げて元気よく答える。
幼稚園に着くと、斗和は自分の組へ歩き出す。もも組の園児とは打ち解けたようで、「斗和くん」とあちこちから名前を呼ばれている。

千歳は斗和の様子を見届けてから、車へと戻ろうとした。

──あれ? 綾乃ちゃん?

ふと教室の隅のほうで寂しそうに突っ立っている女の子が、視界に入った。昨日見たときはおとなしい子で人見知りをしている印象だった。
幼稚園が始まってまだ二日目だ。気にかかったが、いずれ輪に溶け込んでいくだろう。斗和に迎えに来る時間を告げて、千歳は自宅へと帰った。


……────。


──どうしよう。迎えの時間が遅くなってしまった。

行きと同じくらい時間がかかると見越して車を出したのだが、行き道で事故があったらしく、渋滞を起こしていた。園には連絡を入れ、千歳が幼稚園に着いたのは三〇分遅い時間だった。

「すみません。道が混んでいて遅れてしまい……」
「ママぁー!」

頭を下げる千歳の膝へぶつかってきたのは斗和だ。目尻と頬には泣いた跡がある。

「大丈夫ですよ。大変でしたね」と逆に気遣われて、千歳は斗和を抱きながらもう一度謝った。教室には斗和以外の園児はまだ残っていて、迎えを待っているようだった。

「斗和ごめんね。遅れちゃって」
「だいじょおぶ!」
「ほんと? 泣いてなかった?」
「ないてないもん!」

強がってごしごしと目元を擦る斗和を、千歳は頑張ったねと撫でた。

「ぼく、ユキにぃみたいになりたいから泣かないもん。にぃにはつよいから!」
「ふふ。斗和はユキくんが本当に大好きだね」
「だぁってユキにぃはさいきょーだもん!」

千歳の首に手を回し、甘えながら斗和は憧れのユキについて語る。千歳はレグルシュがいないことをいいことに、ちょっと意地悪な質問をしてみる。

「パパとユキくんはどっちのほうが強いの?」

どうやら斗和の頭の中では、二人を比べたことがなかったらしく、うーん、と考え込んでいる。

「ユキにぃはさいきょーだけど、パパも強くてやさしい……ママはどっちがさいきょーだと思う?」
「え? えーっと……」

今はユキもレグルシュもこの場にいないから、気を遣わずに思ったことを言える。しかし、お喋り好きな斗和の前で、迂闊な発言はできない。

「ユキくんもパパもどっちも同じくらい強いかなぁ」
「ママもそう思うの!? ぼくとおんなじ!」

どうにか濁してはぐらかし、千歳は事なきを得た。ユキの第二性がアルファだと最近判明してから、レグルシュの闘争心は膨れ上がるばかりだ。あんなに小さなユキも物怖じしないで、レグルシュをライバルと言い張っているのですごい。

「周防さん。こんにちは」
「あ。こんにちは……」

名前を呼ぶ声に、千歳と斗和は揃って振り返った。綾乃と手を繋いだ的場が、同じ方向へ向かってくる。

「迎えの道が混んでいて大変でしたね。周防さんも先ほど着いたばかりですか?」
「え、ええ。まあ……」

夫のレグルシュが敵視していたアルファ。昨日は登園初日で偶然かと思ったが、今日も子供を迎えに来ている。

──仕事は在宅がほとんどと言っていたし、奥さんの代わりにお迎えをしているのかも。

千歳に「働いてないんですか?」と聞くくらいだから、恐らく的場は正社員なのだろう。的場は千歳の周りを気にする素振りを見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛人オメガは運命の恋に拾われる

リミル
BL
訳ありでオメガ嫌いのα(28)×愛人に捨てられた幸薄Ω(25) (輸入雑貨屋の外国人オーナーα×税理士の卵Ω) ──運命なんか、信じない。 運命の番である両親の間に生まれた和泉 千歳は、アルファの誕生を望んでいた父親に、酷く嫌われていた。 オメガの千歳だけでなく、母親にも暴力を振るうようになり、二人は逃げ出した。アルファに恐怖を覚えるようになった千歳に、番になろうとプロポーズしてくれたのは、園田 拓海という男だった。 彼の秘書として、そして伴侶として愛を誓い合うものの、ある日、一方的に婚約解消を告げられる。 家もお金もない……行き倒れた千歳を救ったのは、五歳のユキ、そして親(?)であるレグルシュ ラドクリフというアルファだった。 とある過去がきっかけで、オメガ嫌いになったレグルシュは、千歳に嫌悪感を抱いているようで──。 運命を信じない二人が結ばれるまで。 ※攻め受けともに過去あり ※物語に暴行・虐待行為を含みます ※上記の項目が苦手な方は、閲覧をお控えください。

これがおれの運命なら

やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。 ※オメガバース。Ωに厳しめの世界。 ※性的表現あり。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

そのオメガ、鈍感につき

BL
オメガなのに18歳になってもヒートを迎えたことがない未熟なオメガ、浅香悠希。 国の定めた番マッチングまでの4年間、残された自由なモラトリアム期間を堪能しようとしていた悠希の前に現れたのは「運命の番」だと名乗る個性豊かなアルファ……達!? なんてこったい、さよなら僕の平穏な大学生活!! オメガバース作品です。 オメガの主人公を「運命の番」だと思っている3人のアルファが何とか攻略しようとするアホエロ系ほんわか?オメガバース作品になります。 一応BLカテゴリでハピエン保証ですが、アルファの女性&男の娘が登場します、ご注意ください。 毎度お馴染み「作者が読みたいものを書いてみた」だけです。誰の性癖にも配慮しません。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

さよならの向こう側

よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 絵  YOHJI様

処理中です...