愛されSubは尽くしたい

リミル

文字の大きさ
上 下
17 / 52
愛されSubは尽くしたい

おかえり1

しおりを挟む
「天使 創一さんのご家族ね。五〇ニ号室です」
「……ありがとうございます」

ナースステーションの看護師から個室の番号を教えてもらい、汐はリノリウムの床を歩く。通りがかった医療スタッフに挨拶をされ、軽く会釈をする。

昨晩、創一の帰りを自宅で待っていたが、あれから一向に連絡もつかなかった。病院から電話があり、眠っていた汐は紗那に叩き起こされた。

『お父さんが……肺炎で入院って』

それを聞いて、頭が真っ白になった。汐の父親も風邪を拗らせて、同じ病で亡くなっている。紗那が運転する車の中で、汐はずっと泣いていた。

紗那が柔らかな淡い色合いの木質のドアをノックする。程なくして、「どうぞ」と扉を隔てた向こう側から声がかかる。

「大丈夫なんですかっ……!? 本当に……ごめんなさい。私も一緒になって、汐を探していれば……」
「いやいや、この通り大丈夫だよ。前から風邪っぽい症状はあったんだ。昨日、雨が降った後急に冷えたから悪化してね」

何と声をかければいいのか分からない。病室に入るのも怖い。のこのことやって来て、合わせる顔もない。俯く汐に、創一は優しく名前を呼んだ。

「汐くんは?」
「別に……だいじょうぶ」
「よかった。さすが若いなぁ」

──なんで、自分がこんなになってんのに、「よかった」とか言えんの。

いつも感じている怒りとは違う感情が湧き上がる。上手く言葉に出せなくて、汐は目を伏せる。

「私、下の売店で飲み物を買ってきますね」
「ああ、ありがとう。適当に雑誌も買ってきてくれないかな。看護師さんに毎度頼むのは申し訳なくて」
「分かりました。汐は何か飲む?」
「え? 僕も一緒に行くけど。重くない?」

紗那への気遣いの気持ちも確かにあったが、あまり創一とは二人きりになりたくない。

「大丈夫よ。汐はお父さんの側にいてあげて、ね」

ああ、そういう意図なんだな、と分かった。母はしばらく帰って来ないだろう。スライド式のドアが閉まり、入り口に突っ立っているのもおかしな気がして、ベッド横の丸椅子へ座る。

「にしても、昨晩はかなり降ったねぇ」
「……ごめんなさい。酷いこと、言った……」

リクライニングベッドから上体を起こした創一は、汐の頭を撫でた。

「こちらこそ、申し訳なかった。知らないところで、いろいろと気遣わせていたね」

涙の膜は一度瞬きをすると、あっけなく崩れて頬を伝っていった。傷ついていない訳じゃない。創一は汐より何倍も大人なのだ。

「……紗那さんにプロポーズしたとき。幸せにします、って言ったんだ」

汐を見て話すのが気恥ずかしいのか、創一は少し遠くにある白い壁を見つめている。脈絡のない話に、汐は目をぱちくりとさせた。

「それで……結婚したの?」
「正確には失敗して。私よりも息子を幸せにして欲しい、って言われたんだ」

汐に特別甘い理由はこれだったのか、と納得した。創一は言葉を続ける。

「最初は汐くんに嫌われたくない一心で、接していたんだよ。でも、汐くんは賢いから、そういうの全部、分かっていたんだろうね」
「うん……何となく」
「私も分かっていたよ。汐くんに何となくうざがられたこと」

汐が言い放った言葉を、創一は同じく言い返す。似合わないと本人は思ったのか、ふっと笑う。

「……僕も、嫌われたくなかったのかも。お母さんが選んだ人だから、ちゃんと好きにならなきゃって思った」

今まで言えなかった本音をぶつける。互いに歩み寄ろうとしていたのを、焦っていただけだ。新しいお父さんが出来たのを素直に喜んだら、罰が当たるような気がして、創一を避け続けていた。

お父さんが天国からもし見ていたら、どう言うのか、思うのか。幼い頃の思い出しかない汐には、全部は分からない。

でも故人の気持ちばかりを尊重したせいで、自分の気持ちが迷子になっていた。

「僕ってやっぱり演技下手だなぁ。役者辞めてよかったかも。……ずっと応援してくれたお父さんには、悪いと思ってるけど」

優良な息子を演じていたつもりが、創一に見破られていて。才能がないと見切りをつけていてよかったのかもしれない。

「子役で全っ然売れなかったときも、お父さん。仕事が休みのときは車で送り迎えしてくれて。車の中の時間が一番楽しかった。頑張った分だけお父さんもお母さんも喜んでくれるから、僕も続けられたんだと思う」

病弱の父はきっと無理をしていたのだ。今だから分かる。子役なんて続けなければ、父と過ごせたはずの時間はもっと多かったんじゃないかと──。

「いいお父さんだったんだね」
「うん……うん。すごくね、好きだった……」

子供のように泣きじゃくる汐の頭を、創一がぎこちない手つきで撫でる。今まで頑張ってきたこと、ずっと嘘を吐き続けていたことが許されたような、清廉な気持ちへ落ち着く。汐の心の中には、怒りも後悔も迷いもない。

「今度……また三人で一緒にキャンプに行きたい」
「ああ、行こうか。旅行なんかも行きたいなぁ。いつも仕事で忙しくて、二泊三日が限界だったね」
「仕事……ごめん。僕のせいで、休むことになって」

いやいや、と創一は、汐の言葉を遮る。

「年休が溜まっていたし、一週間くらい取らせてもらったんだよ。急で申し訳なかったが、皆優秀なスタッフ達ばかりだし、現場は問題ない……と思うんだがなぁ」

やはり心配で落ち着かないようで、創一は机の上のタブレットとスマートフォンをちらちらと見ている。しゅんと肩を落とす汐の背を、創一は励ますようにさすった。

「心配いらないよ。最初は一週間の入院予定だったんだが、症状も軽快しているし、先生の話ではあと三日で退院ということになった」
「じゃあ、残りのお休みは家にいるの?」
「そういうことになるね。……病み上がりだから、すぐにキャンプは無理かなぁ」

歯痒そうにこぼす創一に、汐はくすっと笑った。「今度」とは言ったが、夏休みの中頃を思い浮かべていたので、それよりも随分と気が早い。

「そっか……。早くよくなってね」

早くよくなるといいね、と言いかけたが、体調を崩したのは紛れもなく、汐の責任だ。他人事には出来なかった。

照れくささに胸がぎゅーっと柔く締めつけられる。

「……好きな人がいるんだ。……男の人なんだけど」
「へえ、どんな人?」
「……引かないの?」

創一は「どうして?」と不思議そうにしている。もっぱら反対されると思っていただけに、鷹揚な態度のままだから、汐は戸惑った。

「片想い中……というか、一回フラれた」
「汐くんみたいないい子を振るなんて、もったいない。今頃、後悔していると思うよ」
「そ、そうかなぁ……?」

──わりと正当な理由で振られたんだけど……。

一回り以上に年の差があるし、深見はプライベートが合わない、と言われた。完全に脈ナシだし、諦めていた……今までの相手だったら。

深見に振り向いて欲しい。プレイだけの間ではなく、ずっと大事にされていたい。

恋の話で盛り上がる中、ノックの直後に紗那がするりと部屋に入ってきたものだから、汐は顔を真っ赤にして口を噤んでしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

男の子たちの変態的な日常

M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。 ※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

溺愛アルファは運命の恋を離さない

リミル
BL
運命を受け入れたスパダリα(30)×運命の恋に拾われたΩ(27) ──愛してる。俺だけの運命。 婚約者に捨てられたオメガの千歳は、オメガ嫌いであるアルファのレグルシュの元で、一時期居候の身となる。そこでレグルシュの甥である、ユキのシッターとして働いていた。 ユキとの別れ、そして、レグルシュと運命の恋で結ばれ、千歳は子供を身籠った。 新しい家族の誕生。初めての育児に、甘い新婚生活。さらには、二人の仲にヤキモチを焼いたユキに──!? ※こちらは「愛人オメガは運命の恋に拾われる」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/590151775/674683785)の続編になります。

少年はメスにもなる

碧碧
BL
「少年はオスになる」の続編です。単体でも読めます。 監禁された少年が前立腺と尿道の開発をされるお話。 フラット貞操帯、媚薬、焦らし(ほんのり)、小スカ、大スカ(ほんのり)、腸内洗浄、メスイキ、エネマグラ、連続絶頂、前立腺責め、尿道責め、亀頭責め(ほんのり)、プロステートチップ、攻めに媚薬、攻めの射精我慢、攻め喘ぎ(押し殺し系)、見られながらの性行為などがあります。 挿入ありです。本編では調教師×ショタ、調教師×ショタ×モブショタの3Pもありますので閲覧ご注意ください。 番外編では全て小スカでの絶頂があり、とにかくラブラブ甘々恋人セックスしています。堅物おじさん調教師がすっかり溺愛攻めとなりました。 早熟→恋人セックス。受けに煽られる攻め。受けが飲精します。 成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。 完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。 完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...