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愛されSubは尽くしたい
おかえり1
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「天使 創一さんのご家族ね。五〇ニ号室です」
「……ありがとうございます」
ナースステーションの看護師から個室の番号を教えてもらい、汐はリノリウムの床を歩く。通りがかった医療スタッフに挨拶をされ、軽く会釈をする。
昨晩、創一の帰りを自宅で待っていたが、あれから一向に連絡もつかなかった。病院から電話があり、眠っていた汐は紗那に叩き起こされた。
『お父さんが……肺炎で入院って』
それを聞いて、頭が真っ白になった。汐の父親も風邪を拗らせて、同じ病で亡くなっている。紗那が運転する車の中で、汐はずっと泣いていた。
紗那が柔らかな淡い色合いの木質のドアをノックする。程なくして、「どうぞ」と扉を隔てた向こう側から声がかかる。
「大丈夫なんですかっ……!? 本当に……ごめんなさい。私も一緒になって、汐を探していれば……」
「いやいや、この通り大丈夫だよ。前から風邪っぽい症状はあったんだ。昨日、雨が降った後急に冷えたから悪化してね」
何と声をかければいいのか分からない。病室に入るのも怖い。のこのことやって来て、合わせる顔もない。俯く汐に、創一は優しく名前を呼んだ。
「汐くんは?」
「別に……だいじょうぶ」
「よかった。さすが若いなぁ」
──なんで、自分がこんなになってんのに、「よかった」とか言えんの。
いつも感じている怒りとは違う感情が湧き上がる。上手く言葉に出せなくて、汐は目を伏せる。
「私、下の売店で飲み物を買ってきますね」
「ああ、ありがとう。適当に雑誌も買ってきてくれないかな。看護師さんに毎度頼むのは申し訳なくて」
「分かりました。汐は何か飲む?」
「え? 僕も一緒に行くけど。重くない?」
紗那への気遣いの気持ちも確かにあったが、あまり創一とは二人きりになりたくない。
「大丈夫よ。汐はお父さんの側にいてあげて、ね」
ああ、そういう意図なんだな、と分かった。母はしばらく帰って来ないだろう。スライド式のドアが閉まり、入り口に突っ立っているのもおかしな気がして、ベッド横の丸椅子へ座る。
「にしても、昨晩はかなり降ったねぇ」
「……ごめんなさい。酷いこと、言った……」
リクライニングベッドから上体を起こした創一は、汐の頭を撫でた。
「こちらこそ、申し訳なかった。知らないところで、いろいろと気遣わせていたね」
涙の膜は一度瞬きをすると、あっけなく崩れて頬を伝っていった。傷ついていない訳じゃない。創一は汐より何倍も大人なのだ。
「……紗那さんにプロポーズしたとき。幸せにします、って言ったんだ」
汐を見て話すのが気恥ずかしいのか、創一は少し遠くにある白い壁を見つめている。脈絡のない話に、汐は目をぱちくりとさせた。
「それで……結婚したの?」
「正確には失敗して。私よりも息子を幸せにして欲しい、って言われたんだ」
汐に特別甘い理由はこれだったのか、と納得した。創一は言葉を続ける。
「最初は汐くんに嫌われたくない一心で、接していたんだよ。でも、汐くんは賢いから、そういうの全部、分かっていたんだろうね」
「うん……何となく」
「私も分かっていたよ。汐くんに何となくうざがられたこと」
汐が言い放った言葉を、創一は同じく言い返す。似合わないと本人は思ったのか、ふっと笑う。
「……僕も、嫌われたくなかったのかも。お母さんが選んだ人だから、ちゃんと好きにならなきゃって思った」
今まで言えなかった本音をぶつける。互いに歩み寄ろうとしていたのを、焦っていただけだ。新しいお父さんが出来たのを素直に喜んだら、罰が当たるような気がして、創一を避け続けていた。
お父さんが天国からもし見ていたら、どう言うのか、思うのか。幼い頃の思い出しかない汐には、全部は分からない。
でも故人の気持ちばかりを尊重したせいで、自分の気持ちが迷子になっていた。
「僕ってやっぱり演技下手だなぁ。役者辞めてよかったかも。……ずっと応援してくれたお父さんには、悪いと思ってるけど」
優良な息子を演じていたつもりが、創一に見破られていて。才能がないと見切りをつけていてよかったのかもしれない。
「子役で全っ然売れなかったときも、お父さん。仕事が休みのときは車で送り迎えしてくれて。車の中の時間が一番楽しかった。頑張った分だけお父さんもお母さんも喜んでくれるから、僕も続けられたんだと思う」
病弱の父はきっと無理をしていたのだ。今だから分かる。子役なんて続けなければ、父と過ごせたはずの時間はもっと多かったんじゃないかと──。
「いいお父さんだったんだね」
「うん……うん。すごくね、好きだった……」
子供のように泣きじゃくる汐の頭を、創一がぎこちない手つきで撫でる。今まで頑張ってきたこと、ずっと嘘を吐き続けていたことが許されたような、清廉な気持ちへ落ち着く。汐の心の中には、怒りも後悔も迷いもない。
「今度……また三人で一緒にキャンプに行きたい」
「ああ、行こうか。旅行なんかも行きたいなぁ。いつも仕事で忙しくて、二泊三日が限界だったね」
「仕事……ごめん。僕のせいで、休むことになって」
いやいや、と創一は、汐の言葉を遮る。
「年休が溜まっていたし、一週間くらい取らせてもらったんだよ。急で申し訳なかったが、皆優秀なスタッフ達ばかりだし、現場は問題ない……と思うんだがなぁ」
やはり心配で落ち着かないようで、創一は机の上のタブレットとスマートフォンをちらちらと見ている。しゅんと肩を落とす汐の背を、創一は励ますようにさすった。
「心配いらないよ。最初は一週間の入院予定だったんだが、症状も軽快しているし、先生の話ではあと三日で退院ということになった」
「じゃあ、残りのお休みは家にいるの?」
「そういうことになるね。……病み上がりだから、すぐにキャンプは無理かなぁ」
歯痒そうにこぼす創一に、汐はくすっと笑った。「今度」とは言ったが、夏休みの中頃を思い浮かべていたので、それよりも随分と気が早い。
「そっか……。早くよくなってね」
早くよくなるといいね、と言いかけたが、体調を崩したのは紛れもなく、汐の責任だ。他人事には出来なかった。
照れくささに胸がぎゅーっと柔く締めつけられる。
「……好きな人がいるんだ。……男の人なんだけど」
「へえ、どんな人?」
「……引かないの?」
創一は「どうして?」と不思議そうにしている。もっぱら反対されると思っていただけに、鷹揚な態度のままだから、汐は戸惑った。
「片想い中……というか、一回フラれた」
「汐くんみたいないい子を振るなんて、もったいない。今頃、後悔していると思うよ」
「そ、そうかなぁ……?」
──わりと正当な理由で振られたんだけど……。
一回り以上に年の差があるし、深見はプライベートが合わない、と言われた。完全に脈ナシだし、諦めていた……今までの相手だったら。
深見に振り向いて欲しい。プレイだけの間ではなく、ずっと大事にされていたい。
恋の話で盛り上がる中、ノックの直後に紗那がするりと部屋に入ってきたものだから、汐は顔を真っ赤にして口を噤んでしまった。
「……ありがとうございます」
ナースステーションの看護師から個室の番号を教えてもらい、汐はリノリウムの床を歩く。通りがかった医療スタッフに挨拶をされ、軽く会釈をする。
昨晩、創一の帰りを自宅で待っていたが、あれから一向に連絡もつかなかった。病院から電話があり、眠っていた汐は紗那に叩き起こされた。
『お父さんが……肺炎で入院って』
それを聞いて、頭が真っ白になった。汐の父親も風邪を拗らせて、同じ病で亡くなっている。紗那が運転する車の中で、汐はずっと泣いていた。
紗那が柔らかな淡い色合いの木質のドアをノックする。程なくして、「どうぞ」と扉を隔てた向こう側から声がかかる。
「大丈夫なんですかっ……!? 本当に……ごめんなさい。私も一緒になって、汐を探していれば……」
「いやいや、この通り大丈夫だよ。前から風邪っぽい症状はあったんだ。昨日、雨が降った後急に冷えたから悪化してね」
何と声をかければいいのか分からない。病室に入るのも怖い。のこのことやって来て、合わせる顔もない。俯く汐に、創一は優しく名前を呼んだ。
「汐くんは?」
「別に……だいじょうぶ」
「よかった。さすが若いなぁ」
──なんで、自分がこんなになってんのに、「よかった」とか言えんの。
いつも感じている怒りとは違う感情が湧き上がる。上手く言葉に出せなくて、汐は目を伏せる。
「私、下の売店で飲み物を買ってきますね」
「ああ、ありがとう。適当に雑誌も買ってきてくれないかな。看護師さんに毎度頼むのは申し訳なくて」
「分かりました。汐は何か飲む?」
「え? 僕も一緒に行くけど。重くない?」
紗那への気遣いの気持ちも確かにあったが、あまり創一とは二人きりになりたくない。
「大丈夫よ。汐はお父さんの側にいてあげて、ね」
ああ、そういう意図なんだな、と分かった。母はしばらく帰って来ないだろう。スライド式のドアが閉まり、入り口に突っ立っているのもおかしな気がして、ベッド横の丸椅子へ座る。
「にしても、昨晩はかなり降ったねぇ」
「……ごめんなさい。酷いこと、言った……」
リクライニングベッドから上体を起こした創一は、汐の頭を撫でた。
「こちらこそ、申し訳なかった。知らないところで、いろいろと気遣わせていたね」
涙の膜は一度瞬きをすると、あっけなく崩れて頬を伝っていった。傷ついていない訳じゃない。創一は汐より何倍も大人なのだ。
「……紗那さんにプロポーズしたとき。幸せにします、って言ったんだ」
汐を見て話すのが気恥ずかしいのか、創一は少し遠くにある白い壁を見つめている。脈絡のない話に、汐は目をぱちくりとさせた。
「それで……結婚したの?」
「正確には失敗して。私よりも息子を幸せにして欲しい、って言われたんだ」
汐に特別甘い理由はこれだったのか、と納得した。創一は言葉を続ける。
「最初は汐くんに嫌われたくない一心で、接していたんだよ。でも、汐くんは賢いから、そういうの全部、分かっていたんだろうね」
「うん……何となく」
「私も分かっていたよ。汐くんに何となくうざがられたこと」
汐が言い放った言葉を、創一は同じく言い返す。似合わないと本人は思ったのか、ふっと笑う。
「……僕も、嫌われたくなかったのかも。お母さんが選んだ人だから、ちゃんと好きにならなきゃって思った」
今まで言えなかった本音をぶつける。互いに歩み寄ろうとしていたのを、焦っていただけだ。新しいお父さんが出来たのを素直に喜んだら、罰が当たるような気がして、創一を避け続けていた。
お父さんが天国からもし見ていたら、どう言うのか、思うのか。幼い頃の思い出しかない汐には、全部は分からない。
でも故人の気持ちばかりを尊重したせいで、自分の気持ちが迷子になっていた。
「僕ってやっぱり演技下手だなぁ。役者辞めてよかったかも。……ずっと応援してくれたお父さんには、悪いと思ってるけど」
優良な息子を演じていたつもりが、創一に見破られていて。才能がないと見切りをつけていてよかったのかもしれない。
「子役で全っ然売れなかったときも、お父さん。仕事が休みのときは車で送り迎えしてくれて。車の中の時間が一番楽しかった。頑張った分だけお父さんもお母さんも喜んでくれるから、僕も続けられたんだと思う」
病弱の父はきっと無理をしていたのだ。今だから分かる。子役なんて続けなければ、父と過ごせたはずの時間はもっと多かったんじゃないかと──。
「いいお父さんだったんだね」
「うん……うん。すごくね、好きだった……」
子供のように泣きじゃくる汐の頭を、創一がぎこちない手つきで撫でる。今まで頑張ってきたこと、ずっと嘘を吐き続けていたことが許されたような、清廉な気持ちへ落ち着く。汐の心の中には、怒りも後悔も迷いもない。
「今度……また三人で一緒にキャンプに行きたい」
「ああ、行こうか。旅行なんかも行きたいなぁ。いつも仕事で忙しくて、二泊三日が限界だったね」
「仕事……ごめん。僕のせいで、休むことになって」
いやいや、と創一は、汐の言葉を遮る。
「年休が溜まっていたし、一週間くらい取らせてもらったんだよ。急で申し訳なかったが、皆優秀なスタッフ達ばかりだし、現場は問題ない……と思うんだがなぁ」
やはり心配で落ち着かないようで、創一は机の上のタブレットとスマートフォンをちらちらと見ている。しゅんと肩を落とす汐の背を、創一は励ますようにさすった。
「心配いらないよ。最初は一週間の入院予定だったんだが、症状も軽快しているし、先生の話ではあと三日で退院ということになった」
「じゃあ、残りのお休みは家にいるの?」
「そういうことになるね。……病み上がりだから、すぐにキャンプは無理かなぁ」
歯痒そうにこぼす創一に、汐はくすっと笑った。「今度」とは言ったが、夏休みの中頃を思い浮かべていたので、それよりも随分と気が早い。
「そっか……。早くよくなってね」
早くよくなるといいね、と言いかけたが、体調を崩したのは紛れもなく、汐の責任だ。他人事には出来なかった。
照れくささに胸がぎゅーっと柔く締めつけられる。
「……好きな人がいるんだ。……男の人なんだけど」
「へえ、どんな人?」
「……引かないの?」
創一は「どうして?」と不思議そうにしている。もっぱら反対されると思っていただけに、鷹揚な態度のままだから、汐は戸惑った。
「片想い中……というか、一回フラれた」
「汐くんみたいないい子を振るなんて、もったいない。今頃、後悔していると思うよ」
「そ、そうかなぁ……?」
──わりと正当な理由で振られたんだけど……。
一回り以上に年の差があるし、深見はプライベートが合わない、と言われた。完全に脈ナシだし、諦めていた……今までの相手だったら。
深見に振り向いて欲しい。プレイだけの間ではなく、ずっと大事にされていたい。
恋の話で盛り上がる中、ノックの直後に紗那がするりと部屋に入ってきたものだから、汐は顔を真っ赤にして口を噤んでしまった。
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