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第一章 「始まりの日」

急転

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「レギオンの陸上船だと…?」


陸上船の存在に、カイトとヴィアだけでなく、リンクスとイライジャ、そしてセドニアの広場にいる者達も当然気付いた。

寧ろ、セドニアの中心地である広場の方が、陸上船の存在をよりはっきりと捉えることができ、またその巨大な躯体とエンジンの音は、否応無しにその存在を認知させる。

見慣れぬ物に対する興味と、またその圧倒的な存在感に、セドニアの人々は驚嘆の声を上げながら陸上船を見上げている中、リンクスとイライジャは、眉をひそめてその存在を見つめていた。


「何故、そんなものがここに来る…?」


「…分かりません。ですが、連中はもしかしたら、動き出した亡霊の存在を既に感知していたのかも…。つまり、亡霊に対抗する手段を探し求めている可能性も考えられます」


セドニアの中で、恐らく唯一陸上船を過去に見たことがあるリンクスとイライジャは、誰にも聞かれない程度の小声で会話する。

もし二人が陸上船を知っていることを誰かに聞かれ、また追及されてしまったとなれば、厄介なことになるのが明白だったからであり、そして今はそのようなことを説明する暇などありはしない。

尤も、今のこの状況では、二人が陸上船を知っていたことに興味を向ける者などいないだろうが。


「声明を聞いてから動き出したという可能性は、タイミング的に明らかに無理がある。…となれば、レギオンは亡霊の存在を既に把握していて、そして今この瞬間に重なってしまったと考えるべきでしょう」


「つまり、レギオンの連中は、亡霊の存在こそ把握していても、今日声明を出すことまでは知らなかった…。声明を出した日と、レギオンがここに着いた日が重なったのは、偶然である可能性が高いということか?」


「レギオンとしては、亡霊が動き出す前に行動を起こしたかったのでしょうが、それが間に合わなかった…。憶測ですが、恐らくそれが一番可能性が高い…」


セドニアの住民達、特にリンクスとイライジャ、そしてカイトとヴィアにとっては、怒涛の展開ともいえる事態が、まるで仕組まれていたかのようにこの一日に押し寄せている。

しかし、レギオンと亡霊の関係を知っているリンクスとイライジャには、それが天文学的に低い確率であったとしても、決して仕組まれたものではないことは理解していた。

そんなことがあろうかと思いたくなることであったが、偶然という言葉だけでは片付けられない程に全てが重なっていたとしても、今日この日に起きていることを、これから起きることを受け止めなければならないということも。


「レギオンが探し求めるもの…、「断片」のことか…。ということは、俺の…」


「…そうであるかも知れませんし、そうでないかも知れません。…いえ、正確には、貴方だけではないというべきか…」


「………まさか……、ヴィア…?」


「果たして、連中が彼女の存在を把握しているかによって変わってくることですが…或いは…」


リンクスが言った「断片」という言葉は、セドニアの中では彼とイライジャのみが知っているものであり、世界の中でもそれを知る者もそもそも少ないが、しかしレギオンならば知り得るものであった。

というよりも、レギオンとは深い因縁がある代物であり、そしてそれをレギオンが欲していることも二人は知っている。

だが、その「断片」を持つのはリンクス以外にも一人だけ存在し、それこそがヴィアだった。

もしもレギオンがそのことを知っており、そして彼女をここに追ってきたというのならば…。

仮にそうでなかったとしても、どんな理由であれレギオンと邂逅するということは望ましいものではなかった。


「どうしますか、リンクス?もし身を隠すなら、私の診療所を使っても構いませんが」


確かに、レギオンの連中に見付からないようにする為に、身を隠すことも選択肢の一つだろう。

しかし、リンクスは首を横に振るってその提案を却下した。


「いや、折角だがやめておく。不審な動きをして見付かってしまっては、真っ先に疑われるだろうからな」


「人混みの中に紛れていれば、見付かるリスクも確かに減るでしょうが…。しかし、私達の顔を知っている者がいたとしたら、見付かるのも時間の問題ですよ」


「分かっているさ。覚悟はできているし、知り合いが現れないことを望むだけだ。それに、お前が建てた診療所を荒らされるようなことになってしまうのは忍びないからな。あれは、この町の人々の拠り所なんだから」


「…まったく、貴方という人は余計な気を回す…」


そんな気を回している場合ではないだろうに、とイライジャは呆れたような溜め息を吐く。

しかし、リンクスが言ったことも事実で、レギオンの目的が分からない以上は、下手に動かない方が得策であろう。

また、覚悟をしていたのはイライジャも同様であり、様々な状況を予測し、それにどう対応するべきかという策を考えるのみだった。

何故、何を目的としてレギオンがここに来たのか分からなければ、対応も策もどれだけ練ろうと徒労に終わる可能性が高いが、それでも下準備をしておくに越したことはない。

というよりも、そうしなければ不安と不穏に圧し潰されてしまう気がしてならず、もしかしたらそれは、自らを落ち着かせる暗示や願いにも似た行為なのだろう。


「リンクス!イライジャ!」


二人が黙って陸上船の方を見ていた時、背後から聞き覚えのある声が耳に届く。

ふと振り返ると、そこにはこちらへと駆け寄るカイトとヴィアの姿があった。


「どうしたんだ、二人とも」


余程急いでいたのか、カイトは肩を上下に揺らしながら息を切らしている。

陸上船の存在に気付いてここまで戻ってきたのだろうが、しかしカイトにはそれよりも何か言いたいことがあるようで、言葉を言おうにも口ごもり、リンクスから目線を逸らす。

何か言いたいこと、とはいうが、それが何なのか、何を言おうとしているのかは、リンクスとイライジャには分かっていた。


「あ…、あの、さ…。その…、俺…」


カイトは必死に言葉を自分の口から伝えようとし、リンクスとイライジャもそれを聞き届けたい気持ちはあるものの、事態はそれを許さなかった。


「…大丈夫だ。お前の言いたいことや気持ちは伝わってる」


リンクスは口元に笑みを浮かべながら、カイトの肩に手を置いて優しく言う。

確かに伝わっているが、しかしカイトにとって、それだけでは満足できなかった。

自分の口で、自分の言葉で伝えなければ意味がないのだから。


「ち、違……!そうじゃなくて、俺は…!!」


悲愴な面持ちで言葉を続けようとするカイトだったが、リンクスは首を横に振るってそれ以上の言葉を遮る。

伝えたいことを伝えられない、それも伝えたい張本人によって阻害されてしまったが故のカイトの心境は、リンクスにも痛い程分かるが、しかしそうしなければならない理由があった。

もしも、レギオンが「断片」を求めてセドニアに来たというリンクス達の推測が正しければ、「断片」を所有するヴィアの身のみならず、カイトにも危険が及んでしまう。

無論、リンクスとイライジャの身にも危険が及ぶのは十二分に承知しているが、それよりもカイト達が危険に晒されることだけは、絶対に避けなければならないことであった。

そうなってしまっては、カイトの父親…リンクスとイライジャの親友との約束を違えることになってしまうのだから。


「聞きたいのは山々だが、残念ながら今はそれどころじゃない。お前達二人は、今すぐこの場を離れろ。できるなら、孤児院に一度身を隠せ」


「どういうことですか…?」


「時間が無いので説明をしている暇がありませんが、手短に言えば、レギオンは貴女を探している可能性があります。そしてカイトのことも、ね」


「それって…もしかして、私の…」


何かに気付いた様子のヴィアは、自身の右腕にそっと触れ、唇をきゅっと噛み締める。

イライジャの言葉に心当たりがあるようで、しかしそれを認めたくはない否定や抵抗にも似た行為に感じられた。


「推測でしか言えないのですが、可能性がある以上、二人の身に危険が及ぶことは絶対に避けなければならないことなんです。特にカイトの場合は、それが貴方の父親との約束にも繋がることなのですから」


「親父との…」


「終わったら、全て話しましょう。もう、貴方にとって隠されても意味があるものではない。それに、貴方も聞くことを望んでいるでしょうから」


今まで伝えなかった、二人の胸中に秘められた真意と、親友との約束。

それを伝えることが、リンクスとイライジャの使命であり、それを知ることがカイトの使命でもあるのだろう。

今すぐにでも伝えたいが、こうなってしまってはそれも叶わないことであった。


「そして、お前が俺に伝えたいことも、終わったら直接お前の口から聞こう。それが、プライドも捨ててわざわざ戻ってきたお前への誠意だからな」


「……分かった…」


どうしてこうも擦れ違うのだろうか。

どうしてこうも噛み合わないものなのだろうか。

そう思いたくなる程に、全てが急転する事態がたった一日で起き始めている。

だが、皮肉にもそれが絆をより深める切っ掛けになったことも間違いない。

ただ願うのは、この一日が何もなく終わり、そして自分の口から改めて謝ることと、そして二人の口から今まで胸に秘めていた本当のことを、過去を聞くということだけだった。


「もう時間がない。お前達は行くんだ。もしも孤児院に何か起きそうな時は頼むぞ」


その言葉に対して、カイトは無言のまま首を頷かせる。

そして何も言うことなく、踝を返してその場を駆け出した。

ヴィアも二人に一礼すると、すかさずカイトの後を追って走り出した。




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