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第一章 「始まりの日」

奪取

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「た…す…たす……け…」


瓦礫の山に埋もれながら、息も絶え絶えになりながらも救いを求めて手を伸ばす一人の男。

つい先程までは耐え難い激痛が全身を駆け巡っていたが、今は痛みは愚か、意識すら無くなりそうになっている。

ほんのりと冷たい地面を這いずり、何処へ行くわけでも、何処へ行く宛てもないが、今の男を支配するのは、この状況とこの場から逃げ出すことだった。

視界はぼやけ、声も出なくなりそうになりながらも、ただ男を突き動かしているのは、死を恐れ、生を渇望する生物としての本能だった。


「助け…て……。助けて…くれぇ…」


まるで生ける屍のように這いずり回る男の前に、地面を揺らす振動と共に大きな影が立ちはだかる。

瓦礫の破片と見違う程に大きなそれは、二メートルを軽々と超える程の長身で、筋骨隆々という言葉など生温い程の凄まじい筋肉に覆われた、逆立った青い髪の巨漢であった。

その男の姿は、能力は、これが人間なのか、このような人間がいるのかという程に異質且つ異端だった。

喩えるならば、それら全ては化け物と呼ぶに相応しい。

そして化け物のような男は、狙いを定めた獣のように鋭い眼差しで、地面に這いずる男を睨み付けていた。


「なに…が……目的でこん…なこと…」


「言っただろ?俺達は、お前達から取り返しに来たんだってさ」


答えたのは、目の前に立ちはだかる男とは別の、明るい口調の男の声だった。

それとほぼ同時に、ぼやける視界にファーが付いた黒いジャケットのポケットに手を入れ、ベージュのズボンを履いた細身の青年の姿が映る。

褐色の肌に、パーマが掛かった黒髪のその青年は、一見すれば爽やかな好青年という印象を与えるが、地に伏せる男にとっては、その青年が見せる陽気な笑顔ですら狂気を感じさせた。


「お前達レギオンが、誰にも奪われないように大事に守っているものを返してもらうんだよ。俺達から奪った福音をな」


その青年は、上半身を屈めてレギオンの兵士である男の顔を覗き込むようにして言う。

楽しそうに笑みを浮かべているものの、兵士を見る細めた目は冷酷なものであった。


「な…にを……そんな…そんなもの…こ…こには…」


「福音そのものが、ここにはないことは知ってるさ。でも、お前達が作ったこの「施設」も欲しくてね。今回の騒動は、それが理由ってわけよ」


そう言った青年は、はははと笑い出し、手を伸ばして兵士の頭を乱暴に掴み上げる。

青年の指に力が込められ、ヘルメットはギリギリと軋む音を上げていた。


「これは、復讐なんだよ。お前達から奪われたから、今度は俺達が奪い取ってやるのさ」


「ど…して…」


「どうして、だって?そうだな…ってことだ」


青年は、その言葉を最後に兵士の頭を地面に叩き付ける。

地面が凹むと同時に血が一気に広がり、青年の足元は血溜まりとなった。

青年はぴくりとも動かなくなった兵士の頭から手を離すと、ゆっくりと上半身を伸ばした。


「…気が済んだか?」


今まで無言だった化け物のような男が、初めて口を開く。


「そう急かすなよ、ガト。ようやく俺達の復讐ができるんだ、少しでも楽しまなきゃ損だろ?それに、お前だって戦ってる時は楽しそうだったぞ?」


「否定はしない」


ガトと呼ばれた男は低い声で答えると、地響きがする程に大きな音と振動と共に、一歩ずつ足を進めて青年の隣まで歩み寄る。

青年も平均よりやや高い身長のはずだが、ガトが隣に立つと子供と大人というには程遠く、言うなれば巨人が隣に立っているような感覚だった。

しかし、青年にとってガトは仲間であり、また彼がそのような男と知っている為、威圧感に圧倒されることもなければ、特に気にした様子はない。


「終わった…?」


ガトが隣に立った時、一人の声が響く。

その声はまだあどけなさを感じさせ、そしてようやく聞こえるかどうかの声量は、少女のそれだった。


「マーテリアか。見ての通りだよ」


青年が顔を向けると、建物の影からコツコツとヒールの音と共に、二つの白い○で模られた目と×印で模られた口のみで構成された顔の白い人形を抱えた、ピンクのウェーブが掛かった長髪と、黒いドレスを纏った少女が現れる。

まだ幼く、可憐な顔立ちこそしているものの、病的なまでに白い素肌をしている彼女は、半壊する建物に差し込む陽の光を避けているのか、丁度影になっている二人からやや離れた位置で立ち止まった。


「なかなか頑強な造りをしていたが…ま、俺達なら余裕だったな」


「ほとんどは、ガトがやったくせに…。ニクスは、突っ立ってばっか…」


「仕方ないだろ?下手に動いたら、ガトの攻撃に巻き込まれるんだから」


ニクスと呼ばれた青年は、痛いところを突かれたようにガリガリと頭を掻く。

お前の所為だぞ、とニクスはガトを横目で睨み付けるが、ガトは気にする様子もなく静かに立っており、口を開いた。


「…ニクスの言うことも尤もだが、そもそもこいつまで下手に動けば施設を壊しかねなかった。そう考えれば、ある意味では妥当な判断だろう。不本意ではあるがな」


「…フォローする気があるのか、お前は?」


「その気もなければ、するつもりもない。ただ、己の考えを言ったまでだ」


ガトとマーテリアに言われるがままのニクスは、頭を抱えて大きな溜め息を吐く。

誰に労われるわけでもなく、仲間でいても味方がいないという状況は、彼にとって嘆かわしいものだった。


「マーテリア、ジブリール達の状況は分かっているか?」


最早喋る気すら失せたニクスを無視して、ガトはマーテリアに問い掛ける。

それに対し、マーテリアは首を横に振るった。


「…まだ、何も。フェルドとジンは、多分セドニアに向かってる最中だろうけど、ジブリールは何か企んでるみたい。「最高のショーを計画してる」とか言ってたけど、気持ち悪いから無視した…」


「そうか…。フェルド達はともかく、ジブリールのことだ、くだらん企みだろう…。まあ、奴には期待していないがな」


「まるで、ニクスの扱いみたい…」


「おい!!俺をあんな奴と一緒にすんなっての!!」


今まで黙っていたニクスは、ジブリールという人物と同じ扱いをされることに腹を立てたのか、歯を剥き出してマーテリアに言う。

ガトとマーテリアの言葉、そしてニクスの反応から、ジブリールという人物は彼らの中でも悪評のようで、特にニクスは同じ扱いされることを心の底から拒絶していた。

不健康そうではあるがニヤニヤとそれを笑うマーテリアは、先程の言葉を冗談のつもりで言ったのだろうが、ニクスにとっては冗談であってもそれが許せないらしい。


「こんな爽やかでナイスな男と、あんな陰湿で根暗な野郎を一緒にされたら、世のレディ達に申し訳ないだろ?」


「…ニクスのそういうところがキモい」


均整がとれたニクスの顔立ちと身体は、確かにモデルのように魅力的ではあるが、マーテリアにとっては特に興味がないようで、ニクスの言葉を軽く一蹴する。

ガトも何も言わないことから、改めて味方はいないのだと実感したニクスは再度溜め息を吐いて項垂れた。


「…もういいや。お前らとこれ以上いたら、俺の心は粉々に砕け散る…」


「そうだな。長居は無用だ、さっさと後始末に入るぞ」


「うん…。ようやく、「エーテル供給施設」が手に入ったんだもん…。大事にしなきゃ、ね…」


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