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第一章 「始まりの日」
邂逅
しおりを挟む少女が手にしていた光の剣は、再び無数の粒子となって跡形もなく消え去る。
そして金髪のショートヘアを靡かせながら、その少女はカイトとリンクスに身体を向けた。
緑色の輝きを秘めた双眼と、白く透き通った肌、そしてあどけなさの面影を残しつつも凛々しさも感じさせる顔付きの少女は、可憐さと華麗さを感じさせる。
体格と雰囲気からして、カイトとそこまで変わらぬ年齢のように感じた。
その少女と目が合ったカイトとリンクスだったが、異質な雰囲気を放つ少女に怪訝な表情を浮かべるカイトとは裏腹に、リンクスは何かに気付いた表情を浮かべた。
「…セレーネ…!?」
咄嗟に呟いた名前に、その少女は反応を示す。
一方のカイトは、事態が飲み込めず、頭の上に疑問符が見えるかのように首を傾げた。
「知ってるのか、リンクス?」
そう問い質そうとしたカイトは、リンクスを見た瞬間、思わず口を噤む。
まるで何かに取り憑かれたような顔で少女を見るリンクスは、戦いの時と同様に今まで見たことがないものであり、半ば正気を失っているかのようにさえ感じたからだった。
今こうして聞いたカイトの声も、きっとリンクスには届いていないだろう。
そんな動揺しているようにも見えるリンクスに対して、少女が初めて口を開いた。
「母を知っているのですか?」
少女の透き通る声は、たった一言だがリンクスを正気に戻す。
否、正確にはその言葉だった。
「母…。そうか、君は、セレーネの…。そうだな、セレーネであるはずがない…」
まるで呪文のように独り言を呟き、何かを追い払うように首を振るうリンクスの姿は、どこか弱々しささえ感じさせる。
そんなリンクスとは対照的に、少女は足を二人の方へと確かに進めて近付く。
少女の雰囲気からどこか高貴さをも感じさせる足取りは距離を縮め、二人は少女と近くで向かい合う形となった。
「君の名は?」
「私はヴィア・ラクテアと申します。先程あなたが言った、セレーネ・ラクテアの娘です」
まだ本調子ではないリンクスの言葉に、ヴィアと名乗った少女ははっきりと答える。
ヴィアの口から直接聞いたセレーネの娘という言葉に納得したのか、リンクスは納得したようで頷いた。
「すまない。君が、セレーネとあまりにも瓜二つだったからな」
「母を存じ上げているということは、まさかあなたは…」
「名乗る前に聞きたいことがある。君は、何をしにここへ来た?」
名を名乗る前に、リンクスはヴィアに問い掛ける。
「それは…」
ヴィアが答えようとした瞬間、けたたましい音が響き渡り、三人の注意がその音の方向に向けられる。
見ると、そこには今まで倒した誰よりも大柄で豊満な腹部の男が、家屋のドアを蹴破って姿を見せていた。
水風船のように膨れ上がった全身からは汗が噴出し、また独特な臭気と雰囲気を放っている。
身長が高いリンクスでさえ見上げる程に巨漢という言葉が相応しい男は、荒い鼻息を出しながら、こちらを見る三人に気付き視線を向けた。
「騒がしいと思ったら、てめえらの仕業か!!」
「何だ、こいつ…。でけえのは図体だけじゃなくて、声もかよ」
男の声に不快感を覚えるカイトの一言は、その男にとって挑発になったようで、男の顔は見る見る紅潮していく。
スキンヘッドの男の顔は、まるで茹でられた蛸のように赤くなり、その男は手にしていた大柄な棍棒を振るって先程までいた家屋を破壊した。
「俺を馬鹿にしやがって、このガキが!!」
「やめて!!それ以上、無駄なことはしないで!!」
男の行為を咎めるヴィアだったが、その声は男には無駄だった。
そればかりか、下卑た視線をヴィアに向け、口元を吊り上げて醜悪な笑みを浮かべる。
「あぁ?何だ、よく見てみりゃなかなか上玉な女じゃねえか」
「っ…!!」
その男が見せる醜さに、ヴィアは全身に悪寒を感じた。
人々から金品を強奪する行為もだが、人を人とも思わぬその思考を象徴する醜悪さが、男に詰まっている。
その男の限りない欲望で肥やされた腹部と、下卑で汚れた顔付きは、まさに野盗の鑑ともいえる。
そんな男の視線が、ヴィアにとって気持ち悪さを感じさせた。
「丁度良い!!碌なもんが手に入らなくてうんざりしてたが、お前を連れて可愛がってやるよ!!一生俺の奴隷にして飼ってやる!!」
下品な笑い声を上げる男とヴィアの前に、カイトが立ちはだかる。
これ以上その男を見せないように立つ、自分よりもやや背の高いカイトの背中をヴィアは見た。
「そりゃ生憎だったな。碌でもねえ奴に渡すものなんざ、何一つないんでね」
「どこまでも俺をコケにしやがって!!邪魔をするな、くそガキがあぁぁ!!」
最後まで邪魔をするカイトに、男の怒りは頂点に達した。
その男は棍棒を振り回しながら、カイト達へと駆け出す。
無造作に振られた棍棒は、花が植えられた花壇や樽を粉々にし、完全に怒りに任せて振られている。
男の移動速度は遅いものの、その巨体と棍棒の破壊力は確かなもので、今まで挑発していたカイトも構えて臨戦態勢を取った。
「逃げろ、カイト!!」
危険を察知して叫ぶリンクスを他所に、カイトは臆することなく地面を蹴って男との距離を詰める。
力ではなく速さで勝負を仕掛けようとするカイトは、手にしていた木刀を両手で握り、棍棒の隙を縫って男の懐に潜り込んだ。
そしてその木刀を横に振るい、男の腹部を斬り付けるが、べチッという音と共に男の腹部の肉が揺れるだけで、カイトの攻撃は何の決定打にもなりはしなかった。
肉の壁を叩いた感触を感じたカイトは、すぐに飛び上がって男の胸部に蹴りを繰り出すも、分厚い脂肪がクッションとなり、男は二撃を受けながらも微動だにしない。
カイトは男の胸を足場にして回転しながら飛び上がり、離れた場所に着地して一旦距離を離す。
攻撃を与えるのはカイトだったが、こうも攻撃が効かない相手では分が悪いと理解しており、舌打ちをした。
「くそっ!!太りすぎだろ、てめえ!!」
「ガキのチャンバラをやってるんじゃねえんだよぉ!!」
カイトが攻撃の手を止めた隙に、棍棒を振りかぶった男は飛び上がる。
手にしていた棍棒が振り下ろされる一瞬を見逃さず、カイトも飛び上がってその男の攻撃を避け、そして空中で身を翻して男の背部に木刀を振り下ろした。
だが、これも男の脂肪によって、ただ肉を叩く音だけが響くだけであった。
普通であれば背骨に当たるはずの一撃だったが、それすらも覆う程に肥大した肉は、打撃しかできない木刀による攻撃をほぼ無効化してしまう。
「それなら…!!」
「させるかあぁぁ!!」
ならば、打撃であっても唯一決定打を与えうることができる、人体の急所である頭部に狙いを定めるが、男はそれを見抜いていた。
一度かわされた棍棒をそのまま振り上げ、カイトの連撃を防ぐばかりか、空中で身動きが取れないカイトは木刀を構えて、その棍棒を受け止める。
直撃は免れたものの、凄まじい衝撃が全身を伝い、カイトの身体は粉々になった木刀と共に吹っ飛ばされ、そのまま地面に叩き付けられた。
「カイト!!」
カイトの身を案じるリンクスだったが、すぐに向かってくる男に注意を向ける。
武器を持たないリンクスも、打撃がほぼ無効化されることは先程のカイトの攻撃で理解しており、男の棍棒を避けるしかできない。
隙を見計らって棍棒を握る手に蹴りを繰り出すものの、関節を覆う脂肪がその攻撃を吸収し、ダメージを与えるどころか棍棒を持つ力を緩めることさえ叶わなかった。
また、その身長差もアドバンテージを生み出しており、武器を持つ手に攻撃を仕掛けるには飛び上がるか、また攻撃した瞬間にしかできない。
それ故、反撃する瞬間が思うように掴めず、また下半身を狙おうにも、膝や股間にはプロテクターが装備されており、弱点を露呈しないように対策されている。
そして、動きが遅い代わりに巨体から繰り出されるパワーで捩じ伏せるといった戦略は、自身の長所と短所を理解し、そしてそれぞれを取捨選択した結果によるものである。
ただの野盗と思いきや、その外見からは想像できない程になかなか頭が切れる男だった。
「おいおい、どうしたぁ!?そんなんじゃ、俺には効かねえぞ!!」
「野盗の割には、なかなか手こずらせてくれるじゃないか…」
男の攻撃を避けるだけになってしまったリンクスは、反撃ができ且つそれが決定打となり得る瞬間を待つのみになる。
ただ、男の動作が遅いこと、そして攻撃の間隔が離れていることが救いだった。
それは、巨体を動かすだけで相当なエネルギーが必要であり、またそれに見合うスタミナも要求されるのだが、男はそのどちらも持ち合わせてはいない。
そしてリンクスは息一つ切らしていない為、待てばその時は必ず訪れることは分かっていた。
「君、大丈夫!?」
リンクスが引き付けている間に、ヴィアはカイトの許に駆け寄る。
カイトは幸運にも大したダメージを負っておらず、僅かに感じる痛みで顔を歪めながら身を起こしていた。
「わ、わりぃ…」
ヴィアはカイトの背中を支え、その顔を心配そうに覗き込む。
しかし、カイトの闘志は消えるどころかより高まっており、それを秘める目はリンクスに攻撃を仕掛ける男に向けられていた。
「いてて…。あのデブ、タダじゃおかねえ…!」
そう言ったカイトだったが、ふと右手に握られている木刀に視線を落とす。
その手には、先程の攻撃で粉々に砕かれた木刀が握られており、もはや打撃することすらできない代物と変わり果てていた。
カイトはその木刀を放り投げ、捨てられた木刀はカラカラと高い音を鳴らしながら石畳を転がった。
「とはいっても、武器がねえんじゃどうしようもねえのか…」
ただ、リンクスの戦いを見守るしかできないのか。
そう思ったカイトだったが、その視界に先程の淡い緑色の光の粒子が映る。
まさか、と思ったカイトがヴィアを見ると、彼女を中心に光の粒子は飛び交っていた。
「お前…」
「後は私がやる。君は休んでいて」
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