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本編
よん
しおりを挟むここは乙女ゲームの世界で私はその主人公。
主人公は攻略対象と恋愛して幸せにならなきゃいけなくて。
誰かなんて決められない私はどうせならと逆ハーレムを目指した。のだけど。
彼らは前世の私が記憶していた彼らとは無視できない違いがあった。
会長は意中の人と無自覚相思相愛だし、チャラ男はヤンデレストーカー、副会長は片思い中な不憫わんこで、イケメン紳士はとても可愛い女の人、同級生は腹黒策士で、妖しい彼は危ないドMだった。
あまりにもあんまりな現実に、主人公の幸せがどうとかなど霞の如く消えていく。そもそも私は、逆ハーレムなどを作れたとして本当に幸せになれたんだろうか?主人公の幸せが私の幸せになりえたのだろうか?
ああ、私は今まで何をやってたんだろう。
何も手に入らなかった割に犠牲にしたのはあまりに大きなものだ。
これが私の望んで行動した結果だとは分かってる。
けれど。
いつだって、頭の片隅に囁く声が聞こえていたんだ。
『主人公じゃない、自分の意思はどこにある?』
「ってことでね!今はぼっちのこの現状なわけなのですよ!!」
憂い、怒り、嘆き、恐れ、悲しみと限りなく負に近い内情。
涙混じりにそれら全てをまぜこぜにしながら今までに至るまでを洗いざらいまるっと吐き出した。
感情の赴くままに滑らせた言葉たちは一段と大きな声で幕を閉じる。握りこぶしのおまけつきで。
ぜぇぜぇと荒い息を繰り返しながら落ち着けるためにすうはあと大きく深呼吸をした。四、五回と繰り返し最後に盛大に息を吐くと、乱れた呼吸は落ち着いたもの変わる。
溜め込んでいたものをいっきに吐き出したせいか。ずずっと大きく鼻をすすって流れた涙を拭う今は、いっそ清々しいくらいの気分だ。
きっと自分が思う以上に今までのこともそれの捌け口が無いことも心の重荷になっていたんだろう。
時に発散させることも大切なことなんだな、うん。
そんな風に納得しつつすっきりさっぱり晴々しくなった私とは反対に、聞かされた方はどうかといえば。
なんとも言えない、苦虫を噛み潰しそこね苦くないがどこか嫌な違和感だけ残る、とでも言いたげな様子が張り付いていた。微妙そうな表情すらイケメンな我がイトコ様は流石である。うむ。
なんと声をかければいいのか考えあぐねいているようで。壊れた玩具のように口を開いたり閉じたりそんなことを繰り返していたが終いには小さなため息が耳に届いた。どうやら諦めたらしい。
相も変わらずの電波発言だ。返答に困窮する程度にしか信じてもらえていないのかもしれない。いやむしろ丸きり信じていないのか。しかしまあそれも当然だろう。
夢見る乙女や分別のつかない幼い子供ならともかく、いい年をした大人がこんなことを信じるはずがない。
むしろ手放しで信じると言い出したら正気か?と疑いたくなるぐらいである。
だから信じる信じないはどうでもいいことなのだ。
それよりも、こんな馬鹿馬鹿しい話を腰を折ることなく最後まで聞いてくれていたことの方が私にとっては大事で。
話の途中、合間合間にされる相槌は覇気の失われた微妙としか言えないものがされていた。
そして始終、誤魔化しがきかないくらい口元はぴくぴくと引きつっていた。
それでもだ。
じっと私から視線逸らさず耳をかたむけてくれている姿勢は真剣に受け取ってくれようとしているのだとしっかり伝わって。それがどれだけ嬉しかったか。それがどれだけ私の心を軽くしたか。
「イチ兄、聞いてくれてありがとう。あと、心配かけてごめんなさい」
荒んだ心が穏やかになったのを示すが如くごく自然にこぼれた感謝と謝罪。思ってもいないほど優しい声音をしていて自分でも驚いた。
しかしその驚きすら心地よい。それを与えてくれた当人は今までの引きつりが嘘のような優しい微笑みに変えてぐりぐりと頭を撫でていく。
大きくてあたたかいイチ兄の手。
いつだって慈しむように撫でてくれるその手が子供の頃から大好きだ。
成長するにつれ、気恥ずかしさがまさって撫でられてもすぐに逃げるようになっていたけれど。
今日ぐらいはいいだろう。逃げずにちゃんと甘えよう。大好きな大好きなこの手に。イチ兄に。
「私って馬鹿だ」
親に甘える子猫のように。イチ兄に軽くすりよってみる。
少し驚いた様子を見せつつも当然のように受け入れてくれるのが嬉しい。
「朝比奈日和は確かに主人公だったけど、今の朝比奈日和は私で。主人公なんかじゃない。そんなの当たり前なのに。当たり前、だけど、分かってなかった。私は主人公だから、恋愛しなきゃって。そう思い込んでて。でも、恋愛するほど誰が好きかなんて分からなくて。だから、みんなと恋愛すればいいやって、馬鹿で極端な選択しちゃって」
うん、と簡素な相槌が続きを促す。
「でも、別に、そうじゃないのに。私は私で、主人公じゃない。攻略対象だって私の知ってるゲームの攻略対象じゃない。そもそもここは、乙女ゲームじゃなくて現実なのに。どんなに似てたってゲームではないのに。だから恋愛しなきゃいけない必要性なんてなかったのに」
頭を撫でていた手がするりと肩に移り、ぎゅっと抱き寄せられた。
ふわりと鼻を掠めるのは前に私が好きだと言った香水の匂い。爽やかだが甘くもありイチ兄に似ているとおもった。
「馬鹿な思い込みと馬鹿な選択で、結局は自分の首を絞めてさ。友達できずにこんなとこでぼっち飯しててさ」
本当、馬鹿だなぁ。
一人語りの最後にそう呟いた。見事なくらいに自嘲に濡れてていっそ笑えるぐらいだった。
いや、むしろ笑ってしまえばいいのかもしれない。
このあんまりな惨状も笑いのネタだと思えば猫の額ほどには救われる。
ただそれを話して笑ってくれる相手がイチ兄しか思い浮かばないあたりが更に悲しくなるところだが。
「今からでも遅くないぞ。友達、作らないのか」
「作らないというか作れないよ、きっと。私、人見知りするし、攻略対象ばっか追っかけてたから多分いい印象持たれてないし。誰も仲良くしたくないって」
至極もっともな言葉だった。だが、作ろうと思って友達が作れると言うのなら現在私はこんなところにいやしなかっただろう。
苦笑とともにそうこたえる。と、何故だが盛大に嘆息された。
「……お前は本当に思い込みが激しいよな」
「え……?」
思わずもれてしまった言葉だったのか。およそ人に聞かせる声量ではなかったが、抱き寄せられ密着した状態の私にはばっちり聞こえていた。
そして今更だが、端から見ればイチャイチャしてるようにしか見えないだろう現状に気付いた。私だって乙女だ。いくら身内といえどイケメンとイチャイチャ密着は恥ずかしいのである。慌てつつもそれを悟られないよう不自然にならないようにイチ兄から距離を置いた。
その際、肩に置かれた手が一瞬だけ引き留めるように力が入ったのが気になったのだが、きっと私に久々に甘えられて名残惜しくなったからに違いない。イケメン教師はイトコを甘やかすのが大好きなのだから。
「誰も仲良くしたくないってどうして端から決めつけてるんだよ。そう思い込んでるからきっかけが余計に掴めないんじゃないか?仲良くしたくないに決まってるなんて思いながら誰かに話しかけようなんてしないもんな。そんなお前の雰囲気を感じ取ってまわりも話しかけられなかったんだろ」
名残惜しげな視線を向けつつも今度は子どもに言い聞かせるようにゆっくりと言葉をつなげていく。そのどれもが柔らかい口調であるのにぐさりぐさりと私の胸に突き刺さる。
正しくイチ兄の言う通りだ。
何にもしないうちからまわりは誰も仲良くしたくなかろうと思い込み、それが募れば募るほど話しかけることが戸惑われてドツボにはまっていたのだ。
だから出来れば誰か話しかけてくれればなんて他力本願もいいとこな考えもあったのだが。
他でもない私自身がその妨げになっていたなど思っていなかった。なんて滑稽なことか。でも確かに、そんな後ろ向きなオーラがただよう相手に話しかけなどできないだろう。
改めて他者にそう指摘され、何もかも全てひっくるめて不思議なくらいにストンと府に落ちた。
私が思い込みを捨ててしまえば。
私が少しの勇気を持てば。
私を取り巻く環境も、変わっていってくれるのだろうか。
「私と仲良くなりたいって思ってくれる子っているのかな?」
そんなこと、あり得ないと決めつけていた。何故決めつけていたのかは今では自分でもよく分からない。まともな主人公《ヒロイン》にもなれない私には、きっと全て無理なのだと心のどこかで諦めていたからかもしれない。
半ば願望にも似た質問にイチ兄は当然だと笑みを浮かべた。
「当たり前だろ。お前のこと伝えてくれた奴とかな」
「え?」
「あいつはお前の心配してたんだぞ?仲良くなりたくない奴の心配なんてしないだろ。ましてや、俺に知らせるなんてな」
「……心配、してくれてた子、いたんだ」
ああ、というしっかりした返事に胸が熱くなる。
きっとその子は優しい子なんだろう。クラスメイトというだけの大して関わりのない私を心配してくれるくらいなのだから。
でもその優しさがありがたい。そしてとても嬉しかった。
「手始めにそいつと仲良くなればいい。お前なら大丈夫だから」
「……うん。ありがとう、イチ兄」
イチ兄の勧めるように、その子に声をかけてみようと思う。
人見知りなんて言い訳を持たず、思い込みなんて捨ててしまって。
うまくいかなかったら、という不安ももちろんないわけじゃないが、イチ兄が大丈夫と言ってくれるのだから大丈夫に決まってる。
思い込んでばっかでまわりが見えていなかった私。
そんな私に改めて色々と気付かせてくれたイチ兄の言葉だから信じられる。
少し弱気になっても、今みたいに色々聞いてもらって頭を撫でてもらえば単純な私はまた元気になるだろう。
他でもないイチ兄がいてくれるから。
「私、頑張ってみる。逆ハー目指してぼっちになっちゃうような馬鹿だけど、頑張って友達作ってみる!」
「友達ってそんな気張って作るようなもんでもないと思うが……」
硬く決めた決意に苦笑が降りかかった。
残念、私にとっては気張るものなのだよ!と口にすれば再び嘆息されること間違いなしなので飲み込んで、代わりにえへへと笑って隣に座るイチ兄を仰ぎ見る。
イケメン教師なイトコ様。
私にたいしてめったら甘くて、気遣いが不得手で、でも誰よりも優しくてあたたかい。
そんな彼が側にいるのなら。
きっと、また落ち込もうとも大丈夫だ。
私の大好きな手で慰めてもらえれば、落ちた気力も沸き上がる。失せた笑顔も甦る。
「本当に、ありがとうイチ兄!」
「っ……!ああ」
今まさに私はにっこり笑顔で感謝の気持ちを目一杯こめて、イチ兄に抱き付いてやった。
驚いたようすをみせたのち当然のように頭に乗せられる手に私はいっそう笑みを深くした。
逆ハー目指したらぼっちになったったww
……けれど、私は本当にぼっちな訳じゃない。
心配をして、話を聞いて、慰めて、元気をくれる人がいる。側にいてくれる。
私は私で主人公じゃないから逆ハーレムなんて必要ない。
これからは主人公としてではなく私自身の意思で全てを決めていく。
そんな私の背中を大丈夫だと押してくれる人がいるんだ。
だから、私は頑張ろうと思う。
次の目標はもう決まってる。
下らない思い込みを捨てて、精一杯の勇気をだして。
ぼっち脱却目指してやんよ!!
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