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婚約破棄の提案(1)
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「僕と婚約して、婚約破棄されてくれませんか?」
「へ?」
クリスティーナは目の前の男の言葉が上手く飲み込めなかった。
初めて屋敷に客人が来たかと思えば、全く理解不能なことを言ってきたのだから。
「こ、婚約? 破棄? 一体何のお話ですの? あの……ヘンリー様とは初めてお会いしたばかりですよね?」
「そうですね」
ヘンリー様と呼ばれた男は「それが何か?」と言わんばかりの表情を浮かべている。艷やかな黒い髪にサファイア色の瞳を持つこの男は、この上なく真剣だった。
対してクリスティーナは人と話すのが久々ということもあり、言葉に詰まりながら疑問を口にすることしか出来なかった。
(初めて会う相手に婚約だの何だのって……どういう了見なの!?)
突然の来客に普段着で迎えることになったクリスティーナは、寝癖のついた栗色の髪を抑えながら、エメラルド色の瞳を何度も瞬きした。
どうやら夢じゃない。なので必死に言葉を紡ぐしかなかった。
「えーっと……そもそも、私のことをご存知なのですか?」
「もちろんですよ。クリスティーナ・フェンネル伯爵。我が国唯一の女伯爵で、二十歳。社交界には一切顔を出さず箱入り娘として育てられたが、ご両親の不慮の事故によって爵位を受け継いだ。ただし、これらの事実は伏せられている。……違いますか?」
「っ……!」
ヘンリーの淀みない答えに、クリスティーナは狼狽えた。
(なんで私のことを知っているの!? 爵位を受け継いだ時に引っ越しまでしたし、貴族と関わったことなんか一度だってないから顔は絶対知られていないはずなのに……!)
ヘンリーの言う通り、クリスティーナは女伯爵だ。
箱入り娘だった訳ではないが、事故によって爵位を受け継いだのも事実だ。
しかしある事情から、その事実は親族と王族、数名の関係者以外には伏せられている。
(誰にも知られずにひっそりと生きていくつもりだったのに……どこからバレたの?)
「ど、ど、どうしてそれを……?」
回らない呂律で必死に尋ねると、ヘンリーはにっこりと口角を上げた。
「あぁ良かった。人違いだったら面倒な事になるところでした。もちろん婚約してもらうため。そして破棄させてもらうためです」
(はぁー!? なんなの、この人!)
全く答えになっていない言葉を当然のように吐いた男は、ヘンリー・カスティル。伯爵家の御子息で、第二王子の付き人をしている。
生真面目で優しく、皆から親しまれている人物である……らしい。クリスティーナは、新聞で彼の美談を何度か読んだことがあった。
(全然記事と違うんですけど! 意味不明な人なんですけど! 本当にこの人がヘンリー様なの?)
クリスティーナは戸惑いを隠し切れなかった。
「あ、貴方は本当にヘンリー様なのですか? もし偽ってるのだとしたら、け、警察を呼びますよ!?」
必死の形相で叫ぶと、ヘンリーはその様子に吹き出した。
「ふっ……ははは! 申し訳ありません。こちらの説明不足でしたね。僕が正真正銘のヘンリー・カスティルですよ。今ここで証明するのは中々難しいですけど……ほら」
ヘンリーが自身の胸元を指さした。
そこには薔薇の形をした銀色のブローチが光っていた。
「あ、それは……第二王子の」
「そうです。第二王子からの信頼の証です。これで少しは信じてもらえましたか?」
薔薇のブローチは王族が腹心の部下に贈る物だ。偽装ならば大罪となるだろう。
(このブローチを偽装するとは思えない……じゃあこの人が本当にヘンリー様なの!? でも、なぜそんな人が私のところに?)
クリスティーナは目の前のヘンリーを差し置いて、考え込んでしまった。
「へ?」
クリスティーナは目の前の男の言葉が上手く飲み込めなかった。
初めて屋敷に客人が来たかと思えば、全く理解不能なことを言ってきたのだから。
「こ、婚約? 破棄? 一体何のお話ですの? あの……ヘンリー様とは初めてお会いしたばかりですよね?」
「そうですね」
ヘンリー様と呼ばれた男は「それが何か?」と言わんばかりの表情を浮かべている。艷やかな黒い髪にサファイア色の瞳を持つこの男は、この上なく真剣だった。
対してクリスティーナは人と話すのが久々ということもあり、言葉に詰まりながら疑問を口にすることしか出来なかった。
(初めて会う相手に婚約だの何だのって……どういう了見なの!?)
突然の来客に普段着で迎えることになったクリスティーナは、寝癖のついた栗色の髪を抑えながら、エメラルド色の瞳を何度も瞬きした。
どうやら夢じゃない。なので必死に言葉を紡ぐしかなかった。
「えーっと……そもそも、私のことをご存知なのですか?」
「もちろんですよ。クリスティーナ・フェンネル伯爵。我が国唯一の女伯爵で、二十歳。社交界には一切顔を出さず箱入り娘として育てられたが、ご両親の不慮の事故によって爵位を受け継いだ。ただし、これらの事実は伏せられている。……違いますか?」
「っ……!」
ヘンリーの淀みない答えに、クリスティーナは狼狽えた。
(なんで私のことを知っているの!? 爵位を受け継いだ時に引っ越しまでしたし、貴族と関わったことなんか一度だってないから顔は絶対知られていないはずなのに……!)
ヘンリーの言う通り、クリスティーナは女伯爵だ。
箱入り娘だった訳ではないが、事故によって爵位を受け継いだのも事実だ。
しかしある事情から、その事実は親族と王族、数名の関係者以外には伏せられている。
(誰にも知られずにひっそりと生きていくつもりだったのに……どこからバレたの?)
「ど、ど、どうしてそれを……?」
回らない呂律で必死に尋ねると、ヘンリーはにっこりと口角を上げた。
「あぁ良かった。人違いだったら面倒な事になるところでした。もちろん婚約してもらうため。そして破棄させてもらうためです」
(はぁー!? なんなの、この人!)
全く答えになっていない言葉を当然のように吐いた男は、ヘンリー・カスティル。伯爵家の御子息で、第二王子の付き人をしている。
生真面目で優しく、皆から親しまれている人物である……らしい。クリスティーナは、新聞で彼の美談を何度か読んだことがあった。
(全然記事と違うんですけど! 意味不明な人なんですけど! 本当にこの人がヘンリー様なの?)
クリスティーナは戸惑いを隠し切れなかった。
「あ、貴方は本当にヘンリー様なのですか? もし偽ってるのだとしたら、け、警察を呼びますよ!?」
必死の形相で叫ぶと、ヘンリーはその様子に吹き出した。
「ふっ……ははは! 申し訳ありません。こちらの説明不足でしたね。僕が正真正銘のヘンリー・カスティルですよ。今ここで証明するのは中々難しいですけど……ほら」
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「あ、それは……第二王子の」
「そうです。第二王子からの信頼の証です。これで少しは信じてもらえましたか?」
薔薇のブローチは王族が腹心の部下に贈る物だ。偽装ならば大罪となるだろう。
(このブローチを偽装するとは思えない……じゃあこの人が本当にヘンリー様なの!? でも、なぜそんな人が私のところに?)
クリスティーナは目の前のヘンリーを差し置いて、考え込んでしまった。
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