上 下
6 / 15

彼の気持ち

しおりを挟む
 予想とは違う優しい声に思わず顔をあげると、真剣な目をしたクロードが真っ直ぐこちらを見つめていた。

「辛いことを話させてすまない。けれど、もう心配する必要はない。向こうの家と縁を切ろう。この家の一員になるのだから問題はない」

「縁を切る?そんなことが可能なのでしょうか……」

「大丈夫だ、手続きをしておく」

 クロードはナタリアを安心させるようにはっきりと頷いた。そして、すぐに執事を呼びつけて手続きするように指示をした。

「今日はもう疲れただろうから、今後のことは明日以降に話そう。僕はまだ仕事があるから失礼するよ。何かあったら彼に声をかけて。執事長のポールだ」

「ポールと申します。よろしくお願いいたします。ナタリア様」

 深々とお辞儀をしたポールは、先程真っ先に荷物を運んでくれた執事だ。やはり執事長だったようだ。

(もう少しクロード様とお話したかったわ。聞きたいこともあったのに……)

 ポールに挨拶をしつつ退室していくクロードを目で追っていると、目の前にティーカップが差し出された。

「何かご不明なことがあれば、何なりとお聞きくださいね」

 柔らかく微笑むポールは、ナタリアの心を見透かしているようだった。

「どうしてクロード様は……急に結婚相手をお探しになったのでしょうか?」

 少し踏み込んだ質問だったにも関わらず、ポールは柔らかい表情を変えることなく口を開いた。

「来月、東の国との交渉を任されることになったためです。あちらの国は結婚していないと一人前とはみなされません。ですからクロード様は交渉役を辞退しようとしたのですが……」

 言葉を濁すポールの様子を見るに、辞退出来なかったのだろう。おそらくクロードの結婚を促したいという国王の思惑が働いたのだ。

 貴族である以上、東の国との交渉以外にも結婚している方が円滑に進むことは多い。

「それで急いでお探しになっていたのですね。……ですが、私のような者が結婚相手ではクロード様の評判に悪影響ではないでしょうか? 私は社交界での交流もなく、人脈もないですし」

 ナタリアの声はだんだんと小さくなり、最後には消え入りそうだった。ポールと話しているうちに、ナタリアは自分が情けなくなっていたからだ。

 クロードが噂通りの冷血な婚約者だったら、こんな気持ちにはならなかっただろう。だが実際は非常に優しい人だったのだ。

(私は自分が家を出ることだけを考えてきたのに、クロード様は私のことを気遣ってくれた。私が彼にしてあげられることは何もないのに。私って本当に価値のない存在ね……)

 ナタリアが黙り込んでしまうと、ポールは真剣な眼差しでナタリアを見た。

「……確かにクロード様は早急に婚約相手を探しておいででした。しかし誰でも良いと考えていた訳ではありませんよ。どんな理由でナタリア様をお選びになったかは、私には分かりません。ですが、ナタリア様は望まれてここにいるのです。それだけは心に留めておいてくださいませ」

(私はクロード様に望まれているの? 今日初めて会ったばかりなのに?)

 ポールが嘘をついているようには見えなかったが、にわかには信じがたかった。

「出過ぎたことを言いました。……さて、そろそろナタリア様のお部屋にご案内いたします」

 ポールは雰囲気を変えるようにぱんっと手を合わせると、再びにこやかな笑顔でナタリアを部屋まで案内した。

 どうやら先程までの雑談は、部屋を準備するための時間を確保するものだったようだ。本当にスマートな人だとナタリアは感心した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

シナリオではヒロインと第一王子が引っ付くことになっているので、脇役の私はーー。

ちょこ
恋愛
婚約者はヒロインさんであるアリスを溺愛しているようです。 そもそもなぜゲームの悪役令嬢である私を婚約破棄したかというと、その原因はヒロインさんにあるようです。 詳しくは知りませんが、殿下たちの会話を盗み聞きした結果、そのように解釈できました。 では私がヒロインさんへ嫌がらせをしなければいいのではないでしょうか? ですが、彼女は事あるごとに私に噛みついてきています。 出会いがしらに「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな」と怒鳴ったり、私への悪口を書いた紙をばら撒いていたりします。 当然ながらすべて回収、処分しております。 しかも彼女は自分が嫌がらせを受けていると吹聴して回っているようで、私への悪評はとどまるところを知りません。 まったく……困ったものですわ。 「アリス様っ」 私が登校していると、ヒロインさんが駆け寄ってきます。 「おはようございます」と私は挨拶をしましたが、彼女は私に恨みがましい視線を向けます。 「何の用ですか?」 「あんたって本当に性格悪いのね」 「意味が分かりませんわ」 何を根拠に私が性格が悪いと言っているのでしょうか。 「あんた、殿下たちに色目を使っているって本当なの?」 「色目も何も、私は王太子妃を目指しています。王太子殿下と親しくなるのは当然のことですわ」 「そんなものは愛じゃないわ! 男の愛っていうのはね、もっと情熱的なものなのよ!」 彼女の言葉に対して私は心の底から思います。 ……何を言っているのでしょう? 「それはあなたの妄想でしょう?」 「違うわ! 本当はあんただって分かっているんでしょ!? 好きな人に振り向いて欲しくて意地悪をする。それが女の子なの! それを愛っていうのよ!」 「違いますわ」 「っ……!」 私は彼女を見つめます。 「あなたは人を愛するという言葉の意味をはき違えていますわ」 「……違うもん……あたしは間違ってないもん……」 ヒロインさんは涙を流し、走り去っていきました。 まったく……面倒な人だこと。 そんな面倒な人とは反対に、もう一人の攻略対象であるフレッド殿下は私にとても優しくしてくれます。 今日も学園への通学路を歩いていると、フレッド殿下が私を見つけて駆け寄ってきます。 「おはようアリス」 「おはようございます殿下」 フレッド殿下は私に手を伸ばします。 「学園までエスコートするよ」 「ありがとうございますわ」 私は彼の手を取り歩き出します。 こんな普通の女の子の日常を疑似体験できるなんて夢にも思いませんでしたわ。 このままずっと続けばいいのですが……どうやらそうはいかないみたいですわ。 私はある女子生徒を見ました。 彼女は私と目が合うと、逃げるように走り去ってしまいました。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

義母の連れ子の身代わりにされた令嬢は、獣人達の国で幸せになります。

山本みんみ
恋愛
 アルハザード家の公爵令嬢、カタリア・アルハザードが虐待と圧制に苦しむ中──ルミナ夫人は、カタリアにアリシアとしての新しい身分を与え、獣人の国ガルクラム大帝国に身代わりとして差し出そうとした。カタリアは声を奪われ、反抗することすら許されない状況に置かれ、実母は暗殺されたが、父親はそれに無関心だった。ルミナの加虐心の餌食となりながらも、カタリアは生き延びるために必死に耐え続けた。  一方、アリシアはルミナに溺愛され、我儘に育てられた娘だった。ルミナは、アリシアを手放さず、カタリアを代わりに送り込むことで自身の利益を守ろうとした。カタリアは自らの存在を隠し、助けを求めることもできずに、身代わりとしての運命に抗うが──

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

【完結】妹ざまぁ小説の主人公に転生した。徹底的にやって差し上げます。

鏑木 うりこ
恋愛
「アンゼリカ・ザザーラン、お前との婚約を破棄させてもらう!」  ええ、わかっていますとも。私はこの瞬間の為にずっと準備をしてきましたから。  私の婚約者であったマルセル王太子に寄り添う義妹のリルファ。何もかも私が読んでいたざまぁ系小説と一緒ね。  内容を知っている私が、ざまぁしてやる側の姉に転生したって言うことはそう言うことよね?私は小説のアンゼリカほど、気弱でも大人しくもないの。  やるからには徹底的にやらせていただきますわ!  HOT1位、恋愛1位、人気1位ありがとうございます!こんなに高順位は私史上初めてでものすごく光栄です!うわーうわー! 文字数45.000ほどで2021年12月頃の完結済み中編小説となります。  

処理中です...