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冷血伯爵
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心地の良い声色だが、どことなく冷たい印象の声だった。挨拶もなく短く伝えられた名前に、ナタリアは一瞬固まってしまった。
「……っ! ナタリア・グラミリアンです。よろしくお願いいたします」
「そうか、君がナタリアか……。突然の話だったのに受け入れてくれたこと、感謝する」
もっと冷たされると思っていたナタリアは、感謝されたことに驚いた。
「こちらこそ……私なんかではクロード様とは釣り合わないかもしれませんが、ご迷惑をおかけしないよう精進いたします」
ソファから立ち上がって頭を下げると、肩にふわりと手を置かれた。
「……そんなに畏まる必要はない。僕達はこれから夫婦になるのだから」
触れられた手は温かく、緊張していた身体がほぐれていくようだった。
母親が亡くなって以降、こんな風に優しく接してもらえたことがなかったナタリアは、思わず涙がこみ上げそうになった。
(こんなことで泣いたら、クロード様に変に思われるわ)
ナタリアが涙をぐっとこらえて顔をあげると、クロードの顔がすぐ近くにあった。
「あ、ありがとうございます、クロード様」
慌てて顔をそらしてお礼を言うと、クロードはスッと離れて対面のソファに座った。
「まあ夫婦になると言っても正式に婚姻を結ぶのは、もう少し先になる。しばらくこの屋敷で暮らして、ゆっくり慣れてくれれば良い。……もし無理そうなら遠慮なく婚約破棄してくれて構わない」
絶対に結婚して家を出たいと思っていたナタリアは、結婚破棄という単語に慌てふためいた。
「え……? 婚約破棄!? 絶対にありえません! ぜひ結婚していただきたく思います!」
ナタリアの必死さが可笑しかったのか、クロードは堪えきれないといったように吹き出した。
「ふっ……そうか。すまない、今のは冗談だ。忘れてくれ」
「じょ、冗談?」
冷血伯爵が冗談を言ったという事実にポカンとしてしまったナタリアだったが、クロードがいつまでも笑っているので、ナタリア自身もじわじわと可笑しくなってきた。
「ふふっ、分かりました」
(クロード様も冗談とか言うのね……私を和ませようと気を使ってくれたのかしら? 確かに冷たい印象もあるけれど、優しいし、噂と全然違うじゃない)
義母やエマの言うことをだから、信憑性が薄かったのかもしれない。ナタリアは二人の噂を信じたことを少し恥じた。
クロードはナタリアが笑ったことが意外だったのか、少し驚いたようだった。
「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」
真剣に頭を下げる様子は、冷血伯爵とは思えないものだった。その上、本当にナタリアのことを心配している声色だった。
あの二人の噂話より、目の前のクロードが本当の姿なのだろう。ナタリアはそう感じていた。
「私はあまり社交界に知り合いもいないですし、気になりませんわ」
「それなら良い。……そういえば、君を公の場で見たことはないな。パーティーに出ないのはともかく、公式行事でもほとんど見かけなかったと思うが……?」
不思議そうに呟くクロードを見て、ナタリアは背中に汗をかいていた。季節の行事や王家主催の行事にも参加させてもらえなかったことがバレたら、何を言われるか想像が出来ない。
せっかく舞い込んだチャンスなのだ。こんなことで婚約解消をされてはたまらない。
「えーと、公式行事はたくさんの人が参加されますから、私の顔など覚えていなくて当然ですわ」
「そうか? 僕は人の顔を覚えるのが得意なんだけれど、少なくともこの一年、君を見かけたことは一度もない」
「……」
「……」
「申し訳ありません。実は……」
クロードのまっすぐな瞳に耐え切れなくなったナタリアは、自分の境遇を洗いざらい白状した。
(こんな家柄の娘とは結婚できないと言われるかもしれない。けれど、いつかはバレることだわ。先に白状してしまって良かったじゃない)
そう思ってみても、クロードの反応次第で実家に帰されると思うと悲しくなった。ナタリアは、ギュッと目をつぶりクロードの言葉を待った。
「そんなことが……」
「……っ! ナタリア・グラミリアンです。よろしくお願いいたします」
「そうか、君がナタリアか……。突然の話だったのに受け入れてくれたこと、感謝する」
もっと冷たされると思っていたナタリアは、感謝されたことに驚いた。
「こちらこそ……私なんかではクロード様とは釣り合わないかもしれませんが、ご迷惑をおかけしないよう精進いたします」
ソファから立ち上がって頭を下げると、肩にふわりと手を置かれた。
「……そんなに畏まる必要はない。僕達はこれから夫婦になるのだから」
触れられた手は温かく、緊張していた身体がほぐれていくようだった。
母親が亡くなって以降、こんな風に優しく接してもらえたことがなかったナタリアは、思わず涙がこみ上げそうになった。
(こんなことで泣いたら、クロード様に変に思われるわ)
ナタリアが涙をぐっとこらえて顔をあげると、クロードの顔がすぐ近くにあった。
「あ、ありがとうございます、クロード様」
慌てて顔をそらしてお礼を言うと、クロードはスッと離れて対面のソファに座った。
「まあ夫婦になると言っても正式に婚姻を結ぶのは、もう少し先になる。しばらくこの屋敷で暮らして、ゆっくり慣れてくれれば良い。……もし無理そうなら遠慮なく婚約破棄してくれて構わない」
絶対に結婚して家を出たいと思っていたナタリアは、結婚破棄という単語に慌てふためいた。
「え……? 婚約破棄!? 絶対にありえません! ぜひ結婚していただきたく思います!」
ナタリアの必死さが可笑しかったのか、クロードは堪えきれないといったように吹き出した。
「ふっ……そうか。すまない、今のは冗談だ。忘れてくれ」
「じょ、冗談?」
冷血伯爵が冗談を言ったという事実にポカンとしてしまったナタリアだったが、クロードがいつまでも笑っているので、ナタリア自身もじわじわと可笑しくなってきた。
「ふふっ、分かりました」
(クロード様も冗談とか言うのね……私を和ませようと気を使ってくれたのかしら? 確かに冷たい印象もあるけれど、優しいし、噂と全然違うじゃない)
義母やエマの言うことをだから、信憑性が薄かったのかもしれない。ナタリアは二人の噂を信じたことを少し恥じた。
クロードはナタリアが笑ったことが意外だったのか、少し驚いたようだった。
「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」
真剣に頭を下げる様子は、冷血伯爵とは思えないものだった。その上、本当にナタリアのことを心配している声色だった。
あの二人の噂話より、目の前のクロードが本当の姿なのだろう。ナタリアはそう感じていた。
「私はあまり社交界に知り合いもいないですし、気になりませんわ」
「それなら良い。……そういえば、君を公の場で見たことはないな。パーティーに出ないのはともかく、公式行事でもほとんど見かけなかったと思うが……?」
不思議そうに呟くクロードを見て、ナタリアは背中に汗をかいていた。季節の行事や王家主催の行事にも参加させてもらえなかったことがバレたら、何を言われるか想像が出来ない。
せっかく舞い込んだチャンスなのだ。こんなことで婚約解消をされてはたまらない。
「えーと、公式行事はたくさんの人が参加されますから、私の顔など覚えていなくて当然ですわ」
「そうか? 僕は人の顔を覚えるのが得意なんだけれど、少なくともこの一年、君を見かけたことは一度もない」
「……」
「……」
「申し訳ありません。実は……」
クロードのまっすぐな瞳に耐え切れなくなったナタリアは、自分の境遇を洗いざらい白状した。
(こんな家柄の娘とは結婚できないと言われるかもしれない。けれど、いつかはバレることだわ。先に白状してしまって良かったじゃない)
そう思ってみても、クロードの反応次第で実家に帰されると思うと悲しくなった。ナタリアは、ギュッと目をつぶりクロードの言葉を待った。
「そんなことが……」
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