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ファースト・シーズン

誕生祝賀夕食会

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 少し不謹慎かも知れないとは思ったが、自室に入った私はグレンフィデックの18年ものをハーフフィンガーだけ、グラスに注いで煙草に火を点けた。

 コンピューターに命じてエア・コンディショニング・レベルを3つ上げる。左腕のクロノ・メーターを観ると夕食休憩時間まで、110分だ。これでは訓練に戻った処で大した事は出来ないだろう。

 端末を取り出して、シエナに繋ぐ。

「はい、シエナです」

「副長、悪いがデプリの密集宙域に向かってくれ。もう少ししたら、そちらに戻る」

「分かりました」

 通話を切って端末を仕舞う。8分で呑み終わって喫い終わったので、顔を洗って自室を出た。

 ブリッジに上がるとキャプテン・シートには座らず、操舵席の前まで歩いて行って振り返る。

「聞いてくれ。夕食休憩時間まで、もう100分も無い。今から訓練に戻っても大した事は出来ないだろう。それに先程の戦いを無傷で凌げた、と言うこの一点だけを採っても今日の訓練成果としては、もう充分だと思う。よって本艦を密集デプリゾーンに隠せたら、予定を前倒しして夕食休憩時間に入り、誕生祝賀夕食会を開催する。以上だが、質問は? 」

「どうぞ、お座り下さい。アドル艦長」

 その言葉と共にシエナ・ミュラー副長が優美に立ち上がって、キャプテン・シートを私の為に空けてくれる。私は彼女の顔と眼を視詰めながら席に着く。

 探知した適切なデプリ密度の暗礁宙域には、それから30分で進入した。注意深くデプリの隘路に艦体を進めて停止させる。エンジン停止後、左右両舷・艦首艦尾のロケット・アンカーを全8本発射して艦体を固定し、熱光学迷彩とアンチ・センサージェルも展開して、予備パワージェネレーター・グリッドだけを活かし、サイレント・モードに入った。

 センサー・システムと警報システムだけをリンクさせて活かし、私は全クルーに対して250分間の休暇を与えた。

 その後に開催された、天体精密観測室で分析スタッフのひとりとして就いてくれた、ミア・カスバート嬢の誕生祝賀夕食会では私を含む全員が、存分に食べ・呑み・祝い・歌い・踊り・舞い・騒いで、徹底的に楽しんだ。新品の物に張り換えたギターの弦を2本も切る程に弾きまくった。

 勿論、料理も酒もバースデー・ケーキも絶品のものばかりで、本当に大変に満足した。

 250分間はあっと言う間に経過し、その後20分間を経て『ディファイアント』は艦内標準時で21:00からナイトタイムに入った。

 私は全員の休暇を100分間延長して体調の回復・安定化に努めるよう通達を発し、その間の行動には自己責任での自由裁量を認めた。

 100分が経過してから更に10分後の艦内標準時22:50分、メイン・スタッフとサブ・スタッフの全員が艦長控室に集合している。

「23:45から入港シークエンスに入り、23:55分には入港を完了する。各員は55分間で、詳細な日誌を記録しつつシステムチェックも終わらせてくれ。補給支援部長は補給要請品目録を確定して送信。生活環境支援部長は改良・改善要請点目録を確定後に送信。カウンセラーは全クルーに於ける心理動向推移の中で、懸念する点を挙げて報告。副長と参謀と参謀補佐とで、これらの日誌や報告を取り纏めて分類し、結果を私のPAD に挙げてくれ。それで入港シークエンス開始だ。質問は? 」

 発言は無かった。

「無ければ解散だ。落ち着いて始めてくれ」

 私1人を艦長控室に残して、全員が退室した。その後私は45分間控室でデスクに着いていたのだが、流石に皆速い。43分で総ての日誌と報告が、私のPADに挙げられた。

 入念に顔を洗い、身嗜みを整えてから私も控室から出て、キャプテン・シートに座る。

「状況報告」

「総て完了しました。いつでも発進出来ます」

「了解。アンカーを離脱させて回収。アンチ・センサージェルと熱光学迷彩を解除。サブエンジン始動。微速発進、0.4。密集デプリエリアから抜けてくれ」

「了解」

 『ディファイアント』は生気を取り戻したようにゆっくりと動き出す。密集デプリエリアを7分で抜けた。

 ここで入港前にやろうと決めていた事に取り掛かる。

「コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュケーション! 」

【コネクト】

「ライブラリー・データベースにアクセス」

【アクセス】

「グループ名『リアン・ビッシュ』、楽曲名『SERENATO』、ボリューム7で再生スタンバイ」

【スタンバイ】

「続けて再生プロセスをコミュケーションアレイとリンク、全ゲームフィールドに向けて、通常音声平文発信用意」

【完了】

「ブリッジより全乗員へ、こちらは艦長だ。これより『ディファイアント』は入港シークエンスに入るのだがその前に、この2日間を無事に生き延びて充分に成果を挙げての入港である意味での宣言に換えて、この曲を全宙域に流す。艦長としてクルー全員に対しては、深い感謝を捧げるものである。では、スタート! 」

 物悲しい切々としたアコーディオンの調べがイントロを支配する。お互いに惹かれ合う魂とそれを宿す存在が、旅を続けて故郷に帰り着けるや否や。『ARIA』もそうだが、切々とした物悲しい調べの中で、しっかりとした力強さをも感じさせるこの『SERENATO』も『リアン・ビッシュ』4人での素晴らしいハーモニー・コーラスとして艦の内外に響き渡る。

 『リアン・ビッシュ』の4人は『ARIA』の時程に驚愕はしなかったが、4人ともそれぞれの部所で入港に向けて待機しながら、眼を見開いて静かに涙を流しつつ聴いている。

『サライニクス・テスタロッツァ』

「ハイラム艦長、歌が聴こえます」

「同じグループか? 」

「はい、『リアン・ビッシュ』です」

「マージョリー、音源の位置を特定してくれ。そこがここからそれ程に離れていないのなら、昨日の朝、出航して2曲目に歌を流したのも『ディファイアント』だ」

「判りました。近いです。第5戦闘距離の486倍です」

「やはりそうか。結構近くにいたな。アドル・エルク艦長。出来れば次に遭って戦う前に、1度直に逢ってみたいものだ」

『ディファイアント』

「それでは、これより入港する。運営推進本部に向けて入港準備完了、許可を乞うと送信してくれ。入港許可コードを受信したら、メインゲート・コントロールに向けて、それをそのまま送信してくれ」

「了解。運営推進本部に対して入港申請を送信」

「運営推進本部から許諾コードが付与されました。そのままメインゲート・コントロールへ送信します…回線が繋がりました! 映像と音声でこちらに呼び掛けています」

「回線を同期。メインビューワへ」

メインビューワが点灯し、弊社営業本部長を細面にして30kg痩せさせて、少し柔和にしたような男性が映し出された。

「こちらはメインゲート・コントロール。貴艦の艦籍番号と艦種と艦名、艦長の姓名とアクセス承認コードを口頭にて申告されたい」

「062363、軽巡宙艦『ディファイアント』、私が艦長のアドル・エルクです。アクセス承認コード・αC2ΘX9」

「確認しました。入港申請を承認し、許可します。お帰りなさい。お疲れ様でした。ご無事でのご帰還をお祝い申し上げます。以上」

それだけで、映像通話は途切れた。

「艦首前方700mでメインゲートが開き始めました」

「入港シークエンス、開始」

「了解、微速推進0.6でゲートに向かいます」

「コンピューター、再び艦内オール・コネクト・コミュニケーション! 」

【コネクト】

「ブリッジより全クルーへ。こちらは艦長だ。もう間も無く、最初の2日間が終わる。本当にご苦労だった。君達の協力と奮闘には感謝の言葉も無い。入港してポートに接岸してガントリー・ロックを掛けたら、予備パワーを残して総て切る。もう夜も遅いから気を付けて退艦し、帰宅して欲しい。自室に残せる物は総て残して、必須アイテムだけは厳重に携えて退艦してくれ。そしてまた、今週土曜日の朝には元気に再会しよう。繰り返しになりますが、全員本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。アドル・エルクより、以上」

「メイン・ゲートに進入します。ポート接岸まで40秒」

「シエナ? 」

「はい? 」

「お疲れさん」

「お疲れ様でした」

「長い2日間だったな? 」

「ええ」

「早く寝ないとな。明日も仕事だ」

「そうですね」

「ポートに左舷接岸20秒前。最微速接近。接岸に於いて危険は認められません」

「4.3.2.接岸、しました」

「ガントリー・ロック、架かります」

「『ディファイアント』入港完了しました。艦内標準時、23:48 です」

「OK 、全エンジン停止。全システム、予備パワー・グリッドを残してシャットダウン。左舷ハッチ解放。タラップ降ろせ。全員に退艦を許可する。気を付けて帰宅してくれ」

 立ち上がって、軽く伸びをする。それ程でもない筈だが、やはり疲れているようだ。

 センサー・シートの底からタラップを伸ばし、センサー・チームの3人に手を貸して床に降りるのを手伝う。全員が喜びの笑顔でハイタッチとハグをし合う。私はブリッジ全体をゆっくり眺め渡すと、ひとりでそこを後にして自室に向かう。

 自室に入ると艦長の襟章を外してデスクに置き、脱いだ服の総てをランドリー・システムに放り込んで、オート・タイマー・スタートをセットする。

 ちょっと念入りにシャワーを浴びる。帰宅したら寝るだけだ。そんな暇はない。

 上がると下着を着けて、乗艦する時に着ていたスーツを着てコートを羽織る。

 持ち込んだ私物は、持って帰らない。それどころか、今週の木曜日にはまた新たに持ち込む必要がある。

 デスクに着いて、ゆっくりと煙草を燻らせる。コートのポケットに3種の必須アイテムを入れる。

 煙草の火を揉み消してから、襟章を持ち上げて、またゆっくりと置く。髪を整えてから自室を後にした。

 エアロックに入るまで、艦内では誰とも行き合わなかった。もう皆、降りたのか?

 タラップに立って下を観ると、皆ポートからこちらを観て手を振っている。待たなくても良いのに。

 降りて皆と合流すると皆に取り囲まれたのだが、『リアン・ビッシュ』の4人が泣き顔で抱き付いて来た。

「…ありがとうございました、アドル艦長…本当に嬉しかったです…」

「こちらこそだよ。喜んでくれて好かったよ。『SERENATO』は入港前に流そうって決めていたからね」

 ハグしてくれている4人の頭や肩や背中を撫でて、身体を離す。すると、エマ・ラトナーが腕を絡めて来た。

「お疲れ様でした、アドルさん。私が送りますので、行きましょう! 」

「えっ! 君の方が疲れているだろう?! 早く帰って寝なさい! 」

「大丈夫です! 多少は疲れていると思いますが、興奮していて落ち着けそうもありませんので、任せて下さい! 」

「副長、何とか言ってくれ? 」

「アドルさん、エマがこのような状態の時には、任せても大丈夫だと思います。時間もありませんし、行きましょう」

「そうは言ってもな」

「アドルさん、私達が同乗します。何か変化があれば直ぐに代わりますから、行きましょう? 」

 そう言ってフィオナ・コアーとカリッサ・シャノンが前に立ったので、それ以上は言わずに少し息を吐いて任せることにした。

 撮影セットを出てセキュリティ・センターに寄り、当直の警備主任から預けていたPIDカードと携帯端末と、車のスマート・スターターを受け取って外に出た。

 そこで改めてその場にいた皆と握手を交わし、暫しの別れを告げる。

 それぞれマネージャーが迎えに来ていたので、彼等に挨拶をして彼女達の後を託した。

 その後帰宅する迄は、同乗の3人に任せた。

 社宅に帰着するとエマが私の車をガレージに入れて、3人とも直ぐに帰った。

 少し朦朧とする感覚でモーニング・アラームをセットし、服を脱いでベッドに入った。
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