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鬼の首19
しおりを挟む懐かしい匂い。
懐かしい場所。
温かい空気。
いてもいいのだと認められている気分になれる時間。
ぼんやりと座っている。
何をしていただろうか。
思い出せない。
幼い啓一郎の前には、父が座っている。
幼い。幼い?
父が座っている?
ふと、何かノイズが走った。おかしなことが起きているような。違ったような。
『どうしたんだい?』とでも言いたげに覗き込んだ父の顔。
いいや、なんでもないよ、と返すと、そうか、とゆっくりと笑みをつくった。
何もおかしいことなどない。啓一郎にとって、それは見慣れていた景色なのだから。
見たいものが映っているわけでもないテレビを見る。
ザーザーとホワイトノイズ。
まるで、蠅が笑っているようだ。
チャンネルを変えるとホワイトノイズ。
どこを切り取っても、面白い映像など映りはしない。
お前に見せるモノなどないのだと言われているようで腹が立つ。
ぶ、ぶ、と途切れるような音と共にやっと映像が映る。
ホワイトノイズに乗るようにして映る白い影。
これはなんだろうと考えながら啓一郎はよく見る。
見覚えはなかった。
『もっとうまくやれたらと思っているだろう?』
白い影が喋る。
まるで、こちらに喋りかけるように。
『もしかしたら、母がいないのも父が早世してしまったのも自分のせいではないかと思っているだろう』
それは。
それは、思っているというか、事実だ。
啓一郎は思う。
実際、己がいなければ生きていた確率方が高いのだと。
『上手くふるまう事ができなかった。思い切りやってしまった。考え無しだった。そも、生まれた時に』
不快。
画面に拳を叩きつける。
しかし、思った通りの威力は出ない。何か正座でも長時間していたかのようなしびれが全身に走っている気持ちで、どうにも力が入らないのだ。
殴りつけた感触自体も、どこかふんにょりとして柔らかいもののようだ。
ぽわん、と跳ね返されるように、拳はその振るわれた意味をなさない。
叫ぼうとする。
それも、どこか空気が抜ける風船のように入れるべき所に力が入らず、何を言っているのかわからぬ小さな声にしかならない。
父が笑っているのが見えた。
『周りの人間がとても弱弱しく見える。まるで、別の生き物みたいに』
小さいころ。
小学校。
同級生も、上級性も。
全部が全部、どうしようもなく脆いものに見えた。
子供のころは無意味に根拠のない万能感に陥りやすい、という事は知っているが、そういうのではない。
考えとしては傲慢だが、1ランク劣った生き物でしかないようにしか思えなかったのだ。
『可哀そうと憐れんだ』
何せ、こちらが強く当たれば容易に壊れてしまいそうなのだ。
『怖がられた』
納得。そちらからも違うように見えるのだろう。
『それでいいのか、という疑問が湧いた』
父。
優しくしてくれた父。
家族でいてくれた父。
母を奪った存在なのは間違いないはずなのに。
周りと同じ己よりも弱いはずの存在なのに、とてもそう思われるのが苦痛に思った存在。
父が笑っている。
笑って、立ち上がって、ホワイトノイズが走るテレビを蹴り飛ばした。
大きな音を立てて、テレビが飛ぶ。火花が焦げ臭いにおいと一緒に線香花火のようにはじけている。
『いい父だねぇ? それを君はなくしたわけだけれど』
父が、拳を画面にたたきつける。
勢いの乗った拳は、されどもその画面を割るには至らなかった。
ホワイトノイズの影が、目も口も見えやしないはずなのに、いやらしく笑ったように見えた。
『君は間違ってなんかいないさ。事実、君は他の人間とは違う。もっと先に進んだ形だ。完成品ではないなりそこないではあるけれど、それでも今までのものとは一線を画す存在なんだ。そう思っても仕方がない事なんだよ。そうあるべく生まれたのだから』
父が画面に拳を落とし続ける音が響く中でも、声は関係なくはっきりと聞こえ続けている。
『父親に執着すべきじゃなかったねぇ。切り捨てやすいようにできているのだから、そうあれば君は苦しむことも悩むこともなかったのに。すっきりとした気分で生きれたし、君はそうする権利があったし、そうしたほうがお互い幸せだったんじゃない? 君はもっと楽しく生きれたし、君の父親はやめたくないものをやめずに、さらにはもっと生きることもできた』
泥。
言葉が泥のように入っていく気分。
嫌なものだと思うと同時に、啓一郎にはある種の納得感もある。
確かに。
同じだと思えなかった。
同じ生き物なのだと。だからきっと、父がいなければ、何かあっても切り捨てる場面にあったとして、心は露ほども痛まない存在であったかもしれないと。
小さいころから、どうしても集中しなければ名前を覚えられないのは。
深く仲良くなることへの恐怖の他にも、同じように見えてしまうからでもあったのだと。
今はだいぶましになってきたけれど、昔は、まるで、別の動物の顔でも見ているように。
人間に、よほど見慣れなければ犬猫の細かな違いが判らない人が多いように。
『そうとも、今からでも遅くないもっと楽しくやろう。後悔を繰り返さなくてすむようになるさ。そのための力だって――』
途中で大きくテレビが遠く離れていく。
父が投げ飛ばしたのだ。
ひと際大きな音が鳴った。
父が振り返る。その顔は笑っている。安心させるような笑みだ。
自分がそんなつもりはなかったけど、『そんなに申し訳なさそうな顔はしなくていいんだよ』といいながら撫でてくるのだ。
目の前の父は啓一郎に言葉を吐くことはなかったが、撫でる動作は同じ。
昔のままだ、と思った。
「夢か」
出た声は、大学生の今のまま。
『せっかくのチャンスをつかまないつもりかい?』
なくなったテレビ。
しかし、どこからかまだ声は聞こえてきていた。
誘惑するような声。
「父さん。友達ができたよ」
そういうと笑ったままだが、褒めてくれたような気がした。
『駄目かぁ。残念』
夢だと自覚できた時点で啓一郎にはその声は価値がないものだった。
どうでもいい声を無視して、せっかくだから夢でもいいからと報告していると、声はそこまで残念でもなさそうな様子で残念がった後、その気配をするりと消した。異物感が消える。己の夢であるのに、まるで別の場所から無理やり除かれていたような不快感があったのだと、その時初めて気が付いた。
「……よくわからない夢だな」
わが夢ながら、と啓一郎は思う。
しかし、総合的に見れば悪い夢でもなかったかもしれないと、全てが溶けて白くなっていく中で思ったのであった。
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