十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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鬼の首15

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 もう随分と本格的には試していないけれど、もう1回試したくなった。良かったら、協力というか、見ててくれなかな。
 そういった竹中に、啓一郎は1も2もなく頷いて、了承を示した。
 結果――数日後、目の前で急に倒れた。
 呪いだ、そう言っていた理由がよくわかる理不尽な倒れ方だった。

 予兆もなかったはず。
 急に発熱し、ろくに身動きが取れないほどにいっきに体力がなくなっていた。
 何かに吸い取られでもしたかのように。
 辛うじてといった調子で立ち上がった竹中は、はははと乾いた笑いを出した。無理もないと啓一郎は思う。
 こんなものが続いているのなら、確かに鍛えられなどしない。

「……悪かったよ。今まで、もやしなんていったりしてきて」
「……それは、別にいいんだよ? 自分からネタにしていて怒ったりしたら理不尽すぎるでしょ。冗談めかしていたほうが、まだ救いがあるじゃん。シリアスに悩んだらなおさらべこべこになっちゃうよ。そうだろ?」

 病院に行ったところで無駄だから。
 自室で寝ていれば、治るよ竹中は苦しそうにいった。
 感覚的には重度のインフルエンザに罹ったようなものらしい。
 啓一郎は、風邪にもかかったことがないので今一その表現はわからなかったが、見るよりも辛そうだということくらいは理解できていた。
 寝かせた竹中は、啓一郎が思ったよりも明るいように見えた。

「少し、救われたんだ。絶望じゃないと、思いたいな」

 ふぅふぅと息を整えるのも苦しそうだ。
 何度このようなことを繰り返したのだろうか。
 慣れてしまっているように見えた。
 苦しみを軽減できていることを喜ぶべきなのか。
 それとも、対処できるようになるほどに繰り返しても目的に達せない事をこそ悲しむべきなのか。

「救われた?」
「うん。本来なら……今までだったら、というかここ数年は、考えた瞬間、ダメになってるはずだから」
「……そういえば、そういっていたな」
「今回は、なぜか数日持ったんだ……たまたまなのか、よくなってるのかはわからない。けど、希望が見えたんだって思いたい。諦めなくても、いいんだって」

 はは、と笑う声は乾いていた。
 乾いていたが、絶望しきりというわけではなかった。
 何故。
 と、啓一郎は思う。
 初めから、竹中が嘘を言っていたとは思っていなかった。
 体調を崩すといったのだから、何が原因なのかは知らないがそうなるのだろうとは信じていた。
 だが、想像よりもずっとおかしな体調の崩し方で、症状だって重い。

 竹中が浅井に好意を抱いているという事は、啓一郎にもすぐわかったことなのだ。
 好きな異性よりも、格段に弱い。
 それは、ある種の男にとって確かにコンプレックスになることだろうとは思う。
 神田町は身体能力がおかしいが、浅井は身体能力自体はそこまで過剰にいいというわけではない。平均よりは力はあるかもしれないが、その程度でしかないのだ。
 相手はプロだから、鍛えているのだから等という理由もなく。

 ただただ、弱くて負けている。
 平気だというものもいるだろうが、平気でないものにとってそれは確かに重圧たり得るだろう。
 ただ、当たり前のように庇われたり守られたりするというのは、下手をすれば例え同性で自分より強いとわかっているものであっても年頃の男という生き物ならプライドが削られてなんら不思議ではない事だから。
 それが好意を持っていて、好きだと思っている異性ならなおさらなことだろう。

 それにしたって、である。
 それにしたって、こんな風に意味の分からない状況があるのなら『仕方がない』と思ってそれも不思議ではないのだ。不思議ではないというか、諦めて当然といえると啓一郎は思うのだ。
 物理的に不可能な状況に繰り返しなれば、それはどうしようもないではないかと。
 状況に反して、竹中のそれは啓一郎には切実すぎるように見えた。

「なんでだ?」

 問うた言葉は、気持ちは籠っているものの、言葉としては色んなものが省かれすぎていた。
 それでも、なんとなくわかるものはあったのだろう。
 竹中は少しぼんやりとした目で苦笑して、うーん、と唸った。

「選べないことで、後悔を、もうしたくないんだ」
「後悔」
「そう。後悔……別に、強くなったから、劇的に何か状況が叶うとか、願いが叶うとか、そういうことはないってわかってるよ。後悔しなくなるわけじゃないことだって、わかってる。力があればハッピーだ! なんて思ってない。
でも、今のまんまじゃ俺は、ふられて気持ちを切り替えるなんてことすら許せないんだ……」
「フラれる前提なのかよ」

 話すうちにうわごとのようになっていく。会話ではなく、独り言じみていく。

「強くなりたい。弱いままでいたくない。だって、心までそのまま脆くなっていきそうなんだ……」
「精神的にはそんなに弱くはないだろ。俺らみたいなのと付き合えてるんだから」
「弱いままなんだ。俺は。結局、いざという時に、勇気を出せないままなんだ……出せるビジョンが、まるでないままなんだよ。俺はただ、結果がどうあれ、胸を張れる選択肢を選べるようになりたいって……そう……」

 言っている意味は分からない。
 耐えられなくなったか、返答が聞こえているかもわからずぶつぶつとつぶやきだした。
 啓一郎にわかるのは、強い後悔があるということ。
 昔、恐らくは浅井か神田町が関わる何かにおいて、後悔が残る選択をとってしまったということころだろうという事。それがトラウマかそれに近いものになっているのだろうというのが見えた。
 物理的に強くなれば、それが解決するわけではない。
 竹中もそれは理解している。

 ただ、気持ちがわからなくもないのだ。
 何か、自信を持ちたいのだ。
 強さという指標は、わかりやすい自信になるらしいことを、啓一郎は逆に怯えられることで知っている。
 なにせ、自信満々に見えたものが啓一郎という己より格上の存在を見ることであまりにしぼむように自信喪失する様を何度も見てきたのだ。

 きっと、強さ自体のあこがれもあるのだろうが、いざという時に後悔しない選択肢を選べる支柱が欲しいのではないか、と啓一郎は思った。それとも、その選択肢が取れなかった経験というものが、力が何か必要か、力があれば何かできたと思うよな出来事だったのかもしれない。
 呟きも止んで、眠ってしまった竹中を見る。
 己の体をなんとなく見下ろす。
 他の人間と比べて、明らかに異常と呼べる肉体と才能を持っているだろう。
 きっと、啓一郎が竹中がいう、欲している以上の力を持っている。

(例え壊せないような壁を物理的に破壊できようが、友人になろうとしてくれる人間の望みを上手く手伝う事すらできないのだな)

 ないものねだりでしかない。
 むしろ、オカルトのような状況で何かできる人間のほうが少ないという事はわかっている。
 わかってはいても、自嘲してしまう事をしばらくやめられそうにはなかった。
 
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