十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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鬼の首11

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 勝手に怖がっては離れていく人ばかりがよってくる啓一郎。
 欲望まみれの人ばかりがよってきたらしい神田町。
 2人はどこか似ている。

 違いはといえば、それでも長年友人といえる関係のものがいるかいないかだが、根底のあるのは同じだ。
 1人でも生きていけるが、他人を必要としないわけではない。他人といるのが嫌だったわけでもない。
 自分から拒絶したかったわけでもない。
 チャレンジをしなかったわけでもないのだ。最初から、諦めていたわけでもない。今なお、完全にあきらめきれているわけでも。
 きっと、どこかで期待というものを持ち続けていたという所も、2人は似通っていると言えた。

 もしかすると、竹中や浅井――は付き合いかもしれないが――がよってきているのは、そういう部分を見抜いたからかもしれないと今更ながら啓一郎は思った。
 啓一郎は、他人が恐怖しているかどうかがわかる。
 神田町は、他人が害意を抱いているかどうかがわかる。
 啓一郎にとって、恐怖しながら近づき続ける者も、恐怖自体が薄すぎるものも経験がなかった。
 神田町にとって、害意も好意もわからないもの自体が経験がなかった。
 0からの人間関係というものを、お互いに知らないのだ。

 だって、いつだってマイナスからのスタートしか与えられなかったのだから。
 それは、どこか今までとは違う恐怖だったのかもしれない。
 普通の人間は生きている中の人間関係で当たり前に抱いている感情だ。
 何を思っているのかも、何を言って拒絶されるかどうかもわからない。
 神田町は、きっと期待して、期待しすぎているかもしれない自分に気付いて耐えきれなくなったのだ。
 きっと、2人分、啓一郎より耐えきれなかった。

「勘が働かないなら、結局試してもわからないんじゃないか?」
「その気持ちを強くできれば、感じ取れるようになるかもしれないじゃないですか。触れれば感度も増しますし」
「触る?」
「なにボディタッチをいきなり求めてるんですか、セクハラですよ」
「お前さっきから理不尽過ぎない?」

 子供のようだ、と自分を棚上げして啓一郎は思う。
 わからないから、でも期待があるから、なんとなくつついてしまう。
 きっと、わからないから興味を思ったけれど、わかるのも怖いのだ。怖くなってしまったのだ。
 それは、思ったよりも近づきすぎてしまったから。
 不快でなかった――楽しかったという感情を共有していたと思うと、どっか気恥ずかしくなる。
 こん、と壁を叩く。

「ここかな」
「はぁ?」

 目の前には、少しひびが入った壁がある。
 とはいえ、普通に人が壊せるような強度ではないことは明らかだった。
 明らかだったのだが――

「おぉ?」

 啓一郎が、地響きが聞こえる錯覚がするほどに深く踏み込み、別々の場所を数度殴りつける。
 ぴしり、と硬質な何かが割れる音が響く。

「おぉ!?」

 そして、1息。
 呼吸を整えた後――思い切り放った前蹴りは、徒手空拳で破壊するには無理があると思われた壁を当たり前のように粉砕した。
 結果、人が通れるくらいの穴がそこにはできる。

「ナイス筋肉バルク……!」
「お前驚く言葉はそれでいいのか? それとも思いのほかびっくりして混乱してるのか……?」

 崩れた瓦礫でたった埃から逃れるように少し離れた場所にいた神田町に近づく。さすがに手の方は無傷とはいかないが、動かせないほどの損傷を受けているわけでもなかった。耐久度も規格外である。
 びく、と反応した神田町の手を、そんな手で無造作にがっしり掴む。

「どうよ」
「……なんですか、セクハラですよ。そういうの、厳しいんですからね、最近」

 絞り出された言葉は、何も変わらないものだった。
 特に恐怖もない、いつも通りの。
 ただ、よくは見えない視線だけは、いつも通りの珍獣を見る目ではなくなっている気がした。
 勘というものが何を指すのか、本当なのかも啓一郎はわからない。
 ただ、自覚してしまった部分もあって、わからないなりに一歩踏み出しただけだ。

「――まぁ、御覧の通り俺は昔っから健康優良児で体が強くてね。お前がいう不幸に巻き込まれた程度で壊れるほど軟な体してないんだよ。見ろ、お前はゲロ女への進化に成功していたが、俺は全くの無傷だ」
「ゲロ女は訂正してくださいよ。祥子ちゃんとかにいったらしばきますからね」
「珍獣のような目で見ていた分と相殺だな」
「利息が高すぎるのでは?」

 触れた手を離そうとしないのは、何かが伝わったからだろうか。
 言葉にせずとも伝わることはあるとは思っているが、言葉にせずには伝わらないことの方が多いのだという事を啓一郎は知ってもいる。

「明らかにお前が悪くてめんどくせぇことに巻き込んだってんなら奢らせるくらいはするし、ムカついたら頭小突き殺すくらいはするかもしれんが、別に引きずるほど気にしなくてもいい。
どれだけ続くか知らんが、オトモダチ続けて近くにいる限りは、ほどほどに物理で解決を手伝ってやらんでもないさ」
「……はは。じゃあ、お手伝いさせてあげますよ。馬車馬の如く働くことを許しますね? 良きに計らってください」
「なんだその鬼の首とったかのようなドヤ顔は。あと、わかりやすく下心感じたいならそういう所治したらいいと思うよ。見た目は悪くない……はず? 多分。おそらくそうだから……?」
「そこは言い切るところなのでは?」

 何か、特別解決したという訳ではない。
 それでも、普段のような空気にもどった感じは悪くはない。
 普段のように調子づいてきたような神田町にいらっとして、空いている方の手で裏拳を頭に落とす。

「あいたー! すぐ手を出すとこは減点なんですからねぇ!」
「すぐ手を出すとは人聞きが悪い……加点したの聞いたことないから、俺はマイナスの塊だなぁ。だったら今更気にする必要もないだろう」
「開き直りっていうんですよそれは」
「直ったならいいことなのでは?」
「減らず口もマイナスですからね」

 少しは離れた場所から驚くような声が聞こえる。
 近くには、どうやら2人も来ているらしい。
 ふ、と思わず漏れたような笑いが、2人分響いた。
 
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