十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
上 下
156 / 296

あい すてる らぶ うー5

しおりを挟む

 破裂。
 千都子がそうであったように、その瞬間は唐突に訪れた。
 きっかけがありさえすれば、いつだっておかしくはなかったことだ。
 何より多感になる時期だということも少なからず。
 積み重なって、積み重なって、やっとそれを下ろすことができるかもしれないという希望を持ってしまったからということもある。

 もし、千都子でなかったら、希望を抱かなければ、その重さも『いつものことだ』ともうしばらくは流せていたかもしれない。
 『この荷物をもう少し軽くすることができるかもしれない』『もしかしたら、半分以下にも』そんな希望を持ってしまってはもう駄目。
 ずっしりと、その瞬間に自分が背負い込んでしまっているものの重さを感じてしまって。
 『どうして自分がこんなもんを持ってなきゃいけないんだ』と。

「なんでだ!」

 部屋。
 いつも通りの。
 流れさえ、最近の定番の。
 少し冗談めかして、しかし本気で、不器用に口説くような誘うような、ねだるような。

 そんな会話で、海という少年は、若き日の千都子と同じく破裂した。
 感情に振り回されるように、どん、と千都子の肩を殴るように押す。
 やってしまったやってやったというその顔は、わかりやすいほどで千都子にもよく見て取れるほどのものだった。
 それはきっと、千都子にも覚えがあったから。

(私も、きっと同じような顔をしていたから、わかるんだろうな)

 すっきりした泣きたいような顔。
 一瞬唖然として、それでももう止められない。
 自分でも、どうしていいのかわからない。感情に振り回される。
 きっと、やったことがないのだ。
 千都子自身そうだったから、なんとなくわかるのだ。

 怒りとは。
 感じても、ずっとずっと、自らの内に押し込めて、表では笑うものだったから。
 それを表に出したとき、こんなにも手綱を握れなくなるものだなんて、知らないのだ。知らなかったのだ。この時に、初めてそれを知ったのだ。
 千都子には怒りはなかった。
 ただ、少しだけ、悲しい。

「あんたはあいつを知っても俺を見ただろうが。
なんだかんだ、突き放しもしねぇじゃんか! 
じゃあなんで受け入れたんだよ!」

 あいつ、とは誰だろうか。
 思い返す時間がいるほどに、千都子にとっては心当たりがない。
 きょとんとしてしまった千都子には構わぬまま、海は激情のままふるまう。

「見ろ! 俺を!
あいつは出ていったんだよ! 身の程を知って。家族なんかじゃないってわかって。
なのに、さんざっぱら鬱陶しいといって、そういう目で見ておいて、いなくなったとたんに『もっと優しくしていれば』? そんなにいい人間ぶりたいのかよ。俺を見るより、そんなことがよっぽど楽しいかよ……!」

 そこで、誰の事かがわかる。

(あぁ、家から出ていった兄らしいという存在の事か――あぁ、優秀であったらしい。なるほど)

 なんとも、むなしい話だと思う。

(類は友を呼ぶ、なんていうの。こんなことで体験させてくれなくっていいのに)

 どこもかしこも。
 問題ある家庭環境ばかりか、と千都子は思う。
 別れて少ししかたっていない人も、ある意味そうだったと思う。
 前時代的な、女に跡取りを作ることを望むような実家だったこと。迷ってはいたが、結局それに従うしかできなかった人の事を思い出す。

(どこにいっても、縛られるの? あぁ、踏み外したら――)
「父さんは、ふと俺の成績を見て『あいつならもっとやれていた』って顔をまだする! あんなに嫌っていたくせに!
母さんは、ふっと物憂げな顔して名前を呼んだりする! 自分から離れていたくせに! いなくなってから、もったいなく思ったみたいに!
親は、両親は、そんな汚いものだったか!?」

 もはや、千都子に向かってだけ怒っているわけではないことを、海自身わからぬまま叫んでいるのだろう。
 思ったことを、ずっとため込んでいたものが文字通り破裂してしまっただけだ。
 そこには、きっと甘えもあることを千都子は見抜いていて、だからまだ黙り込んでただ聞いていた。
 無意識に『聞いてくれる』と思っているからから、こんなにもすがるように、無防備に、子供らしいように叫んでいる。
 自らとダブる。

 子供だ、と思ってしまったからか、表情が隠されていく。
 ざぁっと、波が襲うように。
 苦しい顔を見なくて済むのは、幸運なのだろうか。それとも、不幸なのだろうか。
 千都子は、決して海という少年がどうでもいいわけでも、不幸せになってほしいわけでもない。
 だから、見えなくなることが悲しく思う。
 そうなる、思う、自分がどうしようもなく救えない人物に見える。

「家族は、俺は、どうしてあいつを恨んだんだ。
こんなはめになるなら、どうして俺はあいつを憎まなくちゃいけなかったんだ!」

 親は子供を選べないが、子供も親を選べない。
 その振る舞い1つとっても。

(親が憎んでいるようにふるまうものを、親と違って自分が受け入れられたのなら、それは確かに尊いものかもしれないけど――受け入れられないことが、だからといって汚いものであることなんてないはずなのに)

 絶対者。
 子供にとって、親という存在は。
 初めから切り離されていても、途中で捨てられても、すがってしまいたくなるものがいる。
 誰しもが、そう簡単に切り離せたりはしない。
 切り離せるものは強いかもしれないが、切り離せないものが悪いのだろうかと千都子は強く思う。
 それは違うと、思ってしまうのだ。

 だって、そんなの苦しいではないかと。救いがあまりにないではないかと。
 致命的に間違ってしまったと考えている自身はともかくにして、ただそうできなかっただけのものさえ取り返しのつかない間違いのように言われるのは、あまりにもと。
 推測でしかない。
 何の慰めにもならない。
 しかし、千都子は海を見て思うのだ。

(きっと、もっと優しい子供であれたんじゃないかな)

 他人にとって、言い訳に聞こえたとしても。
 海は、きっと親のためにその兄を憎んでいた。あしざまに扱っていた。
 自分にも不満に思う部分はあったろうし、やられた本人はたまったものじゃないのだろう。

 それでも、それは子供だけが悪いことなのだろうかと思う。
 言葉の通りなら、親はその兄の存在を疎んでいた。自らの子供の前でさえ。
 どうして仲良くできるだろうか。
 事情を知らない、千都子だから思えることかもしれない。
 しかし、もし、せめて、子供の前でくらいは隠せるくらいには大人で、親であることができたなら。
 喧嘩はするし、憎まれ口は叩くが、兄弟であることはできた可能性があったのではないかと、海の口ぶりは思わせた。
 
「そういう風にしたのだって、父さんと母さんなのに、どうして自分たちばかり可哀そうがって、まともですアピールなんかできるんだよ!!!
見てくれ。俺を見てくれよ。
俺だけでなくていいから、ちゃんと俺を見てくれよ。
誰かと比べたり、比べてがっかりしたりしないで。誰かの姿を俺に見ないでくれよ」

 子の叫びだった。本当は親に訴えたい、そんな叫びだった。
 完全に、顔が見えなくなる。
 それを、心から残念に思う。

「親に、そう望むことがいけなかったか?
俺は、どうすれば正解だったんだよ……
どうしたら正解になるんだ? 勉強したって答えがでないんだ。誰も教えてくれない。
もう嫌なんだ。
何をしたって、苦しいばかりなんだ。破裂しそうなんだよ。
そうしたら、全て終わっちゃう気がするんだ。
助けてくれよ」

 力が抜けてしまったように、すとんと膝から落ちる。
 きっと、泣いているのだろうかと、見えない顔に視線を向けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

魔人に就職しました。

ミネラル・ウィンター
ファンタジー
殺気を利用した剣術の達人である男、最上 悟(さいじょう さとる)。彼は突然、異世界に転移してしまう。その異世界で出会った魔物に魔人と呼ばれながら彼は魔物と異世界で平和に暮らす事を目指し、その魔物達と共に村を作った。 だが平和な暮らしを望む彼を他所に魔物達の村には勇者という存在が突如襲い掛かるのだった――― 【ただいま修正作業中の為、投稿しなおしています】

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

俺のスキルが無だった件

しょうわな人
ファンタジー
 会社から帰宅中に若者に親父狩りされていた俺、神城闘史(かみしろとうじ)。  攻撃してきたのを捌いて、逃れようとしていた時に眩しい光に包まれた。  気がつけば、見知らぬ部屋にいた俺と俺を狩ろうとしていた若者五人。  偉そうな爺さんにステータスオープンと言えと言われて素直に従った。  若者五人はどうやら爺さんを満足させたらしい。が、俺のステータスは爺さんからすればゴミカスと同じだったようだ。  いきなり金貨二枚を持たされて放り出された俺。しかし、スキルの真価を知り人助け(何でも屋)をしながら異世界で生活する事になった。 【お知らせ】 カクヨムで掲載、完結済の当作品を、微修正してこちらで再掲載させて貰います。よろしくお願いします。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...