152 / 296
あい すてる らぶ うー3
しおりを挟む己のうちにもう1つの命があるということを知って、去来したのは歓喜ではなかった。
千都子は、千都子なりに自分が好いている男がどういう人間なのかを知っているつもりだったからだ。
とさ、と糸が切れたように椅子に座る。
なんとなく、で仲良くなった彼。
学校で出会って、からっぽだなぁと思いながら、請われるままにノート等を見せてあげてことを思い出す。
勉強を少し教えてあげたことを思い出す。
その見返りに色々な遊びを教えてもらって、もっと仲良くなってから。
逃げるように、同居して。
それでも、学校に行くことだけはしていて。
学校と、彼の家というサイクル。
それでも千都子にとっては大事な日々。
なくした何かが埋められる気がした。落ちかけた崖の淵に手がかかったように、ほっとする感覚があった。
それにひびが入る音がした。それはどこか、聞き覚えがある響きがある音。既視感ある感覚。
千都子は、自分にはないものを持っている彼が好きだった。
好きなことをしている、それが悪い事だと知っているが、むしろそれが格好良く見えた。
近くにいると、自分もそれを手に入れられたような気がした。
そうでなくとも、持っている人が自分のものだと思うとなんだか高いところに昇っているような高揚感に包まれる。
自分にないものを持っているからといって、それがいいものとは限らない。
いらないものであることだってあるのだ。持っていない方がいいものだってそこにはある。
そんなことはわかっている。知識の上では、千都子はわかっている。知っている。
わかっていても、千都子にとってそれは光って見えたのだ。
だから惹かれた。
旧来の電灯に群がっていく虫のように、誘い込まれずにいられないように。
(世間では、騙されたって、わかりやすく馬鹿な小娘だというんだろうけど)
優等生は転びやすい、だとか。
年頃の人間はそういう奴ほど不良に転ばされやすい、だとか。
そういう揶揄をされるのだろうし、されているのだろう。
千都子にはどうでもよかった。彼の事をどれだけ知っているんだと憤りすらした。それがまた嘲笑を呼ぶことも知っていたから、口には出さなかったけれど、心でそういってくるものを見下しすらしている。
体温を感じられる、目を向けてくれる。できた隙間を埋めてくれて、ただの千都子であれる気がした。求められていれば、昔のような心地になれたから。
それでよかったのだ。
しかし――考え無しすぎたのだろう。
計画性もなしに、欲望にこたえていれば当たるのは当然の話だった。
求められるままに。
双方の欲望が合致して、それを止める者はいなかった。
当事者たちの理性さえ。
(どうしよう。嫌われてしまう)
捨てられてしまうのは嫌だ。
離れてしまうのは嫌だ。
奪われるのは嫌だ。
そんな思いばかり。
受け入れられる想像は1つたりともできず、またそういう人間であることがどういうことかということは無視される。ただ、今あるものがなくなることだけを恐怖した。
腹を撫でながら考えるのはそんなこと。自分で撫でても、ちっとも温かく感じることない。
(冷たくなっていく。私の体が冷めていってしまう)
手が強く握られる。
決して、親からは程遠い表情をしていた。
捨てられる寸前の母のことをなぜか思い出す。
こんな気分だったのだろうか?
であり、
あぁなりたくない
でもある。
ぎゅっと目をつぶる。
夢のように、どこか現実感のないまま流されていたけれど、少しだけ冷静な部分はあった。
それは、むしろいらない部分だったかもしれないけれど。
冷静に、考えることだけはできる部分はあったのだ。
だから、することは決まっていた。
千都子の母は、何も言わなかった。
ただ、どこか悲しそうに見えた気がして、千都子はその顔面を殴りつけた。
すっきりした。
夢を見た。
知らない赤子が泣いて足元にいる夢だ。
子供は好きでも嫌いでもなかった。赤子は、見るだけなら可愛いと思った。
泣いているのが可哀そうだ、という感情が湧く。このままにしておくのは無情であると思う。
(お前がそれを思うのか?)
上から声がふってくる。
その声が聞こえなかったように、千都子は赤子をあやそうと、抱き上げでもすれば泣き止むかとしゃがみ込んで手を伸ばす。
赤子がこちらを見上げる。
顔がない。
黒く塗りつぶしたように、見えない。
どういう表情をしているのか。確かに泣き声は聞こえているけれど。
不気味に思うよりも、あやさなければと思った。どこか、赤子に親近感というか、親しみのかけらのようなものを感じているから。
じぃっと、見られている気がした。
ぱしゃん、とその顔が弾けた。
ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん。
次、次、次。
赤子が小さくなっていく。
恐怖の声を上げるでもなく、そこから逃げようとするでもなく、夢の中の千都子はそれをじっと見ている。
動くこともせず、伸ばした手をどうすることもできず、ただじっとみている。
赤子が泣いていた。
赤子はいなくなってしまった。
地面が渇いていく。
乾いた砂地に水を落としたように、底に消えていく。
どこかそれに引っ張られるように、千都子の体からいくつかの肉片が同じように地面に落ちた。
溶けるように、同じくそこに消えていく。
千都子は痛み以上に、なくなった何かが大事なものだった気がして酷く悲しい気分になった。
(目の前で起きてさえ、自分の悲しみがだけが優先か?)
声は聞こえてないように。
下を向いて涙をボロボロと流す。
しずくが落ちていく。
しずくは地面に吸い取られることなく溜まっていく。
やがて、千都子はその水で溺れた。
(同じだ。お前は。いや、より悪いよ、お前は)
ぶくぶくと、空気が抜けていく。
苦しさの中、もがくこともせずに底に横たわる。
いつの間にかどれだけ溜まったのか、水底は暗かった。
とてもとても暗かった。
最後の空気が抜けるときに出した声は、いったいなんだったろうか。
自覚できないまま、景色がぼやけて溶けた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

どこかで見たような異世界物語
PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。
互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。
これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。
魔人に就職しました。
ミネラル・ウィンター
ファンタジー
殺気を利用した剣術の達人である男、最上 悟(さいじょう さとる)。彼は突然、異世界に転移してしまう。その異世界で出会った魔物に魔人と呼ばれながら彼は魔物と異世界で平和に暮らす事を目指し、その魔物達と共に村を作った。
だが平和な暮らしを望む彼を他所に魔物達の村には勇者という存在が突如襲い掛かるのだった―――
【ただいま修正作業中の為、投稿しなおしています】
追放されたら無能スキルで無双する
ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。
見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。
僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。
咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。
僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

俺のスキルが無だった件
しょうわな人
ファンタジー
会社から帰宅中に若者に親父狩りされていた俺、神城闘史(かみしろとうじ)。
攻撃してきたのを捌いて、逃れようとしていた時に眩しい光に包まれた。
気がつけば、見知らぬ部屋にいた俺と俺を狩ろうとしていた若者五人。
偉そうな爺さんにステータスオープンと言えと言われて素直に従った。
若者五人はどうやら爺さんを満足させたらしい。が、俺のステータスは爺さんからすればゴミカスと同じだったようだ。
いきなり金貨二枚を持たされて放り出された俺。しかし、スキルの真価を知り人助け(何でも屋)をしながら異世界で生活する事になった。
【お知らせ】
カクヨムで掲載、完結済の当作品を、微修正してこちらで再掲載させて貰います。よろしくお願いします。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる