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イリベロトスドルイワ12
しおりを挟むただの人間にできないことができる。
しかし、したいことをすることはできない。
それが、少年の今置かれている現実だ。
「妹ちゃん。よく聞いてほしい。本当は、もっと丁寧に説明したいけれど――そんなに、時間は多くないんだ」
『――はい』
直接話しているという事と、そういう作用を働かせているからということもあり、比較的冷静に会話をすることはできていた。
声は、何か覚悟を決めているような感情が籠っていると少年は感じた。
自分は、どうだろうか。きっと、いつも通りだろうな、と思う。
(確認しよう。見てから何度もしたけど、もう1度――)
状態を見る。
どちらも助けることは、できない。
魂が損傷しすぎていて、体をうわべただけ元通りにしたところで機能しないし、人格も戻ってはこないことがはっきりわかる。
わかりやすく、もう生きているだけの、死んでないだけのものだ。
目をつぶってしまいたい気分だった。
かけた2つ。
兄の方が最初で、特に同性でもあり、仲が良かったけれど、それでもどちらも大切な、これまでの少年の人生の中では1番大切な存在であった。
兄妹にとっては、きっと数いる友人の1人くらいの認識だったであることも自覚している。それでもよかった。
幸せを願いたかった。自分の力抜きで、そうできる人たちだと思ったのだ。
きっと、この友人たちの事を同類よりも大事に思っていた。
だから。
(やっぱり、1人。1人だけなら、なんとかなるかもしれない。2人を助けることはできない。そして――助けることができても)
かけている。
崩れている。
今なおさらさらと崩れ続けている。
しかし、妹のほうはまだ兄よりはかけてなく、兄妹は――まるで、はかったように欠け方が違っていた。
片方を補てんするように使えれば、命をつなぐ事ができるだろう。
そのかわりに。
もう片方は、正規の死に方をすることもできないかもしれないのだ。
それが、苦しい事なのか、違うのかも少年にはわからない。
(補填したとしても、それでどうなるか。ちゃんと、どちらかとしての人格が成立するのか。使われたほうはどうなるかもわからない)
どちらかを選べば。
助けることができるかもしれない状態。
どちらかを選べば。
どちらかを自分が殺すよりも酷いことをするという決断。
目をつぶってしまいたくなった。
どちらも好きなのだ。どちらも大事なのだ。
どちらにも、いてほしいのだ。
どちらにも、感謝をしているから。
「……どっちか、なら、助かるかもしれない」
そんな言葉を吐いてしまったのは、選択権を与えたのではなかった。
きっとそれは、恐怖であり、責任から逃れたいことだといことを、少年は理解している。していて、言わずにいられなかった。
どんなに死にたいと望んだ人を殺してきて、最近は報復で力を使ってもいて。
やろうと思えば都市を1人でどうにでもできるような力を持っている。
それでも、少年は臆病者でしかなかった。強くなんてなかったのだ。
少年は、あの部屋が見えた気がした。
苦しかった、悲しかった、その源流である部屋が。
その中で這いずっているやせっぽちで傷だらけの小さな子供が、こちらを悲しそうな目で見ている気がした。
吐きそうな気分。
『――じゃあ、お兄ちゃんを助けてください』
どこか、達観したような声が聞こえた。
取り乱しもせず、『どうしてどちらも助けてくれないのか』『もっと早く助けに来てくれれば』等の、救援されたのにもかかわらずに八つ当たりするありがちなことをするわけでもなく。
抑制は、最初にしただけであるはずだった。
罪悪感。
それが、感情を平坦にしてしまうような力をどけてしまったのに。
いっそ文句を言ってほしかったから、そうしたのに。
妹は、ただただ、どこか救われているようですらある声でそういったのだ。
「どうして」
少年の問いかけはきっと愚かだ。
どちらか死にます。
直接ではないが、よほどでもない限りそれがわかるような発言で、どっちが死ぬのか決めさせるような酷いことをさせている。
少なくとも少年はそう思っている。
だから、罵倒していいのだと思った。
せめて、そうすることで楽になってほしいし、楽にしてほしいと思った。
だから、返答がよくわからなくて、疑問を口に出してしまった。
吐いた後にその馬鹿さ加減に気付いて、回らない頭が、馬鹿な自分を、捻り潰したい気分になった。
『私――』
次に聞こえた声は震えていた。
ごめん、もういいよといいたくなった。
『私ね! かわろうって、いえなかった! だって怖かったもん、痛かったもん! いいんだよって、いうんだもん。かわらないでいいよって! 私切りたくなかったよ?』
抑えていた感情が噴出したようだった。
『痛いのに、笑うんだよ。私、お兄ちゃんの笑った顔好きだった。仕方ないなぁって、我儘きいてくれるの』
会話が繋がっていないようなのは、きっとぼろぼろになっている影響もあるのだろう。
『私、かわってっていっちゃった。あんなに痛い事なのに、かわってていっちゃったの。何回も何回も。何回も何回も! 近くでみた、嘘つきだ。一緒にされたし、苦しかった。でもお兄ちゃんは交代してっていわなかったよ? 私だけいったの』
私は悪くないという感情であり、同時に懺悔のようだった。
吐き出されたのは単純なものでない、混じり合ったものだ。
少年は、力を取り戻した後に何をされたかを見て、知っている。
だからといって、妹を貶めたり見下したりするつもりはなかった。
誰だって、痛いのは嫌なのだ。
苦しいのも嫌だ。
家族の愛情は尊い。
愛情は、なんだって尊いものになるのだと思う。
しかし、愛情があればあなたの右腕をくださいと言われて取り乱さないものなのだろうか?
そこまでしなければ、愛は語れないのだろうか。
自分の命よりも大事だ、と口にする者はいる。
それをどれほど苦痛の中実行できるものがいるだろうか。
そして、できないことはそれほど貶められねばならない事なのだろうか。
少年は、愛情というものを知らない。
だから、答えがわからなかった。
わからなかったが、わからないなりに、少年は妹は決して悪くはないと思うのだ。
痛い事を、苦しいことを。そもそも与えてくるものが悪いのだから。
逃げ道があって、それを選んでしまう事を苦痛に思う。
思えど、どうしようもないことだってあるのだ。
思春期に入っていた兄の方から、色々どこで使うのかわからないような単語を少年はうんうんと笑顔で聞いてきたが、その中にカルネアデスの板というものがあった。そのことが頭によぎる。
(愛情があれば、自分から板を離すのだろうか。自己犠牲は尊いという。では、尊くなければそれ以外は悪なのだろうか。そうしなければ、愛情というものは認められない? そんな馬鹿な話があるのか)
溺れる苦しさを知っていたらどうだろう。
それ以上の苦しみが長々と続くと知っていたどうだろう。
その苦しみの最中に今なら変われるといわれたら?
(生きることは、生きたいと思う事は、いけないことではないはずだ。だから罪にはならないんだろう? 生きたいために選択したことが、愛情をすべて否定することにどうしてなるっていうんだ)
そこで交代することは、そこまで悪いと言われねばならない事なのだろうか。
自分を責め続けねばならない事なのだろうか。
それでも、いくら肯定してあげたくても、少年は自分が妹の立場にいたなら――自分も、友達とは呼べなくなるんだろうなとは思ってしまった。悪くはない。そう思うけれど、きっとそうされる側なら絶望するのも事実で、伸ばす手が握られないという事で。
少年の頭はぐちゃぐちゃに、混乱する。
何を言っても、どうしようもない。だから、口を開いて言葉がでてくれない。
怒りのような、心がきゅっとしめられるような感覚。
『だから、私は、お兄ちゃんよりぼろぼろじゃないの。だから、だけど、私は、私はずっと、ずっと、お兄ちゃんって呼びたいから――』
この兄妹の何が悪かったというのだろうかと少年は考える。
親も、兄妹も、義理の家族もない。
繋がりを知らなかった少年は疑問だけがあって、誰も答えもヒントもくれなかった。
だから、かける言葉も見つからなかったのだ。
色々なことができるようになったはずなのに、嘆く友人を前にして、少年は酷く無力感だけを味わっていた。
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