十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形12

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 その唐突の行動と言葉に、由紀子は反応できないでいるのか固まっているままだ。
 アベルは――ぶち当てられた肩口がまるごとえぐられてぎりぎり腕がくっついているだけの状態で、鳥もどきにも変化しようとしていることもあるのか、生きてはいるが動くことはできないようで苦しそうな表情と声を出していた。

 そんな中で、如月はにこにこしている。
 その表情は本当に楽しそうで、殺伐としたものもなく、たった今その狂気を振るったというのに一切の敵意を見ることはできない。
 日常で友達に悪戯でもしたような気軽な雰囲気が、なにより違和感というものを醸し出す結果となっている。

「君……は、何のメリットで……こんなことを?」

 アベルが苦し気な声でそう問う。
 ぱっと花が咲いたようにきゃらきゃらと笑う。

「だって、私も由紀子ちゃんとお話ししたかったんですもの。しかし、アベルさんはさすがですねぇ……正直、現状生きているのは予想外で、私はとても嬉しいです。だって、比較的最初の方から私の事怪しいなぁとか、訝しんで、疑って、警戒もしていましたよね? まぁ、してもらって問題ないように動いてたんですけど、予想外に我慢強いものだから、びっくりしていますよ、私」

 と、アベルの方へ歩んでいくのを見て由紀子が我に返ったか、不穏で重苦しい空気が周りに立ち込め始めた。

『如月さんっ……!』
「ぐっ……」
「おっとぉ……さすが、これはまた……」

 殺意。
 それでいて、悲しみの感情。
 それが指向性の重圧となり、攻撃するまでに至っていないというのに如月の膝をつかせた。
 加えて言うが、まだ攻撃という攻撃などしていない。
 しっかり、冷静に攻撃として行動したのであれば、最低でもキールのように動けないように潰されているだろう。

「いいんですかぁ? 由紀子ちゃん。アベルさん、苦しそうですよ」
「……お前っ……は……!」
『う……あ……?』

 戸惑う。
 怒りで振り切れれば、いっそ怪物になり切れたなら、そんな言葉は通用しなかった。
 きっと如月はあっけなく潰されたのだ。
 いくら如月が強かろうが、何か隠した攻撃の手段を持っていようが、戦力の差でいえばそれは小さな差異にすぎないのだから。

 ただ、混濁していき、心の底から翼をもつ怪物へ向かおうとしていた由紀子は、アベルの言葉で人間性というものを、人である由紀子という存在を、優しさや人間に対する思いやりというものを取り戻そうとしていた。
 だから、その言葉で――いとも簡単に動けなくなってしまう。
 自覚した、大切になるはずの人が、このままではしたくないのに傷つけてしまうから、殺してしまうから、自分の支配する多数の1モンスターにしてしまうから。

 不穏な空気が、収縮していく。
 今や煌々と光るようなその赤い目は、いつ爆発するかわからない激情を抑え込んでいるように見えた。
 抑えるように、小刻みに震え出している。
 周りの鳥が、鳴くのをやめた。
 とたんに空白地帯になったような静けさ。

「いい子ですね、由紀子ちゃん……後でお話ししましょうね?」
「……初めて、ここまで、人を憎いと思っているよ、僕は」
「あらぁ……いいですねぇ、非常に、いいです。タフですよねぇ、アベルさん。うんうん、これは私のミスですね、アベルさんがこんなに素敵な人だとは思いませんでした。ちょーっと気になっていただけだなんて、私の見る目というのもまだまだということですねぇ……その点、由紀子ちゃんの見る目は間違っていなかった! ははは!」

 にこにことした、場にそぐわぬ綺麗な笑顔が、お面にひびを入れたように歪む。
 瞳が濁ったように思える。
 引きつるように口をゆがめる。

 先ほどまでとは違う、見る者に不快の感情を与えるような、馬鹿にしている風にも見える、演技でないと感情で伝わってくるものであるのに作り物より作り物臭いと感じる奇妙な笑顔だった。先ほどの笑顔のほうが、よほど自然な人の笑顔であると思えるほどに、その笑顔は気持ちの悪い奇妙な歪み方をしていた。

「おっと、はしたない顔を見せて申し訳ないね。でも、楽しいから仕方ないですよねぇ、隠し事がないのが友達ってわけじゃないけど、汚い部分も見せ合って認められたら素敵だよね。2人みたいにさぁ……? ぜひ! 私も混ぜてくださいよ!」

 口調も変化している。
 変化しているというか、ちょろちょろと、日々から水が漏れるように押し込めていたものがあふれ出しているかのようにも思える。

 アベルも、由紀子も。2人が満足に動けない状態なのをいいことに、1人で楽しく肩などを抱きながら嬉しそうに奇妙な笑顔で震えて喜びを表している。耐えるために小刻みに震えるような由紀子とは、その震えも感情の流れも対極。

 言葉を出せば、力が漏れてしまいそうなのか由紀子は声を上げはしなかった。
 ただ、近くの地面に鱗でできた手のようなものがうぞうぞと生えだしている。

「はぁ――本当はもっとじっくりと行きたいんだが、あまり長引かせることはできませんねぇ。本来の目的である由紀子ちゃんとの楽しいガールズトークの時間をなくすわけにもいきませんし? ふふふ、ごめんなさいねぇアベルさん。あまり、長いことはお相手できないみたいで!」
「由紀子ちゃんと話す前に殺さなかった、自分を、酷く馬鹿に思うよ……」
「あらぁ! 私としては助かったんですけどね。だって、当初の予定では最大でもそこが限界だろぉなぁーって、思っていたんだから。そこで、君をないないしちゃって、由紀子ちゃんの心を刺激して楽しいトークに移る予定だったんですよぉ。でも、警戒しながら我慢強かった。おかげで、私は、あなたも、由紀子ちゃんも楽しめるという漁夫の利ここにありという事態ですよ! ――由紀子ちゃんならともかく、あなたでは、私に勝てませんしね。だから、賢い選択でしたよ? 私を殺そうとしなかったから、由紀子ちゃんと話せたんですから」

 如月という存在は、その見た目に反して強い。
 いくつものダンジョンを移動し続けてきた。

 才能、経験、実績。
 どれが自分に有用なのか。

 ぎりぎりを見極めて人に収まる程度の強化。
 そして、それらは全て、自分が長く楽しむためにつぎ込まれた強さである。

 それは趣味であり、ここでできた生きがいだ。
 如月にとって、それは存在するための目的だといっていい。

 由紀子でいうところの、それは『夢』なのだ。夢を見ている最中だ。
 最初から磨き上げてきた、使わないわけでもなく、スキルというものに頼りすぎないようにした力の操作と技術のバランス。
 趣味と実益を兼ねたそれを、才能という器は余裕をもって受け止めた。全ダンジョンのうち、上位に位置するだろう力を持っていて今なお、限界はきていない。

 ずっと幸せな夢を見るために、力をつけ続けている怪物の1人なのだ。
 アベルは確かに弱くない。むしろ、このダンジョンの中ではトップクラスであるのは事実だ。

 だが、それだけ。
 決して弱くはないが、目立った強さというものもない。

 キールと正面から戦えば叩きつぶすことができるが、キールが全ドラゴンを持っている状態で戦えば当たり前に負ける。
 言い方はおかしいが、ダンジョン内での常識の範囲内の強さでしかない。

 如月は、その範疇から逸脱している強さだ。
 決して、目の前の由紀子のようになった存在に届くわけではないが、プレイヤーの中ではずっと強い。

 だから、その台詞は慢心でもなく、勝ち誇りたかったわけでもなく、ただ事実の予定を述べただけ。
 如月というプレイヤーに、アベルは決して届かないし、届いていない。
 だから、挑めばただ如月の予定通りに死ぬだけだったのだと。

「ねぇ、アベルさん。私ね、最近の趣味なんですよ。といっても、予想外の事ばかりなんですけどね? それが楽しいという話でもある。
最初はね? 見ているだけで満足だったんです。綺羅綺羅とした感情の極彩色は見ていてうっとりするし、強く生きがいと悦楽というものを私に与えてくれました……だから、いろいろなものを見たくなって、はしたんですが、登場人物メインにまではなろうと思っていなかったんです」
「――あぁ、そうか。由紀子ちゃんが言ってることがよく理解できる、お前の目は澄み切って見えるくせに見れば酷く臭うんだ。反吐がでるぞ、そういうことか、お前はっ」
「あら酷い! おしおきしちゃいますよー」

 近寄った如月が、獲物を無造作に、すくうようにふった。
 足が飛ぶ。クラブに飛ばされるゴルフボールのように、くるくると回って飛ぶ。
 簡単に、力も入れずやったようにしか見えないそれは、砂糖菓子でも砕くようにあっけなくアベルの片足を千切り飛ばしたのだ。
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