十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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イベント領域 本上如月2

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 すいすいと水を濁しながら進んでいく。

(まぁ、わからない目的はさておいても――スキル。スキルの最低値ももしかしたら通過点かなぁ。感覚をつかむ矯正器具のような扱いで、ポイントで全てをリセットして、素面で鍛えるのがいいという予感がするのだよな。どうしてかは、わからない。酷く感覚的な、信用に値しないものによっているけど、そうするべきという発想を捨てられん。はは、欠片も理解できなかった恋に酔って盲目となるというのは、もしかするとこういう感覚に近いものか?)

 そうして、傷一つつかぬまま進んでいくと――光のサークルのようなものが見えてきた。
 如月が得た情報通りであるならば、これは転移装置である。
 そして、その先はゲームでいえばボスが出てくる感じの囲まれた、しかし今は何もいないフィールドであるらしい。

(さて、何もいないのかな?)

 それに無造作にひょいと乗れば、光に包まれて――晴れれば、見た通り、聞いた通りの場所に。

(うん。そこそこに広い。けど、見たことある魚ない魚が泳いでいるくらいで、襲い掛かってくるモンスターや、ボスに類するものはいないね……どういうイベントだったんだろうか。これ、イベントが始まってないと捉えたほうがいいんだろうか。スイッチを踏んでいないから来ても無駄になっている?)

 何もない空間で思いついたのは、条件を満たしていないから所謂ボス等が発生していない可能性。

(いや、もしかして、『いた』のかなぁ? イベントが始まってないんじゃあなくて……終わった? 終わってる?)

 もう一つ。
 ボスが元々リポップするものではなくて、すでに倒されてしまっているような、イベントごとなくなってしまっているような状態。

(ここはもうイベントの残骸……と考えると、モンスターが減ってる状態っていうのは理解できないでもない。内容は依然としてわからないままだけど……と?)

 揺れ。
 如月は何も迷うことなく、誰もいない空間で回数制限のある転移スキルを発動し――ようとした。
 が、発動しないまま頭に強い衝撃を感じた瞬間に思考がブラックアウトする――

「……!?」

 ばらばらに混ざった思考が戻っていく感覚。
 それが完全にまとまる前に、如月は体を動かしていた。

「げげ、が、ごぼっ」

 のどに詰まっていたような血の塊を水に溶かすように吐き出す。
 アイテムを次々に自分に使用していく。そのさまは流れ作業のようで、どこか機械じみている。

(こりゃ、頭が粉砕でもされたかな。いやぁ、レアだけど、一回その場で復帰できるちょっとお得なアイテムとしか考えていなかったやつを、デメリットを抱えてでも装備していたかいがあったなぁ――死の体験から即座に立ち直るなんて、私でも何回もはできないから、もうこれ以上は無駄になるけど……ふふ、消耗のかいはあるみたいだなぁ)

 死からの復帰。
 平和な日常でなら奇跡だが、このダンジョンではそれ自体は珍しくもないもの。

「――驚いた。動けるのか」
「えぇ、動けますよ。初めまして、過激なご挨拶ありがとうございます」

 そうして、目の前にいた恐らく如月を殺した存在は――人とは呼べないだろう生き物。
 イベントでよく見た、鱗まみれで魚顔の魚人と呼ぶべきそれと、爬虫類を混ぜたような、リザードマンをもっと進化させて竜っぽさをましたようなものを混ぜた形。

「羽、水の中では邪魔になるだけではありませんか」
「俺を見て、口をきいて、まず聞くのはそれか? お前、ずれているとか言われないか?」
「えぇ? こう見えて、世渡り上手なのですよ?」

 そして、その人よりは大きく、竜人と呼べるようなそれは、ハルバードと呼ばれるような、扱い難易度が高い斧と槍を混ぜたようなものを持っている。

 一度見られたからか、それとも意外と動揺しているのか、如月にはどちらかは判断がつかないが、すぐさま攻撃してくるようでもない様子で口をきいている。

「殺さないのですか?」
「面倒だと思ったからやってはみたが、別にどうでもいいことではある。それに、もうすぐ終わりだ――」
「何が終わるのですか?」
「このイベントとやらが、だ」

 肩をすくめるさまは人間じみている。
 水の中での人と異形のやりとりは、どこか淡々としているが、攻撃してされた関係のわりに殺伐とはしていない。

「――あなたは、サハギンさんですか?」
「あぁ……? あぁ、あんたその面と様子でネタ勢に詳しいのかよ。ギャップあんなおい……ま、そうだよ」
「なるほど? プレイヤー権限というか、ポイントシステムはどうなっているんですか?」
「話が飛ぶな……俺がその件のサハギンさんってだけで何を考えたか知らんが――あるよ」

(イベントの――モンスター側にいったのではないのか? ポイント利用ができる。これはプレイヤー側なのでは? いや、まずその時点でおかしかったとでもいうのか……?)

 如月は予想が外れて首を捻る。
 サハギンさんというプレイヤーを掲示板で知り、その流れ、現実目の前にしてそれを信用するなら、体が変化することで、プレイヤー側からモンスター側に移動したのだと思ったのだ。

 そして、優遇措置はプレイヤーに与えられるものと考えていた。
 しかし、それはいまだあるという。プレイヤー状態でモンスター側にという事だろうか、それが嘘でなければだが――

「何が疑問なのかは知らないが……」
「いえ、つまり、モンスターもポイントシステムを利用できるのかな? と疑問が湧きまして」
「モンスターとははっきりいってくれるなぁ、お嬢ちゃん」
「……? あなたは、自分がまだ人だと考えているんですか?」

 相手によっては激高に駆られてもおかしくないセリフだったが、竜人は――如月には爬虫類系の表情を読むスキルなどないが――ただ苦笑したように思えた。

 如月も考え無しに吐いたわけではない。
 相手はもう自分が人に類するなどと思っていないだろうことが見抜けていたからこその言葉だ。

「でも、思い切りましたね。予想以上でした」
「あん? あぁ、この姿か? あぁ、いや、まぁ、少し前、ちょっと前までは翼まではなかったし、鱗とか、全体像的にはもうちょい魚っぽさよりだったんだけどな、こりゃ不可抗力ってか、狙ってこうなったわけじゃあねぇんだが」

 何のことを言われているのか竜人ははじめわからない様子だったが、どうやら如月がその姿に目を走らせているようだというのを見て、言われたことを察したらしい。

「興味深いですねぇ――こうして、会話してくれることもそうですけど」

 ところどころは魚っぽさがあるとはいえ、全体的には爬虫類や竜といったほうがいい外観をしている。
 区切りは個々であるだろうが、おおよそ竜よりの生き物である。
 人の要素はほとんどないといっていい。
 が、お互いに敵意といったものが漂っていない。如月は興味や好奇心が勝っているだけだが。

「あぁ、殺したのはめんどくせぇからってのが大きいからな。襲い掛かってくる様子でもねぇし、ちょっとびっくりもしたし」
「あぁ、蘇生アイテムはレアですものね。ご存じありませんでした?」
「いや、知ってたし持ってたが――あれ、死の体感はあるだろ。即座に動いたことにだよ。某爆散の人じゃねぇんだから、死からの復帰は長時間かかるのが常識だろ?」
「確かに――とはいえ、ノーダメージだという事でもないのですよ?」
「そうかい。そりゃあ――とと? なんだ? お? うん……」

 会話の途中、竜人は突然言葉を止めた。
 如月が不審に思うも、話しかける前に異常が発生する。

 鈍い音が響きだした。
 心なし、水も揺れているように思える。
 いや、全体が揺れている。

「残念だな。終わりみたいだ。もうちっと会話しても良かったが」
「――そうですか。それは、こちらとしても残念です。私ももっとお話してみたかったのですが」
「はは、俺も久しぶりに人と話せておもしろかったよ――あんたは本来の俺とは合わなそうなやつだが、一個だけアドバイスというか、経験談をやろう。――体を変化させるなら、覚悟してやれよ。ただ、人であることに興味がねぇならこれはこれで楽しめるとも思うし、ある意味開き直りもできると思うわ」
「そうですか」

 最後のアドバイスのような言葉に返事をしたと同時に引っ張られる感覚。
 酸欠が一気に来るような不快感と、視界のブラックアウト。

 ――気付けば、景色は変わり、自分の部屋にいた。
 死の体感はない。強制的に排出されでもしたかと如月は嘆息する。

 イベントの領域には、どうやらいけなくなっている。本当に終わってしまったらしい。
 『あ、どうせならポイント分ガチャを引いておけばよかった』とは思うが、それも、もうどうしようもない事。
 諦めて、ソファーに座って天井を仰ぐ。

(モンスター側にも立てる? ってことでいいんですかね? ううーん。楽しみ方は色々考えたいところだな……体と思考がいっぱい欲しいなぁ……)
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