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 コハルの部屋の外にて医者がラウル達に告げた。

「記憶障害ですね。いずれは戻る可能性がありますが、今は何とも言えません」

階段から落ちてしまったあと、三日間コハルは眠ってしまっていた。目を覚ましたコハルはラウル達の事を覚えていなかった。

 部屋に戻ると彼女は怯えた様子で立ち尽くしていた。ベッドに戻るようクルトが説得をし、ラウルがそばの椅子に腰掛ける。

「お前は・・・俺達三人の妻だ」
「ちょっと!ーー」

ラウルの発言にクルトが慌てて止めに入るが手で阻止されてしまう。

私の夫?こんなイケメン達が?三人も?え?三人も?

頭の中が大混乱のコハル。どうしよう。何も覚えていない。三人は改めて自己紹介をしてくれた。クルトだけは納得のいかない顔をしている。爺やや他の使用人も紹介してもらったが頭がいっぱいいっぱいになり、今日のところはこの辺でと皆部屋から出て行った。

ラウル、公爵、私の夫。
クルト、優秀なマルチ執事、私の夫。
アルト、クルトの弟、マルチ執事、私の夫。

私の夫、レベル高くない?

コハルは何か思い出せないか必死で考え込んだ。

***

執務室ではラウルや双子の他に爺やと使用人が数人居る。

「どういうつもりであんな嘘を?」

クルトは眉間にシワを寄せてラウルに問い詰めた。

「・・・俺はあいつが欲しい。お前も夫にしてやったんだ。有難く思え」
「だからって!」
「兄貴落ち着いて、俺はどんな型でもコハルの夫になれるならそれでいい」

ラウルは双子がコハルを愛している事を知っていたので夫枠から外す事が出来なかった。もし外したら自分だけが夫になる事を何がなんでも阻止されると思ったからだ。だから納得すると思ったのにクルトは偽りの夫婦は嫌だと文句を言っている。

これから夫婦として築いていけばいいではないか。じっくりと時間をかけて二度と出て行くなど言わせないように。

ラウルは不適に笑い、爺やに何か指示を出した。

***

数日かけてコハルはすっかり三人の夫がいる事を受け入れていた。療養中に爺やから散々言い聞かせられたからである。

一度習得したこの国での知識や社交マナーを思い出す事が出来ないと思い込んでいるコハルは爺やに頼み、レッスンを受ける日々を送っている。

毎食公爵家の美味しい食事を夫達ととり、毎晩交代で一人の夫と寝室を共にしている。

夫達とはとても仲が良く、充実した生活だ。
だがコハルは不安に思っている事と不満に思っている事がある。

不安に思っている事は、クルトが原因だ。いつも優しく接してくれるのだが、時折見せる彼の辛そうな、苦しそうな表情が頭から離れない。

不満に思っている事は、こんなにも仲が良いのに夫婦の営みがないのだ。三人共添い寝をしてくれるだけ。もちろん一緒に寝てくれるのはとても嬉しい。時々いちゃつく事もあるが基本的にはあやされて眠ってしまう。したいと思っているのは自分だけなのかと悲しくなる。・・・それか、忘れてしまっただけで三人揃って勃起不全だったりして。。いや、自分に魅力が無いからかもしれない。どんどん暗い方向へ思考が進む。

コハルは頭を勢いよく左右に振り、暗い思考をとっぱらった。

まずはクルトの件を解決しよう!


 コハルは寝室にてクルトが来るのを待つ。扉がノックされ、クルトが部屋に入ってきた。

「お帰りなさい。お仕事お疲れ様です」

労いの言葉をかけるとコハルはすぐにベッドの中へ入り、隣に来いとベッドを手で何度も叩いた。クルトはクスリと笑いコハルの隣へ移動をする。

「今日のレッスンはどうだった?」
「姿勢が正しいって褒めて貰ったよ。私結構才能があるみたい」

えっへんとドヤ顔をしながら手を腰に当てるコハルが可愛くてクルトは微笑みながら彼女の頭を撫でる。コハルの髪を掬いサラサラと流れ落ちる髪を見ながら、彼はまたあの悲しそうな表情をした。

コハルは悲しい気持ちになり、女の子座りをしてクルトに身体を向ける。

「クルト、何か悩んでる事があったら話を聞かせてほしいな。言いたくないなら無理には聞かないけど、クルトが時々辛そうで気になっちゃって・・・」

私で良ければ言って?
お願をするかのように言ってはみたが、彼は更に辛そうに顔を歪めた。クルトはコハルに夫だと嘘をついてしまっている事が許せないのに、コハルの夫であり続けたい、今の生活を続けていきたいという気持ちが彼の中で葛藤する。

「・・・ごめん、言えないんだ。コハルごめん・・・嫌いにならないで」

クルトの言葉にコハルは驚愕した。
何を言っているのだこのイケメン優男夫は。相談出来ないだけで嫌いになる訳がないではないか。こんな事で嫌われるかと思われてしまうなんて、もしや記憶喪失前の自分はとても喜怒哀楽が、癇癪が激しい性格だったのかと疑ってしまった。咄嗟にクルトを強く抱き締める。

「私はクルトの事絶対に嫌いにならないよ!すごく大好き。これからもずっと好き」
「・・・本当に?」

今でも泣きそうな声で話すクルトにコハルは泣いているのでは無いかと慌てて抱き締めていた力を緩め彼の顔を確認した。泣いてはいないが凄く不安そうにしている為、彼の頬を両手で包み宣言をする。

「ずっと好き」
「・・・絶対?」
「絶対好き!」
「なにがなんでも?」
「なにがなんでも!」
「ずっと夫婦?」
「ずっと夫婦である事を誓います!」

 矢継ぎ早に言葉を交わした二人。クルトは先程と違いとても満足した表情をしている。その顔を見たコハルはほっと安堵の溜め息を吐き笑顔を向けた。

「・・・俺も誓う。これから先ずっと夫婦。コハルを愛し続けます」

とても良い顔をして抱き締めてくれるクルトの身体に腕を回しお互いの存在を確かめる様に抱き合った。ゆっくりと顔を傾けてキスをする。何度も角度を変えて軽いキスを繰り返した。もしかしたら今日は出来るかもしれないと期待を抱いたコハル。だがクルトは満足してしまったのかもう寝ようと言い、手を恋人繋ぎにして眠ってしまった。

天に顔を向けて目を閉じ、心で泣くコハル。

寝る為横になり、目を閉じようとしてふと思った。クルトがあんな事を思ってしまったのは愛情表現が足りていないからではないか?
相手から言って貰った言葉に対して返しているだけで自分から発言している事が明らかに少ない気がした。

コハルは明日から自分改革をする決意をした。


翌朝

コハルは執務室の扉をノックした。入れとラウルの声が聞こえ扉を開き中へ入る。中にはラウルだけしか居ない。誰も居ない事を確認したコハルはラウルのそばへ寄り、しゃがみ込んで彼の頬にキスをした。突然の行動にラウルは首を傾げてコハルを見ると、彼女は何故か照れていた。

「あの、その・・・大好きです」

いざ改めて言うととても恥ずかしくなり顔を真っ赤にしてはにかむコハル。目を逸らしている彼女を見つめてラウルは笑った。

「何か欲しい物でもあるのか?」
「ち!違います!愛情表現です!」

せっかく頑張って愛を伝えたのにおねだりだと勘違いをされたと思ったコハルは慌てて否定した。頑張ったのに酷いと不貞腐れるコハルに対してラウルは面白そうに笑っている。

「来い」

ラウルはコハルに身体を向けここに座れと膝を叩いている。横目でチラッと見た後頬を膨らまし無言のまま彼の膝の上へ座った。

ちょんちょんと彼は自分の唇を指で叩いている。なんだ?と首を傾げると彼はからかう様に笑った。

「俺の事好きなんだろ?ほら、ここ」

これは、キスをしろという事でしょうか。夫なのに毎日見ているはずなのに顔が整っていてドキドキする。相変わらず綺麗なお顔立ちで悔しい。

コハルは仕返してやろうと思い、キスではなくラウルの唇を舌先で軽く舐めた。目を見開いたラウルにしてやったりと不適な笑顔を向けると彼は余裕そうに笑っている。

「もう一度」
「・・・え?」

あれで終わりだと思っていたので唖然としてしまった。やれと言われたら逆に恥ずかしくなる。

「お前の愛情はその程度か?」

そんな事は無いと否定をしたいコハルは見上げてくるラウルの綺麗な瞳を見て喉を鳴らす。徐に顔を近づけ唇を舐めようと舌を出したら、彼にその舌を食べられてしまった。驚き顔を離すと彼は口角を上げもう一度と指示を出す。再び舌を出すと今度は彼も舌を出し、舌先同士を合わせた。そして深い口付けを交わす。

「公ー入るよー」

執務室の扉がノックをされ驚いた。どうやら双子がやって来た様だ。さすがにこの姿を見られたらまずいと思ったコハルは慌ててラウルの膝の上から退こうと身体を離した。だがラウルに頭を押さえられ激しいキスをされる。

ん゛んー!

今までとは違う激しい口付けに驚くが早く退かなくてはいけないという焦りから頭が混乱する。それなのにラウルは双子に「入れ」と言うものだから大混乱だ。

扉が開くのと同時にその行為は終わった。だがラウルの膝の上で密着している姿を双子に見られ硬直するコハル。双子はジト目でラウルを見つめた。当の本人はクスクスと面白そうに笑っている。

コハルは場の空気を変えるべく咳払いをしてラウルから離れた。切り替えようと自分の頭を軽く叩いて双子のそばへ寄る。

「おはようクルト。大好きだよ」

笑顔でクルトの頬にキスをした。クルトも微笑みキスをし返してくれる。今度はアルトだと思い彼の頬にもキスをする。

「アルトも、大好きだよ」
「・・・ねえ、もう一回して?」

顔を横に向けおねだりをするアルトが可愛くてもう一度キスをしようと唇を近づけたが、アルトが瞬時に顔の向きを正面に変えた為唇にキスをしてしまった。

もう、いたずらっ子め

可愛いアルトの行動に笑っているとアルトが突然コハルを抱き締めてキスを繰り返した。二人が見てるから止めてと言いたくて口を開けたらアルトの舌が入り込み言えない。余りにも激しく、長い口付けに息が出来なくなり苦しくなる。

「んんっふ、あ、待ってっ」

二人に見られていると思うと恥ずかしくて死にそうだ。

「アルトやめろ、コハルが苦しそうだ」

クルトが止めに入ってくれて何とか終わった。キスで蕩けてしまったコハルを見たアルトはコハルを抱きしめながら呟く。

「俺もう限界・・・」

その声は余裕のないコハルには届かなかった。



やっと落ち着くことが出来たコハルは改めて咳払いをし話題を振る。

「今日のお昼にピクニックしませんか?」

コハルの提案に三人は首を傾げた。コハルは記憶喪失になってから公爵家の外へ出た事がない。外でご飯を食べたら良い気分転換になると思ったのだ。

三人は悩んだ。コハルの姿を他所の人間に見られる訳にはいかないからだ。実はラウル達はコハルを保護している事を騎士へ報告していなかった。最初はするつもりだったのだが嵐が続いた為伝書を送る事が出来なかった。時間が経つにつれてコハルへの想いが増し、結局報告せずずっと公爵家の中で過ごさせていたのだ。現在、街中を騎士達が捜索している。万が一捜索している騎士に見られたら連れて行かれるだろう。

「敷地内じゃダメなの?」

アルトの質問にコハルは悩んだ。出来れば外に出てみたいのだが、我儘だろうか。しゅんとしてしまうコハル。なんだか可哀想だ。

「わかった。準備をしておけ」
「え、いいの?」
「ああ。連れてってやる」
「やったー!ありがとうございます」

ラウルには考えがあるらしい。双子は不安に思うがピクニックの許可を得て嬉しそうに喜ぶコハルの姿を見たらダメとは言えないなと微笑んだ。


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