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しおりを挟むあれから数日が過ぎたがコハルはずっとロイドから避けられていた。今までは一緒に食事をとったり他愛ない会話をしていたのにそれ等を一切していないのだ。料理は部下に運ばせて自室で食事を済ましてしまう。鍛錬中、様子を見に行ってもこちらを見る気配すらない。やっとすれ違ったと思い、声をかけるが無視をされた。
今日こそは会話をしようと、とうとうロイドの部屋の前まで来た。息を飲み覚悟を決めドアをノックする。彼が中に居るのは知っている。実は先程まで見張っていて中に入るのを見ていたからだ。
「誰だ」
久しぶりに聞く彼の声に心臓が潰されそうになるのを堪えた。
「コハルです。お話したくて来ました」
「話すことは無い」
ズバッと身体が鋭い剣で斬られた様に無惨に終わった。どうして避けられているのか分からない。しつこくしたとこで逆効果になるかもしれないと思い今日は諦めた。それでもめげずに次の日も、その次の日もロイドを見かけては声をかけ、その都度無視され続けてしまいコハルはどんどん暗くなっていく。
さすがに心配になってきた周囲がコハルに気遣いの言葉をかけるが彼女は曖昧な返事をするだけで明らかにテンションが低い。周りから見ても居た堪れない可哀想な女になっている。
ー寮の会議室ー
「いい加減彼女が可哀想ですよ」
ルイスの言葉にロイドは無言のまま彼を睨みつけた。
「自分でも分かっている」
そう。分かっているのだ。自分が何故こんなにもイライラしているのかが。
あの日彼女の喘ぎ声を聞いて周囲の物をぶち壊したくなった。どうして相手は俺じゃないのだ。ルイスも彼女と上手くいっている。そして今回はあのウォルトだ。どうして自分は行動が出来ない。彼女を前にするとただ見ている事しか出来ない。自分が不甲斐ない。
「このままじゃ離れていっちゃいますよ」
そんな事許さない。いっそ閉じ込めてしまおうか。・・・いや、自分から嫌われる立場に居といてそんな事出来ないか。どうすれば良いのか分からない。恋愛なんてした事ないから。なのに嫉妬は出来るなんて笑ってしまう。避けているのに彼女が此方を気にかけているのは嬉しく思う。嫌われたくない。だがどうしていいのか分からない。今更何て話したらいいのか。
「・・・お前は何とも思わないのか」
あの晩自分じゃない他の男に想いを寄せている人が抱かれて嫌じゃないのかルイスに問う。
「嫌に決まっています。ですが、いずれかはあの様な事が起きるとは思っていました。一妻多夫が当たり前ですから。相手がウォルトで良かったです。私が認めていない相手でしたら妨害する所でした。・・・いずれかは自分の番がくる。その為に努力するだけです」
そうだ。この国では一妻多夫が当たり前。一人の女性が他の男と身体を交合う事は当然のことだ。確かにルイスの言った通り赤の他人ではなくウォルトで良かったのかもしれない。
ルイスのしている努力とはいったいどういった事なのだろうか。自分が出来る努力とは何なのだろうか考える。
・・・デート。彼女とデートがしたい。そこでいい姿を見せれば、彼女が喜ぶような事が出来ればコハルは関心を寄せてくれるだろうか。
ロイドはひたすらに考えた。どうすればこの気持ちを伝えられるかを、コハルのことをどれだけ大切に、大事に思っているかを考えて、時間だけが過ぎていった。
ーある日の納屋ー
すっかりと元気を無くしたコハルの前にロイド、ルイス、ウォルトが納屋にやって来た。久しぶりに目の前に現れたロイドに思わず怯えてしまう。そんなコハルの態度にロイドの眉間にシワが寄る。
「明日、王城にてパーティーが開かれる。皇子メイディウス様から招待状が届き、必ず来るようにと伝えられた。その・・・エスコートをさせて欲しい」
ロイドの言葉に理解が出来なかった。
散々避けられていたのにエスコート?
彼が何を考えているのか分からない。
こうやって考えるのも何だか疲れてしまった。
コハルは笑う事が出来なかった。
「当日はこちらを着用して下さい。僭越ながら私が選びました」
ルイスから渡されたドレスは淡い紫色のAラインの緩やかなドレスで小さな花が散りばめられとても綺麗で可愛らしかった。流石ルイスはセンスが良い。通常のコハルなら喜んで受け取っていたであろうそのドレスを軽く礼を言いながら受け取る。ルイスは悲しそうな顔をしながら彼女の頭を撫でた。
何だか申し訳ない気持ちになったコハルはルイスと目を合わせ改めて礼を言った。そしてそのまま自室へ向かうべく三人に背を向けると手を掴まれた。掴んだのはロイドだった。
「悪かった。・・・貴女を避けていて、コハルを傷つけて申し訳ない」
ロイドの謝罪の言葉に漸くコハルは彼と目を合わす事が出来た。彼は心の底から謝っているのであろう。その表情から読み取れる。
「許してくれるなら明日一緒に馬車に乗ってほしい」
「・・・分かりました」
明日馬車の中で避けていた理由を聞こう。明日でいい。今日は気持ちが乗らない。何だか振り回されて疲れてしまった。
コハルは最後まで笑顔を向けることはなく彼等に背を向け自室へ戻った。
ー 翌日 ー
コハルはデイジーに手伝ってもらい着飾った。髪はハーフアップにしドレスに合わせ花を散らし、メイクも完璧だ。肩は全部露出しているが上品でとても品がある。何よりも動きやすくて好きだ。ルイスのセンスの良さを改めて実感しとても有難く思う。
準備が終わりデイジーからお褒めの言葉を頂いていた頃ドアがノックされた。扉を開けるとそこにはルイスとウォルトが居てコハルの姿を見た二人は少し固まった後、はにかむ笑顔を見せコハルの頬にそれぞれキスをした。思わぬイケメン二人からの攻撃に顔を真っ赤に染める。少し遠くにある馬車の前で待っているロイドの姿を見つけ呼吸を整え歩みを進めた。
馬車までたどり着くとロイドは今まで見せてくれていた時と同じくらい爽やかな笑顔を見せエスコートをしてくれた。その後向かいに座る彼の姿に心臓が高鳴る。やはりロイドはかっこいいのだ。それに思っていたより狭い馬車は膝と膝が当たってしまいそうだ。動き出した馬車の揺れに膝を当たらないよう気をつけながら姿勢を正す。
さあ聞こう。何故避けていたのかを。真剣な表情でロイドを見ると彼は目が泳いでいて落ち着かない様子だ。
「どうして避けていたのですか?」
私が何かしちゃいましたか?
ロイドは膝の上に置いてある拳を握り締めた。
「情けない話だが嫉妬していた。」
「・・・え?」
嫉妬?あのロイドさんがこの私に?
そんな訳ないよね。もしかして・・・。
「ウォルト君が盗られるか心配だったんですか?」
ズコッと音でもなったのではないかと思う程のリアクションをしたロイド。コハルは至って真剣である。
「なぜそう思う」
「だってウォルト君はロイドさんを慕っていて毎日傍に居たのに最近は、その、私とばかりだったから・・・」
自分で話していて恥ずかしくなってきた。
最近のウォルトはコハルにベッタリなのだ。お互いの空いた時間が許す限り彼はコハルに寄り添い、タイミングを見ていちゃついたりしていた。それでロイドの機嫌を損ねてしまったのだと思っていた。
だが返ってきた言葉は全く逆であった。ウォルトと仲が良すぎるせいで嫉妬はしているがウォルトを盗られるのではなくコハルがロイドを見てくれていないことに嫉妬していたと彼は告げた。思いもよらない言葉に固まるコハル。
「今度の休日街中をまわらないか?その、私とデートをしてほしい」
目を逸らしながら自信なさげにデートに誘うロイド。いつもなら部下を指揮する頼もしい人なのにそのギャップが面白い。だが待てよ。コハルは何も悪く無いのに何日も無視をされていた事は事実で、簡単に許すのも面白く無いじゃないか。
コハルはわざと音を立てながらドカッとロイドの隣りに座り目を閉じてふんっと顎を上げた。
「アイス奢ってください」
「あ、ああ、わかった。」
「この前連れて下さったデザートが美味しいお店に、また連れてってください」
「わかった」
「一つじゃダメですよ?今まで無視していた分いーっぱい食べますからね?」
「ああ。いくらでもご馳走しよう」
「私が太ったらロイドさんのせいですよ?」
「太ったコハルも可愛いだろうな」
お互い気まずい雰囲気はなくなり、いつの間にか笑い合い、甘い時間が流れる。隣りにいるから距離が近い。ドキドキと胸が高鳴る。彼も同じ気持ちなのだろうか顔の距離がだんだん縮まっていく。彼の大きな手がコハルの頬を優しく包み、お互いを受け入れようと目を閉じた。唇同士が触れそうになったその時ーー
「着きましたよ!」
「おや?いいタイミングでしたね」
馬車の扉が開きとても良い顔をしながら立っているルイスとウォルトがいた。ロイドは眉間にシワを寄せ錆びたロボットの様にゆっくりと振り返り二人を睨みつけたのだった。
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