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 その日の夕飯。いつも通りの席で各々食事をしているのだが、コハルだけがいつもと違った。ちらっとルイスを見ては赤面し、目を泳がせてはまたルイスを見ている。まるでルイスの事が気になって仕方がないかの様なコハルの仕草にロイドとウォルトは不機嫌になる。ルイスはルイスで、通常通りに見えるが口角が上がっているように見えるのは気の所為だろうか。何はともあれ、ロイドとウォルトにとって今の状況は大変面白くない。

ロイドは少し口を尖らせいつまでも食事が終わらないコハルの頬を軽く抓った。それに驚いたコハルは変な声を上げ、やっとロイドを見る。

「食事が進んでいないようだが、何かあったのか」

指摘を受け、コハルは自身の料理を見た。今日は大量に鶏肉と卵を仕入れる事が出来たので無性に食べたかった親子丼にしたのに、始めの一口から全然進んでいなかった。

 いけない、集中しなくちゃ。

 食事を続けようとスプーンで掬うが、口に運ぶ途中で何故かルイスとのキスを思い出してしまい顔を赤らめ動きが止まる。

 もうっ何で思い出すの!

 自分でも何回もルイスを見てしまっている事には気付いている。今もほらまた、無意識に彼を見てしまう。

再びルイスを見てしまい、今度は目が合った。彼がまたあの甘くて優しい笑顔を向けてくれたので、コハルは咄嗟に視線を逸らし顔を赤らめる。

完全にスルーされてしまったロイドは眉間に皺を寄せ、腕を伸ばしてコハルの親子丼を丼ごと取り上げた。さすがにやばいと思ったコハルは慌ててその丼を取り返そうとするが手が届かない。

「ご、ごめんなさい!ちゃんと食べます」
「・・・信じない」

先程スルーされたのが余程嫌だったのかロイドはコハルの意見を聞かずに自身のスプーンを使いコハルに食べさせようとした。

「じ、自分で食べられます!」
「そうは思わない。口を開けるんだ」

異論は認めないと言った顔で睨まれる。待ってくれ、ここは食堂だ。背後には他の騎士達が大勢居るのにそんな恥ずかしい事は出来ない。だがロイドから放たれる威圧感が少し怖くてそれを食べた。少しだけ彼の表情が和らいだのでほっとする。

「私が水分補給させます」
「え?んぐっ!?」

 隣に座っていたウォルトが水分を補給させる為に、水が入ったコップをコハルの口につけて傾けた。突然の事に直ぐに反応出来なかったが遅れて慌てて飲む。他人から飲ませてもらうのは飲むことが難しく、首筋まで口から水が垂れる。それをウォルトが丁寧に拭くものだから恥ずかしくなってむせた。

 どうして!?なぜ!?

 困惑のまま思わず再びルイスを見ると彼は困り笑顔でこちらを見ているだけだった。どうやら助けてはくれないらしい。

 コハルは他の騎士達に背中を向けている為、周りがどの様な顔で彼女達を見ているのか知らない。他の騎士達は羨ましそうに見ていたのだ。

 わちゃわちゃと騒いでいると誰かの咳払いが食堂に響いた。その主を確認した他の騎士達は一斉に立ち上がり騎士礼をする。どうした事かと首を傾げると食堂の出入口に居た人物を見て納得した。

カエキル国第二皇子のユリウスが護衛を連れて立っていたのだ。楽しそうな笑顔でコハル達のやり取りを見ていたらしい彼はコハルと目が合うと更に笑みを深めた。

 ユリウスの姿を確認したロイド達も立ち上がり騎士礼をとる。コハルも慌てて立ち上がりお辞儀をした。いくら第一印象が宜しくない相手でも、一国の皇子様なのだから礼儀正しくしなくては。

 ユリウスは片手を上げ皆に座るよう命じた。

「こちらの事は気にせず食事を続けて下さい。私は彼女に用があるので」

 ユリウスが護衛を連れて近づいてくる。自然と体が強ばるのを感じるが悪印象を与えない為に彼に笑顔を作った。

「お久しぶりですコハル様、お元気そうで何よりです。しかし氷の騎士と言われるロイド騎士団長が食事を食べさせるなんて驚愕です。・・・おや?この料理は親子丼ですね」

 一瞬鋭い目付きでロイドを見た後ユリウスは目に止まった親子丼を見て瞳を輝かせた。まさか彼から親子丼というワードが出て来るとは思わなかったので驚くコハル。そんな彼女の表情を見たユリウスは愛しそうな眼差しでコハルを見つめた。

「曾祖母様から受け継いだ“日本食”は我がカエキル国の伝統食となって根強い文化となっております。まさかこの国で親子丼を見る事が出来るとは嬉しいですね。コハル様、私も頂いても宜しいでしょうか」

 とても嬉しそうな笑顔を向けてくれるユリウス。その笑顔は流石イケメンから繰り出されるものでとても眩しかった。だがなぜこんな一般庶民に一国の皇子様が“様”付けをして呼ぶんだ。恐れ多いというか違和感でしかない。

「あの、ユリウス様、料理をお出しするのは構いませんが私なんかに敬称はやめて下さい。違和感しかなくて・・・」

 愛想笑いをしながら遠慮気味に言うとユリウスは一瞬固まった後クスリと笑いコハルに近づいた。

「それでは貴女も私のことはユリウスとお呼び下さい」

 彼は爽やかで嫌な感じが全くしない笑顔でコハルの手を取り、その甲に口付けを落とした。突拍子もない行動に驚いたが状況を理解すると顔が赤くなり心拍数が上がる。第一印象が悪かった相手ではあったが、今のユリウスの笑顔はずるい。すごくかっこいい。

「それは、できません」

 やっぱり目上相手に呼び捨てなんて出来ないのでコハルは素直に言った。ユリウスは少し残念そうな顔をしたが、「私達にはまだ時間が必要ですね」と言いコハルの手を離した。

「今日は贈り物を届けに来ました」

 ユリウスが手を軽く上げると彼の背後に控えていた護衛の一人がプレゼントを抱えて持って来る。宝石とかならお断りしようと思っていたが、包みから取り出された品物を見てコハルは歓喜した。

 テーブルに並べられた贈り物はなんと、スキニータイプのデニムパンツ、白シャツ、化粧道具一式、ヘアセット一式、黒いシンプルなドレスの様なワンピースだったのだ。

「曾祖母様は活動的な方で、この履物を愛用していました。その名残で我が国では一般の女性でも好んで着用している方もいます。コハル様も気に入って下さると思ったのですが」

 ユリウスはデニムパンツを広げて見せた。コハルはそれはもう大興奮だ。瞳を輝かせてプレゼントに近づく。自然とユリウスと距離を縮めることになるのだが、そんな事はどうでもいい。これで動きやすくなり仕事の効率が上がることは間違いないのだから。

「すごい!どれも全部素敵ですね。ユリウス様、本当にありがとうございます。心から嬉しいです」

 相当嬉しかったコハルはユリウスと至近距離にいることを意識せず、今までロイド達でさえ見た事がない程の嬉しそうな笑顔でユリウスにお礼を言った。ユリウスは一瞬固まったがうっとりと破顔する。

「その笑顔を見れた事が何よりの喜びです。よろしければ明日着用して作業をしてみて下さい。今後の為にも使用感の感想をお願いします。それでは、また明日」

 ユリウスは護衛を連れて帰ろうと食堂の出入口に向かった。

 あれ?親子丼食べなくていいのかな?

 食べたいと言っていたのに帰ろうとするから慌てて追いかけて思わず彼の手を掴んでしまった。手と言っても届いたのは小指だけ。何故か小指を握るという変な状況だ。コハルは気まづくなったが、気にしたら負けだと知らんぷりをする。

「あの、ご飯食べないんですか?」

 てっきり思い出したとか言って食べると言うかと思っていたのに、何故かユリウスは溜息を吐いた。

「・・・自分の感情を抑えるのに必死なのです。ご理解ください」

手の力が緩み彼の手が離れると、彼は護衛を連れて去ってしまった。何だったんだろうと思ったが思わぬ頂き物に心が弾み破顔しながら食事を再開するコハル。そんな彼女の様子を見て騎士三人組は眉間に皺を寄せていた。

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