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 「・・・遅すぎないか」

 ロイドの言葉にルイスが頷いた。コハルが風呂から戻ってこない。女性は長風呂と聞いていたが、たしかに遅すぎる気がした。ウォルトが席を立ち、外通路に繋がる扉を叩く。

「コハル、大丈夫ですか?」

 ウォルトの呼び掛けに対して返事がない。振り返り二人と目を合わせ、頷き合う。いきなり扉を全開にするのではなく、少しだけ開けてそっと隙間から覗き様子を伺う。コハルの姿が確認出来ず、もう少し扉を開くとぐったりと露天風呂の塀に凭れ掛かるコハルを見つけた。

「コハル!?」

 ウォルトの声に控えていた二人も立ち上がり外に出た。コハルの姿を確認し、絶句する。

 俯いているコハルの裸体背面に散り咲いた、いくつもの赤い蕾を、肩にある酷い噛み跡を見て血の気が引いた。



***


 目が覚めると自分のベッドで寝ていた。何も着ていない、裸の状態でタオルがグルグルと体に巻かれている。

 ・・・やってしまった。
風呂で逆上せてしまい彼等が運んでくれたのだろう。つまり、裸を見られたわけで・・・キスマークも見られてしまったのだろう。彼等が仕事をしている最中に快楽に溺れていたということに後ろめたい気持ちになった。説明を求められるだろうか・・・どのくらい時間が経ったのだろうか・・・帰ってくれていたらありがたい。

 淡い期待を胸に階段を見ると、一階の灯りが階段を照らしていた。うん、まだいるな。服を着て、覚悟を決め一階に下りる。


 三人は無言で険しい表情をしていた。一番近くで立ち尽くすウォルトを見ると、下唇を噛み締めていてそこから血が出ている。慌ててそばに置いてあったタオルを手に取り血を拭こうと腕を伸ばしたら彼に手首を握られた。

「ウォルト君?」
「どこの輩に襲われたのですか!?どうして・・・こんなことにっ」

 握られている力が強くて痛い。顔を歪めると、その手をルイスに解かれ、椅子に座るよう促された。大人しく従うと彼は膝立ちをしてコハルの手を握り、真剣な面持ちで見つめている。

「コハル、こんな事男に聞かれるのは嫌かもしれませんが、医者に診てもらいましょう。その・・・」

 ルイスはきっと子種を中に出されたと思っているのだろう。もうそういう行為をしたと彼等は分かりきっているんだ。それは違うとはっきりと否定をした。

「最後まではしなかったです」
「・・・同意だったのですか?」
「最初は同意、ではなかったですが・・・」

 口を濁す。同意ではないと答えたのは嘘ではない。同意してからの行為ではなかったが、最終的にお触りを許可したのは間違いない。

「最後までしなかったから大丈夫です!逆上せてしまった様で、ご迷惑をおかけしてごめ」
「大丈夫ではないだろう!・・・大丈夫な・・・わけ・・・」

 初めて聞いたルイスの怒鳴り声に体が震えた。彼は傷ついた顔をしてコハルを抱き寄せる。いつも冷静で澄ました彼をこんなにも乱してしまった。ルイスの背中に腕を回して撫でる。何も言えない。途中から、自分から誘ったのだ。だから、本当に大丈夫なんだよ。

「ごめんなさいルイスさん。心配かけてごめんなさい」
「・・・もう二度と、一人では行動しないで下さい」
「それは・・・出来ません」

 常に誰かと行動を共にするという事は非現実的で、破る事が分かっている約束は出来ない。ルイスも頭では理解しているのだろう。無言でコハルを抱きしめる腕に力を増した。

 ロイドが近づき、ルイスからコハルを引き離して険しい表情のまま告げる。

「その者の特徴は?」
「・・・言ったらどうなりますか」
「見つけ出して打首にする」

 淡々と怖いことを言ったので血の気が引いた。今のロイドは本当に人を殺めてしまいそうな程殺気立っていて怖い。

「強姦は重罪で、打首か奴隷堕ちが処罰です」

 ルイスの言葉にゾッとした。打首、奴隷、聞き慣れない言葉に呼吸が落ち着かない。クルト達は自分達がしたこを許せないなら通報していいと言った。そんな重い罪を背負ってもいいという覚悟があったのだろうか。

「い、言えません!特徴はありません」
「・・・なぜ庇う」
「悪い人達じゃないです。本当に私は大丈夫ですから、この話はもう終わりにしましょう」

 お願いしますと強い眼差しを向けた。

「説明を・・・嘘は、つかないでくれ」

 もう終わりにしようと言ったのに、引き下がってはくれないみたいだ。コハルはクルト達の特徴は言わず、言えることだけを話した。彼等と出会い、数日を共にし、プロポーズをされたことも。

「求婚は・・・」
「お断りしました」
「それで逆上されたのか」
「・・・はい。本当に最後まではしなかったですし、最後は和解出来ました」
「つまりその者達はここに来る可能性があるのか・・」

 来てくれるかな。来てくれたら、嬉しい。体目的ではないという事だから。今度来てくれたらどんなおもてなしをしようか。クルト達を思うと自然と顔がほころぶ。いけない、今はそんな事考えている場合ではない。顔を引き締めロイドを見ると、今にも泣いてしまうのではないかと思うほどに顔を歪めていた。胸の苦しみを感じていると彼は視線を逸らした。

「・・・修繕が終わったので今日ここを出る。今すぐ荷造りをしてくれ」

 突然の話に驚いた。しかし、ここで働き口を失うわけにはいかない。せっかく手配してくれた彼等の厚意を無駄にしたくないので、慌てて準備をする。

 クルトとアルトはまた来てくれるかもしれない。でも暫くは会えないだろう。その事をどうやって伝えるか・・・。

 二階で準備をしていたコハルは、一冊の本とペンとメモを用意し、本に記載されている文字を参考にしながらペンをはしらせる。

『しごとがみつかりました。しばらくあえません。ふたりをきらいになったわけではありません。またね、おげんきで』

 ・・・読めるだろうか。慣れない文字で自分で書いた字が上手いのか下手なのかさえ分からない。だか今はこの手段しか彼等に伝える方法がない。

 メモをベッドに置き、荷物を持ってリビングへ戻った。

 あの動物になれる瓶はどうしよう。一応持っていこうかな。アルトが食べて慌てたら大変だよね。

 キッチンに置いていた飴瓶を鞄に詰め、準備が出来たと報告をした。彼等は相変わらず重い空気を漂わせている。自分のせいなのだろうが、気まづい。早く以前の様に戻ってほしい。

 馬に乗る前にタロウ達に挨拶をしに外へ出た。タロウとジロウは普段と変わらずに寛いでいる。他の動物達は夜は巣に帰るので疎らだ。

「暫く帰って来れないけど、お元気で。怪我しないでね」


 そして、コハルは新たな生活に一歩足を進めた。
 
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