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しおりを挟むコハルは歩く普段通りの速度でウォルトに近づいていたが、周りの視線に恐怖を感じ途中から駆け足になる。
あれ?いつの間にか帽子を被っている。
ウォルトは黒のキャスケットを被っていた。とても良く似合っている。
ウォルトの名前を呼ぶと彼は直ぐにコハルを見つけ駆けつけてくれる。その顔は虚脱したような安堵の色が浮かび、かなり心配させてしまっていた様だ。
女性の群れから救った時に触れてしまったのは仕方のないことだとして、普段では彼に対して一定の距離を保つことがコハルにとっての決まり事だからウォルトが触れられない程近くへ行きコハルは足を止めた。
しかし、ウォルトはそのまま足を止めることなくコハルを抱きしめた。その驚きの行動にフリーズしてしまう。
「よかった・・・本当によかったっ・・・」
無事でよかったと何度も呟き、力強く抱きしめられて苦しくなる。だが彼の身体が震えていて抗う意欲が湧かない。彼の背中に腕を回して宥めるように撫でた。思っていた以上に広い背中は顔に似合わず逞しい。弟の様に可愛がっていた筈だが男だと思えるのには十分だった。
「置いてっちゃってごめんなさい。怖かったよね、大丈夫でした?」
女性は近付いて来ませんでした?
ウォルトの顔色を伺うべく身体を離そうとしたが抱きしめられる力が緩むことはなく、離れられない。喋りやすいように少し高い位置にある彼の肩から背伸びをして顔を出した。これで話しやすくなったので仕方なくそのままの状態で会話をした。
あの後ロイド達と合流し、コハルを探しにロイドとルイスが散らばりウォルトはコハルがこの場所に戻ってくる可能性があるので待機していたという。申し訳ないことをしてしまった。
女性に群がられなかったかと聞いたら対策として帽子を被ることにしたみたいだ。帽子だけでこの魅力を隠せるか疑問だ。だって帽子姿もかっこいいから。現に女性が寄ってこないのを見ると効果はある様だ。
こんな道端でウォルトに抱きしめられている現実に徐々に顔が赤くなり鼓動が早くなっていくのがわかる。そういえばラウル様に見られてるのではないか。なんとか顔だけ動かし横目で後ろを見ると彼の姿は居なかった。代わりに沢山の人と目が合ってしまった。女性の悲鳴も聞こえる。やはりバレているのでは?
「ウォルト君そろそろ離れてほしいな。その、恥ずかしいから」
「・・・いやです。離したらまたどこかへ行っちゃうじゃないですか」
「もう行かないよ」
「約束してくれますか?」
「・・・」
「絶対、離しません」
抱きしめられている腕の力が強くなった。
出来ない約束はするべきじゃない。何があるか先のことはわからないから。もしかしたら先程出会った男の子の時みたいに修羅場に出くわすかもしれない。だから約束は出来ないと思ってしまった。
「ウォルト君嫌じゃないの?私、こう見えて女だけど」
貴方女性が苦手でしょ。
「わ、分かっていますよ!コハルなら大丈夫なんです。もう・・・やめてくださいよ」
ウォルトは聞こえないような声で呟いた。そんな彼に心の中で問うた。
何をやめろと言うのだ?その言葉は謎だけど、女として見られていないということで宜しいですか?
「コハルっ!」
このタイミングでロイドとルイスが戻ってきた。少し呼吸が乱れているので結構探し回してしまったんだと思い心苦しい。
身内にこの状況を見られると羞恥心が増した。助けてください、この人離してくれないんですと目で訴える。直ぐに助けてくれると思っていたのに意外にも彼等はこのまま会話をし始めた。その後ウォルトが状況報告をし終え、漸く解放された。
改めて迷惑を掛けてしまったので深く頭を下げて謝罪をした。彼等に真剣な表情でもう絶対に離れないと忠告をされ、大人しく頷く。
「甘いものは好きか?」
「はい、大好きです」
「では行こう」
ロイド曰く、巷で人気のレストランがあるらしい。いつも彼等はコハルに食事を持参してくれるのだが生菓子は崩れたりしてしまうのでこの世界で食べた事がなかった。これから食べられるであろうデザートに期待を膨らませて四人は移動を始める。
・・・・・。
どうしてでしょう。どうして私はロイドさんとルイスさんに手を繋がれているのでしょう。
右手にロイドの手、左手にルイスの手が握られている。どうしてかと聞いたらウォルトが噴水広場で起きた出来事をまるで犯罪を犯した脱走犯の様に話していた。手の握り方は普通ではあるがしっかりと握られているため、人差し指と小指の付け根の骨が若干痛い、というか違和感がある。離してほしいとお願いしても、いなくなるからダメだと言われてしまう。
こうなったら、こうだ!
コハルは器用に親指を曲げ、その指でロイドとルイスの手のひらを擽った。こそばゆい感覚に二人の手が緩みチャンスとばかりに自身の手を動かして恋人繋ぎに変えた。これなら痛くないし、違和感がない。
思いもよらない行動に驚いている二人を見て、してやったりと笑う。そんなコハルを見て彼等はため息を吐いた。
可愛らしいサーモンピンクの壁色が特徴的なお店へやって来た。内装もとても可愛らしく、女の子が喜びそうなインテリアに気分が上がる。四角いテーブルに案内され隣にロイドが座りその向かいにルイスと、コハルの正面にウォルトが座った。メニュー表をもらいそれに食らいつく。
モンブランもいいよね。でもフォンダンショコラも捨て難い・・・いや、シフォンケーキも・・・。
少し時間が経ち、待たせてしまっていると思い慌ててメニュー表から顔を出したら、ルイスとウォルトは普段通りの柔らかい表情で待っていてくれていた。隣を見ると、意外にもロイドが悩んでいる様子だ。
「ロイドさん決まりました?」
「・・・フォンダンショコラ・・いや、モンブランにする」
・・・かわいいっ!
普段クールなロイドがデザートで悩むというギャップにやられました。
ウォルトが注文をしてくれたのでデザートが運ばれるのを待つ。ちなみにコハルはフォンダンショコラを選んだ。
お店を入った時からずっと周りからの視線が気になる。内容は分からないがひそひそと此方を見ながら何かを話していて、いい気分ではない。思わず顔を伏せてしまう。
「コハルのおかげでこの店に来られました」
「え?」
ルイスの発言に俯いていた顔を上げ首を傾げる。何故自分のおかげなのだろう。彼はいつも通りの優しい顔で此方を見ていた。
笑顔のコハルを見たい。俯いてしまったコハルに対して話題を振るのが彼なりの対処方だ。
「私達は甘い物が好きですが男だけで来るのにはちょっと・・・ね」
ああ、言われてみれば。周りを見回すと各テーブルに一人は女性が居て楽しそうにお喋りをしている。男同士の人もいるけどかなり少ない組み合わせだ。
「ごめんなさい。多分見られてるの、俺・・・私のせいだと思います」
「え、なんでウォルト君のせいなの?」
「私が女性と同じテーブルに座ってるからでしょう。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」
今度はウォルトが俯いてしまった。その表情が痛々しくて居た堪れない。
・・・どうしてウォルト君が謝るのだろう。意味がわからない。それに、なんでこんなにも多くの人がウォルト君は女性が苦手だということを知っているのだろう。ウォルト君は誰のものでもない、この街の皆のウォルトなのだろうか。いや、冷静に考えよう。一つ思い浮かんだのはロイドさんと同じ・・・
「ウォルト君て男色なの?」
ブフーッ
身を乗り上げ周りに聞こえないよう頬に手を添えて小声でウォルトに聞いたら、彼は気分を変えようと丁度お冷を口に入れていた時だった為、含んでいた少量の水が噴き出されコハルの顔にかかる。ウォルトは慌てた様子で彼女のそばへ行き持参のハンカチで顔を拭いた。その行動に周囲はざわめき、ロイドとルイスは自身の肩を抱き笑いを堪えている。
コハルの見当違いが招いた事態なのにウォルトに顔を拭いてもらうのが申し訳なくて彼にことわり自分で顔を拭く。
その間ルイスが何故ウォルトの女性嫌いが有名かを説明してくれた。
ウォルトは過去に絶世の美女と称えられる王女に求婚され、断った。王女は癇癪を起こし王宮に務めている者や平民に悪事を働いた。貴重な女性でありしかも王女なので罪には問われなかったが、その原因となったウォルトの噂が拡散したのだ。
「ウォルトの断り方も良くはなかったので自業自得だな。でもコハル、彼の名誉のために言うけれどウォルトは男色ではないですよ・・・たぶん」
ルイスは兄の様な優しい顔で話し、最後はからかう様な口調でウォルトを見たがその表情が固まった。どうしたのだろうと彼の視線の先にあるウォルトを見ると無表情でコハルを見ていた。その瞳に光が無くてとても怖い。
「ど、どうしたのウォルト君、顔が怖いよ?」
ロイドもルイスも首を傾げて彼を見ている。
「・・・コハル、どうしたのですかコレ。誰かに・・・襲われた?」
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