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しおりを挟む五日後の今日、王宮内の地下にある会議室にリリーはいた。まだ誰もいない会議室の中、出入口の近くでテーブルに置かれた図面をずっと見つめている。リリーは任務の為に着飾った。サラサラだったピンクアメジストの長い髪をゆるふわに巻き、化粧を施し背中ががっつり開いている黒色のシンプルなドレスを着用し、高さのあるヒールを履いている。その姿は誰がどう見てもいい女だ。
コンコンッ
会議室の扉がノックをされたがリリーは動こうとしなかった。
「ノエル・スフォルツァです。入室の許可を下さい」
声をかけても応答がないので誰も居ないと思った、黒いスーツ姿のノエルは失礼しますと前置きをして扉を開けた。会議室の中にはリリーだけ。扉の近くに居たリリーは背面を向けたまま軽く振り返り誰が来たのかを確認した。
誰も居ないと思っていたのに背中を開けたドレス姿のリリーに驚いたノエル。彼はリリーと目が合うと動けなくなってしまった。白髪のふわふわした髪、蜂蜜色の瞳を何回かパチパチとさせたままドアノブから手が離せないでいる。
どうして動かないのか、何故中に入らないのか理解が出来ないリリーは無言のままノエルの腕を掴むと彼を移動をさせ自分の隣へノエルを立たせた。
高さのあるヒールを履いてもリリーの頭の位置はノエルの肩位。ノエルはやはりリリーは少女ではないかと疑うが背中から見える曲線美に女性特有の丸みを凝視してしまい慌てて視線を逸らした。
ぼけっとしてるなら図面でも見ていろ。
リリーはそう思ったのかもしれない。
彼女は相変わらず美しい顔をしているノエルを見るとこもなく、喋る事もなく、図面に集中している。その横顔をノエルは見続けていた。
コンコンッ
「エレン・オルレアンです」
ハッとし我に返ったノエルは入室を促した。入って来たのはプラチナブロンドの髪にアメジストの瞳を持った美丈夫のエレンだ。彼はリリーとノエルの距離の近さに瞠目したが、すぐに元の瞳に戻し空いているリリーの隣へ移動した。
「リリー嬢、今日はよろしく」
“嬢”なんて呼び慣れていない言葉にリリーは首を傾げた。そんなリリーの態度に顎に手を置き困惑するエレン。
「・・・もしかして嬢が余計だったかな。リリー?」
呼び捨てに変わりリリーは頷いた。思わず彼女の頭を撫でそうになったエレンは正気に戻ろうと伸ばしかけた腕を引っ込めた。
(いけない。彼女は少女じゃない。先日会ったばかりの女性に何をしようとしてるんだ)
リリーがノエルとエレンを交互に目線を合わせた後、図面にある一室を指を差して訴えた。
ここに帳簿があるんだぞ。と言っているように感じる。
「・・・リリーは喋れないの?」
ノエルが恐る恐ると言った感じで話しかけて来たのに対し、リリーはきょとんとした後顔を横に振った。
じゃあ何で話さないのと問いかけた時、再び会議室の扉が叩かれた。ぞろぞろとウィルフレッド、リヒャルト、ルークが入室する。ウィルフレッドとルークが空いているスペースへ移動する中、リヒャルトだけがリリーの背後で立ち止まった。何だ?とリリーが目を合わせると彼は人懐こそうな笑顔を向けた。
「リリー綺麗じゃん。俺リヒャルト。平民だから下に見てくれていいよ。よろしく」
ピンク髪にピンク瞳のリヒャルトが握手を求めてきた。少し悩んだリリーだが、減るもんじゃないかと握手に応えた。リヒャルトは満足そうに笑いながら空いてるスペースへ移動した。
何だったのだろうかと疑問を抱いたままリリーは人数確認をした。
・・・全員いる。
用意していた半顔を隠す仮面を騎士達の手前へ投げた。受け取った騎士達は仮面を触りながら首を傾げる。なぜ仮面?彼らがそう思っているのは一目瞭然。リリーが説明しようか悩んでいた時、影のリーダー、ジャックが突然現れた。騎士達は突然の出現にまだ慣れておらず声は出さずとも体で驚いている。
「よし、全員スーツだな。客は身元を明かさないよう仮面を被っている。それをつけてお前達も客になりすませ。まずは全員で馬車に乗り、途中で銀髪とリリー以外を降ろして移動をする。リリー、案内を」
リリーは高さのあるヒールを履いているにも関わらずスタスタと歩き始めた。それに続く騎士達。馬車に辿り着くと入るよう促した。がたいのいい男三人には狭すぎるようでノエル、エレン、リヒャルトは居心地が悪そうにしている。
反対側に座るウィルフレッドとルークの間が空いていたのでリリーは無言でそこに座った。
馬車の揺れに耐えながら暗い外道を眺めていたリヒャルトはふとリリーを見た。相変わらずの無表情で無言。そんな彼女の声を聞いてみたいと彼は思った。
「リリーはさあ、影でどのくらい働いてるの?」
任務に全く関係無いことを聞かれたリリーはふと考えた。子供の頃から影で働いていたが何年かと言われれば数えていないのでわからない。答えることが出来ないリリーはリヒャルトと目を合わせると首を傾げてこれが答えだとアピールをした。
「ええーじゃあさーリリー恋人はいる?あ!ここにいる連中の中だったら誰が一番タイプもが!!?」
リリーがリヒャルトの口を手で押さえた。この狭い馬車の中動く気配さえなかったのに一瞬でリヒャルトの膝上に跨がり体を密着させ至近距離に顔を近づかせ目で訴える。騎士達全員が驚きを隠せず瞠目した。
これ以上無駄口叩くな。
それが伝わったのかリヒャルトが頷いた。それを確認したリリーは今度はゆっくりとリヒャルトから降りて元の席へ戻った。
「・・・手、いい匂いした・・・わかった!わかったよ!」
再び喋り出したリヒャルトに対しリリーはその場を動かず何処から取り出したのか粘着テープを見せつけた。リヒャルトが慌てて両手を広げてもうしないと謝る。その横でエレンがクスクスと笑っていた。
「リリーは面白いね。・・・危険な状況になったら隠れるんだ。僕が見つけるから、いいね?」
エレンは本気で心配しているのだろう。真剣な表情をしているがリリーにとってはその言葉が理解不能で再び首を傾げることとなる。
私が貴方達の面倒を見る側だぞ。
だがリリーの意思は伝わらなかったようだ。横に座っているルークが横目でリリーを睨む。
「勘違いするなよ。こいつの優しさは誰にでもだ。リヒャルトはともかく私達は貴族だ。決して好意を抱くな。わかったな」
紫色の長い髪をひとつに束ねて金色の瞳を持つ美丈夫の鋭い視線と冷たい言葉にリリーは臆する事無く表情を崩さずに指だけを動かした。
ゆっくりと人差し指をルークに向けた後、リリー自身に指先を変え首を傾げた。
お前が私に惚れるなよ
まるでそう言っているような仕草にルークは目を見開き声を荒らげる。
「なっ!?私が貴様を好きになるわけないだろう!私は公爵家の人間だぞ!!」
ルークの意外な慌てように仲間である騎士達は面白いものでも見ているかのようにクスクス笑っている。リリーはそんな空気の中、しらーと姿勢を正して無を貫いた。
裏カジノから少し離れた場所で馬車が止まった。ここでリリーとウィルフレッド以外の者達が下車をする。各自目元を隠す仮面を被り極力音が出ないよう静かに降りた。
最後にルークが降りかけた時、彼は振り返りリリーを睨みつける。
「後味悪いから死ぬなよ」
更に舌打ちをして馬車から離れていくルークに対し、リリーは煩い男だと思いながら床を見つめた。
再び馬車が動き出す。
「・・・あれはルークなりの優しさなんだ。エレンに集る女性が泣く姿を何度も見ているから。だがエレンの言った通り危険な状況になったら逃げてくれ。俺はあいつら程優しくはない」
銀髪碧眼の美丈夫ウィルフレッドがリリーを見ずに告げた。なぜこの男もそんな戯言を口にするのか理解が出来ないリリーは早く目的地に着かないかと考えながらじっと床を見つめる。
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