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誕生日パーティー

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週末の巨大な病院は外来診察も無く、閑散としている。夕方ともなれば入院患者のいる病棟に出勤しているナース、当直医がまばらに病棟内を行き交うだけだった。

 
「さぁ、行きましょうか…」



胸部外科教授の三浦ハルヒが 町田柊士と黒崎ユキを病室迄迎えにきていた。

病院の敷地外の進入路にはまだ 報道関係と思われる車両や人間が少数待機していた。


大学病院には複数の出入り口に通じる通路が迷路の様に入りくんでいる。

各診療科のスタッフの移動経路なのか、コメディカルスタッフの移動経路や事務方 学生 基礎医学研究者達の通路か 複雑に交わるラビリンスを選びながら三浦先生が選んだのは救命医達が普段使っている出入り口。

あらかじめ三浦先生の自家用車をスタッフに移動して来てもらっていた。


  
  「さぁ 乗って下さい」


ごく一般的なエコノミーカー。

後部座席に乗り込んだ町田柊士の後に乗ろうとした黒崎先生に似た娘に、

 

「お嬢さんは、申し訳ないけど助手席に乗ってくれる? 町田先生は身を隠して下さい。」




2人は素直に三浦先生に従う。医学部の正門脇にも報道車らしい見慣れない車が一台視界に入るが、三浦先生は何食わぬ顔で正門を抜けて
上野から首都高速環状線に入った。


 
「町田先生、窮屈だったでしょ? もう大丈夫ですよ」



三浦先生がルームミラーで後部座席に身を屈めていた町田柊士を確認しながら声をかけた。


 
「三浦先生、俺に〝先生〟はやめて下さい。町田でいいですよ…三浦先生にも華蓮を助けて頂いたんですから…〝俺達には恩人〟のお医者さんなんですよ…」


三浦先生は全く覚えていなかった。



三人は1時間程で鎌倉の黒崎先生の実家に到着した。
旅館の入り口で 女将の綾野カヲルが出迎えている。

 
「おばあちゃんっ 」


黒崎ユキは カヲルに駆け寄り


「彼だよっ 町田先生っ、連れて来たよ」




「ユキちゃん、お行儀良くしてね、……三浦先生の横の方ね!」

カヲルは孫娘を優しく窘め、二人の男性に挨拶をした。三浦ハルヒは
度々黒崎先生に呼び出されカヲルとは 顔馴染みの間柄だった。



「三浦先生、この度はお忙しいなか孫娘の誕生日会にお越し頂き有難うございます。」


馴染みであっても丁寧に挨拶し、三浦ハルヒの横の男性に向かうと、



「町田先生 遠路はるばるよくおいでくださいました…」深々と御辞儀をした後、


「ユキちゃん、御二方をご案内して差し上げて頂戴」

    …………



「先生っ 三浦先生っ こっちよ!」
ユキは旅館の正面玄関を避けて脇の通路になった犬走りを案内しようとした。


「ユキちゃん! そこはお客様をお通しする所じゃありませんよっ」



「いいのっ いいの! お客様じゃないし~ 先生っ は!……
三浦先生だって こっち側からのほうがリラックスできるから、どうせ、ダディもジィジとTV見てるって 早く来てっ」



数寄屋造りの旅館の建物に沿って敷地の裏手に周ると、家族が暮らす母家に二人を案内した。




「へぇ~此処が 先生が生まれた実家なんだ!」
初めて母屋に通された三浦ハルヒはごく一般的な木造平家の民家に自分の実家を重ね合わせ黒崎先生をより身近な存在に感じた。


「ダディっ ジィジっ タクヤっ! 町田先生連れて来たよーっ」

黒崎ユキの中に三浦ハルヒ教授は全く存在していない。



二人は磨き上げられた年季の入った板張りの廊下をユキの後について歩く。
大の男二人が歩いても軋むことの無い手入れの行き届いた古い木造家屋だった。

ユキに連れて来られた部屋は 昭和の日本家屋の典型的な間取りの居間で、十畳程の居間は4人掛けのソファ その正面にパネルタイプの大画面TV。 
畳に寝っ転がって新聞を広げているのは綾野ツヨシ…ユキの祖父。



ソファを独占して手足をのばした黒崎先生は、リモコンでTVチャンネルを何度も変えている。



正面奥の縁側でゲームバトルに興じているのは ユキの血の繋がりの無い兄で町田柊士の顧問弁護士黒崎タクヤ。
タクヤと対面でゲームに熱中しているのはユキの叔父さん綾野タダシ……見事な男系家族。


ユキの甲高い声で皆一斉に 居間の入り口に顔を向けた。



皆の視線に映ったのは、ユキ  ユキの父親の〝元部下〟そして
連日 ワイドショーやネットニュースで注目されていた 〝旬の人〟

最初に驚きの声を発したのは 叔父さんだった。




「えーっ マジでぇー⁈ ちゃうやろ 本物?えーっえー…なんでおんねん! 」

タダシが その場を立ち上がる。



「今晩は、初めまして…」

189センチの大柄な男性は鴨居に頭をぶつけない様にしながら居間に足を踏み入れた。




「先生っ アタシの叔父さん…」

黒崎ユキはゲームを放棄して 唖然と突っ立ってるずんぐりした男性を指差した。

「タダシ! ちゃんと挨拶してよねっ! ったくもうーっ」

……なんなの~ 皆 最悪じゃんっっっっ…


「ダディっ ちょっとっ避けてよっ 先生が座れない!!」
ユキは無視を決め込んでいた父親を揺さぶりソファを 町田に譲れと
黒崎先生の横っ腹をパンパン叩いた。

「ユキっ お前 何張り切ってんだ? 町田っ その辺適当に座れっ…」

黒崎先生はのっそり起き上がるが、ソファを譲る気はさらさら無い。


「嘘じゃないよ… 本物の 彫刻家 シュウジ.マチダ先生」


タクヤが ゲームバトルを征した。




「クッソッ タクヤ!お前セコイやっちゃなぁ~
あっあっ…そ、その 町田センセイ 後でアニキと三人で記念の写メ お願いしますわ…」


「これは、ご高名な先生方 このようなむさ苦しい所へ…ようこそ、ようこそ……welcome!welcome! 」



やや遅れて 立ち上がった この家の〝主人〟綾野ツヨシは 町田柊士と三浦ハルヒを 縁側の席に誘導し、座ってゲームバトルしていた息子と孫に、



「ほれっ 退けっ! お客さんに譲らんかっ!」

と、主人らしく二人を蹴散らした。



タクヤは二台のパソコンを抱えて台所のテーブルへ、タダシは 黒崎先生の横に落ち着いた。


「ユキちゃんっ 先生方に お茶入れて差し上げて……ついでにジィジにもな…」



ツヨシは 居間の真ん中の立派な欅の一枚板で作られた座卓を前に座り直した。



〝俺ビールっ〟    〝あっ 確か柿の**あったよな?〟

   
  〝僕もビールにしようかなぁ〟   



 〝ユキちゃんっ冷蔵庫に何か無いかい?〟


 
 いっぺんに ユキを頼りに注文が出る 
    どうしようも無い綾野黒崎男性達。




町田柊士は この一家団欒風景を どれほど長年憧れていたか、自分には絶対手に入れられ無い〝モノ〟だと思っていた。


  

 「わかった! タダシっ ビール運んでよっ お茶の人は? 先先とジィジ? 三浦先生っ 何がいい? ダーッは!?」



食器を手際よく盆に並べ リクエストの〝柿の**〟を菓子盆にひと袋全部雑にぶっちゃけた。



 「あれっ ダー! 何? 何か欲しいの?」


ユキが忙しなく台所を右往左往していると 黒崎先生が床下収納から 赤ワインを一本取り出してきた。


ユキにワインを見せつつ 〝コレ、コレ〟と目で合図する。


 「おいっ 町田ぁ 一杯くらいなら 許す! いいワインあるけど飲むか?」


ワインボトルを掲げて 町田柊士の視界にチラつかせると


  「いーんですか? いーんですねっ…!」

町田柊士の強面が崩れる。


  
 「え~じゃぁ お茶はジィジだけ~?」


ユキが ツヨシを見ると ツヨシがニンマリ微笑んで、

 
 「ジィジも一杯やろうかな…冷蔵庫にカップ酒あるだろ?」

   ………カップ酒?……


ユキに〝カップ酒〟はわからないWordだった。



結局 黒崎先生が〝カップ酒〟と冷蔵庫に入っていた佃煮を義父に運ぶ。


 「ヒカル君 thank you!thank you!」

今日に限って英語ワードを連発するツヨシに、



「とーちゃん ややこしい英語いらんねんっ 」と言いながら 
タダシも畳に座り直して 無造作に置かれた鞄から 新幹線で食べて開けかけた 〝さきいか〟 〝酢昆布〟 〝ピーナッツ〟を出してきた。



黒崎先生は 町田柊士だけに 冷蔵庫に残っていた〝じゃがいもの煮転がし〟をわざわざ軽く〝チン〟して出してやる。



「食えるか? お袋の味ってやつだ…」


    

     ………………




 

   … あれ………何だ、
     …これ……この気持ち…ヤバい…

町田柊士は 誰にも悟られないよう暗がりの中庭に目をやった。
磨き抜かれたガラスに自分顔が歪んで映る。
背後に映る幸せそうな一家。皆が違う世界で暮らしているのに 久々に集まると家族の大きな愛情と強い絆がびんびん伝わってくる。


こみあげてくる感情を庭に視線を向ける事で堪えていた。

こぶしをぐっとまぶたに押し付ける…誰にも気づかれ無いように…



「町田さん、いいですねぇ…大家族は、僕はひとりっ子でね、もう廃村になった山奥の村で生まれたんですよ……」


三浦先生は 黒崎先生が人に対しておおらかで寛大なのは その生い立ちにある事を町田柊士に語りだした。

そしてそんな先生の周りには黙っていても人が吸い寄せらられるように集まって、皆何らかの〝救い〟を黒崎先生から貰っているとも語る。

  

  ……確かな事は 〝俺〟も救われている…




…黒崎先生…59年の道のりは平坦じゃ無い。…人の何倍も不幸に見舞われている。でも 先生は過去を振り返えらない、常に前向きで降りかかる火の粉は自分で払い退けてきた…強い精神力…


三浦先生は 心から黒崎先生を尊敬し、師と仰いでいる。




…死に一番近い〝俺〟短いだろう俺の人生…これから俺を育ててくれた社会に何が出来る?……



「まぁっ!何やってるのっ! 御座敷に用意が出来ているのにっ!先に始めちゃうなんてぇ~ ヒカルさんっ!」

綾野カヲルが すっかり和んでいる男性達へ その責任を息子に向ける。



「おいっ お前達 手に持ったグラスごと旅館の宴会場へ行くぞっ」

黒崎先生が号令を掛けると 〝一家〟はその場を立ち上がる。



カップ酒を握った義父も その号令につられて立ち上がるが、すでに足がもつれ 酔いがまわり始めていた。

「あっあなた! もう酔っ払って…」

カヲルは 夫のタダシをささえながら、


「ヒカルさん! お義父さんっ 何とかしてっ ヒカルっ!」

カヲルは息子に〝あなたが好き放題するから何もかも台無しよっ!〟とでも言いたげに 睨む。


「父ちゃんっ もう寝なよっ さぁ 年寄りは早く寝て、早く起きるっ、さぁ 寝ようなっ…」


タダシが黒崎先生に代わって助け舟を出した。


「あらっ タダシちゃんっ タダシちゃん良いのよ、ヒカルが一番年長のくせに、先頭だってお酒を飲むんだから、…」

流石の黒崎先生も 古希を過ぎた母には 頭が上がらない。若い頃の放蕩も黙認して息子をとことん信用してくれた唯一無二の存在。


「お母さん、すみません お母さんの楽しみを邪魔する気などさらさらないんですよ……皆が久々に集まってつい、ハメを外してしまった。…いやーすみませんっ ごめんなさいっっっ」

こんな時は、ひたすら謝る。怖いもの知らず、傍若無人、やりたい放題の黒崎先生も 苦手な人は存在する。



母親を知らない 三人は 母子喧嘩も羨ましい…

      …おばあちゃん…長生きしてよ…

 …お義母さん…俺も怒ってくれへんかなぁ……


    ……先生……羨ましいですよ…


料理旅館を生業にしている 綾野カヲルは 早くから 孫娘の誕生日を祝う会を催せる事を楽しみに 12月24日は完璧に準備したはずが、一人息子に 危うく台無しにされる所だった。

カヲルも普段から親しく付き合っている数人を招待していたのだ。



(……また、ヒカルさんの評判が落ちそう…なぜ、もう少しお行儀良く振る舞えないのかしらねぇ……)


自然と深いため息がでる。



旅館内の30畳の宴会場には 立食用にテーブルを配置して 既にカヲルが招待した数人が談笑していた。




そんな事とは知らない先生は 母家から旅館に至る廊下を皆を引き連れ 酔いに任せて 宴会場に雪崩れ込んだが……
先に到着している顔触れをみて…

       ( …………マズイッ!…)
 
  黒崎先生が固まった。



〝お母さんっ何故有栖川のバ…大奥さんが居るんですか!〟



「あら 奥様が 温子さんの事で私達母子を今まで誤解していたから是非 〝貴方〟に謝りたいっておっしゃって…」



〝こんな 内輪の集まりにわざわざ ややこしいバ…をお呼びしなくても…っ…〟



「や~っヒカル君っ 待ちかねたよ!〝先生〟を… 紹介して下さいよっ」


早速 池田チハルが 〝シュウジ.マチダ〟を紹介しろとせっつく。




「お義兄さんっ 悪いが 今夜は 娘の誕生日会でしてね、町田先生は娘の知人なんですよ! 少し場をわきまえてもらわなくっちゃ…」



珍しく池田チハルに注意し、有栖川の主に 真っ当に礼儀をわきまえている姿をアピールする黒崎先生を 有栖川温子と妹のミチコが苦笑しながら見守っている。



2人の会話が、聞き捨てならないと、沸点の低過ぎる黒崎ユキが

「叔父さん! ちょっと図々しくない? 普通なら 町田先生はこんな集まりに来るような人じゃないんだからっ 馴れ馴れしくダディを使わないでよっ!」


父親の義兄に向かって勇ましく啖呵を切ってプイッと横を向く。


 (くっ!!父親も父親なら娘も娘だっ何て礼儀知らずなんだっ…)


池田チハルは湧き上がる怒りを堪えるあまり顔が赤くなっている。



黒崎先生は 〝ユキっよく言った♪〟と、ご満悦だった …が…

 

 「黒崎っ…年長者に向かって何て口の利き方だ、謝るんだっ 」

町田柊士が 黒崎ユキを厳しく叱りつけた。



「だって…先生の来日レセプションにも 招待されてないじゃん!」

ぷっと膨れた顔が、19歳になった娘の取る行いでは無い。
   


「そんな事は 君に関係ないだろ? 大人の事情に首を挟むんじゃないよっ…」

町田柊士は 手のひらに圧力をかけて 彼女の均整のとれた小さな頭にズンと乗せた。


   「 …いっ…た…   っ」

  ユキは眉間を寄せる。



「どちらの方か…存知上げませんが、うち学生が失礼な態度を執りました。申し訳ない……… お詫びと言っては何ですが…もし、お時間ありましたら、来年初展覧会のレセプションが帝◯ホテルでありますので 宜しければ、おいでください。」

町田柊士はテーブルナプキンに 持ち歩いているサインペンで ささっと何か書くと、

「これを レセプション会場で見せて下さい」

池田チハル先生に ナプキンを折りたたんで手渡した。



〝マナーをわきまえた方もいらっしゃったわね…〟



「おばあさまっ お声が大きくてよ…!」

有栖川温子が 祖母に注意する。


「ヒカルさんっ 其方の背の高い殿方を紹介してくれませんこと?
あぁ その 威勢の良いお嬢さんも…ね…」

有栖川家の主が 先生を名指しして 町田柊士を紹介しろと無茶振りし、付け足しで 娘も紹介しろと…

  
(…っく …いちいち感に触るババァだぜ…)



一方の池田チハルは 町田柊士から 直接レセプションに招待されて、黒崎父娘への怒りはあっさり収まり サイン入りテーブルナプキンを大事そうに何度も見返している。

〝大切なお客様だから 粗相の無いように!
                 shu.M〟



「おばあさま、今日の主役は ヒー君のお嬢さんですよ、おばあさまの方が 自己紹介なさるのが すじ というものじゃないですか?」

温子は いつまでも血筋をひけらかす祖母にウンザリしていた。


「大奥様っ! ご紹介いたしましょう、こちらは、今世界中から注目を集めている 新進気鋭の彫刻家 〝シュウジ.マチダ〟氏です。
そして この 勇ましい男か女かわからないのが 我が一人娘の 黒崎ユキ。マチダ氏はご存知の通り超有名彫刻家なのですが、ウチの馬鹿娘が通う ニューヨークにある大学で非常勤講師もされててですねー そこで 不出来な娘を指導して下さってまして………       …」


黒崎先生はほろ酔い気分で ある事ない事ペラペラと有栖川家の大奥様に向かって話し続けている。


大奥様の横で 黒崎ユキを観察しているのが、有栖川温子…黒崎先生の初恋の相手だった。



(綺麗なお嬢さん… 背も高くて、お顔もちっちゃくて…さぞかしヒー君の亡くなられたお嫁さんは美しい方だったのね…)


今も黒崎先生の心の中を独占している 見たことの無い女性に嫉妬している自分が恨めしいと有栖川温子は落ち込む。



「ダッドっ このおばぁちゃんは 誰? 何故ユキ達のプライベートまで話してるの?」



ほぼアメリカ人の 彼女は 日本のマナーとしての自己紹介や経歴紹介を〝個人〟にするなど あり得ないと思っている。


「ユキちゃん… お父さんに任せて…ね…」

カヲルは 孫娘がまた癇癪を起こさないかヒヤヒヤしている。

    (……あーもう、心臓に悪いわ…)




「yuki. Shut up and follow. 」
(黙って従いなさい)

タクヤが ヒートアップする妹に自制を促すが



「huh! Why?」(はぁ⁈)

タクヤの耳打ちも全く効かない。

  ………………




「ヒカルさんっ 貴方ご説明はわかりました。とにかく、こちらの紳士と、貴方の娘さんが師弟関係って事でよろしいかしら?」



ツンと上向きに顎を突き出した和服の老婆はやはり 目の前の慇懃無礼な黒崎ヒカルを認める事が出来ないと改めて確信した。





「その通りです、大奥様 うちの娘はともかく、町田先生は今世紀最大の芸術家と言っても過言ではありません!さぁ、さ 大奥様、町田先生をご紹介させていただきますよ!」



黒崎先生は 場の様子を眺めていた町田柊士に〝来い、来いっ〟と目で合図を送った。



「 Hay! …She is an old royal family.」
     (昔の貴族)


タクヤはユキを制ししながら、町田柊士に小声で伝えた。


「I see.」

町田は、初めて 黒崎先生がクソ丁寧に対応している老婆の素性を理解した。




町田柊士は 今まで様々な国の美術 芸術 建築分野のコンペディションで多くの受賞を重ねてきた。その国々の国王や貴族階級 元首達が受賞者を招待して催す晩餐会にも嫌という程顔を出してきた。

当然の事ながら 有栖川家主の老婆にも全く臆する事なく〝芸術的な
対応〟で 黒崎先生の窮状を救った。



( ……もとヤンキーっ 恐るべし!…)




元ヤンと知っているのはこの場では、
   黒崎先生唯1人。





有栖川家の老婆を〝お姫様扱い〟してすっかり籠絡した町田柊士は、次の機会は 一族が集まった時にと招待された。


しかし、大政奉還の後の明治の頃ならあり得るが、令和の時代に元皇族をひけらかして〝敬ってくれる〟処など何処にも無い。


 

 悲しい元〝お姫様〟だった。


「おいっ 三浦 ところで、香川は?」

黒崎先生は椅子に腰掛けて ワインを傾けながら、
香川タカシが見当たらない事に 〝今〟頃気がついた。




「あれー? 確か、ファイン博士を羽田に迎えに行かれて…その後こちらに来ると 言ってましたが…首都高渋滞中ですかね…」



三浦ハルヒは何の疑念も無く大きめなローストビーフ一枚を一口で口の中に押し込んだ。



〝…さては…また…始まったか…単発か継続か?〟



「ダッドっ 何よ 〝単発が継続〟って?」

突然ユキが近くにいて 独り言を聴かれ、流石の先生も、慌てて


「なっ何でも無いよ、なんだよっ ダディのところにまとわりついたって何も無いぞっ」

話しをすり替える。



「だって…つまんないよ…アメリカの家の誕生日パーティーの方がずっと好きっ! ずっと楽しいっ!」



ユキがつまらないと言うには それなりの理由があった。
国柄の違いかもしれない。


アメリカはパーティーは楽しむもので、 ビジネスでは無い。



しかし  此処はどうだ…


すっかり主役は〝町田柊士先生〟で、誕生日の女王様は主役の座から早くも転落していた。

 
 ( フン…すぐに金や流行りに群がる…馬鹿どもめ…)



「じゃ、パパと賭けるか?」



「えっ どんな賭け、ゲーム? 何賭ける?」

ユキの機嫌は少し持ち直した。そこは未だ19歳の女の子だった。


「そうだなぁ… ほれっ見てみろっ 有栖川の婆さん、お前の先生に〝ゾッコン〟らしいぞ 孫娘を押し付ける気だよ♪」



黒崎先生がニヤニヤする。
町田柊士と有栖川温子が 何とか なったら 娘は取られないし、温子のちょっとウザい執着から 解放され 先生にとっては渡りに舟とばかりに、

(年上女もいいもんだぞ マ•チ•ダ )


「何 ニヤついてるのよ ダーッ キモい! あのさ……町田先生ってばお金持ちだし カッコいいし…まだまだ有名になるはずだし、いーんじゃない? 世界中何処いったって 女がほっとかない」


娘が女に関して嫉妬しないのは、今に始まった事では無い。町田柊士がソーホーで取っ替え引っ替え高級コールガールをデリバリーして昼夜問わずSEXしていても全く意に返さなかった。



「やっぱり お前 ちょっと変わった娘だよな… 町田を温子に取られて 〝ダディっ〟って泣きついてきても知らないからなっ」



ローストチキンの丸焼きから、足を手づかみでもぎ取りむしゃむしゃかぶりついている娘が…先生は心配になってきた。
ジューシーな鳥のモモ肉をゆっくり咀嚼しゴクリと飲み込むと ジンジャエールで喉を潤し食事には満足気な娘。


( …おばあちゃんちの食事は最高なんだけどなぁ…)




「… ダッド、心配無用……あのヒト…町田先生の好みから度外れもいいとこだから!」


19歳の小娘にケロッとディスられた女…
  有栖川温子


「そうかぁ~ダディはいい女だと思うがなぁ…」



町田柊士を囲む人の輪を見ていたユキが、

「先生が 〝好きそうなヒト〟いたよ!…ど真ん中っぽい」


壁際に並んだ椅子に父娘で腰掛け、二人は人間観察をはじめる。



「えっ!どいつだっ?」

娘の指先の延長線上に引っ掛かる女性達を注視していた先生は、ゲッっと変な声を出した。

      …………雲母か!…

池田ミチコ推薦の看護師〝雲母遥〟


「…ユキっ 〝アレ〟はヤバい!最大最強ライバル出現だぞっ…」


先生は 【岬診療所】に初出勤した時の 衝撃的な 彼女の行動を、思い出して…全身の血が下半身に流れ込んできたような熱を感じ、脚を組み直し、股間の〝モノ〟の反応を誤魔化した。




「フーン 町田も趣味悪りーなぁ…」


自分が彼女の性的な魅力にヤられてる癖に 町田柊士をディスる。




「いいか 悪いか 何処に基準を置くかでしょっ!」


再び鳥のモモ肉にかぶりついた肉食の我が娘。


「ふーん、なるほどな じゃ賭ける価値ないか?」


先生も残りのワインを飲み干して シャンパングラスに持ち替えた。



「えー何ぃ? 〝あの女〟とユキのどっちを選ぶかって事?」



「まぁ そんなとこかな…」


娘のご機嫌もまずまず戻り ゲームはどうでも良くなっていた。


「一瞬だよ! 一瞬っ みてて」


  カッシャーンッ ドッサッ!


黒崎ユキは手に持ったグラスをワザと床に落とし、自分から尻もちを着いた。

その瞬間 瞬く間に 大柄な男が 



「黒崎っ! 何やってんだっ 」

声は荒々しいのに行動は甘く優しいモノだった。


先生はぽっかり口を開けた間抜けた表情で〝それ〟を見ている。



素早く座り込んだ黒崎ユキを抱き上げて 立たすと ガラス片で切り傷がないかくまなく確かめている町田柊士の姿は、宴会場にいる皆の目には恋人同士か夫婦の〝それ〟にしか映らなかった。




(…ユキ…いつからそんなしたたかな女になっちまったんだ…)

先生は少し酔っていた。


「まぁ!ユキちゃんっ 大丈夫? ヒカルさんっ貴方座ってないでっ!」
慌てるカヲルに、



「女将さん 大丈夫ですよ、私がお孫さん見てますから、ケガも無いし〝お父さん〟の近くで大人しくさせておきます」

町田柊士を初めて間近で見た綾野カヲルは、その色気に歳を忘れてドギマギしてしまった。

 
 (…あらっ、美男…どうしましょうっっ…)

連日連夜プロの女性達とハードな運動に励んでいた芸術家はその強烈なフェロモンを撒き散らしながら紳士的な態度でおばあちゃん達にまで好感度を上げている。




「黒崎っ …ワザとだなっ…」

短く刈り込んだショートヘアの〝女子生徒〟の剥き出しの額を 人差し指で ピンっと弾いた。

正面から見つめてくる町田柊士に向かって



「だって、今日は誰の日なのよ! 先生なんか誘わなきゃ良かったよ…」

   フンと横を向く。


さっきまでご機嫌にローストチキンにむしゃぶりついていたかと思えば、脂で光る唇を尖らせて拗ねて見せる女子生徒の危うい感情のアンバランスさを可愛いと思わない男はいないだろうと 娘の姿を過去の自分や妻と重ね合わせて見つめる黒崎先生は、



(……ユキはやっぱり俺達の娘だな…釣り上げた魚はデッカいぞ…
      ミチル… 見てるか?…)




町田柊士は 黒崎ユキの父親の目の前でその娘を愛おしむように 扱う。




「おいっ 町田っ いっその事 婚約発表しちまえよ!このままだと俺の娘は とんでもねぇ〝悪女〟になりかねないからなっ お前のせいで 学業疎かにされた日にゃ 死んだ嫁にも申し訳たたないよ…」

先生は シャンパンを一気に飲み干した。


「さぁて 俺はもう 寝るから… あとはよろしくやってくれ!」

先生は 一目をはばかりながら宴会場からずらかろうとした時、




「ヒカルゥーーーーーッ」

金髪女性が  先生に抱きついた。




















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