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病室にて

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町田柊士は、T大学医学部附属病院の最上階南西の角に配された65平米相当の病室に〝隔離〟状態で入院3日目の夜を迎えていた。



高層ビル特有の強い風圧にも耐えられる強化ガラスのフィックス窓。採光に配慮された病室の壁は相当の広さを開口部にさいて設計されている。

寸前に点滴から解放された町田は 〝寝台〟から起き上がり窓際まで行くと遠くに視線を向けた。その先には横浜ベイブリッジの主塔がライトアップされ背後の高層ビルの航空障害灯が規則正しく点滅している。



(…街の景色はどんどん変わっていくが、相変わらず俺ってやつは何も変わっちゃいない…)

眼下を縦横無尽に弧をえがきながらヒカリのドットが繋がって流れていく。



ハァと深いため息が町田柊士の口から呼吸と共に吐き出され冬の冷え切った外気温と空調で保たれた室温との温度差で、一瞬白く窓ガラスを曇らせる。




毎日の検査は、細部に及んではいるが至って快適だった。唯一、MRIのあの〝騒音〟だけは勘弁して欲しいと思っている。
弊所恐怖症ではないがあの狭い筒の中で手足を固定されたまま酷い騒音の中で30分は耐えなければいけない。まるで拷問だと柊士は思う。
病になり、医者とは離れたくても離れられない。離れる事は全快か死…二者択一しか柊士に選択肢は無かった。




窮屈な現実。作品を生み出すだけで金が湧いてくるいい加減な世の中。



「……馬鹿馬鹿しい…俺の糞すら金にする気か?」




「やあ 町田先生っ  誰に向かって言ってるのかな…」


音もなくニヤつきながら病室に入ってきたのは数日髭も剃っていなさそうな薄汚れた中年の主治医だった。

先生はノートパソコンを抱えてノックもせず、町田柊士の病室に入ってきた。



「〝せんせい〟はやめてくださいよ… 〝先生〟は貴方なんだから……それってもしか、検査の中間発表ですか?…萎える発表なら最後がいいなぁ…」

町田柊士も黒崎先生に負けず劣らず言い返す。



「そりゃそうだ、せっかくビンビンしてきて…萎える事言われちゃ、俺だって嫌だからな……いくら娘を横取りされそうだって私情は挟まないから安心しろっ…現状をさ、3Dで お前に見せてやろうと思ってな…」



このVIPな病室は、会議もできる部屋があり、マンションの一室の様にシャワールーム、トイレ、ミニキッチンが備わっていた。

革張りのソファーにドッカと腰掛けた先生の身体が程良くソファーに沈み、先生は、座り心地を確かめながら応接テーブルに置いたノートパソコンに白衣のポケットから出したUSBメモリーを差し込んだ。



「どうよっ お前の皮と肉を削いだ全身の3D画像だぜっ……」
ひとりで画像に満足しながら見入ってしまった先生は、気が付いたように、やや頭を上げて、右側の窓際で先生を凝視している町田柊士を手招きした。

 
     来い来いと……

         …………

その頃、香川タカシは町田柊士の帰国より3日遅れて羽田に着いた。
年末年始は両親が住むイングランドで数年ぶりに家族水要らずのカウントダウンを聴くハズだった…

羽田からタクシーで祖父母が暮らしていた母の実家に向かう。

町医師だった祖父が他界したあと、手入れを業者に委託して空家のまま住まずにおいた母が 大学生まで育った家。

そして香川タカシも中学、高校と祖父母と生活を共にした懐かしい場所だった。

来年父親が定年を迎えた後、両親はこの家で暮らすと云う。
年明け早々にはリフォーム業者が入り内装は現代の暮らしにあった洋風に変えてしまうらしい。

一抹の寂しさとともに室内を見回す。

低い天井、背が伸びて180センチを超えた頃には、慌ててよく鴨居でおでこをぶつけたものだった。その度祖母が軟膏を塗ってくれ、祖父は
「タカシ 慌てても何のいい事も無い、忙しい時こそ意識してゆったり行動することだ…」

祖父の忠告は今も香川タカシのさまざまな場面で心に語りかけてくれている。
居間の縁側の狭い庭で〝おじいさん〟は毎朝竹刀を振ってその気合いの声が目覚まし時計代わりだった事がつい昨日のように脳裏に蘇る。


  ……この低い天井も、箱庭も年内限りか…


  スマホの着信音…!
ダー○○ーダーのテーマメロディー…

    …黒崎先生

香川タカシの携帯電話の着信音はスマホに変わろうと、黒崎先生だけ 18年間ダー○○ーダのテーマメロディーから変わらない。ここ数年はほとんど鳴らなかった着信音、最近の頻度は凄まじい。

先生の電話は予想外な無茶振りと諦め、着信音で心の準備が香川タカシには必要だった。

〝はい、香川です。今世田谷です。これから向かいます。〟



12時間前、サンノゼ国際空港発羽田直行便に搭乗し今朝方羽田に着いたばかりで 流石に自宅で少し休んでから…と思っていた矢先、黒崎先生には長旅の疲れは通用しない。


〝香川っ 職員IDとお前の白衣用意してるから医局でそれ受け取ったら直ぐに20階South west1003の病室に来てくれっ!〟

      ………

   ………要件だけ一方的に言うと切る…
     年食ったって相変わらず…

香川タカシは、ゆっくりする間もなく 世田谷の家を出て私鉄とメトロを乗り継いだ。

十数年振りに見上げた 〝鈍色の巨塔〟

初めてこの巨塔に足を踏み入れたのは…

     

    
    ……君に逢いたい一心だった…




……君は血色が良くない癖にいつだって屈託の無い最高の笑顔で、僕を無条件に受け入れてくれる。……


〝香川くんっ〟   〝香川くん?〟
              
               ☆*:.。. .。.:*☆
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
    
    〝やだなぁ香川くんってば!〟  
              
         〝どうして?香川くん〟*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


……忘れたつもりでも、ここに立つと君を思い出す。…

       ………胸が締め付けられるよ

  もう18年も前に過ぎ去ってしまったのに…

        綾野ミチル˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


T大学附属病院の正面玄関に 
ス○○フォー○大学医学部の准教授(Assoc. prof of medicine)
香川タカシが現れた。

病院の中に一歩入った時から医師の顔にかわる。
総合受付で身分証を提示するが、受付係は英語表記を理解する程英語が堪能でないため、院内電話で事務方を呼び出した。


総合受付のカウンターで待つ香川タカシの姿は、誰が見てもカッコいい〝オジサン〟で、院内を行き来する患者や職員はあからさまでは無くてもチラ見して通り過ぎていく。



「お待たせして申し訳ありません。身分証を拝見します」



いかにも医療事務一筋のような グレーの上下 化繊のシャツ 青とグレーのストライプに赤の線を配したネクタイをきちんと締めた中年の男性が香川タカシの身分証をみた。



「スタ◯◯ー◯大学の香川先生! 遠路はるばるよくお越しくださいました、私 事務長の嶋田と申します。病院長より お出迎えするよう承っております。私がご案内致します。」


事務長の案内で医局に通され、原教授以下医局にいた医局員全員から挨拶を受け握手を求められた。


        …………

香川タカシは、こうゆう所謂 〝無駄な儀礼〟も丁寧に対応するところは、そつが無く誰からも好かれる。




「香川先生、黒崎先生から申しつかっていた白衣と、職員IDです。」
医局員が 香川タカシにら渡すと、



「原先生、私、普段から白衣は羽織らないんです。自分のスクラブを持ってきているのですが、流石にスタ◯◯ー◯の校章はまずいですよね?」

香川タカシのはにかんだ笑顔に、女性の医局員、大学院生が見とれている。



「とんでも無いっ 香川先生が、動きやすいユニフォームであるなら何でもいいんですよ!」

原先生も町田柊士の医療チームの、エース登場とまるでギャラリー感覚で香川タカシを観察していた。



「では、着替えさせていただいても…?」

(…何と腰の低い、これこそ実るほど頭を垂れる稲穂かな…だよなっ…)


原先生は〝誰かさん〟と比べていた。


スタ◯◯ー◯大学のスクールカラーである濃いえんじ色のスクラブユニフォーム。胸にSと白い刺繍糸で縁取られ、Sのセンターにセコイヤ樅木が白く刺繍されいる。そのスクールロゴの下に〝A.P T.Kagawa〟とネームプレートが縫い付けられていた。


普段の仕事着に着替え、ロッカーから出てくると、
医局内が騒つく。



その年の世界大学ランキング2位 ちなみにT大学は23位…


「いやぁぁー香川先生!カッコいいですっ!ちょっと写メいーですか?…」

原先生(65歳 教授 来年退官)のミーハーは昔から全く変わらない。

医局で記念にと集合写真を求められても、香川タカシは快く応じた。



「では、香川先生  町田柊士先生の病室へご案内します」

原先生が案内役を自らかって出た。



巨大病院の迷路のような職員通路を一般患者と出くわさないように原先生は巧みに経路を選びながら20階の病棟まで 香川タカシを案内した。


原先生の、後に付き従い歩く香川タカシにすれ違う医師や、学生 病院職員のほとんどが視線を向ける。

其れを分かっている原先生は鼻高々で、 いつに無く胸を張ってすれ違う職員達に 〝やあ〟〝どう?〟〝ご無沙汰〟などと声を掛けていく。


かけられた職員は 皆が皆立ち止まって、後ろの見慣れない人物の紹介をしろて目で合図した。

「いやー、彼はね~………       …        ……」


自慢げに長々と香川タカシの在籍大学から紹介しだす。その都度 香川タカシは愛想よく、美しい顔立ちがさらに映える 〝笑顔〟で会釈して回る為 なかなか町田柊士の病室にたどり着かない。



香川タカシのスマートフォンがブルブルと、振動で着信を知らせた。


職員ヤードは概ね電磁波の影響下には無い為 気にする事なくスマートフォンを皆が手にしていた。



「ちょっと、スミマセン…」

黒崎先生からの着信だった。


『かっカガワーッ!何時間待たせるんだーッ…お前っ方向音痴か!…
遊んでないでさっさと来いっ……』



香川タカシを頭ごなしに罵倒するのは世界中でただ一人、黒崎ヒカルその人だけである。



「はい、あの…はい …渋滞に巻き込まれて、先程やっと病院に着いた所でして…はい…はぁ…はぁ…」


スマートフォンに耳を当てる香川タカシの表情が 今までとは違ってきた。


明らかにイライラしてそうな眉間の縦皺を 原先生が気づいて、香川タカシに向かって手のひらを合わせて 〝申し訳ない〟アピールをする。


「先生、もうすぐ20階ですからっ!」


香川タカシは強制的にスマートフォンの電話を切った。



「いやースミマセンっ 黒崎先生ですよね……カンカンですか?まずったなぁ…」



原先生が頭をぽりぽり掻き、冷や汗の一雫がこめかみから頬をゆっくり伝うのが見えた。


「あの、いつもの事です。気にしないでください。」

平然と答える香川タカシの男前ぶりに 原先生も……

   

 (……やっぱり俺たちと〝モノ〟が違うわ…)



T大学附属病院20階 病室番号SW1003号室


「失礼します。」


スタ◯◯ー◯大学のロゴマークの入った濃いえんじ色のスクラブの上から黒崎先生が用意したチーム黒崎の嫌味な刺繍入り白衣を羽織った香川タカシが、初めて町田柊士と対面した。



「おっせーわ!香川っ 先生が待ちくたびれてるよ!」

黒崎先生はまた、柊士の事を〝先生〟と称し、待ちくたびれていたのは誰あろう、黒崎先生自身であるのに 町田柊士のせいにする。



「町田先生、大変遅くなり、申し訳ありません。」


香川タカシは ベッド上の柊士に、深々と詫びた。




「香川先生っ 待ちくたびれたなんて、黒崎先生のいつものget carried away…ですよ、お互い先生には振り回され無いようにしないと…」

      (悪ノリ)
「町田っ…っget carried awayって どう言う意味だっ…俺はいたって真面目だぞっ」


香川タカシと町田柊士は黒崎先生の相変わらずの〝悪ノリ〟に苦笑するしかなかった。



(… …町田柊士…この男がユキちゃんに手を出したのかっ⁈…)

    

   

(………黒崎がBabyの時から世話してたDoctor?…
 えらくカッコいいDoctorだな…へぇ…ス◯◯フォー◯っ…
    …すげぇな…)




この時が初対面の香川タカシと町田柊士は、ユキを巡りお互いの腹の探り合いが当分続きそうな雰囲気だった。



黒崎先生はニヤケながら四十すぎた二人の男達を観察していた。



再び香川タカシのスマートフォンが振動した。

    ……ユキちゃん?…



😆get carried away:悪ノリって訳してます。
町田も香川も海外生活長く日本語の語彙力が衰えてます。

 

「ちょっと失礼します。…」

退室し屋上庭園の一画で着信相手に…

「どうしたの?ユキちゃん…」



『タカシッ!町田先生を担当するよねっ…先生に逢いたいのよっ!ユキ…はっ!…先生がこのまま退院出来なかったら 一生後悔しちゃう。逢いたいっ 逢って先生が、生きてる事 確かめたい!』



電話から聴こえる黒崎ユキの悲壮な訴えをいじらしく思ってしまう香川タカシの〝育ての父〟心。



「ユキちゃん、シュウジ.マチダは見る限り顔色も良いし、やせてもいない。もっと調べてみないとわからないけど、必ず僕が会えるようにしてあげるから…彼にメールしてみたら?……」




『町田先生は…いつも必要な時以外…スマホは切ってるから…』

電話の向こう側で項垂れているユキの姿を想像して、慰めたくなってくる甘い育ての父は、


「そうなんだね、芸術家って少し変わってるのかな?」

黒崎ユキの呼吸が整いだしてきた。



『うううん、先生は自分の世界を大事にしてるのよ、………わかったタカシっ…タカシに時々電話するからっ!…先生の様子教えて…」

電話は一方的に切られた。



ソーホーのアトリエで一緒に暮らしているうちに、ユキの中の町田柊士の存在は気づかぬ間に大きくなっていた。離れて初めて気がついた自分にとってかけがえのない存在…



黒崎ユキは、香川タカシが今も愛し続ける 綾野ミチルの確かに娘であるのに、性格に似た所が全く無い。


…我儘、気まぐれ、強引、負けず嫌い……
〝まるで女性版黒崎ヒカル……参ったなぁ………



(僕の責任だ、もうすぐ二十歳(はたち)になろうかって言う女性じゃ無いな………甘やかしすぎたよな…〟)




「中座、失礼しました…」

香川タカシが何もなかったかのように病室に戻ってきた。

「香川っ いいか、この2日の検査結果について、お前の所見が聴きたい。」


黒崎先生は、医師の顔に変わって鋭い視線を眼鏡の奥から香川タカシに送る。

「香川先生 よろしくお願いします。」

町田柊士が会釈する。


パソコンの中の町田柊士のリアルな3D画像の消化管周辺画像をズームしながら香川タカシが確認していく。

昨日行った造影剤のCT検査データも反映されている。



「黒崎先生、先ず緊急オペにも関わらず、胃の切除と残部の再建術も全く遜色なく、見事と言う他有りません。」


       ……………当然……


「つぎに…周辺臓器との癒着も無く噴門部から幽門への流れもスムーズです。
気になる消化管としては、声帯に近い食道のこの箇所、ごく微小なモノですが、念のため細胞診に出します。胃自体は問題無いのではないでしょうか、…十二指腸 大腸についつは 内視鏡検査を再度僕がします。…NYCMのサマリーも排便排泄については問題無しとありますね、…町田先生、少しだけ胃と腸の動きを確認させて下さい。」





香川タカシの澱みない説明、3D画像をペン型の指し棒で患者の町田柊士に丁寧に説明し、わかりにくい日本語は英語に変えて当人が自身の病気にむきあえるような安心感を与えながら解説していく。


自然な流れで 香川タカシが聴診器を耳に当てる動作でパジャマのボタンを患者本人が外し胸部から下腹部近くまで見えるように担当ナースが前身ごろをはだけてくれる。


「失礼します、ちょっと冷たいですよ…」



胃、腹部 下腹部と指先、手のひらで押さえて 皮膚を通して消化管の動きを確認したあと、聴診器を胸部から腹部 腹部側面に当てて蠕動を確認する。



「動きは悪くないですよ! ……この分なら食事摂取も問題無さそうですね……ただし、ステージが高い胃癌にありがちな遠隔転移の可能性も少なくは無いので、黒崎先生と相談して引き続き検査を進めていきます。町田先生にとっては、自由を制限され、窮屈な環境で大変申し訳ないのですが、もうしばらく日本滞在中のご辛抱をお願い致します。」



香川タカシの患者への対応は完璧だった。その場に同席していたT大学附属病院のナースや原先生も我が身を振り返って恥ずかしくなった。

    あの人を除いて…



この雰囲気で黒崎先生のスマホの着信メロディーが病室に響き渡った。



※・゜゚・*:.。..。.:*・'♪ゆ~きや'・*:.。. .。.:*こんこん・゜゚・*♪*・゜゚・*:.。..。.:*・あられや・*:.。. .。.:*・゜゚・*こんこん*・゜゚・*:.。...。.:*・゜゚・*♪


※【雪】旧文部省唱歌。 作詞は、武笠三。作曲者は不明




  黒崎先生に〝遠慮〟の二文字は無い。

「ユキかっ!どうした?…なっ…なんだってぇ~!」

黒崎先生が慌てている様子が滑稽で同席の人間が苦笑いしている。


「香川タカシ…お前いつからユキの指導教官になった?」

先生は直ぐ自制し、香川タカシに尋ねる。



「いえ、彼女は未だ三年生で指導も何も 大学すら違うのに…」

香川タカシも黒崎先生が何を言い出しているのか皆目見当も付かなかった。



    「失礼しますっ♪」



長身のベリーショートに刈り上げた黒髪。黒縁の眼鏡、コロ○○○大学のブルーの長衣ガウン、聴診器を首からかけた姿の女医が室内へツカツカと遠慮も無く入ってきた。

 

その場の全員が固まってしまった中を一直線に3歩で駆け抜けて…ベッドの上の患者に飛び付いた。



「痛いよ…黒崎ぃ……」

ベッド上の患者だけは平然と彼女を受け止めて軽く抱きしめる。



「心配だったからっ 先生が死んじゃったら…私のいないところで死ぬなんて絶対許せないからっ…」



町田柊士に飛び付き馬乗り状態で抱きついているのは、黒崎先生の一人娘………黒崎ユキだった。



「どうしたんだ?…そのコスプレは…」


   「実習着……」


黒崎先生は間髪いれず、娘の背後から服の襟を掴むと、へばりついた子猫を剥がし取るように…町田柊士から引き離しにかかる。

「ユキ、邪魔だ…帰りなさい」

先生の力は娘の細い首を着衣の襟で締め上げる。
手足をバタつかせ 抵抗するが 黙って見ていられず香川タカシも
先生とユキの間に入りユキの二の腕を掴む。大の男二人がかりでは、抵抗しようも無く、町田柊士から引き離された。


「ユキちゃん、さっき納得したんじゃ無かったの?」

香川タカシが真っ赤に上気して怒っている黒崎ユキに穏やかに語りかけるが、


先生は、
「香川っどけっ…」

香川タカシを強引に退かせると、娘の腕を掴み病室の出口まで引きずりだした。



「やだっ!ダディに何がわかるのよっ! ユキの事なんか放ったらかして、仕事仕事仕事っ!ダディなんかっ、死ぬほど人を愛した事ない人に命令されたく無い!」



黒崎先生の足が止まった…見る見る表情が変わってきた。

   
  (………マズイッ……!)

咄嗟に香川タカシは二人の間に割って入り黒崎ユキを全身で庇った。

香川タカシは 過去にたった一度 黒崎先生に鼻骨を折られる程のパンチを喰らった事があった。その時の仁王立ちの先生が脳裏をよぎった。※



一瞬の事で 周りは凍りつく。





この、衝撃的な絵面を原先生はじめT大学病院のスタッフは固唾をのんで見守っていた。



脱力して床に座り込む黒崎ユキを庇いながら、香川タカシも病室の床に膝をつき、まるで親鳥が巣立ち前に傷ついて飛べないヒナを庇うように黒崎先生に背中を向ける。

黒崎先生はその場に棒立ちし乱れた髪もそのまま床に疼くまる二人に冷ややかな視線を落としていた。


    ………バカヤロウ…


ベッドから起き上がると、一歩 二歩 ゆっくりと病室の入り口に近づいた町田柊士は、



「香川先生、ありがとうございます。俺の宝物を全身で守ってくれて……」


町田柊士はその場に片膝をつき…

  「さぁ おいで…黒崎……」

両腕を拡げた。

床に這いつくばったユキは僅かに顔を斜め45度にあげ 町田柊士の顔をその黒目がちの瞳でフォーカスした。色白の皮膚は怒りで上気し、睨み付けた目から涙が溢れだす。


香川タカシの腕を解くと、町田柊士に腕を伸ばした黒崎ユキは 香川タカシから離れ町田柊士の腕の中に収まった。



「黒崎先生…スミマセン、お約束は守れそうにありません…」


成り行きとは言え、ラブストーリーの名場面を生で見た病室担当のナース達は感動して、泣き出だし、原先生までウルウルし出す始末。



肝心の黒崎先生は、天井を見上げ、香川タカシは大事な娘を奪われてしまったようで 言葉に言い出せない口惜しさが表情に現れていた。























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